第四十八部
幸福な時間は、日暮れと共に終わりを迎えた。
通りに着く頃にはすっかり暗くなってしまっており、住み慣れたスラム街も閑寂で危険な雰囲気を醸し出していた。
「マリアお姉さん、あれ。何か、いない?」
ドレスの裾を引くマキナが指差す先には、爛々と煌めく二つの光。
目を細めて凝視すると、路地裏の陰からこちらの様子をじっと窺う猫であることがわかった。
「ただの猫みたいだ。変質者じゃなくてよかった」
「猫さん、触らせてくれるかな? ちょっと行ってくる!」
「おいおい、もう暗いんだから路地裏は危ないって」
止める言葉も聞く耳持たずで猫の方へと走るアイカ。
びっくりした猫は路地裏の奥へと逃げ込み、彼女もそれを追う。
姿が見えなくなった途端、路地裏から悲鳴が響き渡った。
「アイカ!」
一抹の不安が現実のものとなり、最悪の展開が脳裏を過ぎる。
なりふり構わず路地裏に飛び込んだら、予感が的中していたことを証明された。
死体のそばに、闇のごときローブを纏った影。
顔はフードに隠されて判別できない。
手には、血でてらりと鈍く光を反射させるナイフが握られている。
初めて遭遇するが、こいつは間違いなくスラム街の亡霊だ。
気がつけば、身体が勝手に動いていた。
ナイフに対して躊躇なく拳を振り上げ、思い切り殴りつける。
拳とナイフがぶつかり合い、刃が脆い飴細工のように粉々に砕け散る。
衝撃で壁にたたきつけられたスラム街の亡霊にもう一撃加えんとしたが、追ってきたソルシエルに肩を掴まれ俺は動きを止めた。
「なんで止めるんだよ! シリアルキラーを仕留められる絶好のチャンスだぞ!」
「しっ、魔女に懸賞金がかけられておることを忘れたか。これ以上力を見せるな。あらぬ噂が立つやもしれぬ」
「だけど……」
視線を戻すと、もうそこにスラム街の亡霊はいなかった。
一瞬の隙を突いて逃げられてしまったようだ。
ちっ、逃したか。
野放しにしておけば、今回みたいに俺たちにも危害が及びかねない。
誰もやらないなら、俺が――
アイカの泣きじゃくる声で、はっと我に返る。
ひとまずアイカが無事だったことだし、今はよしとしよう。
だが、たとえ異形の存在だと疑われたとしても、スラム街の亡霊は俺が止めてみせる。
生殺与奪の権利をやつ一人が持っていていいはずがない。
俺が、スラム街の亡霊を裁定してやる。




