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【完結】弱小領主のダメ息子、伝説の竜姫を召喚する。  作者: 知己
第4章 『伝説の竜姫、テーブルマナーを学ぶ』
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009 『ぱん』?

 ガレリオ家の食堂では何やら楽しげなベルとソワソワと落ち着きのないヤンアルが肩を並べて席に着いていた。

 

「なんだか落ち着かないようだが、どうしたんだい? ヤンアル」

「……いや、改めて周囲を観察してみれば、ここはどうも私が知っている日常とは大きく様子が違うようだ」

 

 眼が覚めてから幾分か経ったこともあって、ヤンアルは周囲に気を配る余裕が出来たようである。ヤンアルの記憶を探るヒントになるかと思い、料理が出来るまでの間にベルは質問してみることにした。

 

「ここはロセリア王国のデルモンテ州のトリアーナ県にある俺の家だが、聞き覚えはあるかい?」

「ろ、ろせら? でるもん、とりあな……?」

「どうも初めて耳にした言葉のようだね。様子が違うとはどんな風に?」

「……上手くは言えないが、空気感というか雰囲気というか全く別のものと感じる」

「ふぅむ…………」

 

 腕を組んでベルが考え込むと、隣の席のヤンアルが前方に指を伸ばした。

 

「ところで、ベル。さっきから私たちを睨みつけているこの娘は誰だ?」

「ああ、彼女は俺の妹の————」

「————レベイア、ですわ」

 

 ベルとヤンアルの正面の席には敵意丸出しの眼を向けてくるレベイアの姿があった。

 

「妹……。確かにベルに似ているが、なぜ私を睨むんだ?」

「素性の知れない者と食卓を囲むことになれば、誰だって機嫌を損なうものでしょう」

「そうか。では、こうしよう」

「おい? ヤン————」

 

 ヤンアルはレベイアに向けられた敵意にも嫌な顔一つせずに席を立つと、ベルの手を引っ張って一辺に十人は座れそうなリフェクトリーテーブルの下座に移動してしまった。

 

 その行動に顔を真っ赤にしてますます不機嫌になったレベイアは、近くの上座に座る父親に向き直った。

 

「————お父様! 何かおっしゃってください!」

「う、うむ……」

 

 しかし、バリアントは低くうなるのみで何も答えない。どうやらいまだヤンアルのことが整理できていないようである。

 

「お待たせ致しました……?」

 

 カレンが料理を運んできたが、席順が変わっていることに少し戸惑いを見せた。

 

「カレン、気にしないで続けてくれ」

「はい、ベルティカ様」

 

 気を取り直したカレンはバリアントから順に料理を配膳していく。

 

「……ベル、この縁起の悪い布は何に使うんだ?」

「縁起の悪い? これはナプキンと言って食事で汚れた口や手を拭くのに使うのさ。こうして折って膝の上にかけるんだ」

「あらあら、ナプキンの使い方も知らないのね」

「…………」

 

 レベイアが口を挟んできたが、ヤンアルは構わずベルの仕草を真似してみせる。

 

「ヤンアル、縁起の悪いとはどういうことなんだい?」

「私の故郷では白は喪服などに使われて一般的には不吉な色とされる」

「へえ、そうなのか。俺たちの文化とは真逆だな。こちらでは白は高貴なイメージで喪服は黒と決まっている————って、いま故郷って言ったね? 何か思い出したのかい⁉︎」

「…………分からない……」

 

 再び痛み出したのか、ヤンアルは頭を押さえながら答える。

 

「ああっ、すまない! 無理に思い出さなくていいよ! ほら、水を飲んで」

「…………うん、ありがとう」

 

 水を口にしてヤンアルは少し落ち着いたようである。

 

(……当然かも知れないが、どうやらヤンアルは俺たちとは文化体系が全く異なるところの出身のようだな。このまま一緒に過ごしていけば少しずつでも記憶が戻っていくかも知れない)

 

 そんなことをベルが考えていると、ヤンアルがスプーンを手に質問してくる。

 

「ベル、これは……あつものビンか……?」

「ア、アツモノ? ビン? これはスープとパンだね。パンを小さくちぎってスープにひたして食べると美味しいよ」

「……これをちぎって、これに……」

 

 ヤンアルはベルの見様見真似でスープにひたしたパンを口に運んだ。

 

「————美味い……!」

 

 ヤンアルは感激した様子で口を押さえる。それはまるで生まれて初めて甘味を口にした少女のようであった。

 

 その様子を冷ややかな眼で見ていたレベイアが再び口を挟む。

 

「……ふん。何も入っていないスープに、焼き上がってから数日経った硬いだけのパンよ。よほど舌が貧しいのね」


「————レベイア」

 

 ここまで無言だったバリアントが静かに口を開いた。

 

「私が不甲斐ないせいでお前たちに慎ましい暮らしをさせているのは本当にすまないと思っている。だが、領民たちの中には満足に食事も取れないのに必死に働いて税を納めてくれている者もいるのだ。領主の娘としてそれを忘れてはいけない」

「……な、何よ……! お父様がそんなだから、お母様に出て行かれたんじゃない————」

「————レベイア。父上とヤンアルに謝りなさい……!」

「…………————ッ」

 

 穏やかな口調ながらも領主らしい威厳に満ちたバリアントの説教と、普段は優しい兄の叱責を受けたレベイアは顔を覆って食堂を出て行ってしまった。

 

「レベイア!」

「ベルティカ様、ここは私にお任せを」

 

 立ち上がったベルを制してカレンがレベイアの後を追った。

 

「父上、レベイアには後で謝罪をさせますので……」

「……いや、いいんだ。事実、レベイアには寂しい思いをさせてしまっている」

「…………」

 

 普段のそれとは違う真剣な顔つきのベルだったが、手を広げてヤンアルの方に向き直った時にはいつものおどけた表情に戻っていた。

 

「やれやれ、困った妹だ。すまない、ヤンアル。レベイアは絶賛思春期中なんだ。許してやってくれないか?」

「…………」

 

 とりなすようにベルが言うが、ヤンアルは無言でパンを咀嚼するのみである。そんなヤンアルに今度はバリアントが話しかける。

 

「ヤンアル君、だったね。娘が失礼なことを言って申し訳なかった。レベイアの父として詫びよう」

「……おま————いや、あなたはレベイアの父ということはベルの父か?」

「ああ、私はバリアントと言う」

「バリアント、別に謝らなくていい。私は気にしてない。と言うより、このパン? がとても美味しくてあまり聞いていなかった」

 

 あっけらかんとした様子でヤンアルが言うと、バリアントの表情が緩んだ。

 

「ハハハ、気に入ってくれたようで良かった。さあ、食事を続けよう」

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