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第三十九部

 足早にアイカを追いかけて部屋の中へと踏み入れたが、時既に遅しだった。


 アイカは圧死の刑に処されていた。

 といっても、胸の谷間に顔面を埋められてじたばたしているだけだったが。


「ご、ごめんなさーい! もうしません! 許してー!」


「全く、人が気持ちよく寝ておったというのに。いきなりのしかかってたたき起こしてくるやつがあるか」


 ようやく解放されて呼吸を整えるアイカ。

 落ち着くなりマキナの背後に回り込み、盾のように前へ前へと押し出した。


「だって、プレゼントがあるから早く渡したかったんだもん! ほら、マキナお姉ちゃん、ヴェルマおばさんに渡して!」


「あ、あの、いつも本、読んでるから……どんなのがいいか、わからなかったけど……」


 マキナが差し出したのは、褐色の革の装丁が施された分厚い本。

 ソルシエルは本を受け取り、ぱらぱらとページを捲ってわずかにはにかんだ。


「幸福論か。なかなか興味深い。マキナよ、気に入ったぞ」


「ほ、本当、ですか? よかった……!」


 ソルシエルの手がマキナの頭を撫でる。


 心地よさそうに目を細めるマキナとは対照的に、アイカはむっと頬を膨らませた。


「アイカにもなでなでしてよー。選んだのはマキナお姉ちゃんだけど、アイカもお小遣い出してるんだしー」


「ふん、おばさんと呼ぶのをやめたら撫でてやる」


「えー……だって、マリアお姉さんのお姉さんだったらおばさんじゃん。しゃべり方もなんか古臭いし」


「もう、アイカったら、ヴェルマお姉さんに失礼でしょ」


「だってだって、今時の人は我とか貴様とか言わないよ。キャロルお姉ちゃんもそう思うでしょ? ヴェルマおばさん、実は結構年いってたりして!」


「貴様、人が一番気にしていることを……! こほん……いいだろう、貴様には再び熱い抱擁をくれてやる。今度は気絶するまで離さぬぞ」


「い、いらない! アイカ、ゲオルグおじさんのお手伝いしてくる!」


 アイカが慌てて部屋を飛び出し、ソルシエルは声高らかに笑った。


「無礼な小娘だが、面白い。エリカ、キャロル、マキナ、プレゼント感謝するぞ。後でゆっくり読ませてもらうとしよう」


 屈託のない眩しい笑顔――お師匠様も女の子みたいな表情をするんだな、と思った。


 今ここに世界を滅亡させようとしている魔女はいない。

 一人の人間として、混じり気なくここにいる。


 永遠にこの暮らしが続けばいいのに。

 この世界に永遠が存在しないのは重々承知だけど、どうしてもそう願ってしまう。

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