6.武器商団テスラクレト
◎
翌日、中央都市魔導学園への道中――。
あんな事件に巻き込まれた後でも学校には行かなければならないらしい。都会の学生は凄いというか、何かに追われている感じがした。
さておき、昨日のことも報告も含め、フィニスさんと一緒に登校している。
「身体は大丈夫?」
フィニスさんが空を見上げながら尋ねてきた。
「あんなこと初めてだったからちゃんとできてたか不安な部分もあるんだけど」
「そうなんですか……」
そんな心構えで僕とか他の人を解放したんだ。
「誘拐犯の情報は魔法師団? に伝えられて捜査網が敷かれてるみたい。後、何か協力することになった」
「協力ですか」
魔法師団は人間の武器化魔法を解析している途中で、現在あれを解除できるのはフィニスさんしかいない。協力要請も道理だ。
しかし、フィニスさんはより一層忙しい生活を送ることになりそうだな。
「斡旋所だけじゃなく王宮でも働いてますよね。さらに増やして大丈夫なんですか?」
「良くはないよね。でも、適当にやるよ」
「呑気ですね……」
実に彼女らしいけど。
「あ、午後予定開けといてね。ちょっと武器を見に行くから一緒にね」
「はい、わかりました」
「結構物騒だから準備だけはしとかないとね」
話している間に学園に着いたので、各々のクラスに向かった。
教室に入ると四人の女子生徒が押し迫って来る。適切な距離を取ろうとしたら壁沿いにまで追い込まれた。
「えと……これは一体?」
尋ねるとアテナさんが口を開いた。
「クロムさん! 誘拐事件に巻き込まれそうになったという話は聞きました! 体調は大丈夫なんですか? 怪我はありませんか?」
「あ、その話ですか」
ハインさんに視線を向けるとウィンクが飛んで来た。詳しくは話していないという解釈で合っているだろうか。折角、隠蔽してくれたのだから適当に誤魔化しておこう。
大丈夫、と念入りに伝えて落ち着いてもらった。
誘拐犯については担任の教師から生徒にも伝えられ、学園内でも厳重な警戒が為されるとか。どこから情報が漏れたのか僕が巻き込まれたことは学園側には知られている。魔導師団との繋がりもあるのかもしれない。
「しかし、鈍ったな……」
誘拐犯と手合わせた時の情景が脳裏に浮かぶ。
学園生活に慣れるので精一杯だったのと、想像以上の低レベル差に油断をしてしまったというのはある。野良の犯罪者と言っても体技だけで制圧できると決めつけて、紋章も雑に使ってしまった。
魔法に対しての理解も浅かった。
「……もう一度戦ってイメージを払拭したい」
勝てない相手ではない。勝つの自体はそう難しくなかったはずだ。
だからこそ――再戦を。
とはいえ、自ら渦中に飛び込んでいくほど子供ではない。この失態は素直に受け入れ、今度からは油断せずに生きていくことにしよう。むしろ鈍った思考を叩き直す良い切っ掛けになった。
――昼休み、僕はバニアさんと薔薇庭園の一角でお茶を飲みながら歓談していた。他のメンバーは用事があるとかで各々の用事に出掛けている。
茶色のポニーテールが彼女の性格を表すようにふわふわ、と風に揺れていた。
「…………」
バニアさんは一人だけ時間の進みが遅いような人間である。おっとりしていると言えば聞こえは良いが、成績という概念にある学園の中だと何かと苦労も絶えないことは近くで見てよく知っている。純粋で良い人なんだけどね。
「この学園って訓練場ってありますか?」
「訓練場?」とバニアさんは目を丸くして可愛らしく首を傾げた。「ありますよ」
「使用で使うことってできるんですかね」
「授業とかクラブで午前も午後も使われるので難しいかと。何かするんですか?」
「えぇ、少し身体を動かしたかったんですが使えないなら仕方ないですね」
「運動をするだけなら奥にある広場がありますよ」
ある程度動ける空間があるならばどこでも良かった。
「なるほど、後で行ってみます。教えてくれてありがとうございます」
「い、いえ……」
僅かに顔を赤くして彼女は俯いた。
感情がわかりやすいというのも彼女の性格の一つ。そんな純粋さに惹かれる部分もある――直接こんなことは言えないけど、我が姉に似ているからどうしても見てしまうのだ。
「良かったらこれから案内しましょうか?」
「いんですか? 是非」
薔薇庭園のメイドさんに片づけて僕達は校舎の脇道を歩いて行く。薔薇庭園以外にも庭はあり、生徒は思い思いの会話に興じながら昼休みを過ごしていた。
僕とバニアさんのように男女二人で時間を過ごしている者もいる。関係性は明確に違うのだろうけど。
校舎からやや離れたところにある闘技場をさらに進んでいくと森林に囲まれるように広がる草原の広場があった。何か建てようとしてまだ準備中、といったような持て余した感じの土地だ。
「ここです――あ、誰かいましたね」
「一人だけですよ。こんなに広いなら数人いても気になりませんよ」
広場にいる生徒は魔法の練習をしているようで赤に青にと発光していた。僕と同じようなことを考えている人も一人はいるようだ。
目を凝らすと魔法を使っている女子生徒の顔がはっきりしてくる。
水色の髪をした少女――確か、この国の王女様だったか。
「名前は確か……ローズ・ラフォントだっけ?」
「ローズ様がどうしたんですか?」
「彼女は魔法を上手なのかな、と思いまして」
「なるほど、私も気になります」
同意された。清涼感が足りない会話である、ほのぼのしてしまう。
今日の放課後はフィニスさんとの予定があるので訓練は明日から始めることにした。
――午後最後の授業の終わりを告げる鐘が鳴った。
早々に荷物を纏めて教室へ出ようとするとバニアさんに声を掛けられる。
「これからご予定はありますか?」
「あぁ、はい。魔道具を見に行く――予定で」
フィニスさんがそんなことを言っていたような。反論する猶予もなく言い捨てられたので詳しいことはわからない。
少し、俯いたバニアさんは指先を弄りながら言う。
「あの、私も着いて行って良いですか?」
「武器屋に?」
「はい……」
さて、どうしたものか。
僕としては良いのだが、如何せん用事の内容が不鮮明だ。フィニスさんのやることである以上、危険じゃないと断じることができない。
「……まぁ、いいか。いいですけど、僕の姉もいますよ?」
「お姉さんがいるんですね」
このような経過を辿り、僕達は隣のAの教室に向かった。同じように生徒が各々の予定に従って移動を開始している。中を覗き込んでみると予想通り、彼女の周りには人が集まっていた。
褪せることのない美しさは男女問わず引き寄せている。
「…………」
しかし、釈然としない部分もある。
何というかおしとやかだ。とても堂に入っているのがどうにも納得し難い。
僕と出会った時にこんな気遣いできただろうか。できたのにしてなかったのならかなり不信になりそうだ。
談笑に興じて上品な笑みを浮かべるフィニスさん。こちらに気づくと、目配せしてきた。
「あら、すみません。今日は弟とお出掛けする予定なの、失礼します」
らしくないことを言って、教室の出入口まで優雅に歩いてくる。
その際にもクラスメイトに手を振ったりしていた。想像以上に上手くやっているみたいだ。
「待たせちゃったかな? と、訊く前に誰? って聞いた方が良いかな」
「え、えと、バニア・アデンと申します」
「バニアちゃんね、よろしく」
先程とは打って変わり、貴族のご令嬢相手でも敬語を使っていない。それにちゃん、って。
遠慮がちにバニアさんはフィニスさんの手を取った。
「武器屋に一緒に行きたいらしいんですが、良いでしょうか」
「良いんじゃない。別に大したことする訳じゃないし」
「そうですか」
「あ、クロムも武器持ってきてね」
「一応持ってます」
「それなら良かった。じゃあ行こうか、クロム君、バニアちゃん」
学園から出て、中央の通りをしばらく進むと泉があって十字路になっている。進行方向の右側に曲がってすぐのところに武器屋はある。
〈テスラクレト武器商団〉という、この街有数の武器屋のようで建物自体もかなり大きさだった。バニアさんもよく使うという貴族御用達の店だとか。
フィニスさんが木製の扉を開き、僕達はそれを追う。
店内には一面に武器が飾ってある。通路に壁面、剣や盾がこれでもかと並んで自己主張をしていた。見る目のない僕だが、それでもどれも相当な代物であることは察っせた。
「もっと殺伐としたところだと思ってましたが意外とまともですね」
「どんなイメージしてたのよ」
「いえ、物騒な名前の店もあるなって」
バニアさんに訊くとどうやら武器屋というより、魔道具屋になっているとのこと。
飾られている武器は今や誰も買わない名剣という訳だ。
フィニスさんは受付に立っている女性に声を掛けて、何か紙を見せた。
「ここの主人に渡してくれない?」
内容を見た女性は目を見開いて「すぐに」と奥の部屋に消える。
「一体何を見せたんですか?」
「王宮名義で私の魔道具を作れ、っていう指令」
「そういうことですか。納得しました」
すると、髭を蓄えた含蓄のありそうな老人がやって来た。年の割に身体つきは強そうだ、武器屋をやっているだけあるということか。
書状に目を通していた老人は顔を上げた。
「これはあんたが?」
「はい、そうです。私がフィニスエアルです」
「なるほどな」と意味深に頷く。「依頼は承った。俺はテスラクレトという、例の魔道具を見せてもらおうか」
「その前に、これのついでもう一つだけ魔道具を見て欲しいんです」
「ついでじゃないな、それは」
言いつつも、促してくる辺り良い人なのかなと僕は思った。
フィニスさんの目配せに従って〈紋章剣〉をテスラクレトというお爺さんに渡す。フィニスさんも愛用の〈騎士天剣〉を取り出している。
「……何だこれは? 普通の魔道具と全く作り方が異なっている。こんなのを使ってんのか、あんたは?」
と――テスラクレトさんは僕を見て、眉を顰めた。
そんな顔されるほどだろうか。されるんだろうな。
「えぇ、まぁ」
「通常はエネルギーを内部に送り込むが、これはその真逆。外側から形作っている。純粋なエネルギーである分、威力は高いがこんな水を掴むようなことできる奴がいるとはな」
僕が多用するエネルギーを纏うという行為を普通の人はできないらしい。《身体強化》といった魔法を使って実現させるのだ。
何故そんなことをできるかと言えば、左手の甲に刻まれた刻印のおかげだろう。紋章にはエネルギーを操る能力が備わっているのだろう。
「唯一の武器、か。面白いものが見れた。で、本命はこれか」
「はい、〈神覇王国〉で作ってもらったものです。私が使えるようにかなり改造されてるとか」
「こっちは比較的まともだな。だが、エネルギーを使用量が尋常じゃない。使えなさで言ったらさっきのとどっこいどっこいだ」
「あっちの製作者もそんなことを言ってました」
「宝珠か、なかなか面白い作りだ。まさかこんなものまでお目にかかれるとは、何が起きるかわからんな」
「任せても良いですかね?」
「当然だ。如何せん珍しい機構だ、時間はかかるがな。代わりの魔道具は貸してやるから適当に持ってけ」
ちなみに、小さな声で「ちょ、リーダー」と受付の女性が言っていたのは聞き逃さなかった。
好きに持って行け、と言われても魔道具の真贋はないし、そもそもまだ使えない。
とはいえ、一つくらい使ってみたいという思いもある。硝子のケースに飾られているアクセサリを模したものは見る。
あまり強そうな魔法は入ってなさそうだ。紋章だけで十分な火力を叩き出せそうだが。
「これは中級の魔法が込められてますね」
僕の隣でネックレスを見たバニアさんがそう言った。
「中級ですか」
「クロム君は物足りないと思うかもしれませんね。試験の時に《火炎砲》を斬ったりしてましたからね」
あれが中級か。
人を死傷させるには十分な威力だ。そんなものだろうが、〈神獣〉には到底及ばない。
バニアさんは興味深そうに並んだ魔道具を眺めていた。
「魔道具にするには勿体ないデザインです。テスラクレトさんは芸術にも造詣が深いそうですよ」
「多彩なんですね」
「武器に精通するだけあって下手な魔法使いよりも強いとか」
魔道具の全てを熟知しているというアドバンテージは大きい。
そして、武器としての性能もしっかり考えられているようだから魔法だけではなく剣技もできそうだ。
僕が選んだのは持ち運びが便利そうな腕輪――〈盾の腕輪〉という《結界》の魔法が込められている。使おうと思ったがやはり動かない。
「腕輪の方から吸収する機能があれば使えるだろうな」
そんな僕を見てテスラクレトさんがそう結論付けた。
見ただけでそこまで察するなんて。只物ではない。
フィニスさんは壁に飾られていた剣身から持ち手まで真っ黒な剣を取った。
「エネルギー吸収系の魔法が込められてる。これなら相性が良さそう」
言った直後、彼女は左のこめかみを抑えた。義眼から《通信》を受け取っている時の仕草だ。王宮から――というより外交官のディスカリス・ディノルティスからか。
「――私、これから王宮に行くことになったから解散で良いかな?」
「はい、わかりました。ではまた」
ひらひら、と手を振ってフィニスさんは武器屋を出ていった。
「王宮って、フィニスさんとクロム君ってもしかして偉い人なんですか?」
「僕は違いますけど、彼女は特別です」
それこそ王宮とかそういうレベルではなく、世界レベルで。
テスラクレトに挨拶してから僕らも武器商団を出た。