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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
少年少女が平和を謳歌するためだけの公国凱旋
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5.武器化





 ――街中から少し行った路地裏。


 目の前でクロムが紫色の瘴気を受けて意識を失った光景を見たハイン。


 唐突な展開故、思う様に身体が動かなかった。驚いたのは黒ずくめの男に対してもだが、もう一つ信じられないことが起きていたからだ。


 地面に倒れたクロムの身体が淡い光に包まれて変形していた。スライムのような不定形なったクロムは腕に装着できる三本爪になってしまったのだ。


 真っ赤な、狼のような爪――。


 その瞬間にハインは誘拐事件との繋がりに気づいた。


「誘拐事件…………姿形がなかったのは武器になっていたから?」


 そこらに突き刺さっている剣も元々は黒ずくめの男が持っていたものだ。あれも人々を武器化したものだろう。


 魔の手はハインにまで伸びてきた。


 一歩下がって回避したが、男にとってはどちらでも良かったらしい。そのままクロムが変身した爪を手にした。


「あっ」と少女の声が漏れる合間にも男は使用した剣を回収して背負った。クロムの肘鉄が思いの外効いており、ハインまで武器にする気はないらしい。


 速やかにその場を立ち去ろうとする誘拐犯を見詰めハインは思考する。自分に何ができるのか、何をするのが最善か。


 クロムとの戦闘を最初から見ていた訳ではないが、誘拐犯は格闘も武器の扱いも相当なものだ。一介の貴族の子女であるハインにどうにかできる戦闘力ではなかった。ならば、助けを呼ぶのが最善手と結論が出るのは刹那の間も必要ない。


 心を決めた少女は眼鏡を捨て、声を張り上げた。


「待ちなさい!」


 しかし、正しくなくても、見逃すことができないのがハイン・アルムルクという少女だった。


 不用意に飛び出した自分を助けた者を放って、逃げかえるなど許されなかった。


 敵意を感じ取った誘拐犯の男はゆるりと振り向きハインを捉え、背後から剣を一本を抜く。一体誰からできたものかは知らないがあまり良い出来とは言えない剣である。


「私はあなたを逃がす訳にはいかない。クロム君は返してもらうわ!」


 腰に巻いたベルトに付属している魔道具に片っ端からエネルギーを込める。


 一〇の魔法陣が起動し、氷と炎の雨が男を襲うが器用に隙間を抜けた。


 今度はスカートをたくし上げ、太腿に巻き付けていたナイフを取り出し男に向ける。魔法陣が刃に浮かぶと、直径一センチほどの光線を射出され男の眉間に吸い込まれる。


 近接戦闘に見せかけた魔法攻撃、不意の一撃だった。


「……ッ!」


 しかし、驚異的な身体能力により間一髪で首を反らすことで回避される。


 既にハインは駆け出していた。右手には魔法陣に貫かれており、《電雷蕾手エレクフラウ》により黄色の雷に染まっている。


 誘拐犯は交差するように触れた者を武器化する紫の瘴気を纏ってその腹部を突く。後から発動したとて、こちらの方が先に少女に触れる。そのまま少女が武器になるはずだった。


「――まだよッ」


 ハインの左手には懐中時計が握られていた――。


 時間を確認したかった訳ではない。当然、魔道具である。


 誘拐犯は警戒しながらも、手を抜くことはしない。何か攻撃を受けてもここは対象を武器にした方が採算が取れると判断した。


 一般市民は知る由もない、数えるほどしか現存していない希少品。基本的に魔道具に魔法を込めるには製作者がその魔法を使えなければならない。魔法が強いのなら、製作者も相当の魔法使いということがわかる。


 その懐中時計には、時間干渉に踏み込んだ卑怯にもほどがある魔法が込められている。


「《時間停止リ・クロノ》――自分以外の時間を一秒だけ止める。一秒あれば十分」


 ほんの一秒差で男より先に雷を纏った貫手を押し当てる。


「ふッ、があああああ!」


 雷電にあてられて男は吹っ飛ぶと身体を痙攣させた。


 ハインは休む間もなく、その際に散らばった無数の剣を回収する。真っ先に取ったのは赤い三本爪だった。大事そうに抱えて、立ち上がる。


「ぐッ……」


 煙を吹かせながら、誘拐犯が壁に手をついてハインを睨んだ。既に武器は彼女の手に中にある。


 負けじとハインも鋭い視線を飛ばし、《火炎弾イグニラ》を地面に撃って爆風を巻き起こした。しばらくして煙が晴れた頃にはそこに少女はいなかった。


 想定以上の深手を負った誘拐犯は速やかにその場を離れる。通報されて魔法師団が来るのも時間の問題だった。


「…………」


 紛うことなき敗走、しかし、男の目は依然として一つのものしか見えていない。


 これで懲りて諦めるなんてことはあり得なかった。









 ――傭兵斡旋所に飛び込んできたのは薄紫色をしたの髪を後頭部で結って一つにした、気合いの入った少女だった。気合いが入ったというのは身の丈に合わない程大量の武器を抱えている点である。


 入った瞬間に目立つその姿、彼女は辺りから注がれる視線に気づきもせずに少女は手近な受付台にいた受付嬢に言付ける。


「支部長を呼んで頂戴、アルムルクが来たと伝えればわかるから!」


「は、はい!」


 アルムルクという名前は街に住むものなら誰もが知っていた。ここの管理もしている泣く子も黙る侯爵家だ、しかし、一人だけ気づいていない者もいる。


 職員Aは小走りで奥の部屋に入って行くと、すぐに支部長を連れて戻ってきた。


「ハイン様、一体どうなさったんですか?」


 受付台にありったけの武器を乗せて、言う。


「反魔法、耐魔法を使える者を今すぐ集めて。この武器は件の誘拐犯が持っていたもので、人間を魔法で武器化しているものよ」


「なっ! わかりました、至急要請します!」


 支部長はすぐさま連絡機の魔道具を起動して各所に要請を伝えた。誘拐犯の関係ということで魔法師団にも報告を行う。そして、耐魔法や反魔法を使える者が来るまでにハインから事情聴取を行う。


 ハインは赤い爪に触れながら小さく願う――どうか、彼を助けてください、と。


 支部長は〈依頼達成類〉にいるフィニスを呼び寄せてハインのいる受付を任せた。新人にこんな要人を任せるのは不安だが、相当焦っているお嬢様の目の保養にでもなればという公算であった。なかなかやる支部長だ。


 大事そうに赤い爪を抱える可愛らしい服を着る少女は置いといて、フィニスは台に乗った剣に視線を巡らせた。ただの武器とは思えない奇妙な反応に首を傾げ、その武器に触れてみる。ただの武器だが、武器にしては精度は悪いし、材質があまりに不穏である。


 ――人骨……かな。


どうしてこんなものを持っているのか、とハインに視線を向けると少女は小さく呟いた。


「――……クロムさん」


「君、今クロムって言った?」


「え……」と、呟きフィニスのこと見詰め、目を丸くした。ハインは目の前の人物が美人過ぎて言葉を失ったのだ。


 フィニスとしては慣れたもので少し声を大きくして問い掛ける。


「クロム、って言ったよね?」


「え、えぇ……言ったけど、あなた知ってるの?」


「それは私の台詞だけどね。クロムは私の弟だし」


「あなたがお姉さん? 確かに言われてみれば……」


 金髪で金眼、顔は似ているようには見えないがどちらも美形。姉弟と言われればそんな風にも見えなくもなかった。その姉がどうして傭兵斡旋所で働いているのかは謎だが。


 ハインにはフィニスが年上のようにも見えるし年下のようにも見えた。


 不思議とため口でも怒る気にはなれない。


「じゃなくて、私を庇って誘拐犯の魔法を受けてしまって武器に変えられてしまって」


 そう言って、赤い三本爪をテーブルに置いた。


 唐突にフィニスは右手のグローブを脱いだ。透き通るような柔らかな肌、その上に白色の龍の頭部が躍っていた。


「〈白龍紋〉」


 紋章が光り輝く。呼応して三本爪も赤く発光した。


 突如として現れた幻想的な光景に目を奪われたハインは、呆然と尋ねる。


「これは一体……」


「魔法的なパスって奴だよ。確かにこの武器はクロムみたいだね……ちゃんと生きてて安心した」


「そう、ですか。良かった、本当に……」


 肩に荷が下りるようだった。少なくとも生きている、それなら助かる道もある。


「にしても、人を武器にする魔法か。《武器錬成》の亜種かな」


「《武器錬成》?」


「材質を武器にする魔法だよ。鉄とか木材を加工しないまま剣にするとか、そんな感じの」


「それを人体で……どうしてそんなことを……」


「理由はわからないけどね。同種の魔法なら上書きして無効化できるんじゃないかな」


「クロムさんは助かるのっ?」


「助かるよ。というか助けるよ」


 そう宣言して、フィニスは右手をかざすと金色の魔法陣が形成される。見たいこともない魔法、それがどんな効果なのかも読み解けない複雑な作りをしていた。


 じっくりとその刃を見据えながら魔法を発動する。


「《武器創造アドベント・アームズ》」


 赤き爪が不定形のエネルギーと化し、改めて作り替えられる。体積が膨張し、一気に人の姿程にまで肥大化、形成。収束するように色素が加えられ――。


 光の中から金髪の少年が現れた。紛うことなきクロム・パルスエノンだ。


「クロムさん!」


 ハインは台に横たわったクロムに声を掛ける。脈もある、息はしている。結構強めに頬を叩いて目を覚まさせた。


「っ……ハインさん?」


「良かったっ、本当に良かったっ……!」


 ハインは涙混じりにクロムに抱き着く。


 状況が掴めていない様子のクロムは瞳孔を揺らしていると自らと同じ金髪と金眼をした眼鏡の少女に気づいた。


「フィニスさん? どうして」


「それは私の台詞。かく言う私も事情は知らないんだけどね……武器になってたから元に戻しただけだよ」


「武器?」


「詳しくはこの子に訊いてね」


 やがて、支部長とすぐに同行が可能になった耐魔法・反魔法の持ち主がやって来た。フィニスのやらかしたことを含め、事態はさらに転回することとなった。


遅れてやって来た魔法師団、自警団も合わせて斡旋所の奥にある会議室に武器共々集まって現状確認が行われる。


 口火を切るのは当然侯爵令嬢ハインだった。


「まず、私の突然の呼び出しに応じてくれたことに感謝致します。こうして集まって頂いたのは件の誘拐犯に接触し、重要な手掛かりを得たからで――」


 こうして、誘拐犯の男とクロム、ハインとの戦闘の一部始終が語られた。十数の人間が変化した武器と、その武器をフィニスが直したという事実も漏れなく伝えられることとなる。


 皆、唐突に話に割り込んできた凄腕美少女魔法使い――に興味津々なようだが。


 誘拐犯の正体に近づき、捜査網が張られることになる。捕まるもの時間の問題か。


 フィニスは魔法師団と何か話している中、ハインとクロムは改めて向かい合う。


「ありがとう、ハインさん。あの後……取り返してくれて」


「私の方こそ、クロムさんが庇ってくれたからこうして生きているんです。礼を言うのは私です」


「いえ、僕の方こそ」


「私の方こそ……」


「……お互い様ってことで」


「そうですね」


 そうして、二人は微笑むのだった。



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