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マウントばかり取って来る婚約者と婚約破棄して、不憫な美少年を養子として引き取りました。

作者: うちわ

 ガルシア公爵家の本邸の庭。

 娘である私マリナは、テーブルの上に積まれた書類の山に対して、真剣に一枚一枚目を通していく。

 その最中、向かいに座っている婚約者のジャンが口を開いた。


「紅茶をいれる時は汲みたての水をすぐに沸かしてお湯を用意するんだぜ?」

「……あら、そうなのね」


 私は適当に相槌を打つ。

 どうでも良い、目の前の書類の方が大事だ。


「ああ、駄目だって! 茶葉の分量に適したお湯の量を注がないと! なにやってんだよ!」

「……」


 適当にポットのお湯をカップに注ごうとしたら、ジャンに大声で止められた。


「まったく! それじゃあ紅茶がよりおいしく飲めないだろ? ていうかお前そんな事も知らないの? やばいなマジで。よくその程度の知識で生きてこれたね。俺と結婚するのマジで感謝した方が良いよ?」

「……」


 我慢の限界だった。

 次の瞬間、私はテーブルを思いっきり両掌で叩いた。

 バン!! という大きな音と共に、テーブルの上の書類とティーカップが揺れる。

 不意を突かれたジャンが、突然の事で目を見開いて私を見ている、くたばれ。


「もう限界よ!! ていうか既に限界だったんだけど!! アンタみたいな男なんかと結婚するわけ無いじゃない!! ふざけんじゃないわよ!! 大体忙しいの見て分からないの? 馬鹿なの? しつこく茶会に誘ってきて、無視するとアンタキレるし!!」

「な、何だよ急にそんなキレてきて! 良いだろうが茶会くらい! というか俺がクズってどういうことだよ!!」


 私は自分の眺めていた書類をジャンに勢いよく見せた。


「今私の家がどういう状況か、ジャンだって分かっているでしょ!?」


 私の実家であるガルシア公爵家は先祖代々領地経営の他に、魔道具の流通を事業としてやっている。

 魔道具とは、魔法という不思議な力が宿った日用品や武器の事で、今国中に流通している大半の魔道具の元締めはガルシア公爵家なのである。


 先日、当主である父が家で倒れた際に腰の骨を折り、急遽私の婚約者であるジャンは、ガルシア公爵家の当主として家業を引き継ぐ事になった。

 領地経営や流通業の知識を学び、政界や財界の社交場にも顔を出さなければいけないし、正直体がいくつあっても足りない状況だ。


 ジャン一人に重荷を背負わせないために、私も必死に学習していたのだけれど、ジャンがあまりにも辛いのか、途中で全部投げ出した。


「だーいじょうぶだって。そんな切羽詰まってやらなくたって。義父さんの腰なんかすぐに治るって」


 とか、


「一時的に仕事が全部止まっちゃうかもしれないけど、関係者には事情を話して待ってもらって、義父さんが復帰したら全部やってもらえばいいじゃん」


 とか言って、とにかく全然家業を手伝わなくなった。

 医者が数年単位でも治療の目途が経たない、老齢からほぼ治らないって言っているのに、


「だーいじょうぶだって。医者がそう言ってるだけだろ?」


 とか意味の分からない馬鹿な事をほざいている。

 医者が言っているから問題なんじゃないの? 本当に何を言っているの!?


 そもそも父を労わった発言もしないし、基本やる事と言ったら自分の自慢話と、「お前こんな事も知らないの?」ってマウントを取ってくるだけ。


 もう限界だ! こんな男は居ても居なくても変わらない、むしろいない方が良い!


「アンタみたいな男が当主になる位なら私が当主になった方が百倍マシよ! だから婚約を破棄する事にしたわ!」

「次期当主である俺が居なくなるなんてお前の父親が納得しないだろ!! それにそんな暴挙は俺の両親が許さないぞ! 俺の両親は誰だと思ってる?」


「生活の役にも立たない知識でマウントを取ってくる、自分の自慢話しかしないつまらない男でしょ! 父には既に事情を話して了承して貰っているわ! アンタの両親にも先日直に足を運んで婚約破棄の話をしてきた所よ! だからこうして本来アンタが見るはずのウチの家業の引継ぎ書類を私が確認しているんじゃない!」

「何勝手に一人で話を進めているんだお前!! ていうか、その書類はそういう事だったのか!!」

「そうよ! そしてこれで、アンタとの関係は終わりよジャン!」


 そうして、テーブルの上にある四角い小型の箱のボタンを押した。

 すると、箱の周囲が青く光り、数秒して発光が収まった。


「な、なんだそれは!」

「これは周囲の景色や音声を記録して、後で見返せる魔道具よ! これでここ数日のアンタの振舞を記録してたのよ! そして今日の私とのやり取りまで記録されているわ!」


「な、何勝手に撮ってるんだお前!! 寄越せ!!」

「別にいいわよ。もう役目を終えてるし」


「はあ!?」

「この魔道具にはもう一つ特徴があって、対になっている魔道具を持っている人と記録を共有できるのよ! アンタの両親にもこの記録映像が今頃届いてるから」


「ど、どういうことだ!!」

「随分家の中で良い子ちゃんを演じていたみたいね! 私がアンタの振舞にムカついて両親に婚約破棄の話を持ちかけた時、「私達の息子はとても礼儀正しくて、そんな事するはずない」って言われたわ。だからこれまでのアンタの振舞の映像と、今日のアンタとのやり取りの映像を送る事を約束していたのよ!」

「な、何てことをしてるんだお前!?」


 私に対して怒りの表情を向けていたジャンの顔がみるみる青ざめていく。


「あら。自分が正しいと思う、恥のない振舞が出来ているなら別に良いじゃない? アナタの両親がどう解釈するのかは知らないけれど」

「お、お前……!!」

「不誠実な態度を取ったら婚約を破棄する契約を交わしてたじゃない? これで婚約はなかったことになるわね。さようなら、ジャン」


 数秒の沈黙。

 そして、


「ああいいさ! お前がその気なら! 上等だよ! お前みたいな何の取り柄も魅力もねえ女なんて、こっちから願い下げだね! お前の変わり何て俺はいくらでもいるからな!!!」


 開き直ったジャンは最後、私にそう捨て台詞を吐いて姿を消した。

 こうしてジャンとの婚約は破棄された。

 結局医者の言うように父の治療が数年単位になって、家族会議をした結果、正式に私が公爵家当主として家業を継ぐことになった。


□□□


 それから半年が経過して、私が日々家業に勤しんでいたある日の事だった。

 訃報の手紙が屋敷に届いた。


 亡くなられたのは、祖父の叔父の従兄弟の……、とにかく遠い親戚にあたるご夫妻で、馬車で山道を走っている道中の落石事故が原因らしい。


 正直私は面識がなかったけれど、親族が亡くなった時には毎回通夜に参列するようにしていたので、今回も参加した。


 私が葬儀式場に着くと、入口に銀髪碧眼の子供が立っていた。

 やけに綺麗な容姿をしているなと観察していると、その子と目が合った。


「あ!!」


 男の子が私の顔を見て驚いた後、私のもとに笑顔で駆けてくる。

 何かしら? 多分、初対面よね?


「お母さま」

「え?」


 数秒の沈黙。

 私がキョトンとしていると、男の子の笑顔が段々シュンとなっていき、


「すみません、間違えました」


 そう言って男の子が去っていった。

 今あの子、私の事を母親と間違えたのかしら?


 私の疑問はすぐに解消された。

 式場の中に入って亡くなられたご夫妻の遺影を確認すると、母親の方は私と顔がとても似ていた。


「事故で亡くなったご夫妻の子供らしいわ。まだ六歳なのに可哀想ね」


 そんな声が耳に入って来る。

 子供の名前はアルと言うらしい。

 さっき私を見てアルが笑顔だったのは、亡くなった母親が生きてるって思ったからなのね。


 そこからの葬儀中は、何故かアルが気になってずっと目で追っていた。

 アルが棺の前で静かに涙を流している光景もずっと目に焼き付けていた。


 気になったのは、親族が誰もアルを構わない事だ。

 まるで余計な事に首を突っ込みたくないって空気が漂っていた。


 そして葬儀が終わった後、


「私の所は身内の病気や介護で忙しくって、とても引き取れないわよ」

「あまり喋らないから何を考えてるのか分からないし、六歳らしく感情が豊かならまだ可愛がりようがあるんだけどね」

「ちょっと不気味よね」


 そんな親族達の話が聞こえてきた。


「いっそのこと孤児院に入れても良いんじゃないか?」


 アルが目の前にいるのに、一切の配慮がないその姿勢に、不快感を覚える。


「アルおいで! 良いかアル。皆とても忙しくて、お前を養うことが出来ないんだ。だから、お前には孤児院に入ってもらおうと思ってる。なーに、大丈夫だろ、アルは男の子だ。孤児院でも他の子達と上手くやっていける」


 私が無責任な発言に怒りを覚えていると、アルは、


「……分かりました」


 そう笑顔で言った。

 それが作り笑いだって、私はすぐにわかった。


「私が引き取ります!」


 私は気付いたらアルの手を握っていた。

 突然の私の割り込みに親族連中がうろたえる。


「アンタ何勝手を言っているんだ!」

「あら、どうせ孤児院に入れるつもりだったのならいいでしょう?」


 私はひざを折ってアルと目線の高さを合わせる。

 あと大事なのはアルの意思を尊重する事だ。


「君も良い? 私の家族になる?」


 私がそう聞くと、


「迷惑じゃないですか?」


 と、アルが言った。


 この子は周りの迷惑にならないように自分を押し殺して、孤児院に入る運命を受け入れようとしていたんだ。

 ここにいる自分の事しか考えない親族連中よりもよほど大人で良い子だし、賢いと思う。


「全然構わないわよ!うちにいらっしゃい!」


 そう言うとアルは首を縦に振った、決まりだ。

 そうしてアルは正式にガルシア公爵家に迎え入れられ、私とアルは親子関係になった。


 初めは両親を亡くした心の傷や孤独感、あとは自分の知らない屋敷で暮らす不安もあるだろうと思って、なるべく沢山アルの傍にいて、沢山私からアルに話しかけた。


 その結果少しアルの緊張が抜けてきたけれど、それでもまだアルに遠慮が感じられて、もっとワガママを言って欲しいなと思っていた時期の事だった。


「ここに来てから魔道具の図鑑をずっと読んでるわよね! 好きなの?」

「……はい。お父さまが買ってくれて」

「そうだったのね。私も持ってるわよそれ! 幼い頃に父に買ってもらったわ! 良いわよね、沢山魔道具の事が載ってて! アルはどの魔道具が好きなの?」


 アルが図鑑のページをめくって、自分の好きな魔道具を指差した。

 『水の杖』、杖を向けた先の水を操る事が出来る杖だ。

 水を浮かせたり、球体にしたり、細長くしてリボンみたいにグネグネ出来る。

 うん、これなら、


「見てみる?」

「……え?」


 私は早速アルを、流通先の魔道具店へと連れて行った。

 店主の方にお願いして、開店前の物静かな店内の中をアルと見て回る。


「……あ、これ」


 図鑑で見た魔道具がずらりと商品棚に並べられている様を見て、アルは目を輝かせていた。

 もっと喜んで欲しいと思った。


「買ってみる?」

「え?」


『水の杖』を私とアルの二本分購入して、早速アルを噴水広場に連れていく。


「うわぁ!」


 アルが自分の操った水を見て驚いたり喜んだり、可愛い。

 ちょっと私もアルに格好良い所を見せようと思って、『水の杖』を使ってみる。


「それ! ってあら?」


 頭上にあった水が私に掛かって来る、意外と難しい。


「あはは」


 アルが笑っている。


「あー! 笑ったなー! それ!!」


 水が掛からないように気を付けながら、アルに水を放つ。

 笑いながら逃げるアル。

 仕返しとばかりにアルが杖で私に水をかけてきた。

 や、やられた、思いっきり水が掛かった。


 ……すぐに着替えれば良いわよね!


「やったなー! それ!」

「あはは!」


 そんな感じで二人でずぶぬれになって帰る事になった。


「あ、あの、お、おか」

「ん?」

「……」

「呼びにくかったらマリナで良いわよ?」

「マ、マリナ、さま」

「うん、どうしたの?」

「今日はありがとうございました!」

「うん! どういたしまして!」


 初めて私に見せてくれたアルの満面な笑み。

 この子の笑顔を大切にしようと思った。


 とか思ってたら私は数日後に熱を出してベッドに寝込んでしまった。


 やってしまった、少しおふざけが過ぎた。

 心配でアルが看病に来てくれて、その表情は曇っていた。


「マリナさま。大丈夫ですか?」


 アルはとても不安な顔をしていて、今にも泣きそうな顔をしていた。

 ゆっくりだけれどアルの手が私に伸びてきて、アルは私の手を握った。


「死んじゃ嫌です」


 私はアルを思い切り抱きしめた。


「私は死なないから。ごめんねアル」


 それからアルは、屋敷内で常に私について来るようになった。

 いや、ついてくる所か私に引っ付いて抱きついてくる。

 しょっちゅう私に顔をうずめてくるのだ。


 正直可愛くて可愛くてしょうがない。

 私からのスキンシップも増えていった。


「アル、口元にご飯がついてるわよ」

「アル、一緒にお風呂に入りましょう」


 アルを愛でて心が満たされる、世の母親はこんな気持ちなのかなって思った。


「僕、将来はマリナさまと結婚したいです」

「ふふ、何言ってるのよー」

「大好きです、マリナさま」


 アルの心に余裕が出てきてからは、貴族としての常識やマナー、教育に少しずつ力を入れるようになった。

 驚くべきはアルの吸収する速度が早い事だ、六歳凄い。


 そう言えば、魔道具の事も私が教えたらスラスラ覚えてたなと感心する。

 私が六歳の頃はこんなに容量が良かったかしら、アルが凄い気がする。

 そう私が屋敷の庭で感慨にふけっていると、


「マリナさま!」


 庭で花を眺めていたアルが走って私に抱きついてきた。

 私は椅子に座っている自分の膝にアルを乗せて、後ろから抱きしめる。

 その状態で上半身をゆらゆらと揺らす。

 幸せを感じる瞬間だ。


 ちなみに私はアルにずっと義母様とは呼ばせてはいない。

 アルにとって本当に大切な母親の存在は別にいるから、それで良いと思っている。

 それにしても、


「あはは」


 この半年でアルは本当に笑顔で明るく喋るようになったなと思う。

 いまだに私以外の人には人見知りな所があるけれど、この明るい姿がこの子の本来の素の状態なんだろうな。

 元気になって良かった。


 そんな事を考えていると、アルが庭で積んできたのか、手に持っている花を私に手渡してきた。


「どうしたの?」

「大好きですマリナさま」

「フフ、私もよアル。ねえ、いきなりどうしたのよー」

「ずっと僕と一緒に居てくれますか?」

「……どうしたの?」


 アルに尋ねたら、両親が亡くなった時の記憶が夢に出てきたらしい。

 胸から急激に溢れてくるものがあって、私はアルを思いっきり抱きしめた。

 そんな事にはならない、そんな状況には絶対させない。


「……マリナさま?」


 アルを安心させなきゃ、私は泣くのをこらえる。


「大丈夫だから。ずっとずっとアルのそばにいるからね」

「……ずっとっていつまでですか?」

「うーん、大人になるまで、かな?」

「大人って何歳くらいまでですか?」


 十七歳で成人だから後十一年、とか流石に言えない。


「大人って言うか、アルがおじいちゃんになるまでかな?」

「……良かったです。僕、マリナさまじゃないと嫌です」

「そっか。じゃあ長生きしなきゃね」


 私は嬉しくなった。

 アルを養子として引き取ってたから、本当にこの子を引き取ったのが私でよかったのか、考える事が何度もあった。


 でもアルは、私の変わりなんていないと言ってくれた。

 私という存在を今は凄く必要としてくれていて、それが凄く嬉しかった。


「大好きです! マリナさま」


 再度満面の笑みで抱きついてくるアルに、


「私も大好き! 私もアルじゃ無いと駄目!!」


 私もアルと同じ以上の気持ちで応えた。


 ちなみに婚約破棄したジャンは、自業自得の行動であれから更に悪評が広まったみたいで、信用が落ちたヴァルダ公爵家の事業が一つ潰れたらしい。


 次男という事もあり、正式に公爵家の当主になる訳でもなく、婿養子として他所に貰われる期待も出来ず、公爵家の品位だけが下がるという事で、実家からも追放されたジャンは、食べものを確保するために強盗などにも手を出して、牢に入れられたとか。


 私は再度アルを見た。

 今抱いているこの子は絶対にそんな人間には育たないだろうなと私は確信している。


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