第五十六部
マリアに連れられて部屋に入ると、簡素な椅子が二脚用意されていた。
それ以外は何もなく、他の部屋と違って何か起きるわけでもなかった。
「ここは名もなき魔法の部屋。魔法を教えるとは言ったけれど、この魔法はまだ完成していないの。私とあなたがいて、初めてこの部屋は成立する」
「つまり、俺とご先祖様でこの魔法を完成させるってことか?」
「正確にはあなた一人ね。私は助言することしかできないから。私がやり残したことをあなたに成し遂げてほしいの」
「俺にできるもんかね。魔女といってもまだ初心者だし」
「ふふっ、自信を持って。あなたならできる。信じなければ奇跡は起きないものよ。私は最後の最後で自分と人間を信じられなかった。もし信じることができていたら、きっと結末は変わっていたでしょうね」
椅子に腰を下ろし、向かい合う。
視線が交錯し、妙な緊張感が背筋を駆け巡る。
「さて、始めましょうか。この魔法は、人間と魔女が共に生きられる魔法。人間が魔女を過剰なまでに恐れることなく、魔女が人間に冷たく差別されることのない世界になるわ」
人間と魔女が共に生きられる魔法――魅力的な言葉だ。
この魔法が完成すれば、世界は滅亡の運命から救われる。
人間と魔女が分厚い壁に阻まれることなく、互いに脅かされず尊厳を保ったまま生活を送ることができるようになる。
「その魔法、絶対に完成させたい。俺、なんだってするよ」
「ありがとう。この魔法は特殊でね、マリアの名を継いだ者にしか使えないようにしてあるの。マリアの名を継ぐということは、私の意志を継ぐということ。人間と魔女の共存こそが私の願い。あの娘は世界を滅亡させようとしているけれど、本心ではまだ迷っている。その迷いがある限り、この魔法が完成することはない」
「俺にも多分まだ迷いがあると思う。それでもできると思うか?」
「ええ、できるわ。あなたなら迷いを断ち切れる。あなたにはヴァルザークの魂も混じっているみたいだしね。ヴァルザークは破壊衝動を抑えられず殺戮の限りを尽くしたけれど、本当は安息を求めて人間との共存を望んでいたわ。魔女もバーサーカーも、人間と共に生きたいという想いは変わらない。本来そうあるべきなのに、運命がそうさせてくれなかった。私たちはこの運命を打ち破らなければならないわ」
「そう、だな。信じてみるよ、俺にはできるって」
「ふふっ、その意気よ。まずは魔法の定義から。この魔法は催眠でも洗脳でもない。運命を変えてやるという強い願いを実現する奇跡そのもの。さあ、ここからはあなたの仕事よ。あなたが定義しないと意味がないもの」




