第五十三部
剣術特訓の最終日。
「マリア、最後の手合わせだ。騎士の誇りをかけて、本気で行かせてもらう。君も全力で来い」
「ああ、そうさせてもらうぜ。負けても恨むなよ」
妙に月の明るい夜だった。
中段に構えるクロヴィスの剣が、月光を浴びて怪しく煌めく。
対する俺は剣を鞘に収めたまま柄を握りしめる。
手の内を知っているクロヴィスに抜剣は通用しないかもしれないが、それでもなお防げない一撃を放てばいいだけの話。
クロヴィスがじりじりと一歩ずつ地面を踏みしめる。
攻撃圏内まであと六歩。
五歩、四歩、三歩。
ここで、クロヴィスは構えを下段に移行した。
二歩、一歩。
呼吸を止める。
攻撃圏内だ。
刹那、俺は加速度的に解き放たれた剣を横一文字に薙ぎ払った。
が、剣は振り切られる前に真上へと跳ね上がった。
そうか、直前で下段に構え直したのは俺の抜剣を下からかち上げるためだったのか。
流れの方向とは別の角度からなら俺の力にも対抗できるわけだ。
剣を弾かれたことで、大きな隙が生じてしまった。
目にも止まらぬ速さの突きが繰り出される。
確実に俺の首を狙っている。
咄嗟に首を傾ける。
風を切る音が鼓膜を掠める。
抜剣は失敗。
それなら連撃で攻め続ける。
力押しなら誰にも負けない自信がある。
力任せに振り下ろした剣を、クロヴィスの剣が受け止める。
続けざまにもう一度、もう一度、もう一度。
さすがに受け止めるのは分が悪いと悟ったのか、クロヴィスは体捌きで避け始める。
空を切る剣。
大振りだと隙を与えることになるため、反撃に対するカウンターの余力を残してあくまで攻め続ける。
わざと攻撃の手を緩めた時、やはりクロヴィスは反撃の突きを放った。
かかった。
突きは前後には避けにくいが、左右に動けば最小限で対応可能。
渾身の一撃をたたきつけ、剣と剣がぶつかり合う。
衝撃で互いの剣が折れ、とどめを刺そうと同時に動き出す。
俺はクロヴィスの首に切っ先のない剣を突きつけた。
クロヴィスの剣も俺の首を狙っていたが、その距離はわずかに遠かった。
俺の剣は切っ先の辺りで折れ、クロヴィスの剣は中ほどで折れていた。
勝敗を分けたのは運だった。
「私の……負けだ。やはり騎士の誇りだけでは君に敵わなかった。力、技術、どれを取っても君の方が格上だ」
「でも、最後は運だったよな。もし俺の剣の方が短かったら俺が負けていた」
「いや、これは偶然ではなく必然。こうなることは運命だったのさ。だから、君はこの勝利を誇っていい」
「……ありがとう。騎士団の団長に勝てたんだ、スラム街の亡霊なんかもう敵じゃないよな」
「それはどうかな。やつの手の内は明らかになっていない。油断はするな。とにかく、私が助力できるのはここまでだ。健闘を祈るよ、マリア」
クロヴィスを打ち倒し、ひとまず俺の剣術は初心者の域を脱したのだった。




