第四十一部
「お師匠様、まだ寝ないのか?」
深夜になろうという時間帯に差しかかったが、ソルシエルはマキナが選んだ本をまだ読み耽っていた。
幸福論だったっけ。
難しそうな本だけど、そんなに面白いのか。
俺もちょっと興味湧いてきたかも。
顔を近付けて覗き込もうとすると、ぱたりと本が閉じられた。
伸びと共に小さな欠伸。
吐息が頬にかかる。
「寝るのが惜しいが、楽しみは明日に取っておくことにしよう」
「その本、大分気に入ったみたいだな。お師匠様はプレゼントなんて喜ばない人だと思ってたけど」
「そんなことはない。人から何かをもらう時はいつだって嬉しい。幸せを感じる」
「そっか。俺も同じだ」
「マリアよ。幸せとは、この本のように人から運ばれてくるものだと思うか?」
「うーん、大抵がそうじゃないか? 自分一人で幸せになるのって難しそうだし、他人がいて成立するような気がする」
「ほう、それが貴様の持論か。幸せの定義に正解も不正解もないだろうが、この本によると、幸せとは己で掴み取るものである。幸せを長期にわたって維持するためにも、自ら働かなければならない。運ばれてくる幸せは一時的なものであり、日頃の行いが他の要素に作用した結果である。すなわち、運ばれてきた幸せも元を辿れば己が掴み取ったものである。端的に言えばこんな感じだな」
「じゃあ、もし世界にたった一人だけになっても幸せになれるのかね」
「……それはわからぬ。だが、滅亡した後の世界にも価値はある。そこが我が居場所なら」
細い両腕が優しく俺の頭を包み込む。
胸元がぐっと迫り、瞼を閉じるとそのまま意識がぼんやりしてくる。
甘ったるい匂い。
脳がとろけそうになる。
このまま身体ごと溶けてしまうのではないかというくらいに。
「お師匠様は一人じゃない。もし世界が滅亡しても、俺だけは――」
「それなら寂しくないな。貴様というもう一人がいれば、幸せを掴み取ることができるかもしれない。さあ、もう寝よう。おやすみ、マリア」
朧気な感覚に身を委ね、俺は夢幻の世界へと旅立った。




