第三十二部
聞き込みの結果、スラム街の亡霊についてわかったことは主に二つ。
一つは、城下での目撃例がなく、その名の由来の通りスラム街にしか出没しないということ。
城下ではスラム街をよく思っていない者も多く、一連の惨殺を他人事としているどころか、王都が綺麗になると喜ばしささえ表している。
スラム街の亡霊を英雄視しているのだ。
もう一つは、生き延びた男が言ったように掃除や狩りを目的としているということ。
殺されているのは浮浪者ばかりで、その方法も動物を屠殺するかのごとき無情なもの。
遺体の損壊は最低限であることから殺戮を楽しんでいる節は見受けられないが、殺しは殺し、命を尊重しているはずもない。
やるせない気持ちに苛まれながら宿屋に戻ると、エプロン姿のエリカが出迎えてくれた。
「ただいま、エリカ」
「おかえりなさい、マリアさん、ヴェルマさん。夕食の支度ができているので、部屋まで運びますね」
「ありがとう。勉強も忙しいのに申しわけないな」
「いえいえ、私が好きでやってるだけですから。あ、あの、その代わりってわけじゃないですけど、今日は夕食をご一緒してもいいですか?」
「俺は構わないけど。お姉様もいいだろ?」
「勝手にしろ」
「ありがとうございます!」
この世界に来てから初めて魔女以外の人間と食卓を囲む。
テーブルこそ狭いが、団欒の一時を過ごす気分は全くもって悪くない。
エリカは学院であった出来事を笑顔で話してくれた。
裕福とは言えない生活でも、精一杯楽しんで勉強に励んでいるのだろう。
将来は学者になって、父であるゲオルグに少しでも楽をさせたいのだとか。
健気な少女の夢は聞いていて微笑ましかった。
「と、ところで、今朝のことなんですけど」
食事が終わりに差しかかった頃、エリカは口ごもりながら尋ねてきた。
思わずドキっとする。
「お、お二人は愛し合う仲なんですか? ど、どうしても気になっちゃって、聞いておかないと今夜は眠れないかもしれなくて……」
「お、おう……」
返答を考えあぐねていると、ソルシエルがにやりといやらしく笑った。
「もしそうだとしたら? 貴様は軽蔑するのか?」
エリカは激しく首を左右に振る。
「そんなことはありません! 気分を害してしまったのなら謝ります。変なこと聞いちゃったのは単なる私の好奇心からで、お二人を軽蔑する気は全くありません。愛に男女も姉妹も関係ないと思いますし!」
エリカの瞳に取り繕った様子はない。
多分、本心からの言葉だ。
一方、ソルシエルは噴き出し、声を上げて笑った。
「はははははっ! くくっ……馬鹿者、勘違いするな。我とマリアはそういう関係ではない。我の寝相が悪いだけだ。ベッドも狭いしな」
「そ、そうだったんですね。私、恥ずかしい勘違いを……」
「しかし、軽蔑しないというのは感心に値する。差別や偏見は人間を腐らせる。思考の根幹となる部分に曇りがあったのでは、相手に対して正しい評価を下すことはできぬ。エリカよ、貴様はよき学者になろう」
「ほ、本当ですか! ありがとうございます!」
お師匠様が人間を褒めるなんて珍しい。
人間には興味がないのかと思っていたけど、案外そうでもないようだ。
傍観者の客観的な視点――これこそが正しい評価を導くのかもしれない。
和やかな雰囲気の中、魔女と人間の晩餐会は幕を閉じた。




