第十五部
屋敷に戻るなり、ソルシエルは花畑の方へと歩みを速めた。
花畑にはすっかり風化した石が、ぽつんと場違いに佇んでいる。
「歴代ソルシエルたちの墓だ。まあ、皆がここに眠っているわけではなかろうがな。辺境の地で死んだ者もいれば、魔女の名を次代に譲り隠居した者もいる」
「魔女も、死ぬんだな」
「ああ。不老不死の肉体を手に入れても、魂の摩耗を防ぐことはできぬ。所詮肉体など魂の器、魂が生からの解放を望めば死んだも同然だ」
頭蓋骨を石の前に置く。
両手を固く握りしめるソルシエルに倣い、俺も見知らぬ魔女に祈りを捧げる。
やがて頭蓋骨は土の中へと吸い込まれていった。
百年を経た遅すぎる埋葬となったが、あんな落ち着かない場所に安置されるよりはいいだろう。
「ナナシよ、人間とは何故かくも残酷なのだろうか。短い人生だからこそ情があると思っていたが、これでは悪魔と変わらぬではないか」
ソルシエルは泣いていた。
瞬きすることなく、ただ涙の雫を頬から顎にかけて流していた。
俺は何か言葉を発そうとしたが、ぱくぱくと口が動くばかりで何もしゃべれなかった。
命とは儚いから美しい。
人間には心があり、自分のためだけではなく他人のためにも心を動かすことができる。
だが、心には二面性がある。
慈愛と無慈悲。
同じ人間に対しては慈愛に満ち、魔女という強大な存在に対しては無慈悲にも排斥しようとする。
俺は今、どちらの側にもいてどちらの側にもいない。
人間と魔女の狭間にいる半端な存在だ。
そんな俺がお師匠様に言葉をかけても気休めにすらならない。
薄っぺらくて軽い慰めならかけない方がいい。
でも――
お師匠様はまだ人間に未練があったのかもしれない。
世界の滅亡を目論みながらも、共存の希望を夢見ていたのかもしれない。
それなら――
「お師匠様、俺にはまだわからない。人間がこの世界に蔓延っていい存在なのか、滅ぼすに値する存在なのか。考え直してもいいか」
「……何?」
「世界を滅亡させるのをさ。勘違いしないでくれ、何もお師匠様を裏切ろうってわけじゃない。そもそも俺は安請け合いしすぎたんだ。見極めもしないで加担したんじゃ後味が悪いだろ」
「なるほど、一理ある。だが、貴様は選ばねばならぬ。人間として人間を見極めるのか、魔女として人間を見極めるのか。最終的にどちらにつくのかは選べばよいが、立場もどっちつかずでは都合がよすぎる。そうは思わぬか?」
「ああ、確かにお師匠様の言う通りだ」
答えはもう決まっている。
「魔女だ。俺は魔女として人間を見極める」
魔女でいい。
俺も元の世界で人間には辟易していた。
やつらと同種なんて嫌なんだよ。
「後悔はないか? 魔女になれば最後、二度と安寧に落ち着けると思うな。どう足掻いても真っ当な死に方はできぬ」
「覚悟ならできてる。たった今から俺は魔女だ。もう自分を人間だと思うことはない」
「よかろう。貴様の覚悟、しかと受け取ったぞ。貴様はもうナナシではない。貴様には魔女の名をくれてやる。これからはマリアを名乗るがいい」
もうカンザキでもナナシでもない。
俺は魔女マリアだ。
「ありふれた名は気に入らぬか?」
「いや、気に入ったよ。ナナシよりは大分魔女らしくなった」
「ふふっ、その名は先代のものだった。貴様が同じ轍を踏まぬよう祈っておる」




