11.王女との昼休み
◎
――昼休み、校舎裏の何もない草原にて身体を動かしていた。
考えるのは中央都市を騒がす誘拐犯と殺人犯のこと。
僕は外交官からの協力要請を受けて、しばらくしたら組まれるであろう討伐隊に参加する。情けない戦いを見せる訳にもいかない、という思いに駆られて訓練しているのだ。
オーラを纏って空気を殴り、蹴る。手刀を振り下ろして草原を刈ったり。
「とはいえ、だよな……」
意識を傾けると、腕に〈七七七〉の数字が浮かび上がる。
そう簡単に変わる訳がない。
精々、動きがスムーズになるくらいだ。それでも無駄ではない、と信じて続ける。
体内を駆け巡るエネルギーを圧縮、解放するのがスピリッツの極意。
獣の力を鎧として外側に纏うのが〈赤狼紋〉の覚醒状態である。敵が〈蛮雷ノ勇者〉、〈神獣〉レベルとなるとこの力の出番だ。
相手がこれ以上となると僕にはどうしようもない。
強くなるのも頭打ちだし。
一息吐いて、紋章の力を解除する。
「勤勉ですね」
と、声を掛けられた。
「ローズ……」
「さっきから見てましたが不思議ですね。あのオーラ、魔法とは原理が全く異なります」
「そのせいか僕は魔法が使えませんが」
「フィニスさんも使えませんね。姉弟みたいです」
と、彼女は笑った。
「ローズはどうしてこんなところで魔法を撃ってるんですか?」
強くなるため、というのはどうにもしっくりこない。
「暇潰し、ですかね。誰とも話したくなかったから、勉強がてらに鬱憤を発散していました」
「勉強してたんですか、あれ……」
「魔法が使えれば成績は上がりますから。一応、王女なので一番にならなくてはなりませんしね」
大変そうだ、と言いつつ僕に涼しい風を送ってくれる。《弱風》と、言ったところか。
「ありがとうございます。便利ですね」
そのままローズは僕の横で風を吹かす。汗が乾くまで同じ景色を見る。
優しい人だな、と思った。
「無理しないでください」
「?」
「クロムさんは……フィニスさんほど強くないですから」
「それを言ったら人類のほとんどがですよ」
「心の問題です」
――僕の心はそんなに弱く見えるのだろうか?
失敗からも、現実からも目を逸らさないようにしている。人間関係においても不都合があってもとりあえず飲み込もうとした。
それに、いつでも力を操る覚悟もある。
「そんなに弱く見えますか?」
「人間としては正しいと思います。フィニスさんは揺れなさ過ぎる、それこそ人間には見えないくらいに。もしも、あなたが彼女と並び立とうとするならいつか――いつか、進めなくなる時が来そうで」
「…………」
「お節介だと思って下さって構いません」
意味あり気なこと言ったきり、ローズは口を閉ざしてしまった。
汗が乾いたのと同時に予鈴の鐘が鳴る。ローズは魔法を止めて立ち上がった。スカートが目の前で揺れた。
「フィニスさんが武器屋に行く、と言ってましたよ。もしかしたら放課後誘われるかもしれません」
「そうですか、ありがとうございます」と僕も立ち上がり校舎へと向かった。
少しだが王女様のことがわかったような気がする。
彼女は人を良く見ている。それが彼女の生まれ育ちが関係しているのか、それとも意味もなく透かしたようなことを言うのが趣味だからかはわからないが。
「不思議はこっちの台詞ですよ……」
――ローズの言う通り、放課後になるとBのクラスにフィニスさんが乗り込んできた。眼鏡は昨日壊れたままなのでモノクルをつけている。
それでけでも印象はガラッ、と変わった。おしとやかさよりも、利発が前面に押し出されている感じである。
「クーロームー君、いいかな?」
いつになく変なテンションである。しかし、楽し気でいて、あどけない笑顔がとても可愛い。僕だけではなく皆、癒されていた。
ローズから話は聞いていたので要件を訊く必要はない。
「行きましょうか、武器商団に」
「あれ? どうしてそれを?」
目を丸くするフィニスさんを追い越して教室を出る。
目立つのには嫌気が差しているので、できるだけ人目につかないような道を使って〈テスラクレト武器商団〉に向かった。
魔法師団の殺害事件もあった、流石に警戒は厚くなっている。ひらひらするローブを纏った男達が街中を巡回していた。それだけでなく、見るからに傭兵をしている男も道端を歩いて住民を怖がらせている。
フィニスさんは武器商団に入り、受付台にいる女性にテスラクレトさんを呼ぶように言った。
奥の工房から出てきたテスラクレトさんは二つの剣を受付台に置く。
鞘のない銀色の剣はフィニスさんの〈騎士天剣〉なのだが、調整の末、原型を留めていない。片刃は展開されて噴射口が剥き出しになっていた。さらに、細身の剣身だったものが横幅は三倍にほど膨れ上がっている。
「だいぶ変わったね」
と、フィニスさんが言うとテスラクレトさんが説明する。
「変形機構は撤廃した。射程範囲を広げるだけならエネルギーで拡張すれば良い、だからそうした。鍔の部分を手前に引っ張ってみればわかるが、それは弦だ。エネルギーを弧状にして飛ばすことができる」
近距離、エネルギーによって拡張して中距離、弓にして遠距離。
一つで三つの状況に対応できるように改造されていた。
「……初めにも言ったが、これは普通の人間に使える代物であることには変わりない。改める前も、後もな」
フィニスさんは剣を掴み、空を一振り。風を斬る心地良い高音が鳴る。
持ち主は満足気に頷く。
「エネルギーの通りも良くなってる。これは良い剣だ。新しく名前をつけてくださいよ」
「……そうだね、〈騎士帝剣〉と言ったところかな」
「〈騎士帝剣〉」と言い、彼女はふふふ、と邪悪に笑った。
やはり、フィニスさんは戦闘狂の気がある。武器に目を輝かせるタイプだ。
上機嫌に狭い店内で剣を振り回す彼女は置いといて、テスラクレトさんはもう一本の剣を取った。
「こっちはそこまで手を加えていない。剣身を生成する時にレールを作ったことと、出力を調整しやすくしたくらいだ」
渡された〈紋章剣〉を鞘から抜く。
以前よりも赤い刃が整っている。濃度を圧縮したようにきめ細やかだ。しばらく時間を置いてもブレる様子もない。
「……完璧です」
「正直、これが限界だったというのもあるがな。専門は武器だからな、それは武器というよりも魔道具という色合いが強い」
「それでも凄いですよ」
絶賛すればするほど彼の顔は緩くなった。
剣を腰に提げて、借りていた腕輪を返却する。結局、一度も使わなかったし、使えなかったものだ。
「そんなのくれてやる」
「はぁ、ありがとうございます……」
僕もいらないのだが。くれると言うなら貰っておこう。
試し斬りに満足したフィニスさんはようやく剣をしまった。
「これで誘拐犯と殺人犯の捜索の準備が整いましたね」
「いつでも掛かって来い、って感じだよ」
「では――」
テスラクレトさんに軽い会釈をして僕らは〈テスラレクト武器商団〉を後にした。