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1999年の少年たち〜とある大罪人の記録〜  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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東野の疑惑

「おい、山下と連絡ついたか!?」


 東野が怒鳴りつけた。

 この男、普段はクールである。滅多なことでは、感情を表に出したりはしない。ところが、今は額に青筋を立てているのだ。すぐにでも椅子を蹴倒し暴れ出しそうな雰囲気を漂わせている。

 前にいる若者は、慌てて答えた。


「わ、わかりません。俺も連絡を待ってるんですが、駄目なんですよ。スマホの電源は、ずっとずっと切りっぱなしのようです」


「クソが……どうなってんだよ」


 呟くように言った東野。顔には苦々しい表情が浮かんでおり、その目は何もない事務机へと向けられている。

 その事務机を挟んで立っている高橋正雄(タカハシ マサオ)は、神妙な面持ちだ。ポロシャツに短パンという格好は、高級ブランドもののスーツを着ている東野との格の差を如実に物語っていた。

 壁にかけてある時計は、午後三時を表示していた。外からは、時おり子供のものらしい声が聞こえてくる。おそらく、下校途中の小学生だろう。楽しそうに笑い合っている。

 そんな明るい声とは、真逆の雰囲気が事務所内に漂っていた。ライターの火をつければ、爆発するのではないか……というくらい、張り詰めた空気である。事実、高橋の顔色は悪い。今にも酸欠で倒れてしまいそうであった。




 東野が最後に連絡を取った時、山下ははっきりと言っていたのだ。


「明日、探偵の工藤と会うことになってます。とりあえず、黒沢と大野を連れてキッチリとシメときますよ。場合によっちゃあ、病院送りにしてやりますから」


 その言葉を聞いたのが三日前である。それから、今に至るまで何の連絡もない。こんなことは初めてだ。 


「あの野郎、何をやってんだ……」


 再び呟くように言った東野に、高橋は恐る恐る口を開いた。


「最後に連絡した時は、工藤を呼び出すことに成功したとか言ってました。黒沢と大野を連れて、ボコボコにしとくからって言ってて……それきり、連絡が取れなくなったんですよ」


「バカ野郎、んなことは俺も聞いてんだよ」


 そう言うと、東野は顔をしかめた。

 黒沢は覚醒剤の依存症……いわゆるポン中であり、刑務所にも何度か入っていた。その仕事ぶりに不安はあるが、暴力慣れしているのは確かである。何のためらいもなく人を殴れる上、相手を痛めつけるコツも知っている。素人相手の荒事では、それなりに役に立つ男だ。

 大野は、つい最近入ったばかりのチンピラである。スキンヘッドの上に体が大きく、相手を威圧する迫力の持ち主だ。高校の頃は柔道部に所属していたが、他校の生徒との喧嘩で退学になり、そのまま裏の世界に足を踏み入れた男である。これまた素人を脅すには、もってこいだ。

 十日ほど前、そのふたりを連れた山下は工藤と接触した。道端で取り囲み、捜査から手を引くよう言い渡す。言葉による脅しだけで、全てを終わらせるつもりだった。小さな個人事務所の探偵ならば、たいていの場合これで手を引くはずなのだ。

 しかし、工藤に仕事を降りる気はないらしい。そこで山下は、次の段階へと移行することにした。工藤を拉致し、人気(ひとけ)のない場所にて監禁する。その上で、さらなる脅しをかける。場合によっては、暴力を用いるつもりだ。

 どんな人間であれ、殴られれば痛い。さらに、暴力を振るわれれば痛み以外のものも生じる。殴られ続けた挙げ句、前歯が折れたり出血したりといったことが自身の身に起きれば、このままだと一生残るような怪我を負ってしまうのではないか……という恐怖心も芽生えるのだ。

 結果、相手に「これ以上こいつの言うことに逆らえば、また暴力を振るわれる」というトラウマを植えつけられる。たやすく言いなりに出来るのだ。

 もちろん、暴力を振るえば傷害罪で逮捕される。だが、食らう刑は微々たるものだ。傷害罪は十五年以下の懲役刑だが、初犯ならば執行猶予で済むケースが多い。実刑判決でも、殴って怪我をさせた程度ならば一年から二年程度だろう。裏社会の人間にとっては何のダメージにもならない。一年や二年の懲役刑など「ションベン刑」などと言ってバカにしているくらいだ。

 仮に暴力を振るう羽目になり、工藤が被害届を出した場合……東野は、大野を自首させるつもりだった。大野なら、まだ二十歳になっていない。比較的軽めの刑で済むのは間違いなかった。


 山下は、事前に工藤と連絡を取った。情報提供者のふりをして、上手く話をつけたのだ。近所に人が住んでおらず、人通りもない病院の跡地に工藤を呼び出し、廃虚と化した建物の中に彼を連れ込む。その中で散々に脅し、場合によっては暴力を使う。それで終わらせます、と山下は言っていた。

 聞かされた東野はというと、深く考えることなくGOサインを出す。山下は頷き、終わったら報告します……との言葉を残し、ふたりを連れ廃虚へと向かった。

 それから今に至るまで、連絡が途絶えている。

 こんなことは、今までになかった。裏稼業は、堅気の会社と同じく……いや、ある意味では堅気の会社よりも報告と連絡と相談を重視しているのだ。

 山下もまた、報告連絡相談を欠かしたことはなかった。軽薄そうな風貌に似合わず、仕事に関してはまめな男なのである。

 少なくとも、仕事に関する連絡は欠かさない男だった。それなのに、今回は……。




「ひょっとして山下さんたちは、その工藤とかいう探偵に殺られたんですかね?」


 高橋の問いに、東野はかぶりを振った。


「そんなわけあるかよ。相手は探偵だぞ。どっかのハードボイルド小説じゃあるまいし、あの三人をひとりで殺ったってえのか? 有り得ないだろう」


「じゃあ、どうしたんですかね?」


「俺に言われても、わかるわけねえだろうが」


 吐き捨てるような口調で言うと、東野はいまいましげな顔つきで床を睨みつけた。イラつきながらも、何が起きているのか状況を整理しようと努める。

 先ほど高橋は、山下たちが殺された可能性について触れていた。だが、それはありえない。黒沢や大野は武闘派だ。ひとりの男に、やられたりしないだろう……というのが理由のひとつだ。

 しかし、それ以上に大きな理由がある。堅気の探偵である工藤が、人を殺すことなどない。

 裏の世界の人間は、ためらうことなく人を殺す。だが、それにはそれなりの理由が必要だ。いうまででもなく、大金が絡む場合である。

 しかも、工藤は探偵である。仕事といえば、浮気調査や素行調査といった類いのはずだ。人殺しは探偵の仕事ではない。いや、それ以前に……金にもならないのに、人を三人も殺すなど有り得ない話だ。三人殺せば、まず死刑を免れることは出来ない。リスクが大きすぎる。

 では、あの三人はどこに消えたのだろう。まさかと思うが、工藤に何かを言われて姿を消したのだろうか。

 脅して手を引かせるはずが、逆に脅され手を引く羽目になった……これは、シャレにならない事態だ。たかだか私立探偵ごときにナメられたとあっては、この業界ではやっていけない。

 いずれにしても、確かなことはひとつ。工藤は、何事もなかったかのように仕事を続けている。鈴原のことを、あちこちの人間に聞き回っているのだ。すぐにでも()めさせたいところだが、こうなると事情も変わってくる。


「仕方ねえな。お前は、その工藤って探偵が何者なのか、徹底的に調べろ」


「しかし、ネットにも載ってないし、事務所はいつ行ってももぬけの殻なんです。どうやって調べりゃいいのか……」


「バカ野郎、探偵には探偵だ。こっちは、デカい探偵会社に依頼するんだよ」


「えっ、探偵ですか?」


「ああ。金かかっても構わねえ。徹底的に調べさせろ。でないと、鈴原が何しでかすかわからねえぞ」


「わ、わかりました」


 そう言うと、高橋は慌てて出ていった。

 ひとり事務所に残された東野は、大きな溜息を吐く。何が起きているのか、全くわからない。ひとまず、工藤の正体を知ることからだ。あいつは、ただの探偵てはないのかもしれない。

 その時、あることを思い出した──


 高校生の時、テレビでバカな番組が放送されていた。アメリカにて、宇宙人を目撃した者の家に、黒のスーツを着た男が大型の黒塗りセダンで乗りつけたのだという。

 唖然となる目撃者に、彼らは「我々はこういう者です」と連邦政府機関の身分証を見せた後「宇宙人の話を他言しないように。指示に逆らうとあなたは非常にまずい立場に置かれる」との警告を行ったり、目撃者の家の写真を撮影したり、家の近辺をうろついていた……という体験談だ。

 当時の東野は、仲間たちと共に「んなことあるかよ」などとツッコミを入れながら番組を観ていた。無論、メン・イン・ブラックの話など信じていない。よくある都市伝説の類いだろう、くらいにしか思わなかった。

 だが……聞いた話によれば、工藤淳作は常に灰色のスーツ姿とのことだ。探偵などと名乗っているが、事務所には誰もおらず幽霊会社のごとき状態である。やたら羽振りがよく、話を聞いた人間には惜しげなく金を支払っているらしい。しかも、半グレの脅しにも屈することなく調査を続けている……。

 ひょっとしたら、工藤は政府の特務機関に所属している人間なのではないか──


「バカバカしい!」


 東野は思わず怒鳴っていた。そう、バカバカしい話だ。そんなことは考えられない。

 とにかく、まずは工藤の正体を知ることだ。その上で、対策を練るとしよう。






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