4.アイドル
◎
フィニスエアル・パルセノスとは誰もが認める美少女である。
背中を覆い隠すほど長い金髪と、少女とは思えない程の顔立ちは整っており、勝気な瞳とは裏腹に容姿は酷くか弱く見える。女子としては高い上背、過剰なまでの胸囲を誇り、何か良い匂いがしてくるらしい。
いつも白色の軍服スカートを纏う少女は右眼に銀色のモノクルをつけており、その奥の瞳には〈支配の魔眼〉と呼ばれる桃色の花が咲いている。男女関係なく人を惹きつけ、狂わせる権能はモノクルに寄って抑えられているはずだが日々スキルは強力になっているため今ではほとんど抑えられていない。
常に纏う白色のロンググローブには秘密が隠されている。右手には龍の紋章が躍り、左腕は丸ごと鉄の塊、義腕である。同じようにニーソックスに内側は義足である。
そんな生まれ持って全てを手に入れたような彼女だが、生まれた後に他人に愛されて生きてきたような彼女だが、常に人生が上手く行っているという訳ではない。むしろ、魅力を持った分、人より苦労している。
誤解されるなんていつものことであった――。
〈セレンメルク〉にやって来て一週間が経った頃、フィニスは学園に通ってから使い続けている薄い眼鏡を掛けて街へ繰り出していた。
暇を持て余していたので、以前より目をつけていた場所に向かうことにしたのだ。
街の周辺情報を知れる仕事もあるかな、と軽い気持ちで傭兵斡旋所へ向かう。郊外に出る仕事を受けてこの国の内情を調べようという浅い策略であった。
フィニスは何の気兼ねなしに巨大な木造建築に足を踏み入れた。
脇に立ててある幟に〈受付嬢募集中〉と記されていることには当然気づかない。良くも悪くも、他人の目を気にしないというのは彼女の魅力で、同様に細かいことにもあまり執着しないのだが、それがトラブルの原因になることは多い。
多いが、彼女は未だ気づかなかった。
「えっと、傭兵登録は……ここかな?」
心なしか女の子が多いな、と思いながらも〈珍しくもないよね〉と結論付けて登録の受付台へと向かう。
「すみません、登録したいんですけど」
「受付はあちらです」と受付嬢にすぐさま返された。
どうやら違う場所だったらしい。
指示された場所には女子が集まっている。あちら、と言うならあちらなんだろう。深く考えずに脇のスペースに向かった。
見るからに町娘という風貌の少女達が居心地悪そうに、もしくは堂々と時を待っている。
傭兵……という感じではないことに違和感を抱きつつも手持無沙汰にしていると職員が現れて少女達に向けて言った。
「私は支部長を任せられてる者です。今から口頭面接と適正審査を受けてもらいます」
淡々と告げると一人ずつ奥の部屋に連れていかれる。
――どうしてそんなことするんだろう。
思いつつも素直に待つ辺り、呑気な性格が出ていた。
面接は一人に対して五分ほどと意外と短いものの、相当数が希望しているので。後ろの方で待っていたフィニスの出番までかなりの時間が掛かっていた。
部屋から出る沈痛な面持ちをしている少女と入違って部屋に入る。手広い空間に長机が一つあり、三人の女性が席に着いていた。手前にも一つ椅子がありそこが面接を受ける者が座る用になっている。
「失礼します」と何気なく言ってみると右にいる職員が「席にどうぞ」と言った。
「お名前をどうぞ」
「フィニスエアルです」
と、言われるがまま名乗った。
「はい。では、フィニスエアルさん。あなたはどうして傭兵斡旋所で働こうと思ってのですか?」
「社会勉強です」
何やら面接官がひそひそと言葉を交わした。
今度は左側の職員が質問をする。
「勉強とは具体的に何を?」
「中央都市の脅威と戦力です」
「それはどうしてですか?」
「一見、平和そうに見えますが最近は色々ときな臭いので情報をいち早く手に入れたいと思っています」
再び、面接官がひそひそと言葉を交わす。フィニスの返答について評価しているのだ。
漠然とはしているものの本音を堂々と伝えられた点は評価はされている……かもしれない。明言されていない評価基準も存在し、その観点で言えば――。
「ありがとうございます、ここを出たら左側にある白い扉の部屋へ向かってください」
「左……わかりました」
手応えも何もない状態で部屋を出て、指定の白い扉を確認する。そのまま帰る人もいたことから合格した者が集められていることが推測できた。
あんなんで良かったのだろうか、と思いつつ扉を押し開く。椅子が疎らに並んでおり合格者が座って楽しそうに安心したからか、楽しそうに談笑していた。
ますます傭兵には見えない――。
若干唖然としながらフィニスの腰掛けた。
赤い髪を二つに結った年頃の少女が近づいてくる。
「うわぁ、君すごい可愛いね」
「はぁ」と答えると少女はにっ、と笑った。「私はメリアーナ、メリアね。君は?」
「フィニスエアル、皆フィニスって呼んでる」
「年は幾つ? 私は一七歳だけど」
「私も一七だね」
メリアーナは手を打って喜んだ。その態度がどこまで本気かわからない。
「すっごい親近感! これから一緒に頑張ろうね」
「うん、そうだね」
「けど、支部長? も露骨だよねぇ」と声色を低くして彼女は言う。「自分で言うのも何だけどあからさまに顔で審査してるよね」
「そうなの?」
言いながら周囲を見回すと確かに美形な者ばかりな気もする。この中ではメリアーナは一番可愛いかもしれない。あくまでフィニスを抜きにしたらだが。
「でも、フィニスちゃんは別格過ぎでしょ。思わず仲良くなっておいた方が良い、と思うくらい美人さん」
「そんな打算的な理由で……」
嘘吐きよりも正直者の方が良いのだろうけど。
そんなことを言われながら待っていると審査員である三人の職員がやって来て合格者へ全体説明を行った。ここでようやくフィニスは自分が間違ったことをしていたことに気づく。
傭兵登録じゃなくて職員登録じゃねぇか――。
しかし、時既に遅し。
「あの、私間違――」
「あなただけは別のことをやってもらいます。フィニスさん、斡旋所の制服に着替えてください。挨拶からやってもらいます」
「え、ええ?」
フィニスという少女は押しに弱かった。
白色の軍服スカートからブラウスにベストを羽織り、短いスカートに着替える。ロンググローブを外して手首までの一般的な手袋に手を通した。左腕は義腕だが肌色に見えるように隠蔽魔法が働いている。
心なしか胸部が窮屈であったが、落ち着いた服装でも結構似合っていた。
フィニスの恰好を見た三人が目の前でこそこそと言葉を交わす。内容は専らフィニスの似合い具合だった。
三人の中での彼女の扱いは――救世主。昨今、活気を失いつつある傭兵斡旋所を盛り返すための切り札ともなり得る存在と確信していた。それだけの美貌がある。
傭兵がお気に入りの職員のために依頼をこなす、なんてことは珍しくない。フィニスの場合、一体幾らの傭兵が彼女に貢ぐか予想もできなかった。
「「「これしかない」」」
口に出るくらいの期待だった。
そこからフィニスの接客訓練が始まった。事務は他の人に全てやらせてただ表に出るだけで良い、という暴論的な判断により彼女はいきなり矢面に立たされることになる。その準備である。
徹底的に鍛え上げられ、受付に立ったのはあれから一週間後のことだった。
明らかにやつれているがそれでもフィニスの美しさが褪せることがない。物語が誰によって語られても貶められることがないように。
天井からは〈依頼達成類〉というプレートが吊るされている台に押し込まれた。
そして、やって来た歴戦の男に愛想笑いを浮かべて言う。
「お疲れさまです」
一言だけで十分だった。笑みに撃ち抜かれた男はその場に膝をついて悶絶する。
その後ろ姿を見た三人の職員はガッツポーズした。
「「「これでここは守られる」」」
絶世の美人がいる、と話題になるのは当然でその情報は瞬く間に中央都市に轟いた。職員側が情報を流しているというものあったが異常な速度だと言わざる負えない。最近は来なくなっていた者、新しく登録した者、フィニスに会いたさに依頼を受けて受けて受けまくった。先月比一〇倍という馬鹿みたいな利益を叩き出すに至る。
ギルドのアイドルが誕生した瞬間であった。
そんな風に、今日も今日とてフィニスは働いているのだった。やっぱり事務作業は一向にできないが愛想笑いしているだけで良いと支部長が言うので従っている。
傭兵達も幸せそうな顔をして帰るのでフィニスもそれで満足していた。
当初の目的を忘れてしまうくらいに――。
「ん?」
蠱惑的に首を傾げるばかりだ。