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リアルなゲームと、現実がゲームになることは違う

 ◇


 ——現役アイドルの朝は、早い。


 ゆるりと体をベッドから起こすと、まずシャワーを浴びる。

 瑞々しい黒髪を念入りに梳かし、長い時間をかけてナチュラルな感じに顔をつくると、自分で朝食をつくって自撮り。

 するつもりが失敗。ウーバーをキメて届くのを待つ。

 ここまでおおよそ一時間。

 届いた料理が写真とやや違ったので(盛りがよく、三人前くらいあった)、食べて別のを頼み直す。新しい朝食が届くと、お皿に盛り付け直し——失敗。オムライスの卵のふわふわ感が、写真と違う感じになってしまったので……?


「ママー⁉︎ ごはーん! ——朝朝、そう。朝の設定‼︎」


 服を着なさい、と言われた。

 完璧。


「昨日は収録が三本、顔文字、顔文字——。あ……震えてるヤツはヤバい、か。絵文字で楽しそうなのを……。最近とってもいそがしくて——でも朝ごはんは自分でつくったよ、と」

 

 最終チェック、OK

 投稿。

 しばらくするとリプが来た。


『昼だよ?』


 ……。




『かわいい! 肌綺麗ですね! すっぴんですか?』




「……。うんそうだよ、メイク苦手で自分じゃやれません、と。はい、朝のお仕事終わり」


 ぱたん、とスマホのカバーを閉じる。

 事務所から課されている日課をそうして終えると、気がついてしまった。今起きたばかりなのに、今日が終わってしまったことに。

 言われたことを片付けてしまうとこれから何もすることがない。

 昔からそう。仕事もレッスンもない休日は、何にもない空っぽの日だから——。


「————」


 ——『現実』では。現代では、それは幾つもある世界の一つ。

 今では、世界は一つだけじゃない。

 こことは違う無数の仮想世界が現代にはある——回廊の奥で突如現れた男が操る無数の漆黒の立方体。

 自我を持った現象であり、キューブ状の実体を無数に複製、分裂、変形させて襲いくる化物。自撮りやツイート、普段の生活をしながら今。二回目の朝食の辺りから始まった戦闘は佳境へと突入していた。


 フルダイブでありながら、

 現実と完全同時進行シームレスな、それが現代のVR。


 意識を切り替えるだけで容易に、現実の身体感覚とアバターを行き来できる〈Unite Reality System〉による仮想現実と、どこにでも持ち出せるウェアラブル型仮想端末が、世界の構造を変えてしまった。

 スマートフォン以下のサイズで、どこにいてもいつでも仮想にログインし——多少慣れれば誰でも、現実の自分とアバターを完全同時操作できる。


 厳密なリアルなど既に現代にはなく、VRという新しいレイヤーがそこには常に張られている。

 望もうと望むまいと——現代では、仮想現実から逃げられない。


「負けちゃったっ。あーあ」


 入来生花梨いりゅうかりんは目を閉じて、昔の自分を思い返した。

 ……昔は確かに空っぽだった。

 空っぽのまま、ずっと変わらないと思っていた。

 だけど世界はつながった。


 時々、仮想の自分が自分じゃない気もするけど、仮想現実は——現実。

 キューブに倒され、一旦拠点に戻って再出発となった合間に花梨は、現実で日記を書くことにした。今、起きたばかりだけど。

 でも関係ない。日記には一日の出来事を書くなんていうルールは知らない誰かが決めたものだから。誰に、何に、従うかなんて。自分にとって何が本物で本当かなんて、誰かに決められるものじゃないから。


 今もそう。見ている誰かのためなんかじゃない。なりたい自分になるために、今日も早起きして自撮りを上げているのだから。


「『大好きな星帆ステラへ、事務所変わったらあんまり会えなくなっちゃったね。寂しいけど』……んと。『寂しいけど、動画は毎日チェックしてます。新しい歌もダンスもかっこよくて上手だったよ。やっぱり星帆はすごいなって思いました』——ええっと」


 きっといいのだ。

 日記が手紙になってしまっても。それは、ただの思い出よりきっといいものになるはずだから。読まれない手紙だってあってもいい。自分を決めつける必要なんてないって気づかせてくれた。

 大切なことを教えてくれた一番の友達への、これは手紙なんだから。


「『私達の新曲は聞いてくれましたか? 歌うときは今でも、星帆も一緒のつもりです。PVを撮影したときに髪型をこっそりまねしちゃいました。今、私が歌えるのは貴方が支えてくれたからです。だから星帆は本当は私の分も二倍すごいんだよ』——……『大好きです』…………」


 迷って、その先を書くのはやめた。

 その先の本当に言いたいことは読まれない手紙にはしておけないから。

 日記には書かず、飲み込んだ文。

 今、何よりも伝えたいその言葉をDMにする。



『——でも、少し不安になったりもします。

 無理、していませんか?

 新しい事務所に怖い人はいないですか? 

 何でも相談してください。どんなことになってもずっと、私はあなたの親友だから』





 ◇




「————ッていう文面のDMが来てんだけどよ……ッ」

「重いね……うん、アルティメット重たい」


 西暦二〇四九年六月——。

 歓声に沸く会場は主役の登場を待ちわびていた。

 毎年六月、三日間の開催で二〇〇〇万人の動員を見込む、仮想エンターテインメントの一大イベント、UWE(Unreal World Experience)。

 そのイメージキャラクターを努めるVRアイドル、イオンこと名凪星帆ななぎステラは、内心背筋が凍ることを禁じ得なかった……。


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