第十八部
一体いくつの部屋を彷徨い歩いただろうか。
苦労した甲斐もあり、俺は魔法への理解をかなり深めることができていた。
中でも興味深かったのは、『反転』。
聞けば、ソルシエルが創った魔法だという。
比較的定義の構築がシンプルで、何より俺の素質と相性がよかった。
『反転』のメリットは、今ある現状を把握しその事象を逆にするだけでいいところだ。
魔法は通常ゼロから定義しなければならないが、この魔法は用意された事実を軸に定義するだけで構築が済む。
つまり、踏むべき手順が少ないのだ。
一方デメリットとしては、意図しない効果や副作用が生じるところ。
俺がいい例だ。
悪いことばかりではないが、コントロールが行き届かず取り返しのつかないことになる可能性も否めない。
「どうだ、少しは身についたか?」
「んー、そこそこかな。試してみないとわかんないや」
「では、お題を出してやろう。なんでもいい、一つ我に命令してみろ。我はどんな命令も全て断る。もし我が貴様の命令に従えば、魔法は成立しているということになる」
「おっ、なんか面白そう。どんな命令でもいいのか?」
「構わぬぞ。ただし、忖度はなしだ」
うーん、お師匠様に命令かぁ。
どうせならお師匠様が絶対にしてくれない命令の方がいい。
頼み込んでしてくれる命令なら魔法を使う意味がないし。
まずは現状の整理。
ソルシエルはプライドが高く、進んで恥ずかしいことをするような性格ではない。
普通に命令したくらいでは十中八九断られてしまう。
次はこの現状をひっくり返すための定義の構築。
ソルシエルがノーと返すのを逆にし、イエスに変える。
これは一種の催眠のようなものだが、可能性がゼロの事象を起こすのだから立派な魔法と誇れる。
そうだな、お師匠様にはメイドさんにでもなってもらおうか。
メイド喫茶でオムライスにケチャップでハートを描くメイドさん。
そんなイメージでいこう。
「魔法『反転』。お師匠様、俺専属のメイドさんになれ」
「なんだそれは。断……る……?」
一瞬にして漆黒のドレスが白と黒を基調としたメイド服へと変わる。
「あー、お腹空いたなぁ。オムライスが食べたい」
「かしこまりました、ご主人様。すぐにご用意します」
真っ赤な顔で皿に載ったオムライスとケチャップを出すソルシエル。
恐らく俺の魔法のせいで一時的に身体が言うことを聞かないのだろう。
半熟卵の上にケチャップでハートが描かれていく。
手が震えて歪な形。
これでは子供の落書きだ。
「あーあ、あんまり美味しくなさそうだな。美味しくなる魔法をかけてもらわないと」
「お、美味しくなーれ、美味しくなーれ! 萌え萌えキューン!」
「うおおおおおっ! なんかこっちまで恥ずかしい! と、とにかく、食べさせてもらおうか」
「かしこまりました。ご主人様、あーん」
「あーん」
スプーンのオムライスを一口に頬張る。
「いかがですか?」
「ん、美味しい」
「それはよかった……です……? はっ!」
魔法の効果が切れたようだ。
メイド服からいつものドレス姿に戻ると同時に、反射的なビンタが俺の頬にかまされた。
「貴様、なんてことをさせるのだ!」
「だ、だって、どんな命令でもいいって言ったじゃん。それに、結構可愛かったぜ?」
「くっ、屈辱だ! よ、よいか、今のは見なかったことにしろ! 貴様が見たのは幻、我は決して萌え萌えキューンとは言っておらぬ! よいな!」
「いや、でも俺の魔法が――」
「よいな!?」
「……わっかりましたー」
何はともあれ、俺はそれなりに魔法が使えるようになったのだった。




