18.解答
フィニスさんから見れば僕は詰まらない人間なのだろう。いや、詰まらないとすら思っていない可能性まである。文句を言うつもりもなければ改善するつもりもない。
僕はこのままで良いのだから――。
この関係のままで――。
「…………つまり、ええと。これ以上は求めてない、ってことか」
この近過ぎない、遠過ぎない絶妙な距離が良い。
フィニスさんは依頼についての報告をするために斡旋所に向かっている。僕はその隣に並んだ。
「フィニスさん。王女様と男女交際するのって難しいと思いますか?」
「は? 急に何? ――と、前までは言っていただろうね」
「急に何ですか?」
「ローズが何か仕掛けたんだね。まさか本当にやるなんて」
フィニスさんはお上品にほくそ笑んだ。
「え、フィニスさんの手引きだったんですか」
「いや、積極的に行かないと気づかないよ、って言っただけだよ。どんなことされた?」
楽しそうだ。けしかけた分際で……とまで言わないでおこう。これによってローズが自分の気持ちを行動で表現したというなら勇気を与えたとも言えるからな。露骨な行動だったのが良くなかったのだが。フィニスさんだってそこまでは想定していないだろう。間違った勇気の使い方だ。
「昨日、襲われましてね……あまり大声で言えませんが」
「あ、そういえば昨日の午後、授業受けてなかったなぁ。そういうことだったのか」
フィニスさんはははは、と笑った。呑気だ。全く持って責任を感じていない。清々しいまでに。
「おめでとう、と言えば良いのかな?」
「めでたくはないですよ。突然襲われただけですから」
よくよく考えてみればローズの気持ちをしっかりと聞いた訳ではない。譫言のように言っていただけで。
「でも、そう訊いたってことはそういうことなんでしょ」
「……わかりません。責任とか言われれば取りますけど、僕自身どう思っているかはまた別の問題ですから」
一国の王女に対し、僕が何かを行動を取れる権利があるだろうか。現実問題、彼女が権力を振り回せば命令に従うことしかできないだろう。
「何考えているかわからないけど、それはクロム一人で出る問題じゃないでしょ。責任と言うなら、取るのはローズの方だろうし」
「随分と辛辣ですね」
「そうかな? 私としては冗談だったから。どっちも乗り気なら結果良かった、って思えるけど。まず、自分の気持ちを確かめることだね」
自分の気持ちを言葉に――。
ローズに応えるとすれば。
僕はローズを愛せるか。
「僕はフィニスさんが好きです」
「ありがとう、知ってた」
慣れてるとばかりにおざなりな感謝だった。
知ってた、って知っててあの反応だったのか? と思うと彼女の精神欠陥がより色濃くなった。それでも嫌いになれないのがフィニスさんらしさである。
「それでローズは?」
「好きだと思います……同じくらいに。でも、どちらも恋愛とは言えない感情です」
「私のは魔眼のせいだから、きっとローズのことが一番好きなはずだよ」
と、言われても実感が湧かない。フィニスさんのことを綺麗だと思ったことは数えきれないが、ローズを綺麗だと思ったことはゼロだと思う。それは比べてしまっているからだ。
「いいから、復唱。〈僕はあなたが好きです、ローズ〉……はい」
「……僕はあなたが好きです、ローズ……」
子供騙しにも程がある。遠まわしに自分を諦めさせようとしているのなら可愛い努力だと思うが。
冷ややかな目で見ていると彼女は腕を組んでふんぞり返った。
「ちょっと早めだけど私から卒業しなさい。いつここを出るかわからないんだから」
「出ていくんですか?」
「〈白龍紋〉のおかげで余命は伸びたけど、それでも二年持つか持たないかだしね。もっと生きられる方法を探さなくちゃいけない。そこに君を連れて行くつもりはないよ」
子供が大人びたような口調はフィニスさんには合っていなかったが、何一つの嘘はないと確信できた。綿毛のような人だ、気づかない内にどこかに消えてしまう。
「私を言い訳にしないこと。精々苦労して何とかしなさい。わかった?」
「正直、まだ迷ってます。けど、わかりました。誠実な答えを出します」
「えぇ、そうしなさい。誰に憚ることのない幸せな人生を、ね――」
フィニスさんの右腕が僕の頬に触れた。
その時の彼女が浮かべたのは、まるで母親のような――もしくは、慈愛の女神様のような柔らかく暖かい笑みだった。魔眼にやられたのか……黄金に輝きが降り注ぎ、背中を押してくれる。
フィニスさんにここまで言ってもらえたことは、今までの全てが帳消しになるほどの幸せであることに間違いない。
「出会えて良かった」
素直な気持ちが口に出る。
あどけなく笑ってフィニスさんは答えた。
「それは私じゃない人に言ってね。〈戦美神〉に代わって祝福するわ」
「はい」
行こうか。王女様に会いに。