10.王女とお茶会
◎
「いや、待たせてごめんね。サリアが暴れ回っちゃって落ち着かせるのに時間が掛かっちゃって」
フィニスさんが庭にやって来たのは一時間の後だった。
ローズとの談笑もそろそろ話題が尽きてきまずい時間が始まるかと思っていたので丁度良いタイミングである。
あれ、眼鏡を掛けていない。
掛けないで持っている――ガラスが砕けた眼鏡を。
「一体何があったんですか……」
「魔眼を使った時外したんだけど、サリアに魔法で壊されちゃって」
「魔眼って、結構本気出してますね」
「一応王女様だし怪我させられないからさ」
一応、って……ちゃんと王女様でしょう、それは。
フィニスさんが残っている席に座るとすかさずメイドさんがグラスに紅茶を注いだ。一礼して、館に戻って良く姿を見送ること二回目。
「サリアはちゃんと勉強してましたか?」
「最近、ようやく私のアドバイスを聞いてくれるようになったよ。また城が少し削れたけど」
「……楽しそうですね」
不穏さの滲む発言にローズも若干の引き笑いを浮かべる。
「ともかく……フィニスさんのおかげでサリアの他の人に接する態度も変わりました。改めてお礼を」
「大したことはしてないからいいよ」
「謙虚ですね、そういうところも好きですよ」
「そう?」
軽く言葉を交わしたところで本題に入る。
一口、紅茶を含んでから切り出した。無関係のローズもいるが知られても問題ないので気にしない方向で。
「ここに来る途中で身体に浮かんだあの数字のことです」
「あぁ、あれね。何かわかったの?」
「簡潔に言えば、あれは強さ順です。範囲は世界で何番目か、だと思います」
「どうやって出すんだっけあれ」
「多分ですがナンバーズ――ランキングに入っている者が探ろうとすれば現れます。試しに僕の順位を知ろうとしてください」
「よーし」
途端、僕の左腕に七七七という数字が浮かんだ。〈赤狼紋〉という称号も勿論載っている。
同時にフィニスさんのロンググローブの上にも数字と称号が刻まれた。
「クロムは七七七位、私は二二位か。イメージつかないなぁ」
「いえ、どちらもすごいですよ」
ローズは感心した風に言う。
「ここ西大陸だけではなく、中央大陸、東大陸を含めるならそれは異常な強さということになります。そうでなくても西大陸は災害や戦争が多いので強い人は多いはずです」
村に〈人型災害〉が降りかかって来たのが思い出された――退けるために村人達は強くならなければならなかった。
「誰が何のためにこんなシステムを作ったのか、それはわかりません。しかし、序列化することで巻き起こる闘争の規模は大きくなります」
それこそ先日の〈蛮雷ノ勇者〉との戦闘では街の一角を破壊した。お互い本気を出していない状態でだ。あの戦闘後、彼は自力で帰っていった。
ある程度の実力差があったから被害を抑えられたが、接戦ならば、上位者の戦闘ならどうなるかは想像もつかない。
「フィニスさんは特に、順位が高い分、絡まれると思うのでお気をつけて」
「今のところはクロムの戦ったって言う人だけしかいなかったの?」
「はい。ここに三人いるだけでも多いほうなのかもしれません」
ナンバーズでも気づいていない可能性もある。二人以上いなければ確かめようがない。
ローズも頷いた。
「私もそれとなく調べておきます」
「よろしくお願いします」
こう言ったところで沈黙が下りた。
言っておくべきことは言った。心地良い場所だがそろそろここもお暇した方が良い時間である。
お茶を飲み干して、ソーサラーに置いたタイミングで足音が二つ聞こえてきた。
二人の男――外交官ディスカリスとひらひらを纏った三〇代ほどの男だ。どちらも修羅場を潜り抜けたような壮観な顔つきである。
「家庭教師の件、上手くやっているようですね。協力感謝します」
外交官はまずフィニスさんに一言お礼を言った。
「別に大したことじゃないけどね」
「それなら良かったです」
「それで挨拶しに来たって訳じゃないでしょ?」
「いつものように厄介事ですよ。あなたに依頼があります」
厄介、と聞いて楽し気に頬を上げたのは見逃さない。
フィニスさんは妖艶な雰囲気が滲む視線で先を促す。そう見えるのは魅了の効果が効いてきたからだ。ローズは既にやられていて彼女から目を離せないでいた。
「厄介事というのは中央都市を騒がせる誘拐事件ですね。現在は、斡旋所との協力で何度か誘拐犯と接触することができましたが捕らえることができていない状況です」
あれから一応は進展しているみたいだ。
だからと言って捕まるのも時間の問題という訳でもない口調。
後ろに控える男が眉を寄せて苦悶の表情を浮かべる。
ディスカリスは肩を竦めて言った。
「しかし、三日前から捜索に当たった魔法師団が何人も殺されていましてね」
「えっ」
流石に驚く。殺しなんて――そこまでの事態にまで発展しているのか。
「下手な強さだと被害者が増えるだけ、故に強い者が行かなければなりません」
「それで私に声を掛けた、と」
「武器化した人を治せる魔法以上に、戦力としてです。できれば君にも手伝ってもらいたいですが」
ディスカリスさんは僕のことを見てきた。
以前、油断して敗北したが次は勝てるという自信はある。それに再戦する機会があるなら是非とも参加したい。
「そんなに強いの?」
フィニスさんが訊いてくる。
「いえ……こんなこと言っても言い訳がましいですが、正面から戦闘になれば僕でも勝てます。特殊な魔法を使うようで触れないように戦うのが難しいかもしれませんが」
「武器化する魔法……随分と手口が違うようだけど」
「その通りで誘拐犯と殺人犯、二つの件が絡み合ってます。魔法師団は《通信》を使う前に殺害されましてね。殺人犯の方は瞬殺されたことから暗殺に特化しているかもしれません」
ディスカリスさんはそう言った。
誘拐犯よりも厄介な相手か。
戦闘力は未知数、〈蛮雷ノ勇者〉ほどではないと思うが魔法使いを容易く殺しのけたことから相当の実力者だろう。流石に余裕こいてはいられない相手。
「誘拐犯と殺人犯が結託している可能性もあります。少なくとも二人を相手して生き残れる人員が必要だった、という訳です。どうですか? 任務の難易度としては〈エクス・クレルト〉より少しランクは下がりますが危険です。断るならそれも良いでしょう」
「私は良いけどね」とあっさりとフィニスさんは答えた。「ここに住んでいる以上全く関係ない、って訳にもいかないだろうし」
「僕もできるだけなら協力します」
「それは良かった。詳しくは後で連絡をいれます、くれぐれもお気をつけて」
ディスカリスさんと後ろの男は王宮に戻った。
しかし、何をしに来たんだローブ風の男は。
「彼は魔法師団の団長ですよ」
言いながら、ローズは頭を抑えている。
「大丈夫ですか?」
「魅了とやらの効果が思ったより強くて。クロムさんは平気なんですか?」
「元から耐性があるみたいで、それでも結構来てますが」
「じゃあ、私はそろそろ帰ろうかな」
収納魔法の魔法陣からモノクルを取り出して装着するとフィニスさんは立ち上がり、中庭を後にする。
「じゃあ、またね」
「さようなら」
「えぇ、二人とも御機嫌よう」
挨拶を交わして、僕らは王宮を後にした。