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顛末:イオン・クラウド


 UWEから二ヶ月が経った。


 八月、午後——沈みかけの太陽は橙色に燦然と輝き、真夏らしい陽炎が砂浜沿いの道路の表面で揺らめいている。

 その道角にたくさんのパラソルを出した、オープンカフェの入口の所に、ほんの少し日焼けした水着の美少女がいた。今日の水着は豹柄の地布を黒紅のチェッカーストリングが縁取る、フリルスカートつきの派手なビキニ。



 Lady-



 仮想の五感が現実をオーバーレイヤードする。



 -Player:01



 夕暮れの砂浜に、晴天快晴のVRビーチがレイヤードされた。南国風な海水浴場に面した通りのリゾートモールには、十歳を超えたばかりの女の子が、『好意値』と『催眠度』を表す二種類のハートマークを漂わせながらそこかしこに歩いている。

 方形で区切られているはずの空間に実に様々な建ち方をするモダンなビルの境界と狭間は、調教済みの美少女たちに埋め尽くされていた——。



 cancel-cancel--∞

 I online.——



 通信上限とトラッキングの解除が告知されるとユーザーコンソールが現れ、仮面を被った白衣の男の顔がその画面に表示された。


『……よし。つながったようだね。自己紹介しよう。

 僕は——〈トレイター〉。仮想では、大体そう名乗っているけど、現実で何者かというと答えにくい。僕は君と同じ、一度に多くの仮想世界へダイブができるマルチプレイヤーだ。僕は一度死亡している。少年時代に自動車事故にあって、コンクリートで嫌というほど頭部を強打した。命は助かったけど外傷性の記憶障害、僕は事故までの僕のことを何もかも忘れた』

「忘れた——?」

『真っ白い部屋で、目が覚めた。自分の身に起こったことを知らされた。手術が三度行われ、助かったのが奇跡だったとも。だけど僕は何一つ』


 ビーチに沿った道路を歩くと、『目的が更新されました!』——とウインドウがポップアップする。


『父と母は、その事故で亡くなっていた。僕は知りたかった——理解したかった。彼らが、そして僕自身がどんな人間だったかを。父と母は弁護士だったと聞かされて、後を継ぐか迷ったけど、僕は精神科医になることにした。自分で自分を治療するために。

 けれど……ダイブ端末がウェアラブル化され、これは格好の研究材料だ! と思って初めて手に取ったカレッジのとき。死んでいた僕が生き返った』


 現実では夕焼けしはじめた砂浜の——仮想ではグラスに滴が輝く。グラスは道行くお嬢様風の女の子から突然渡された一品で、渡してきた子は先端が二つに分かれたストローの片方を咥えつつ、さらに別の子がもう二人、両隣と後ろから体を密着してくる。三人とも催眠度二〇〇%超、好意値は〇、『催眠をかけるには、アイテム課金が必要です』——ビーチの、真っ只中にサークルが現れた。

 新しいガイドラインが車道を横切り、ビーチへずっと伸びている。


『ネットワークにつながると、全てを、思い出したんだ、以前の僕は裕福だった。VRゲームもよく遊んだ。父と母を尊敬していた。人を救う仕事をしていて、いつも帰りは遅かった。ソファで彼らを待っている時間が僕は大好きだった。

 そういう、本当の僕が帰ってきた。事故前と後、僕には今二つの人格があって二つのダイブ端末が使える。分かれた人格が別々の世界でそれぞれ猛勉強し、『世界で唯一、仮想案件を得意とする精神科医で弁護士』になったのが今の僕——〈トレイター〉だ。知っての通り、僕は君が起訴された事件全てを担当している。そして今の君をサポートする、このアプリケーション——〈イオン・クラウド〉の一員でもある』

「あー♡ 来たー!」


 これはどういうことなのかしらねッ——?

 桐先恋花は、背中が薄ら寒くなるのを感じた。


『UWEの開催中に起きた七万人の昏倒事件、通称——〈ゼノリアリティ・アウト〉と、改正された仮想ネットワーク新法によって君は保護対象にされた。活動が大きく制限されてしまったのみならず、警察は君をネットワーク犯罪者として検挙しようとしている。外を歩いているだけで、すぐに逮捕されるだろう。けど君にはファンがいる』


 ——。


『つまり——君が保護され、監視され、管理されることなく、自由と仮想現実の象徴であることを願う協力者たち。彼らを集めたネットワークが〈イオン・クラウド〉だ。世界に君の居場所はない。君の存在が現実であってはいけないんだ。けれど僕達は君を支援する。僕、トレイターであれば司法で。君が活動するための機材や物資を提供してくれる人材もいる』


 ——現実を出禁。


『より直接的な脅威……軽犯罪を犯して警察から追われているときには、誰かが匿ってくれるだろう。けれど重要なのは、彼らがあくまでファンだということ。どれだけ貢献してくれるかは君の影響力による。現在、君の活動は大きく制限されているけれど、何もしないでいれば影響力はなくなっていく』


 どうしてそうなったんだ——?

 浮き輪を引きずり出てくると、ハートシェイプに部分開けした水着のお尻を直しながら、薄羽の舞う金色の瞳が意味深な笑みを浮かべた。髪は夏仕様のアイスシャンパーニュ・イルミネーション、濡れると虹を描く新色はグラデーション引き立つツーサイドアップ。

 こちらの考えていることを察したかのように、イオンはやや得意げに頷くと、片手の掌で髪を跳ね、片手を腰に当てながら応えた。



「——負けるって、こういうことだよね? 負けたら文句言えないよ☆」



 イオンちゃんは敗北したので、現実を出禁になったようです——。

サブタイトルをつけてみました。ここからしばらく話の雰囲気が変わるかもしれません。

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