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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
少年少女が平和を謳歌するためだけの公国凱旋
93/170

12.都市開戦

 

 ◎


 


 ――誘拐犯、殺人犯の掃討作戦は何でもない平日に行われる。


 一般市民にも、貴族階級の者でも限られた者しかこの作戦の実行日は明かされていない。二人の犯罪者に前兆を知られないように、という配慮の結果そうなったという。


 現在、魔法師団の精鋭と、A級以上の傭兵が街に出て捜索を開始している。


 そんな中、協力することになっている僕は――学園で授業を受けていた。最後尾の席で黒板に魔法にて文字を描く講師をやきもきしながら見詰めていた。


 これから誘拐犯と戦うかもしれないのだ。まともに授業を受けているような精神状態ではなく、変に緊張して話が全く入ってこない。


 時間が進むが遅く感じる。


 焦っても仕方ない、と教科書に視線を落として息を吐く。


 その間に、ディスカリスさんから伝えられた情報を改めて思い出した。


 


 誘拐犯は魔法によって武器化した人間を用いて戦闘を行う。相当な剣技だがその流派は不明、元の格闘能力も高く下手に近づくと返り討ちに遭うので遠方から魔法で攻撃するというのが定石となる。


 僕の場合は紋章で上回れることはわかっているので考慮しなくても良い。


 問題は殺人犯の方だ。ほとんど情報がなかった。


 魔法師団を殺害した手口は、心臓部を鋭利な刃物で一突きするというもの。同時に二人殺されたケースもあり、危険度で言えば誘拐犯よりも高い。戦闘能力が未知数な以上、滅多なことは言えないが〈蛮雷ノ勇者〉に匹敵しそうだ。


 


 ――そして、最後の授業が終わった瞬間に僕は教室を飛び出した。


 が、僕の後ろに誰かいる。


「クロム君! どうしてそんな急いでるんですか?」


 ハインさんが尋ねてくるが、こちらの台詞だ。


「まさか、あの作戦に……?」


 何も言わずとも察された。ということは、ハインさんも参加してこれから傭兵斡旋所に向かうのだろう。


「目的地は一緒みたいですね」


「そうですか、ちょっと心配ですが。とにかく向かいましょうか」


「はい」


 その際にA組を覗くとフィニスさんがこちらに来るところだった。生徒達を引き連れていることからおざなりに会話していたようだ。


 僕の隣に立つ少女を見て首を傾げた。


「どっかで会ったね。どこか忘れたけど」


「斡旋所で。あなたが武器化した人を治した時に会いましたね」


「あー、納得……」


 合流して三人で傭兵斡旋所へ向かった。道中で見掛ける魔法師団の数が多く、街の人々も異常を悟っている様子だ。午前中で作戦が終わった、ということはなかった。


 斡旋所は慌ただしく、傭兵達も職員もてんやわんやの騒ぎである。情報が錯綜しているみたいだ。


「ターゲットのどちらかが発見されたみたいです、私は会議室に行きます。お二人は、ご武運を」


 ハインさんは小走りで奥の部屋に行ってしまった。


「私も行って、適当に情報を聞いてくるよ」


 フィニスさんも何食わぬ顔でハインさんの後を追う。


 傭兵や魔法師団の者が出入りして、情報の交換が行われていた。耳を澄ますと彼らの会話が聞こえてくる。魔法師団の使いが地図を指し示しながら言った。


「師団の者からの《通信》が途切れたのはこのエリアです。恐らくターゲットのどちらかと接触したと思われます。至急、応援を」


「わかりました。人員を送ります」


 職員の女性は受付台に取り付けられた《拡声》の魔道具で斡旋所全体に放送を行った。現在、出動可能な小隊を募った。指示に従って説明を受けるのは僕を含めて一〇人ほど。


「おい、何で学生がいるんだよ」


 銀色の鎧を纏った男が僕を見下ろしてくる。


 着替える間もなく来たから制服姿だ。学園生はあまり強くないので彼の言いたいことはわかる。


 しかし、今から故郷の戦闘装束に着替える余裕はない。


「大丈夫です、足手纏いにはなりません」


「言うのは簡単なんだよ」


「落ち着いてください。彼の強さは私が保証します」


 見覚えのない若い傭兵がフォローしてくれた。鎧の男は不満そうだったが、渋々認めてくれた。


 僕のことを知っていると言うと――〈蛮雷ノ勇者〉との戦闘を見ていたのかもしれない。


 魔法師団の反応がなくなった地点は中央都市の東、比較的学園に近い地域だ。どちらにいるかはわからない。五人一組の小隊を作り、一人が《通信》の魔道具を持つ。多人数で行くことで誰かは情報を持ち帰れるようにするという策らしい。


「では、くれぐれも油断はせずに」


 職員の掛け声で持って僕らは斡旋所を出た。傭兵達は高速移動の魔道具を持っているらしくただ走っていると置いてかれてしまう。紋章の力を解放して身体能力を上昇させて後を追った。


 そこにいるのは誘拐犯か、殺人犯か――。


 どちらにしろやることは変わらない。あわよくば雪辱を果たすために誘拐犯と相手したが不満は言うまい。何があっても油断せず、打倒するのみだ。


 瞬く間に距離を詰め、目前まで迫った時に青年傭兵が言った。


「通信がありました。この先にいるのは――」


 聞き終える前に角を曲がる。


 路地には凄惨な光景が広がっていた。先行して到着していた師団の者の死体が三つ転がっている。


「こっちが当たりって訳か」


 銀鎧の男は腰に提げた剣を引き抜いた。


 視線の先――二十代前半と言った容姿のグレーの髪をした糸目の男はナイフを持っている。刃は壁に貼り付けにされた傭兵らしき男の心臓部に突き刺さっていた。


「――殺人犯の方か」


 自然とそんな言葉が漏れた。


 殺人犯は僕らを見て、怪しく笑んだ。


「まるで入れ食いですねぇ、この分なら仕事が楽に終わりそうです」


 そう言って奇術のようにどこからともなく鎖を取り出した。


 


 


 ◎


 


 会議室に向かったハインとフィニスが見たのはこれ以上ないくらい切羽詰まった職員達の姿だった。


 魔法師団や捜索に出て言った傭兵達からの《通信》を受けて情報を受け取り、そのまま本部に伝えて統合、その末に確定した情報を彼らに伝える。


 この単純な作業に職員のほとんどが駆り出されていた。フィニスと同時期に入った若手も汗を流して働いている。


「忙しそうだね」


 他人事のようなことを漏らすフィニスが呼ばれなかったのは、純粋にフィニスにこの作業はできないと判断されたからである。客寄せパンダとして就職した彼女は事務作業をほとんど習っていないからだ。


 しかし、事務員としてより戦闘員で参戦する方が有益であることは間違いなかった。


 ハインは早速支部長の下に向かって指示を飛ばし始めた。学生を逸脱した指揮能力をこれでもか、と発揮して慌ただしかった会議室を静めていく。


「接敵情報! 第三小隊が西エリアに武器を背負った黒ずくめの男を発見! 誘拐犯だと思われます」


 フィニスの同期のメリアーナが叫ぶ。


 テーブルに広がった地図を一瞥したハインは受付に繋がる魔道具で捜索指令を出した。それと同時に別の事務員が立ち上がる。


「東エリアにて第一〇小隊が殺人犯と思わしき人物と接敵、戦闘開始します!」


「近くに師団がいます、合流指示を出します」


 二人の人物の居場所が割れたことにより、作戦はようやく佳境に突入する。誘拐犯と殺人犯の撃破、場合によっても殺しても良い。捜索に駆り出されていた者もすぐに集められる。


 包囲網はできあがりつつある。これだけの物量を打破できるほどの魔法使いはそうはいない。


「どちらに行くべきか……」


 ターゲットが例外的な強さを見せる可能性もある。その時、フィニスという大戦力はどちらにいるべきか。


 左眼の義眼に込められた《通信》を使い、傭兵と事務員の会話を傍受する。


「クロムが殺人犯の方か――なら、私は誘拐犯の方に行こうか」


 フィニスの次に強いであろうクロムが殺人犯を、フィニスが誘拐犯を。状況を鑑みて一番成功率が高い方法を選んだ。


 会議室を出ていくと丁度、誘拐犯討伐の小隊が組まれるところだった。


 いたのはたった二人だけ。


 斡旋所には多くの傭兵がいた。しかし、次々と届く訃報にビビった者が大半だった。傭兵で言えばA級の称号がなければ太刀打ちもできない。彼らからすれば死にに行くようなものだった。


 フィニス以外にもう一人。一回り年上の黒髪の好青年。十字架の髪留めを左につけた色男である。


「どうやら二人だけのようだね」


 と、青年はフィニスに言った。返事は実に適当だった。


「まぁ、それはそれで動きやすいから良いんじゃない」


「そうとも言うね。僕はアルメルという、君は?」


「フィニスって呼んで」


「わかった」


 アルメルはこの辺りに地理に詳しいということで事務員の説明も早々に切り上げ、移動を開始した。フィニスも義眼に地図を取り込んでいるので道に迷うことはない。


 斡旋所を出たところでフィニスは切り出す。


「屋根を跳ねて行くつもりなんだけど」


 魔法を使って体重を吸収できる彼女は道なりに進む気はなかった。直線で進むが最短距離である。


 唐突にチームワークも何もない言われたら鼻白むものだが、アルメルは怯まない。不敵に笑みを浮かべて言った。


「僕もそのつもりだったよ」


 そう言って彼は爪先で地面を叩いた。魔道具〈跳躍蹄鉄〉にエネルギーを流すと靴に白い線が走る。ぐっ、と踏み込み膝を伸ばした瞬間、アルメルの身体が一〇メートルは跳んだ。


「これなら三分も掛からずに着くよ」


 屋根を蹴りながらも、器用に振り向いて青年は言う。


 その後ろ、フィニスが追走していた。


「アルメルって強いの?」


「一応A級の傭兵だけどさ」


「なるほど、上から数えた方が早い奴ね」


 何事かと通りに飛び出した国民は屋根を駆ける二人を見たことだろう。もしも、その際美少女のスカートの下を覗こうとしたら目が潰れていたに違いない。


 目的地の路地の上に着いたが人の気配はなかった。情報を得てから既に五分以上経っている、逃走された可能性は高い。


「僕はこちらを、フィニスさんはあっちを探してください」


「了解」


 屋上から降り、二手に分かれる。《物理循環ブラスト・サークル》で空気抵抗をすり抜けながら暗がりを進む。


 さらに義眼の《遠眼》を用い、通路の先を見通す。不自然に大きい影を観測した。


 まるで大量の剣を背負い、その上からマントを被ったような肥大なシルエット。その鈍重な動きにより、瞬く間に距離は縮まった。


「《物理循環ブラスト・サークル》!」


 吸収したエネルギーを熱の塊として放つ。火炎の弾がその背中に引火した。


 すぐさま黒布を外すと、男は翻ってフィニスと相対する。背中から一本の剣を抜いた。原材料人間の骨である。


「流石に壊したら治せないよね……」


 フィニスは物体を収納する魔法陣から新調したばかりの〈騎士帝剣〉を取り出す。エネルギーを流し、刃渡りを二メートルまで拡張した。


「その大量の武器……あなたが誘拐犯で間違いないみたいね」


「…………」


 誘拐犯は油断なくフィニスを見据える。


 フィニスは意外に思った。彼女は生まれながらに他人から弱く見られる性質を持っている。まず初対面の者は油断する。


 とはいえ、魅了系スキルを遮断してくる者も少なからずいるし、真正面から抵抗して来る相手も見たことがあった。一概に絶対とは言えない性質だ。目の前の男もそれだけの資質を持っている、かもしれない。


 ――その割にはあまり強いようには見えないのよね。まぁ、いっか。


 フィニスは思考を切り上げ、地面を滑るように接近して剣を振るう――寸前で止まった。


 正面に誘拐犯。


 さらにその先の通路に灰色の外套を纏った長身痩躯の老人が立っていたのだ。


 泡沫のように気づいたらそこにいた。まるで一〇年前からここにいたかのような錯覚さえしてしまいそうだ。男は細い刀身をした剣を腰から提げている。


 只物ではない雰囲気を感じつつ、フィニスは老人に問い掛けた。


「あなたは傭兵?」


「そのような者です」


 しわがれた、それでいて貫禄はある声だった。


「あなたはこの人を斬るの?」


「えぇ、それが一番手っ取り早く金を稼げるので」


 何か、見た目雰囲気と比べてあれな理由だった。普通過ぎた、理由が。


 しかし、発言に嘘偽りなく、既に剣に手を掛けていつでも抜ける体勢に入っていた。その仕草だけで凄腕なことは察せる。剣から飛び出すのは紛うことなき一撃必殺だ。一撃確殺の剣技である。


 このまま傍観していれば、誘拐犯は死ぬ。


 絶対に絶命する――。


 フィニスでもってして確信した。


 作戦では殺しても構わないとなっている。その行動には何の問題もない。だが、フィニスにはあるかもしれない。


「――金が目的なら引いてくれないかな? その分の金は私が出すから」


「…………」


 唐突な交渉。老人は無言でフィニスを見詰める。その間に立つ誘拐犯はいない者として扱われ、若干動揺している様子だが二人が見える立ち位置で視線を巡らせた。


「今から一〇日後、中央都市外の霊園に」


「わかった」


 あっさりと老人は踵を返した。誘拐犯からすれば隙だらけの逃げるチャンス、かと思われるが背後を狙って飛び出すことはなかった。彼にもわかっていた。かの老人相手ではクロムの時のようにはいかない。


 ここで出ればやはり、絶対に絶命すると。


 幽鬼のような後ろ姿が見えなくなるまでフィニスも誘拐犯も微動だにしなかった。やけに響く足音が遠ざかり、やがて途切れる。


 同時にフィニスは――。


「よし、再開しようか」


 肩に〈騎士帝剣〉を乗せると二つの眼で誘拐犯を見詰める。足元で《物理循環》を発動して地面を滑って接近した。何の技術もない縦振りだ。


「ッ……!」


 黒ずくめを翻して身を捻じる。彼からすれば〈騎士帝剣〉も絶殺であることは変わりなかった。剣で対抗しようものなら、力づくに斬り伏せられたことだろう。あの名剣を前にしてしまえば背負った剣を投げて、なんて時間を稼ぐこともできなかった。


 再び、フィニスは高速接近して剣を振るうも誘拐犯も辛うじて避ける。だが、リズムが変わると回避も難しくなっていた。


 不規則に剣身が拡張、収縮しているのだ。幾重にも鮮血が飛び散った。


「あまり派手には使えないけど」


 一旦、距離を取り、〈騎士帝剣〉の鍔を引っ張ると斬撃が弧状に伸びる。狙いを定めて指を離すと、ギロチンが真っ直ぐに飛んだ。これは避けられたが、二発目は剣身を横に倒して放った。


 三日月を豪快に飛び越えた誘拐犯はフィニスに手を伸ばした。


「《人体武器錬成デミ・アームズ・クリエイト》」


「《武器創造アドベント・アームズ》」


 誘拐犯の右腕とフィニスの左腕が重なって稲妻のようにエネルギーが散る。二つの同型の変形魔法が拮抗しているのだ。


 魔法は拮抗している。だが、実力差は埋まっていない。


「ていっ!」


 義腕でもって、稲妻を強引に突き破って腕を締めあげる。そこに〈騎士帝剣〉を振り下ろす。殺すつもりはなかったが身動きが取れないくらいに斬るつもりだった。


 その直前、〈騎士帝剣〉が停止する――。


 刹那に外部から魔法的に干渉されたのはわかった。


 エネルギーを失った〈騎士帝剣〉は、男が背中から取り出した骨剣により弾かれ、返す剣で少女のがら空きの胴に吸い込まれる。


「《物理循環ブラスト・サークル》だよ」


 刃はギリギリ服に触れた位置で止まった。


 あっさりと使えなくなった剣を手放し、渾身の拳が誘拐犯の顔面に突き刺さる。反動を吸収したので吹っ飛ばないが、その分、脳を伝わる揺さぶりは何倍にもなったろう。


 男はそのまま崩れ落ちる。バラバラ、と元人間の剣が足下に散乱した。


 掴んだままの腕を引き上げ、黒ずくめを剝ぎ取る――そこには想像通りの顔があった。


「テスラレクト――」


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