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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
少年が世界を知るためだけの弾丸旅団
80/170

22.少年の門出、幸あらんことを

 

 ◎


 


 アルカちゃんの母がやっている食堂にて、挨拶がてらに昼食を取る。既にフィニスさんと合流して、アルカちゃんと共に三人でテーブルを囲っていた。


 出奔に関しては、風習からして村人の反対が予想されるので伝える相手は限っている。幼馴染の三人、村長とアルカちゃん親子にしか伝えていていない。


「もう行っちゃうんですね、クロムさん……」


 寂しそうにアルカちゃんは呟いた。子供らしく目に涙を湛えている。こうシンプルなのが一番申し訳ないのだ。


「ごめんね。でも、僕は色々な世界を見たかったから」


 ふるふる、と顔を横に振っている。その配慮が逆に辛いよ。


 そんなアルカちゃんの頭をフィニスさんは撫でた。


「今生の別れじゃないんだから泣かないの。大きくなったら会いに来ればいいでしょ?」


 それを聞くと窺うように、僕に問い掛ける。


「……会いに行ってもいいですか?」


「う、うん。大きくなったらね」


「嬉しいです」


「偉い偉い」とフィニスさんは優しく髪を撫でる。嬉しそうにアルカちゃんは微笑んだ。


 実に手慣れている、特に女の子の扱いが。いや、悪くはないがたまに驚いてしまう。いつの間に仲良くなっていたし。


 ――また、会える。


 それがわかればきっと大丈夫だと思った。だから僕は、一人じゃない。きっと。


 アルカちゃんの母が料理を届けてくれた。旅立ちということで奮発してくれたようでいつもより豪華だった。


「旅に行くならしっかり食べないとね」


「ありがとうございます。こんなに、いいんですか?」


「若者の旅立ちを応援してるのよ。自分らしく生きることが何より大事なのはよくわかってるから。私のできることなんてこれくらいしかないけど」


「そんな……本当に今までお世話になりましたから。この恩は一体どうすれば良いのかと思います」


「恩義と言うなら私も同じよ。勝手にやってることだから気にしないで。感謝するなら私を助けれくれたあなたのご両親に」


「父と母ですか……」


「ご両親もきっと喜んでいるわ」


 両親は僕が子供の頃に両方とも死んでしまった。母は身体が悪く病で、父は〈神獣〉との戦いで亡くなった。


 天涯孤独の僕を周りの人が助けてくれたのだ。コル爺さんも、アルカちゃんの母親も――。


 その因果の原点に顔もわからない両親があった。遠くから僕のことを見ていてくれたのだ。そのおかげで僕は自分らしく生きてこられた。


 ――僕を後押ししてくれている人こんなにも。


「それなら良かったです」


 


 十分料理を堪能した僕達は出発の準備を行う。体面のこともあり、表立って行えないので村の外れでこそこそ、と。


「ふん、間に合ったか」


 そんな声がして振り返ると、現れたのは厳つい顔をした村長だった。


「そういう運命だったということか……クロム」


「はい?」


 僕の名を呼んだ村長が何か投げてきた。渡されたのは鞘に収まった薄みの直剣だ。変哲もないただの剣にしか見えない。


「若い時、コルダイテスが使っていたものだ。抜いてみろ」


 柄を引っ張ると、ポン、という軽い感触して抜けたが、その剣に刃はなかった。鞘に鍔がはまっていただけ?


「これは……」


「あいつが使う時だけ刃が現れ、岩石すら一太刀でおろしたものだ。誰にも使えないガラクタだったが、もしかしたらお前なら使えると思ってな。邪魔なら捨てても良い」


「いえ、ありがたく頂きます」


 僕は彼のことをちゃんと覚えておきたい。だから、こうして物があって良かった。


 いつの間にか隣に立ったフィニスさんは〈神剣〉を取り出している。


「何となく持ってたけど……これ、もらって良いの?」


「それも同じだ。誰も使えないガラクタだ。使える者がいるならそいつが持つべきだ」


「そういうことなら遠慮なく」そう言ってフィニスさんは魔法陣の中に白金の剣を押し込んだ。


 貰った剣を腰に巻いて真っ直ぐに村長を見詰める。言うことは決まっていた。


「村長、長らくお世話になりました」


「世話なんかした覚えはないな。お前はいつの間にか勝手に育っていた」


 遠くを見ながら、村長は言う。


「だが、コルダイテスから話は聞いていた。あいつと同じでよくわからない奴だったな」


「…………」


「ま、好きなところに行ってこい」


「コル爺さんにもそう言ったんですか?」


「どうだかな」曖昧な返事をする彼の頬は僅かに上がっていた。「じゃあな」


 この場から去る彼の後ろ姿に小さくありがとう、とぶつけて準備を再開する。フィニスさんが荷物を魔法陣に入れてくれるということで出発は相当身軽になった。貰った剣は柄だけ持つことにした。


 フィニスさんが空に話し掛けている間に、ストレッチして緊張をほぐしていると幼馴染三人がやって来た。しかし、ティラは後ろの方で俯いている。


「こんな突然、旅に出るなんて驚いたがまぁ頑張れ。クロムならできると思うぜ」


「クラド……うん、ありがとう」


「俺達の仲だろ?」なんて言って僕の背中をばしばし、と叩いた。今思えば、男の友人はクラドしかいない。どうしてか同世代の男からは嫌われがちだったから。


 セラスとは昨日、散々話したので改めて話すこともない。彼女は僕の手を取って握った。


「…………クロム君っ」


「うん」


「さようなら」


 それだけ言うとセラスは逃げるようにフィニスさんの下へ行って挨拶をした。涙はそう簡単に枯れるものではない。そして――。


「ティラ」


「…………」


 声を掛けたものの、途端に口は閉じてしまう。さようなら、ありがとう――言いたいことは沢山あるけれど、ティラとの別れにこの言葉達は似合わないと思った。


 十七年という時間を共有してもわからないこともある。


「いってらっしゃい」


「え…………」


 俯いたままだったが、彼女は確かにそう言った。


 いってらっしゃい――か。


 背中を押すって言うならこれほど心強いものはない。そして、対する返事はどこの世界でも決まり切っている。


「いってきます」


 


 ここから、僕の、世界を知るための弾丸旅団が始まる――。


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