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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
少年少女が平和を謳歌するためだけの公国凱旋
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15.いつの間にか縮まっていた距離

 

 ◎


 


 ローズの部屋には、部屋の主である彼女と僕しかいない。


 他の人達は、帰っている。フィニスさんは斡旋所に、テスラレクトさんは武器商団に、サリア様は自分の部屋へ帰っていった。


 どうして残っているのかと言えば、帰ろうとして足が動かなかったからだ。


 傷がないから平気だと思っていたのだが、疲労は蓄積していたようだ。足が震えてその場に座り込んでしまった。


 今は、ローズの気遣いに甘える形で少し休ませてもらっている。


「……〈テスラレクト武器商団〉のトップがかの誘拐犯がとは思いませんでしたね。そして、殺人犯の方も」


 対面に座っているローズが嘆息気味に言う。


「加えて〈訂正機関〉という組織があることにも」


「そうですね。聞いた時には信じてませんでしたが、フィニスさんが以前に戦ったことがあると言うと、疑いようがなくなった感じです」


「国が崩壊すると言われても実感はありませんね」


 ローズは仄かに笑んだ。現実離れした話だった。だが、少なくともフィニスさんとテスラレクトさんは本気だった。サリア様だって純粋だからか、すぐに聞き入っていたし。


 そういえば、城に入れてもらったことに対してお礼をしていない。


「後でサリア様に言わないとな」と呟いたところ。


「あ、クロムさん。サリアと一緒に来てましたね。どうしてですか?」


「いや、それは――」


「髪の色が一緒だから一瞬間違ったとか?」


 完全には否定できない。姉妹だから仕方ないだろう、それは。


 ごり押しのような笑顔の裏にある感情は何だろう。


 怒っているように見える。


 愛する妹に僕が何か粗相したのか心配なのかもしれない。我ながらそれっぽい理由が思いついた。自分を褒めたい。


「安心してください。サリア様にはここまでの案内をしてもらっただけです。お礼は言いたいですが」


「それなら良いのですが。私だけでなくサリアにまで色目を使ったのかと」


「してません! というかローズに色目を使った覚えも……」


 とんでもない誤解だ。


 それよりも信用されてなかったことがショックだった。


 しかし、彼女には僕がそんな風に映ったと言うならそうなのだろう。度々フィニスさんを揶揄していたが、こういうことだったのか?


「完全に無意識でした……」


 転校当初からお嬢様が沢山寄って来たのも。


 これ、フィニスさんがよくやってる奴だ。遠縁だから同じことをしてしまうのか、恐ろしい血が流れている。


 とりあえず謝ることにした。


「すみませんでした」


「いえ、思いの外気分は良かったので、いつも通りでいてくださると幸いです」


「え、それは……どうなんです?」


「私だけに優しくして欲しい――そう言わなければわかりませんか?」


「それは――」


 それは一体どういう意味ですか、と訊き返したくなるが飲み込んだ。


 僕は鈍感に定評がある。一〇年間も幼馴染の気持ちも気づかないくらい絶望的に鈍い。


 それでもここまで言わせて気づかないで済ます訳にもいかない。


「ローズ……」


「気になさらなくて結構ですよ。私の勝手な感情ですので、あなたが応える義務はありません。これはこれで楽しいですから」


 言いながらローズは僕の隣に腰を下ろしてくる。


 部屋が狭いからとても窮屈に感じた。


 人より強い触覚と聴覚で少女の鼓動が響いてくる。振動が伝わって僕の方まで血圧が上がった。


 まずい。息遣いや、匂いまで感じ取ってしまっている。


 拳一個分でも離れようと腰を上げるも、手を握られて止められた。


「これ、狼ですか?」


 彼女は僕の左手の甲を撫でる。全神経が集中しているようでくすぐったい。


「はい。赤い狼――〈赤狼紋〉と言います」


「ここから尋常じゃない力を感じます」


「最近、気づいたのですがこれもある意味魔道具と言えるのかもしれません」


 正確には違うが、《身体強化》と《変身》が合わさった魔道具と説明しても差し支えない。


「綺麗です」


 ローズは僕の手を持ち上げると、唇を押し付けた。柔らかく、そして、湿っていた。


 そして、舐められた。


 優しく、時に激しく。味わうように……――!?


「きゃ、きゃあぁ!」


 変な声が出た。だけど全然離してくれない。


 左手に尋常じゃない刺激が走る。


 この紋章のおかげで五感は鋭い。感触が凄いことになっている。加えて、生きるために必須でもある第六感とも言うべき直感も他人より強い。


 そんな僕の直感が警告している。


 このままではまずい展開になってしまう、と。


「ローズ様!」


 僕の手を掴むローズの手を取る。とても熱い。


 顔を上げた彼女の顔は非常に紅潮していた。湯にのぼせたような定まりきらない視線が僕を捉えている。


 魅了――フィニスさんの魔眼を受けた時に似ている。正気ではない。


「僕は帰ります。あなたはゆっくりと休んでください」


「え、えぇ。ごめんなさい」


 王女様は耳まで真っ赤にして俯いた。


 足早に彼女の部屋を出て城の出口に向けて歩き出す。サリア様に挨拶したかったが、この精神状態では冷静に挨拶できる気がしなかった。きっと幼い子供に怒られただろう。


 一体何が起きたのだろう。


 王女様に悪戯された。変に背徳的な気分だ。


「あれ?」


 傍、と気づく。


 もしかして、今――僕は誘われていたのか?


 


 


 ◎


 


 ――あれから数日が経った。


 どんな手段を使ったのか、フィニスさんはテスラレクトさんを差し出すことなく誘拐犯の件を解決させた。傭兵斡旋所、王国魔法師団、救世神殿も落ち着きを取り戻している。


 どうやら国主体で、今回の戦いで亡くなった者の追悼式を行うとのこと。


 犠牲は多かった。一〇〇人近い。被害の全ては殺人犯によるものだ。彼を討伐しようとした者達はあの鎖に貫かれて絶命した。


 一人でやったにしては異常な数、異常な事件。


 勿論、誘拐犯の件と混ざり合って戦力が分散されたとうのもあるが。


 〈訂正機関〉――この国を滅ぼそうとしようとする意志を鑑みれば、それだけで十分な成果だったろう。戦力を大幅に削ったのだから。


 ある人はもうすぐ〈訂正機関〉が動き出すと言った。騎士をも畏れぬ国落としだ。彼はこの国が亡びると考えている。


 決して夢物語ではない、現実味を帯びた計画と機会が見えていた。


 最悪、今すぐ〈訂正機関〉が動き出す可能性さえある。そんな状況で学園に通って授業を受けていられるだろうか、いいや、できない。どの授業においても僕は全く集中することができなかった。


 久し振りの闘技場での魔道具を用いた授業もおざなりになってしまう。そんなことをしていると絡んで来る生徒がいた。


 シグム・タイラー君だ。取り巻きも二人いる。彼らの名前は何だったか。ジョアンとハックだったか。


「最近調子に乗っているようだな」


 謂れのない罪だった。


「そんなことありませんが」


「魔道具を持つことさえしないでか?」


 と、言われても僕は現在〈紋章剣〉を持っていない。


 というかそこの青年が何故か持っている。持っているというか、隠した訳だが。そんな訳で、盗難にかこつけてこうして思考を巡らしていたのだ。


「盗まれてしまいましてね」


 答えると、取り巻き二人に笑われた。


「暇なら、練習に付き合えよ」


「はぁ……」


 曖昧な返事のままに闘技場に連れていかれた。シグム君はあからさまにフル装備だった。以前戦った時よりも多くの装飾品を纏った、趣味の悪いとしか言えない姿である。とても動きにくそうだ。


 勝手に練習試合は始まった。


 魔道具が起動し、魔法が雨のように飛んで来るが僕の方の緊張感が皆無だからかシグム君のことをよく観察できた。思いつめたような表情だ。少なくとも僕を殺さんばかりの気概ではある。


 何が彼を駆り立てるのかはわからない。


 だが、どうしても僕と戦いたかったことはわかる。魔道具を奪ってまで? 僕に勝ちたかったのかもしれない。


 降り注ぐ雷を緩急つけた歩法で避け、紋章のある左手を無造作に振って火炎球を弾いた。


 僕が彼に近づくにつれ、表情は酷く焦ったものとなる。


 彼程度なら目を瞑っていても勝ててしまう。〈黄金血統〉フィニス、〈蛮雷ノ勇者〉リンクス、〈訂正機関〉プシロという強者だけではない。自分よりも何倍も大きい〈神獣〉とずっと戦ってきたから。


 この力はただ環境のせい。


「うおおお!」


 シグム君は鍍金の剣を振り下ろしてくる。目で追って、肩を引くことで避けつつ側面を蹴りつけた。重々しい音を鳴らして宙を舞うのを他所に、シグム君の放った拳を受け止める。力強かった、でも弱い。


 丁度、落ちてきた剣を掴んでそのまま彼の首筋にあてた。


「…………」


 何か言おうと思ったが、シグム君が震えていたので止めておいた。沈黙しているのは周りの取り巻きも、たまたま見物していた人も一緒だった。


 少なくともこの学園では魔道具を使わない戦闘というのは考えられていない。魔道具を使わない戦闘に驚いているのだろう。


 非日常との温度差を感じた。自分を特別だと思ったつもりはないが、異端であると思われた。


 


 


 


 ――昼休み、ハインさんにお茶会に誘われたのだが、丁重に断って無法地帯の草原にやって来る。故郷にもこんなところがあったな。広さはここの三倍くらいだったが。


「似ても似つかないんだけどな」


 そんな草原で今日も今日とて火炎の塊が空へ放たれている。水色の髪が燃えないか心配になった。


 僕は自分からローズの下へ近づく。修行している時に声を掛けられていたが、いつも彼女の方からだった。


 特に目的はなかったが、挨拶するつもりで。


「え、あー……こんにちは」


 少し大きめに挨拶するとローズは起動していた魔法陣を破棄した。軽く手を振って砂煙を晴らしている。


「こんにちは、クロムさん」


 愛想よく彼女は挨拶を返す。いつも通りの完璧な笑みだ。


 先日のことは全く気にしていない様子。そんなものなのか。


「クロムさんから話し掛けてくるなんて珍しいですね」


「そうですね……何ででしょうね」


 あはっ、とローズは笑って肩を揺らした。


「お話ししましょうか」とローズは大地系魔法を用いて、召喚した白色の岩石からテーブルと椅子を切り出す。「空間系魔法は使えないので、お茶は準備できませんが」


 空間系魔法は学園でも習わない。良くも悪くも便利過ぎるためにこの国では規制が行われている。魔法師団に入ると一部の空間系魔法を習えるらしい。


 フィニスさんは普通に使っていたけど。亜空間に物を収納していた。他の魔法は上手く使えないみたいなので空間系に適正があったのだろう。


「フィニスさんは今日は来てませんね」


「そうなんですか?」


「えぇ、何か暗躍でもしているのでしょうか。あまり危険なことはして欲しくありませんね」


 この国の敵――〈訂正機関〉という組織の姿が露わになった。フィニスさんと彼らに接点があったことも判明した。思うところがあって独断専行、というのも考えられた。


 尤も、彼女の身を心配することほど無意味なこともない。


「明日には何事もなかったかのように戻ってきますよ」


「それなら良いのですが」


 きっとローズはフィニスさんの本気の戦いを見たことがないのだろう。一目見れば彼女の個としての圧倒的強さに戦慄するに違いない。


「私達が会うとフィニスさんのことばかりですね」


「共通の話題がそれくらいしかありませんからね」


 一国のお嬢様と僕にどんな接点があるだろうか。貴族界隈の流行りなど僕が知っているはずもなく、お姫様が田舎者の生活に興味を持つこともない。フィニスさんはどっちでもない新しいジャンルという感じだな。


「生きる世界が違うのでしょう」


 そう言うと、ローズは妖艶に微笑んだ。妖艶な仕草で、妖艶な口調で。


「私、あなたのことをもっと知りたいです」


「……はぁ」


 誘っているのか?


 一体何が狙いなんだろう。


 僕が首を傾げると、ローズはため息を吐いて肩を竦めた。


「やっぱダメですか」


「はい? 一体……?」


「一応、王女なので人心掌握術の心得があるのですが、あなたには通用しませんね。誘惑」


「唐突に誘惑しないでください。何をさせるつもりだったんですか」


「単純な興味ですよ。よくよく考えれば、フィニスさんと比べたら大したことでもありませんでしたよね」


 フィニスさんの魔眼は感情と動揺を強制してくる。ただ、誘惑というレベルではない。その深奥は思わず跪きたくなる衝動だ。〈魅了の魔眼〉は既に〈支配の魔眼〉の域にある。


 彼女の美しさと魔眼は別々であり、しかし、同時に密接なのだ。


 と、している間に僕はフィニスさんのことを考えていた。


「でも、興味があるのは本当です。あなたの人生を知りたい」


「詰まらない話ですよ。それにあまり面白くないですし」


「詰まらないだけでも、面白いだけでもないのが人生だと思いますよ」


「含蓄のあることを。流石お姫様」


「お姫様は関係ありませんけどね」


 ――それから僕はローズに短い人生について、昼休みいっぱいを使って語った。内容の薄い人生だ、フィニスさんと出会うまで。


 故郷〈エクス・クレルト〉、幼馴染、〈人型災害〉、師匠、よくわからない幼女……この頃は思い出しもしなかったのに思い出は溢れてきた。今頃皆は何をしているのだろう――なんて感傷的な気分になる。


 僕の過去を聞いたローズの第一声はこれだった。


「――クロムさんは昔からモテてたんですね。いや、鈍い、と言った方が良いのか」


「もっと重要なところがあるでしょう」


 変な幼女がいた、とか。


「最近はそんなことばかり言いますね……何かあったんですか?」


「気づかないんですか?」


 何かあったらしい。そして、僕が気づいていてもおかしくない出来事らしい。


 まぁ、可能性として幾らか候補はあった。先日の彼女の奇行の際に警告していた展開が思い起こされる。だが、肯定して確定させてしまったらどうなるのか僕の人生は。


「どうでしょう、ね……」


「そういう態度を取るんですね」ローズは少しだけ、不機嫌そうに言う。「あなたの自由ですけどね」


 雰囲気が怖い。どっちのつかずの態度は良くない――ちゃんと覚えておこう。


 その時、昼休みの終わりを告げる鐘が鳴った。正当なる理由を持ってこの場を離れることができる救世の音だ。


「よし、戻りましょうか」と、自然な口調で言って、さっ、と立ち上がろうとした寸前――。


 座っていた椅子が消失し、行き場を失った力が空回って尻餅をついてしまう。両手を伸ばして三点で着地したので痛みはない。


 僕の座っていた椅子だけでなく、テーブルやローズの椅子も消えている。当然、彼女が消したのだから彼女が僕のように転ぶことはなかった。


 魔法でできた椅子を消すには、作成者が消そうとした時だけだ。


「一体どういうつもりですか? 危ないですよ」


「こういうつもりです」


 僕の肩を圧し掛かるように押し、その地面に倒されたかと思った瞬間に――唇を奪われていた。ローズの顔が目の前に、全体像が見えないくらいの距離にある。


 両手は掴まれて地面にこすりつけられ、僕の腹部に彼女は乗っていた。抵抗できるも、王女に怪我をさせてしまうリスクを考えればその力も弱まるというものだ。


「……っ」


 一分くらいして、ようやく僕は解放されて大気を吸い込めた。


 六〇秒振りでも空気は美味い。


 ローズの顔は紅潮していた。呼吸をしてなかったのだから僕だって同じような色合いだろうが、何というか目がヤバい感じだ。


 ――警告が、鳴ってる。


 ――心臓が痛いくらいに暴れている。


 ――確定させてしまって良いのか。


 そんな逡巡は次の一言で玉砕した。


「この後、授業じゃなくて私の部屋に来ない?」


 は――っと、言う間もなく僕は草原を引きずられてどこかに連れていかれる。


 あのローズさん? あの、フィニスさん……――え、ええええええええええええぇぇええええええええええええええええええええええええええええええええ? え? 何すかこれ?


 

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