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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
少年少女が平和を謳歌するためだけの公国凱旋
82/170

1.中央都市魔導学園の転入生

 

 ◎


 


 〈臨岸公国セレンメルク〉の首都――〈中央都市ヴェリーヌ〉には魔導学園というものが存在している。


 貴族の子息達が魔法を学ぶために通う〈セレンメルク〉最高峰の教育が為される学園である。


 初等部では基本体系を、中等部で実践の魔法を、高等部では専ら隆盛を極める魔道具を学ぶ……といった最新鋭の技術を取り入れた教育が行われている。


 そんな学園に僕は転入した。


 


 どうしてこんなことになったかと言えば僕自身も完全には理解できていないのだが。とにかく田舎から出たらいつの間にか学校に通う流れになっていた。常識知らずの僕には好都合だったけれど。


 当初は焦りと不安に苛まれていた学園生活だが、何だかんだ一か月が経ち、だいぶ慣れてきた。


「――……んっ」


 目覚めると見慣れた館の天井が広がっている。


 慣れてきたと言われてもこんな綺麗な館を使うことができるなんて信じられないものがある。一級品らしい調度品、有り余る広さの寝室、迷路のような構造。


 暮らしやすい空間のおかげで苦労はしていないのだが数十年間森の中で生活していたのでギャップがなくなることはない。


「持つべきは有能な姉ということかな」


 就寝服から学園の男子制服に着替えて、中央広間に出るとメイドさんが朝ごはんを用意しているところだった。


 メイドさんは僕に気づくと作業する手を止めて頭を下げてくる。


「お目覚めでしたか。もう少々で準備が整うので少々お待ちください」


「はい、急がず無理しないでくださいね」


「お気遣いありがとうございます」


 やや顔を赤くしてメイドさんは料理をテーブルに並べる。


 見ているだけで美味しそうだ。田舎から出てばかりの僕にはこの料理の名前どころか食材も、食べ方もわからない。味覚の方も言わずもがな鈍感を極める。


 しかし、美味しいことだけはわかる。学園生活が一段落したら料理の勉強もしてみたいものだ。残念ながら今のところは平穏とはほど遠いようだが。


 館に勤める三人のメイドさんと一緒に手を合わせ朝食を頂いた。その後、鞄を持って学園に向かう。


 


 扉を出たすぐには手入れされた庭があり、綺麗な花が咲いている。赤い花、青い花、白い花。心が洗われるようだ。名前は知らないから優雅さの欠片もないけれど。


 メイドさんに見送られて門を潜ると煉瓦で舗装された道路に出た。しばらく進むと大通りに出る。


 学園まで直通の一本道の左右には商店が立ち並ぶ。どこも丁度開店し始める時間だ。登校する学園生徒も含め、道には徐々に人が集まってくる。


 学園までの道の先、ふらりふらり、と商店に目を奪われる人がいた。


 背中を完全に覆い隠す金髪が揺れている。彼女は魔導学院の女子制服を着ていた。


 僕は少し足早に果物屋に釘付けになっている少女に近づく。


「おはようございます」


 背中に声を掛ける。彼女は振り向く。


「ああ……おはよう、クロム」


 そう言って少女は微笑んだ。フォルムの薄い眼鏡の奥が弧を描く。


 相変わらず綺麗だ。


 一〇〇人が見れば一〇一人振り向くような傾国の美女――というのも一切の誇張がない。但し、認識阻害の魔法具がなければだが。


「お久し振りです、フィニスさん」


「そうだね、何だかんだ二週間は会ってなかったかな。同じ学園に通ってるのにね」


 なんて雑談をしていると「お似合いだね、あんたら」と突然、八百屋のおやじさんが朗らかに笑った。急に何だ?


 そう言ってもらえるのは恐悦至極だが残念ながら僕では彼女に釣り合わない。ついでに釣り合う存在がこの世界に存在するのか――という疑問も尽きない。


「誤解ですよ。なんせ――」


「――私達、姉弟なので」


「ああ、道理で。どっちも美形な訳だ」


 おやじさんはあっはっはっ、と笑った。適当な人だ。


「じゃあ、学校行こうか」


「ですね」


 学園に向けて足を動かした所で「何か買っていってくれよ」という小さな叫びが聞こえてきた。朝から野菜を買ってどうしろ、と言うのだ。買うなら午後にしておきたい。


 フィニスさんは一歩踏み出して僕の顔を覗いてくる。


「そろそろ学園にも慣れてきた?」


「はい、何とか。勉強は大変ですけど」


「そうかそうか、それなら安心だ」フィニスさんは楽し気にスキップする。「目的は達成できそう?」


「毎日新鮮なことばかりで大変ですけどね。最近も――……いや」


「何かあったの?」


「ちょっとクラスメイトとトラブルがあっただけです。大したことじゃないですよ」


「ははぁ、女の子関連だね?」


「……そうなんですかね。そんなつもりはないですけど」


「罪な男だね、クロムは」


「あなたには言われたくない、って感じです」


「はい?」


 彼女自身の現状認識の間違いはともかく、視線の先に学園の門が見えてきた。


 彫刻の掘られた門を潜って敷地内に入ると目に入るのは薔薇庭園と中庭、その先に校舎がある。


 僕らが向かうのは特待生のクラスだ。僕はBクラスに、フィニスさんはAクラスに所属している。


「じゃ、頑張ってね」


「ありがとうございます」


 ひらひら、と手を振って姉はAクラスの教室に向かった。


 色々と考えなくてはならないことはあるが、僕は一息吸ってBの教室に入る。すると、すぐに四人が集まってきた。


「おはようございます、クロムさん」


「はい……おはようございます、アテネさん。ランネリアさんも、ハインさんも、バニアさんも……」


 四人の少女達が満面の笑みを浮かべて僕に挨拶をしてきた。


 彼女らは同じ教室で学ぶ貴族の子女である。全員、侯爵令嬢、伯爵令嬢という良いところの娘だということを知ったのは最近のことだ。


 気楽に友人になったつもりが、今では不用意に逆らうこともできない関係になっていたりする。これが悩みの種の一つ。


 窓際一番後ろの席に荷物を置きながら教室を見渡す。教室は教壇が一番低くなって、ここが一番高い作りになっている。初めて見た時は素晴らしい工夫だ、とテンションを上がってしまったが普通らしい。


 男子生徒の鋭い視線が飛んで来た。気づかない振りをしながら僕は息を吐く。これが悩みその二である。


 彼らも貴族の子息である。どうやら嫌われているらしい。不興を買ったら強権でより潰されてしまうかもしれない。一応、国の支援の下で僕は学校に通っているのである程度は融通は効くと思うが派手にやり過ぎれば相応の責任を取らされるだろう。


 今にも何か仕掛けてきそうな雰囲気がするから怖い。


 


 残念なことに明日、試験がある。魔道具を使った実践的な試験を行うのだと言う。授業通りのことをすれば良いのだが僕には魔法も、魔道具も使えない。


 体質的に合っていないのだとフィニスさんは言っていた。


 事情は学園側にも伝わっているので例外的に試験は受けなくも良いことになっているのだが、参加しないのは悪目立ちしてしまう。それに――。


「クロムさんは明日の試験の準備は終わりましたか?」


 この女子達の圧だ。


 参加しないのが申し訳ないくらいにぐいぐい来るので引くに引けない。


「はい、何とか……」


 と、言ってはみたが使えないので準備することもない。


 魔道具は持参することになっており、試験中は使い慣れたものを使うことができる。生徒の金銭的が格差が露骨に露わになるというのも弱点を曝すようで気まずい。


 今のところは村で貰った似非魔道具を使うことにしている。


 彼女らは僕が魔法を使えないことを知らない。ひた隠しにしてここまで来た。バレた時どんな反応をされるかも不安である。


 まさかこんなタイミングで危機に陥るなんて思いもしなかった。


 その時になってみなくてはわからないけれど。彼女四人の雑談を聞いていると授業時間が始まった。


 僕は「お昼にお茶しましょうね」というアテネ侯爵令嬢の誘いに頷いて、教科書を開く。


 

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