予言
大島と会った数日後、工藤は町外れの公園にあるベンチに座っていた。横には、弁護士の服部がいる。例によって、両者とも灰色のスーツ姿だ。
少し離れた位置にある広場では、親子連れが遊んでいた。朗らかな声がこちらにまで聞こえてくる。
もっとも、ふたりの会話の内容は朗らかとは程遠いものだった。
「では、鈴原健介は死んだ……と。そう報告して構わないのですね?」
服部の問いに、工藤は答える。
「はい。念のため、恋ヶ淵の周辺を調べさせてみました。結果、鈴原のものと思われる骨の一部が見つかったそうです。大島の言っていたことに、嘘はなさそうですね」
「それにしても、何という偶然でしょうね。こればかりは、神の手が動いたとしか思えません」
「全く同感です。もし大島が、あの鈴原と同じクラスでなかったら……それを考えると、恐ろしい気分になりますよ」
そう、大島という内臓逆位症であり、なおかつ法律を無視して行動できる男が、たまたま鈴原と同じクラスにいた。しかも、鈴原の正体に気づき、人知れず彼を抹殺したのだ。
あの時点では、鈴原はまだ完全に自身の能力を使いこなせていなかった。大島という計算外の相手に出会い、鈴原は為す術もなかった。崖から落とされ、転落死したのだ。
また、大島が鈴原と接触した時期も絶妙なタイミングであった。
ノトーリアスとジャンキーズが衝突した日、その時に大島は鈴原の力を知った。同じクラスにいることもわかっていた。だが、すぐに接触しようとはしなかった。慎重に動き、密かに彼の周囲を探っていたのだ。これもまた、大島の判断力と、強運の為せる業だった。
「例の予言は、鈴原のことを指していた……との解釈で間違いないのですね」
服部の質問に、工藤は頷いた。
「はい。鈴原以外の何者でもないでしょう」
「まさに、神の思し召しですな。ところで、鈴原の正体ですが……やはり、あれだったのですか?」
「それも間違いありません。予言は、あれが蘇り世界を混乱に導く……というものだった、と思われます。しかも目覚めたのが、たまたま鈴原が自殺しようとしていた場面でした。あれは、これ幸いと鈴原の肉体に取り憑いたのです。以降の鈴原は、本人の意識なくあれに操られていました。哀れな話です」
「もし、鈴原が……いえ、あれが今まで生き延びていたとしたら、何をしていたのでしょうね?」
「これは私の予測ですが、巨大な政治結社を作っていたものと思います。実際あれは、復活後にノトーリアスという不良少年の集団と接触しました。結果、ノトーリアスは一年にも満たない期間で、日本でも屈指のギャング組織へと変貌しています。また、銀星会なる日本最大の暴力団とも接触し、その勢力をさらに拡大させようとしていました」
「となると、鈴原は日本の独裁者を目指していたのでしょうか?」
「そう思われます。これも私の予測ですが、数年で日本を支配していたことでしょう。その先に待つものは、日本を核武装させた上での第三次世界大戦の勃発ではないかと思われます。あれの目指すものは、世界を破壊と混乱に導くことですからね。二〇一二年は、本来なら第三次世界大戦スタートの年になっていた可能性が高いですね」
「何ということでしょう……」
「しかも、鈴原には四人の子供がいました。生きていれば、さらに多くの子供を作っていたことでしょう。その子供たち全てが、堕ろされることなく産まれ成長していけば、鈴原と同じ能力と思想を持っていたと思われます。そして、第二、第三のあれになっていたのではないかと。仮に今、鈴原が生きていたとします。我々が、彼の暗殺に成功したとしても……子供が、あれの意思を継いでいたでしょうね」
その時、服部は天を仰いだ。ふうと息を吐く。
少しの間を置き、口を開く。
「恐ろしい話です。鈴原が生き延びていた場合、予言の成就を阻止することは不可能だったのですか?」
「はい。我々には……いや、世界の誰にも止められなかったと思われます」
「わかりました。では、上にはそのように報告しておきましょう。それにしても、世界が名もなきひとりの男によって救われたとは、信じられない話です。その男は、自分が世界を救ったヒーローであるなどとは夢にも思っていないのでしょうね」
「そうですね。正直いうなら、彼にとっては知らない方がいいと思います」
「ただし、こんな幸運を次も期待してはいけない。我々は、今後も世界の監視に尽力していくとしましょう」
「はい」
マヤ文明で用いられていた暦のひとつである長期暦は、二〇一二年十二月二十一日から十二月二十三日ごろに区切りを迎えるとされていた。
そのため、実は二〇一二年十二月に世界が滅びるという予言なのではないか、と一部の終末論者たちに噂されていた。そこまでいかなくとも、何かとてつもない異変があるのではないか……とオカルト好きの間では、まことしやかに言われていたのである。
ところが、滅びの日は訪れなかった。世界は、二〇一三年以降も様々な問題を抱えながら続いていく。マヤの予言を世界滅亡と解釈した説は、よくあるデタラメとされたのである。




