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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
少年が世界を知るためだけの弾丸旅団
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19.二つ目の月〈朧美月〉

 


 ◎


 


「んあぁ!? 起動してるじゃん!」


 森林に入る直前、フィニスさんが大袈裟に仰け反って叫んだ。


 指差した先では、赤紫色の幾つもの光線が下方に伸びていた。木々によって視界が遮断されているが〈エクス・クレルト〉まで続いていそうだ。


 線は半球状になって村を覆っている。


「あれは一体……」


「〈人型災害〉が村を襲った時のセーフティーだよ。やっぱり術式は〈朧美月〉だった!」


 そういえば、フィニスさんは〈エクス・クレルト〉に来た当初からあの月に興味を持っていた。その表情が険しい。


「あれがどんな効果を持つかわからないけど、ろくでもないことは保証するよ」


「はい? 〈人型災害〉を撃退する効果を持つんですよね?」


「魔道具はエネルギーを流し込まないと発動しないの。で、あの月の場合はどうなるか、って問題」


「どこかから引っ張って来てるってことですか?」


 セラスが視線を寄越して言うと、フィニスさんは指を鳴らした。


「そういうこと」


「効率的に吸い出す――〈人型災害〉からですね」


「そのためには〈人型災害〉が〈朧美月〉の効果吸収範囲にいなくてはならない。私は、それが籠の中だと考えてる。つまり、村の人も一緒に閉じ込められる訳ね」


 鳥籠を維持するため、〈人型災害〉を閉じ込める必要がある。


 起動条件が〈人型災害〉の侵入だとしたら、村人が脱出する猶予はない。つまり、災害が力尽きるまで戦わなければならない。だが、弱体化したとてフィニスさんでもなければ瞬殺は必至。


「早く行かないと!」


 村にはティラがいる。言わなくちゃいけないことがあるのに。


 フィニスさんは万力のような膂力でもって飛び出した僕の腕を掴んだ。完全に固定されて停止を強制された。


「待って! 私はこうなる可能性も考えてた。不活性状態の〈朧美月〉が浮かんでたのは別の魔法が働いてるからなの。つまり、〈朧美月〉をセーフモードで維持する魔道具が存在することになる。それがどこかにある。それを探して欲しい」


「村の中じゃないんですか?」


「万が一にもエネルギーを吸収しないように外に設置してるはず。それも遠くじゃない……多分、この森の中に」


「なるほど。森に詳しい僕らがその魔道具を探して……」


「私が〈人型災害〉を無理矢理引き寄せて、倒す。そういうことで良いね?」


 頷いて、僕とセラスとクラドは森林に足を踏み込んで三方向に分かれて魔道具を捜索する。フィニスさんは地面を蹴る途端に視界から消えてしまった。村まで一足跳びしたのだろう。


 ――きっと大丈夫だ。彼女なら何とかしてくれる。


 自らにそう言い聞かせて僕は走り出す。


 勝手知ってる場所だが面積は広大だ。ある程度当たりをつける必要がある。いつもなら使わないであろう獣道を選んで進む。


 


 しばらく、捜索を続けるが目ぼしいものは見つからなかった。紋章の力で空間把握を行っているが隠されているような場所は確認できない。


「五感じゃ知覚できないように巧妙に偽装されるのか?」


 フィニスさんによればコル爺さんは知っていた可能性が高いとのことだ。コルダイテスという男は森を知り尽くしていた。その過程で魔道具を見つけて脱走を企てていたのかもしれない。


 死角は存在する、だが、見つけられない訳じゃない。誰も踏み入らない場所はある。


「……祠か……?」


 〈エクス・クレルト〉の祠は村の中と、森の中に一つある。一体どんな意味が込められているかは知らないがそんな話をコル爺さんから聞いた。


 偶然か、それとも必然か。彼が俺を導いている。もしかしたら、こうなることまで見越していたのか?


 祠があるに相応しい場所――心当たりはあった。


 大樹だ。村からの草原への道中にある大きな樹木。〈朧美月〉がいつからあったのかわからないが、確実にそれよりも長い歴史はある。


「初めてフィニスさんと出会った場所か」


 ティラが木を薙ぎ倒した痕跡や、セラスの切断した木の切断面も綺麗に残っていた。そこから一〇歩先辺りで左折して草むらを掻き分けること数分。


 外周一〇メートル越えの苔むした大樹が聳え立っていた。左右に立っていたであろう石柱は遥か昔に倒れて、半ば地面に埋まっている。


 大樹は静謐な空気は僕に沈黙を強要する。見下ろさるような感覚に足が竦むが、一息吐いてその先に踏み出す。


 巨大な半径の大樹の裏手に回ると、蔦がびっしり張り巡らされていた。引きちぎるとその奥に空間がある。こうして目の当たりにしてみれば、こうなっているのが当然とも思える。


「大樹こそが魔道具だった。これは……」


 内部の壁面に所狭しと文字が書かれている。僕には読めない。一つ一つの文字がエネルギーを持っており、淡い青色に輝いていた。


 首筋に冷たい風が吹く。蔦によって日光が遮られているため空気は冷たい。


「…………ッ!」


 踵を返しながら、右腕の袖を捲り――紋章の力を纏った拳を背後に向けて放つ。赤い螺旋が残像を描いた。


 ガアァァァンン――と金属音が響く。僕の拳は黒い鎧の腹に突き刺さっていた。痛みが走るが、意識を目の前の鎧から逸らすことはできない。


 突然背後に現れたこの黒い鎧を纏った何者かは僕を殺そうとした。右腕には大剣が提げられている。兜の隙間から覗くのは赤い一つ目。


「人間じゃない……?」


 もろともせず鎧は剣を振り上げて襲い掛かって来る。〈赤狼紋〉を起動して、人狼形態となって爪でもって受け止めた。


 体格が上がり、全長は同じくらいになったが腕力は負けている。まさに鉄の塊だった。押さえつけられる体勢になった。


「……ぐっ!」


 鎧の左腕が容赦なく僕の胴体に突き刺さり、樹木の中から叩き出される。


 拳一つで胴の装甲板が歪んだ。〈青牛紋〉以上の力に〈赤狼紋〉以上の速度を持っている。


「月を守る門番か……!」


 いてもおかしくはないな。


 ガシャン、と金擦れ音を鳴らして黒鎧は這い出てくる。赤い瞳はしっかりと僕を見据えて、無感情に使命を全うする。


 使命なら僕もある――《赤赫狼王》。銀色のオーラと赤光が混ざることでエネルギーを発露する。身体強化が為されたがこの状態でどこまで届くかは未知数。


「グオオオオオオオオオオォォォオオオオオオオオオオ――ッッッ!」


 狼らしく咆哮する。捕食者は負けることなど想定しない。ただ、赴くまま、本能のままに戦乱に身を委ねる。


 閃光となって駆け出し、赤熱する三本爪を振り被った。


 兜の隙間を狙った突きは大剣に弾かれるが、もう片方の爪で鎧を縦に裂く。不快な高音と共に火花が散った。表面に僅かに傷をつけるのみだ。


 振り下ろされる剣を回避して、距離を取った。刃の埋まった地面は爆発でも起きたかのように抉れている。


 黒鎧が大股一歩、踏み込んできた。


「なっ」


 瞬きしてもないのに、一瞬で距離を詰められた。反射的に組んだ両手の十字に袈裟斬りが繰り出される。


 爪が粉々に砕けたかと思うと、肩口から脇腹に掛けて激痛が走った。亀裂からふわふわした粒子が漏れ出る。


 すぐさまエネルギーを傷口に纏わせ、亀裂を埋める。


 生物じゃないからと侮った。知能はなくとも、戦闘スキルは十分なほど有している。あの剣技は本物だ。


「ここまでギリギリの戦いをするのは初めてかもしれない」


 フィニスさんとの手合わせは手加減してもらった。


 〈人型災害〉とも僕は戦っていない。


 エリオプスさんの時も本気は出し切れなかった。


「……これは手向けか。僕は〈エクス・クレルト〉から出る、これはその儀式だ。全てを出し切って憂いなく旅立つ」


 ――故に負けられない。村の人達には悪いが、僕は僕のために戦う。


 今までにないほどのエネルギーが全身を包み込む。まるで覚悟が力に変わっていくようだった。


 冷酷無比の斬撃が上から迫る。再生成した爪で耐え、鎧の腹部に蹴り込むが、左腕でガードされた。


 こちらにはまだ武器はある。僕は首元に飛びき、鋭い牙を突き立てた。スピリッツ体の中でも特に硬い部分だが、ガギガギと歯が軋んだ。


「グアアアアアッ!」


 捻じるようにして、襟を食い千切った。その隙間に刃を突き込むものの、どこかに引っ掛かって半ばで折れてしまう。


 咄嗟に距離を取り、爪を再装填して黒鎧と剣戟を交わした。


 合間に右方にステップする。


 その瞬間、鎧の門番は動きを止めた。


 中身は空洞だったが基本構造はただの鎧のためパーツ毎に干渉しないようにできている。そこに半端に引っ掛かる刃があれば身動きは取れなくなるのは道理だ。


 この隙を見逃す選択肢はない。


「《孤狼千斬一閃スペリア・エル・スラッシュ》!」


 エネルギーが右の爪が収束し、燃え滾るような赤色に染まった。


 突き込んだ刃は鎧の胴を貫く。そのまま上方向に引き上げると、刃に触れた部分は赤熱して溶けていく。


 相当の硬度なのか全力を傾けても鎧を切断するスピードは遅々としたものだった。


 胸部を裂いた辺りで、鎧の大剣が振り下ろされる。この状況防御に回す力はない。爪が食い込んでいるため回避もできない。


 受け止めるしかなかった。左腕を刃に伸ばす。


「うわあああああああああああああああああああああああああああああ!」


 親指が落とされたのも束の間、左肩の半ばまで大剣が沈む。


 到底容認できない激痛が《孤狼千斬一閃スペリア・エル・スラッシュ》を堰き止めた。


 スピリッツ体で受けた傷の部分は本体に返って来る。切り落とされたとなると、瞬く間に失血死する。ここで引かなければ僕は死ぬ。


 だが、スピリッツ体ならば一〇分は持つ。


 ならば、良い――僕は生と左腕を捨てる覚悟で鎧を両断していく。


「うああああああああああああああああああああ!」


 失血しなければ眩暈がすることもない、敵は痛みだけ。痛みは咆哮で打ち消した。


 爪は喉元まで少しという位置まで辿り着く。あと一息、最後の力を込めて腕を振り上げた瞬間、黒鎧の左腕が僕の首を絞めた。


「ッ――!?」


 赤い眼から熱線が放たれ、僕の眉間を貫く。


 


「う、あぁ……」


 風に揺らめく葉っぱの間隙から太陽光が射す。その眩しさに僕は目を閉じた。


 左腕の付け根が熱い。そして、血液が漏れ出る感覚もある。スピリッツ化が解除されている。僕はあの熱線に撃たれて負けたんだ。


 だけど死んでいない。


 ならば何故、僕は生きている。


 バキ! ゴキ! バリ! バキ! ――やたら耳に残る重音が届いた。


 痛みに呻き声が漏れそうになりながら、上体を起こす。音は大樹の正面方向から聞こえてきた。苔むした大樹を支えに対面に向かう途中、黒鎧の大剣が転がっていた。


「……誰かが戦っているのか?」


 黄色の背中が鎧に跨ってその顔面を殴りつけていた。先程から鳴っていたのは兜を叩く音だった。


 黄色の背中には黒の斑が走っている――見間違えるはずもない、〈黄虎紋〉のスピリッツだ。


「……どうして君はここにいるんだ、ティラ……」


 呟くと、虎人は動きを止めた。身じろぎしない黒鎧を踏みつけ、振り向く。


 鎧に向いていた刺々しいオーラが僕に吹き込んだ。エネルギーが高密度に練られている。こんな力を秘めていたのか。


 僕から視線を逸らしてティラは呟いた。


「あの女は気に食わないけど、正しいと思ったから」


「…………」


 フィニスさんが何かをしたということだけはわかった。


 それが、ティラの考え方を打ち砕いたのだろう。ティラ自身がそこまで納得してない辺りフィニスさんらしい。


「それに……叫び声がしたから。聞き間違えるはずないでしょ」


「そっか……あぁ、ありがとう」


 ティラはスピリッツ化を解除して僕の左半身を支えてくれた。


 大樹を守る門番は倒した。後は、大樹と一体化した魔道具を停止させれば良いだけだ。


 ――金属の軋む音と共に黒鎧の残骸が起き上がった。頭部はなく、鎧の前部は剥がされているにも関わらず未だ使命を遂行しようとする。


「まだ動くのか……」


「もうちょっと待ってて」


 ティラはもう一度紋章を起動しようとしたその時、半壊した黒鎧は空から飛来した何かによってぐしゃぐしゃに潰された。


 空色の人型の亀――〈空亀紋〉だ。クラドだが、どうして空から、と思ったところで紫色の鷲人がゆったりと降りて来た。人間爆弾を投下したのか。


「クラド、セラス……」


「ティラ……」とセラスは少し気まずそうに言った。


 クラドも驚いた反応を見せるが、気楽に笑う。


「その怪我を見るに一足遅れたみたいだな」


「ちょ、大丈夫ですか左腕!?」


 心配そうに駆け寄って来るセラスにここであったことのあらましを説明をして、四人で森林の祠のその先に向かう。


 内部の全面に記された文字の羅列の意味はわからないが、停止させるだけなら簡単だ。


 何も考えずに拳を振り上げれば良い。せーの、と四色の紋章が輝くいた腕が、遥か悠久の大樹を破壊する。


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