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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
少年が世界を知るためだけの弾丸旅団
73/170

15.封印されし剣

 

 ◎


 


 フィニスさんは唐突に言った。


「明日、〈人型災害〉を倒しに行くから」


 僕は面食らった。一緒にいたアルカちゃんも驚いて目を見開いている。


 昼になり訓練場から食堂へ向かう道中のことである。さっきまで鳥がどうやって飛ぶかとか、幽霊は存在しているか、聖剣が本当にあるのかみたいなことを話していたというのに。


 いつかこんな日が来るであろうことはわかっていたがこうも何気ないと心臓に悪い。


「随分急ですね。もしかして準備できたんですか?」


「そう、いよいよ倒す目途が立ったんだよね」


 嬉しそうに笑うが、やろうとしていることは引くようなことである。


「でも、〈人型災害〉がどこにいるかわかりませんよね」


「それは大丈夫だと思う。私が〈白龍紋〉を使えば必ず来るよ」


「すごい確信ですね……」


「特別なのよ、〈白龍紋〉は。コルダイテスのお爺さんは理解してたみたい」


「コル爺さんが?」


 僕はこの村から〈白龍紋〉の儀式を失わせるために脱走してフィニスさんに託したことまでしか知らない。そういえばあの爺さんは賢者なんて呼ばれていた。隠し事の一つや二つはあっただろう。僕らの想像以上に〈白龍紋〉について知っていた可能性は十分あり得る。


「紋章自体に魔法が掛かってるみたいよ。どうしてこんな効果が付与されてるんだろうね」


「……〈人型災害〉に対しての切り札なんですから当然じゃないですか?」


「普通に人には使えないのに?」


「……確かにそれはそうですね」


 何が言いたいのかわかってきた。


 前提として〈人型災害〉は倒されていない。


 紋章には誘引の魔法が付与されている。


 だが、〈白龍紋〉を扱える者は滅多にいない。


 つまり――。


「〈白龍紋〉の他に〈人型災害〉を倒す手段があったってことですか?」


 僕の言おうとした台詞はアルカちゃんに取られてしまった。


 そもそも〈白龍紋〉が誘引するための手段でしかない、という考えだ。兵器がまた別にある可能性だ。


「私はそう考えてる」


「〈白龍紋〉ってもっとすごいものな気がしますけど」


「そうだね、アルカちゃん。龍って言ったら神話時代の生物だからね」


 話を聞きたかったがフィニスさんは秘密主義的なところがあるので教えてもらえない気がした。


 それに食堂に着いたので頭の使う話は止めて和やかに食事しようではないか。四人掛けのテーブルを囲んで料理長ことアルカちゃんの母親に料理を注文する。「ちょっと待っててね」と若々しい返事をしてから料理の準備に取り掛かった。


 珍しくフィニスさんが驚いた顔をしている。


「もしかしてあの右手、義手?」


「うん」と答えたのは娘のアルカちゃん。「魔女がくれたんだって」


「魔女? もしかして紫色の……」


「私その時生まれてなかったから知らない」


「そっかぁ。大変だったろうね」


「いや、あなたもでしょ」


 突っ込まずにはいられなかった。


 義肢の経緯は全く知らないので何とも言えないが。


「私は勝手に着いてただけだから。不自由な生活をしてた期間ってのは案外少ないんだよね」


「そういう問題ですかね……」


「元の腕より遥かに高性能だし。むしろ楽まである」


 両足、左腕を失ってここまで言えるのなら本当にそうなのだろう。とても誰かに……アルカちゃんの母親にも共有できないことであることだけはわかる。


「彼女もコル爺さんに師事していて、一応、僕の兄弟子ということになるんですよ」


「何の紋章だったの?」


「……〈白龍紋〉です。フィニスさんの先々々代ですね」


 先代はコル爺さんだとして、先々代は〈エクス・クレルト〉の掟に従って〈白龍紋〉の儀式を行って亡くなった。それにより戦士団の戦力が増強された。ただそれだけだった。


 コル爺さんは儀式に参加していたんだよな――。


「はぁ、紋章を斬り落としたって訳ね」


 フィニスさんは自身の左腕を眺めて呟いた。


「……その左腕はどうして?」


 今まで聞こうにも訊けなかったこと。


 話の流れがあったから思い切って訊くことができた。


「これ? 〈神覇王国インぺリア〉で〈神〉と戦ってね。そこで失った。左眼もだけど」


「〈神〉?」と首を傾げるのはアルカちゃん。


「〈神〉って〈最終決戦〉のお話にででてくるあれですか? 本当にいるんですか?」


 〈最終決戦〉と言えば有名な御伽噺だ。こんな村にまで広がるほどだから相当有名なものだろう。


「〈風神〉は倒したんだけど、タダでは済まなかった……それだけだよ」


「全然それだけじゃないでしょ……左腕を失うって〈人型災害〉より強いんじゃないですか?」


 僕としてはどっちもどっちだと思うが。世界を作った存在と災害。恐ろしいことにはどちらも変わりない。


 フィニスさんは肩を竦めた。声のトーンが一段下がっていた。


「〈人型災害〉よりも遥かに強いよ」


「マジすか」


「じゃあ、何で倒せないの?」


 アルカちゃんの無垢な質問。


 それを訊いて良いものか僕は迷ったというのに。強がってる……なんてことはないと思うけど、デリケートな部分だろうそこは。


 何でもないようにフィニスさんは言う。


「弱体化しちゃったんだよ。強い武器もなくなっちゃったし」


「腕をなくなればそりゃどうでしょうけど……」


「魔法が使えなくなったのが一番でかいけどね。今は障壁を常時纏うことができないから義手を使って戦闘してる状態だし」


「……あれでまだ全盛じゃないんですか?」


「ああ、懐かしいな」


 そのまま物思いに耽って黄昏てしまった。


 丁度、注文していた昼ご飯が届いた。アルカちゃんのお母さんがお皿をテーブルに並べる。


「お待たせいたしました」


「どうもありがとうございます」


「こっちこそだわ。いつもアルカを見ててくれてありがとね、クロム君。あなたもね」


「いえいえ、楽しくやってます」とフィニスさんは言った。「アルカちゃんは将来有望ですよ」


 フィニスさんがお世辞を言えるなんて予想外だった。できたとしても絶対にやらないタイプだと思っていたのだが、そんなこともないらしい。


 流石に失礼かな?


 


 


 ◎


 


 明日、〈人型災害〉を討伐しに行くと彼女は言った。


 だから何か準備をすると思ったのだが、フィニスさんはいつにも増して呑気に過ごしていた。訓練場の草原で昼寝をしているのだ。


 訓練は毎日十全に行っていたので、必要なことはしているとも言えるがメンタル面が大丈夫か気が気じゃない。


 間接的に手伝うだけの僕でさえ緊張しているというのに彼女は。


「フィニスさんらしいっちゃらしいか?」


 余裕かまして油断する、なんてことはないと思うが。


 フォローが必要なタイミングがあるかもしれない。それこそ僕の役割だ。そうだ、僕が頑張れば良いんだ。


 


 少し離れたところで精神統一を行う。背筋を伸ばしてゆっくり空気を吸い込み、ゆっくりと吐く。その際、全身を行き交うエネルギーを意識する。


 そうすると世界と自分が一体化したような感覚になる。五感が研ぎ澄まされて、本来知覚できない情報までも受け取れる。


 例えば、近づいてくる人のシルエットが見ていなくてもわかる。


「クロム君」


 振り返ると予想通り、セリスが立っていた。


「セラス……どうしたの?」


「フィニスさんの手伝いをすることにしたので一応言おうと思って」


「そうなの!? いつの間に……」


 少し恥ずかしそうに顔を逸らしたのを見ると、僕の時と同じ感じなのかなと思った。


「あ、でも……」


「?」


「フィニスさん、明日〈人型災害〉を倒すって言ってた……」


「なっ!?」


 セラスは声を漏らすと、草原に寝ているフィニスさんの方に駆けて掴みかかった。


「明日ってどういうことですか、この馬鹿女!?」


「ちょ、セラス!?」


「あなたは狂ってます明らかに狂ってます! 気づいてください!」


「突然失礼なこと言われてる!?」


 揺さぶるだけじゃ留まらず、セラスがフィニスさんを空に投げようとしたところで止めた。


 相当砕けた関係に見える。女子同士だからだろうか。少し羨ましかった。やや物騒なのを除けばだが。


「まぁ、落ち着いて」


「普通は落ち着いていられません! クロム君もおかしくなってます!」


「僕も!?」


「考え直してください! 準備をしましょう、村の警備を強めてからでも良いでしょう!?」


 前回のフィニスさんと〈人型災害〉の戦闘の余波は、魔法で吸収することで半減させたがそれでも被害は尋常ではなかった。山岳を吹き飛ばして、森林を消滅させている。


 村に余波が届くことを考えるとしばらく準備期間は必要だろう。


 勿論、それは僕も言った。だけど――。


「いや、明日やるよ」


「やはり馬鹿です! 一回頭に強い衝撃を与えて元に戻さないと……」


「危ないことは止めよう!?」


「でも、どうして明日じゃないとダメなんですか?」


「私が国に帰るまでの期限が近づいてきたんだ。最大で二か月だから」


 フィニスさんは〈エクス・クレルト〉の住民を皆殺しをするという使命を持ってここに来た。その代替策として〈人型災害〉の討伐を掲げた。


 皆殺しを目的とするなら、期限二か月は決して短くはない――。


「どうして計画的にできないんですか」


 セラスは頭を抑えて、ため息を吐いた。


「面倒なことは後でやりたくなるじゃん」


「そんなレベルの話じゃないでしょう?」


「そう言われればそうだけど」


 鉄拳がフィニスさんの頭部に突き刺さった。怒りのセラスは誰にも止められない。バーサーカーだ。普段落ち着いている人が怒る時が一番怖いのだ。


 フィニスさんは精神年齢が子供な割に、異常な分別の良さを内包している。この厄介な性質に対抗できるとしたら相当の強者である。


「ああもうっ、今からでも準備するべきです。村長の家に行きましょう、クロム君も早く」


 返事は聞かず、引きずるように村長の邸宅へと向かった。


 扉をノックして返事が返ってきてから開くと、彼は座敷の上座に膝を立てて座っていた。


 三人正座して村長の前に並ぶ。


 セラスはフィニスさんの脇を小突いた。その仕草に子供を叱る親が連想される。


「あー、えっと」フィニスさんは気まずそうに息を漏らしたがすぐに意志を固めて口にした。「明日、〈人型災害〉を倒しに行きます。何と言われようと絶対」


「そうかい」


 実にあっさりした返事だった。


「唐突だな。まぁ、いつかこうなることはわかっていたが」


「村長……!」


 何故か感動するフィニスさんは置いといて、僕は尋ねる。


「予想してたんですか?」


「俺の予想を超えてくることだけは予想できたからな。色々可能性を考えて……これは最悪から五番目といったところだな」


 飄々と話しているが表情はいつも通り厳つかった。


 しかし、最悪から五番目と言うとあまり楽観視はできない。


「どうせ俺には止められない。勝手にしろ、というのが俺の答えだ」


「良かった……無事に決行できるよ」


「村長……」


 セラスは目に見えてわかるほど落胆した。


 村長は目敏く、セラスの表情の変化を悟ると再び口を開く。


「だが、まぁ、ただ見送るのも忍びない」村長はすっ、と立ち上がり入口に歩いて行く。「着いて来い」とだけ言って僕らは邸宅を後にした。


 どこに歩かされているのだろう――。


 民家のある地帯から外れ、村の外周付近へと続く道の途中で村長は止まった。何もない更地だ。


「昔、ここに建っていた家をコルダイテスと共に破壊したな」


「なんてことをしてるんですか」


 セラスが呆れながら言った。


「元々壊す予定があったものだぞ」


 あらぬ疑いをかけられまいと弁解が後からついてきた。


 その後、着いたのは人の背丈の二倍はある高さの石碑だった。表面に書いている文字を読むことはできなかった。恐らく古代文字だろう。


「……〈黄金郷に眠る〉って書いてあるけど」


 フィニスさんが言うと、村長が石碑に手を伸ばした。


「黄金郷とは〈エクス・クレルト〉のことだ」


 そのまま石碑に裏手に回り、壁面を触り始めた。


「ここら辺だったはずだが……」


 ゴトン、と重い物が落ちる音がした。


 絡繰が起動してか石碑の背面に線が刻まれていく。縦長の長方形が掘り出され、こちら側に倒れてきた。石碑に何か入っている。


 あったのは黒く錆び付いた直剣だ。


「これもコルダイテスと暴れ回っている時に見つけたんだ」


 彼は徐に取り出し、フィニスさんに差し出した。


「当時はガラクタだと思って捨て置いたが、もしかしたら〈白龍紋〉が何かを起こすかもしれない」


 フィニスさんは受け取るとしばらく剣を見詰めた。〈白龍紋〉を起動させる様子はない。


「フィニスさん……?」


「……これ〈神剣〉かも。〈白龍紋〉とかじゃなくて、神話時代の阿呆な力を持った魔道具だよ」


 いかにもな場所に隠されていたが見た目からはすごさは一切感じられない。


 彼女は柄を握って振り始めた。風を斬る音も一定ではなく、何か不安を感じさせる。


 途端、フィニスさんはボロボロの刃自らの首筋に押し込んだ。


「何をしているんですか!? ――えっ……」


 止めようとしたが、目の前の光景に金縛られた――首筋から流れたのは黄金の血だったのだ。


 黄金の液体に触れた途端、剣の錆びが打ち砕かれた。白金の刃が姿を現す。透き通るような剣身が光を帯びて辺りを照らした。


「これが……〈神剣〉……?」


 僕だけじゃなく、セラスも村長も剣の発する輝煌にあてられて言葉を失した。


 フィニスさんは剣を覗き込んで呟く。


「――……戦乱神の権能、銘は〈戦騎神剣〉。まさかこんなところにあるなんて……」


「使用者として認めた……?」


 恐ろしく鋭利な両刃の剣。ただの剣ではない。


 セラスが恐る恐る訊く。


「うん。これを扱えるのは五人といないよ」


「そうかい。精々役立ててくれ。村のことはこちらで何とかしよう」


 そう言い残して村長は石碑を後にした。


 フィニスさんの腕に魔法陣が現れると〈神剣〉がどこかに消えた。物体を収納する魔法だったか。


「――じゃあ、帰ろうか。明日は決戦だからね」


 途端何もなかったかのような態度で、優雅に風靡に歩き出す後ろ姿を僕は眺めた。彼女は夕日に照らされて真っ黒に染まっている。


 セラスが僕の左手を握ってきた。


「明日はティラとクラドも呼びましょう」


「……うん」


 心臓の鼓動が止まない。明日、僕らは災害に立ち向かう。


 ――なのにあなたはどうしてそこまで普通でいられるのですか? 死ぬのが怖くないのですか?


 直接聞く度胸はないけど。


 心底、違う世界で生きているんだと実感してしまう。日が沈むような寂しさを覚えてしまう。


 近づけるのだろうか。近づいて良いのか。


 憧れを憧れのままにしておくことができるのか不安になった。


 

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