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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
少年が世界を知るためだけの弾丸旅団
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14.黄金の姫に惑う

  

 ◎


 


 〈人型災害〉や〈白龍紋〉について言及された書物の捜索は思いのほか難航した。


 毎夜、倉庫や使われていない家屋に浸入しては部屋を漁っているが目ぼしいものは見つからない。数十年前の〈神獣〉の襲撃によって大いに失われたのだろう。


 村長が勝手に探せ、と言ったからには最低一冊は存在し得るはずなのに影すらも確認できない。


 そろそろ捜索する宛もなくなってきた。


 次にいつ〈人型災害〉が襲ってくるかわからない以上、可及的速やかに手掛かりが必要になる。書物に期待せずに自らの力を高めなくてはならない。昼間は訓練場にて己を高めるべくスピリッツ体を動かしていた。


 主に強化技《赤赫狼王》の持久時間の延長だ。スピードだけなら〈人型災害〉に匹敵する狼型スピリッツの特性を活かす方向で訓練を始めた。


「エネルギーを装甲の強化に回すか、それとも脚力に……」


 基本的にスピードを出せば出すほど空気抵抗も大きくなる。不用意に加速してしまえば装甲版が剥がれて素体が剥き出しになってしまう。


 どうにかスピードと強度を両立させたいがエネルギーにも容量がある。


「どっちもできれば良いんじゃないですか」


 答えたのは一緒に訓練していたセラスだった。


「攻撃特化、防御特化みたいに。もしくは速度重視などですね」


「使い分けか、それは考えてなかった」


「できることは多い方が良いですよ。この先何があるかわからないですし」


 セラスは意味あり気な視線を僕に寄越した。特に〈この先〉という部分が強調されていた。


 まるでこれからの僕の展望を知っているかのように聞こえる。セラスは勘が鋭く、人の心を読むことにかけて彼女に並ぶ者はいない。


 察された可能性は十分あり得る。最近はフィニスさんと共に行動している。十分な手掛かりを与えている。実際、気づいている節もある。


 ――手掛かりを知っているかもしれない。


 思ったよりも逡巡しなかった。


「〈人型災害〉について書かれた文献に心当たりある?」


「……………………」


 途端にスーッ、と眼が細まった。子供の頃から見てきた瞳だ。それは疑いの眼差し。


 そう、疑っている。あなたは一体何を考えているのか――と。多分。


「セラス……もしかして知ってるの?」


「やっぱり〈人型災害〉を討伐を諦めてなかったんですね、あの人は」


 僕がフィニスさんの手足であることは知られている。フィニスさん自信も隠そうとはしていない。セラスは予想していたようだ。


「そもそもここにやって来た動機が〈人型災害〉の討伐だったといったところでしょうか」


「すごいな」


「初めは〈白龍紋〉関連かと思いましたが、やっていることは訓練ばかり。まるでタイミングを待っているかのような態度。行方不明騒ぎで確信しました。紋章は偶然手に入れたといったところでしょう、見るからにトラブルに巻き込まれそうですし」


 セラスの推測は正しかった。僕が聞いた話と符号する。


 本当にすごい。世界が違うと言うなら、僕とセラスの世界も全く異なる。セラスの見る景色は何倍も透き通っているのだろう。


 君はフィニスさんをどう見ているのだ――思いながら僕は言った。


「僕は手伝うことにしたんだ」


「どうしてですか?」


「僕が僕らしく生きるために必要だから」


 フィニスさんに〈エクス・クレルト〉の民を殺させないために、これから先一緒に旅をするために、〈白龍紋〉の呪いをこの世界から消すために。


 何も捨てることなく進んでいくためには〈人型災害〉は打倒しなくてはならない。


 僕らは見詰め合った。見透かすような目だった。でも、幾ら透かれても良い。疚しいことなどない。あの人のようになるんだ。


 セラスは視線を外すと、悲し気に呟いた。


「君は変わってしまった」


「……」


「どんどん遠くに行ってしまう。私はクロム君と同じ景色を見ていたいと思っているのに」


 そのまま僕にしなだれてきた。背中に腕を回し、隙間なくくっついてくる。


 この世とは思えない柔らかな感触に包まれる。感触以上に精神的な多幸感が押し寄せた。


 だけど、僕からは何も返せない。ぬいぐるみ様に抱き締められるだけ。


「私ってこんなに弱かったんですね……」


「そんなことは」


「ありますよ。もしも、時間が巻き戻せるなら何度でもやり直します。君は違うでしょう?」


「――……」


「これからに希望を持つ人は過去を望みません。その希望に私はいますか?」


 潤みを帯びた両の瞳が僕を見詰めた。期待と不安が入り混じっている。


 傷つけるくらいなら嘘を吐く――今までの僕だったらそうしていただろう。だけど、もう嘘を吐いてはいられない。


 全ての因縁を断ち切る。心残りはあってはならないのだ。


 それが僕らしく生きるということだから。


「僕は〈エクス・クレルト〉から出るよ。世界がもっと広いってことをこの目で見たいんだ」


「……………………」


「でも、セラスだってここから出てもいいんだから」


「私も――」


 何か言い掛けたが、セラスはくしゃくしゃになった表情を僕の胸に額を押し付けた。


 セラス。常に気丈で、豪胆で、綺麗な少女。幼い頃から要領も良く、何事も卒なくこなす器量の良い少女、村の誰もがそう思っていた。


 だけど、今は道に迷った子供のように涙を流している。


 何故彼女があそこまで努力できたか、期待を応えることができたのか。もしかしたら――心のつっかえがあったからかもしれない。例えば、支えが特定の誰かだったとすれば。


「――なんてな……」


 今のこの瞬間を焼きつけるようにゆっくりと目を伏せる。




 


 ◎


 


 書物捜索が開始された――。


「ありゃ……どうして君が? セラスちゃん」


「クロム君の代打として来ました」


 深夜、双月に照らされたのは少年と少女ではなく少女と少女だった。


 フィニスとセラス。


 金髪の少女達が見詰め合っていた。


「てことは目的も知ってるの?」


「クロム君から聞きました。〈人型災害〉を倒すために色々と探っているようですね」


「そうなの。村長が古い文献があるっていうからここ最近はずっと」


「恐らくですが、本のある場所に心当たりがあります」


「おお!」フィニスは眼を大きくして反応した。「まさかここに来て判明するとは」


「可能性の話ですよ。そういえば昔、使われていない書庫を見掛けただけですから。着いて来てください」


 二人は民家の裏を通って目的地に向かす。


 道中、先行するセラスは尋ねる。


「あなたがこの村に来た理由はなんですか?」


「それは訊いていないの?」


「〈人型災害〉を討伐するためと言っていましたが、それならわざわざこの村に立ち寄らなくても良かったと思いまして」


 フィニスは自身が〈人型災害〉や〈神獣〉を引き寄せる血統であることは知っている。災害が頻繁に現れる地域に赴くだけで否応なく接敵してしまう。


 〈人型災害〉と会うだけならすぐに達成してしまえる――とセラスは考える。


「訊きたい?」とフィニスが悪戯っぽく言った。


「やめておきます。ろくなことではなさそうですし」


「頭良いねー、羨ましい」


 そんなこと微塵も思ってなさそうな軽い返事である。その軽薄な態度セラスは表情を歪ませた。


 ――羨ましいのはこっちの方です。


 愛されるために生まれてきたような少女。世界に恵まれて生まれてきた存在に嫉妬しない女はいないだろう。それでも結局憎み切れない。その葛藤が人々を苛むのだ。


 やって来たのは村の末端にある廃材置き場と言うべき、くたびれた建材が山のように積まれた場所。すっかり人気のなくなった森林がすぐそこにある。


 口止めという名の殺人にぴったりなスポットと言えよう。


「……何をするつもりなの? まさか……」


「まさか、何ですか」


「身体を触らせてとか言うタイプの……」


「しませんから。今は廃材置き場になっていますが昔は一代前の村長の邸宅として使われていました。洪水で崩壊して以降はこの有様ですが」


 セラスは絶妙なバランスで保っている腐った木々を器用に登っていく。


「子供の頃、本を読みに来た私はここで奇妙な絡繰を発見しました」


「絡繰?」


「あなたから聞いた話を鑑みるに魔道具に類するものでしょうか」


 言いながら、木の板をどかし始めた。


 フィニスも山に登って廃材を端に追いやっていく。


「床面に細工がされていたはずです。地下空間があったような気がします。もしかしたら浸水して使い物にならないかもしれませんが」


「それは困るな……」


 夜な夜な美少女達はゴミ置き場を荒らした。


 一〇分ほど経った頃、建物の床面に当たる張り板が見えてきた。正確な位置は覚えてないらしいので、時間掛けて調べる。


「絡繰の解除方法は紋章をかざすことです」


「〈白龍紋〉でも反応するかな?」


「私も開けられましたし、多分紋章なら何でも良いかと」


 紋章をかざしながら床面を這っていると、ある一か所で床が揺れた。フィニスはセラスと目配せしてから再度手を伸ばす。


 床の板がノイズが走ったように一部透過する。やがて、床は消え、地下へと続く道が現れた。当然、中は真っ暗である。ジメジメした空気と腐食臭が漏れてきた。


「換気しましょう――〈紫鷲紋〉」


 セラスの首筋が輝いた。手を扇ぐと、突風が巻き起こり地下に突っ込んでいく。循環して吐き出される気分の悪くなる空気。


「これで少しはマシになったと思います」


「あ、私に敬語使わなくても良いからね」


「……とっとと入りましょう。見られないとも限りませんから」


 階段を下っていくと四畳半ほどの空間に出た。家具らしきものはなく、唯一あるのは壁に吊るされている本棚だけだった。


 入っているのはたった二冊。


 背表紙が白い本と黒い本。白色の本の表紙には〈白龍紋〉の紋章が描かれている。黒は古代文字列が並んでいる。


「おお、〈白龍紋〉だ。これは当たりかも」


「読めるんですか?」


「私は読めないけど、大丈夫」


「はい?」


 フィニスは頁を開くとそのまま黙ってしまう。


 セラスは手持無沙汰に部屋を見回し、本棚に残されている黒い本を手に取った。読めないが所々にある挿絵を眺めた。


 落書きのような黒い人が描かれている。おそらくこれが〈人型災害〉だろう。遠くからしか見たことなかったがこんな感じはある。


 次のページにはまた別に人型の絵が二人分。


 白い輪郭に黒い身体、黒い輪郭に白い身体。対照的な二人だ。


「――いや……これは……紋章?」


 黒い輪郭の人の隣に黒い刻印の紋章が描かれていた。


 ある予想がセラスの脳内に浮上した。謎に包まれている〈人型災害〉のルーツが見えてきた。


「……そういうことなの?」


 さらに頁を捲って推測を裏付ける何かを探す。そこで「うーん」というお悩み声が耳朶を叩いた。


「どうしたんですか?」


「いやね……読めなかった。半分くらいしか」


「半分? それってどんな状況?」


 頁が虫に食われていたということか?


 フィニスは視線を天井に向け、わたわたとジェスチャーをする。


「この文字ね、古代文字じゃなくって一〇〇年後くらいかな、それくらいにできた文字で当時のものとは変わってるの」


「文字が簡略化されたりってことですね。それで半分では何もわからなかったのですか?」


「最低限はね。〈白龍紋〉の使い方が間違ってた。第一段階の打ち消しは当たってたけど、第二段階が違った。他のスピリッツみたいに人型になるのかと思ってたけどそうではないみたい」


「はぁ……」


「使い方はよくわからなかったけどアプローチは何となく理解した。多分、行ける」


 どうしていつもそう自信満々なのか気になったが、あまり留まりたい場所ではないので本を棚に戻して地上に上がり、フィニスが来るまで二つの月を眺めながら待った。


「――あの月のことは結局何もわからなかったな」戻ってきた少女は空を見上げるセラスに言う。「あの月っていつからあるんだろう?」


「さぁ……この村ができた頃じゃないですか」


「怪しいよね」


「はい?」


 二つの月があるのが当たり前な生活をしていたセラスにはその疑問の真意を察することができなかったが、 フィニスが言及する以上、彼女の目的に関係があるのだろう。


「暇だったら調べ解いてね、魔法的権能が働いているのは確実だし」


「魔法……」


 目的は達成した。瓦礫をできるだけ元に戻して速やかに廃材置き場を後にする。民家の裏手を通って村の中心地へ戻った。


 ――既に終わったことだけど、これで良かったのかな……私の判断が、この村の命運を分けたのだとしたら。


 今更ながら決断の責任に押し潰されそうになるも、陽気に隣を歩く少女を見ていると不思議と落ち着いた。――逃げちゃえば良いのかな。セリスはそう思った。


「フィニスさん、あなたはこんなことしてて怖くないの?」


「怖いよ」


「ならどうして?」


「借りがあるから」


「そんな理由で……」


「それと、リベンジってのもあるし、あのお爺さんの想いを知るためってのもあるし、少年の旅立ちを応援するためでもあるよ」


「……………………」


「いつの間にか理由が増えちゃってね、まぁ、適当に頑張るよ。期待して待っててね」


 中途半端な言葉に聞こえるかもしれない。しかし、力強い言葉だった。全ての理由が本気で絶対に実現しようという高潔な意志が感じられた。


 中央広場まで来ると、フィニスは手を振って感謝を述べる。


「今日はありがとうね。災害を倒す目途が着いたよ」


「……あなたはクロム君をどうするつもりですか?」


 無視して問うたのは件の少年のことだった。


「フィニスさん、あなたは彼を変えてしまった。その責任、どうしてくれますか?」


「……あなたからしたら本題はこっちだったって訳ね」


 問われた方は所在のない腕を下ろして、セラスと向き合って、目で続きを促した。


「クロム君はこの件が終わったら〈エクス・クレルト〉を出ると言っていました。悲しかったけど、彼の決断なら尊重するつもりだったけど――もしも、それがあなたの〈魅了〉の力だったとしたら」


「したら?」


「絶対に許さないッ」


「へぇ」


 フィニスは美麗なる悪女を思わせる透かした笑いを浮かべた。まるで自供直前の殺人犯のように、本当の正体を明かすように。


 ――まさか、まさかまさか……!


 思った時にはセラスの身体は動いていた。右の蹴り上げが悪女の側頭部目掛けて繰り出される。


 フィニスは義手で蹴りを受け止めた。


「セラスちゃん、私の右眼には〈魅了の魔眼〉がある。自分では完全にコントロールすることができない。だからね、セラスちゃんの言ったことを否定することはできない」


「何をぬけぬけと!」


 セラスの首が紫色の光ると殴る蹴るの膂力が倍増する。攻撃を受け止める度に義肢が軋んだ。


「だけど言わせてもらうよ」


 顔面に飛んで来た拳を掴んで、怒りに染まったセラスを引き寄せる。


「私は私のために生きている。そこに彼の意志は一切ない――私はクロムがどういう人生を辿っても構わないと思っている!」


「自分がやったことを棚に上げて! 他人の人生はどうなろうと知ったことではないと!? 捻曲げられたものが一生かけても治らないことだったあるんですよ!」


 噛みつかんばかりに詰め寄るが最後の一押しが足りない。ギリギリで拮抗されてしまう。


「それじゃあ彼が馬鹿みたいじゃないですか!」


「だとしたら、セラス――君のやるべきことは私を倒すことではないよ」


 ロンググローブ越しに右手の甲が白く輝いた。龍を象る紋章がセラスの〈紫鷲紋章〉の励起を打ち消した。小娘程度の腕力に戻った以上、義肢を圧倒することはできなかった。


 非力な少女を掴み上げて額をぶつけ合わせた。


「セラス、殴るべきはクロムだよ」


「は?」


「私は何があろうと絶対止まらない。だけど、クロムならあなたの話を聞いてくれるでしょ。魅了されているのならあなたが目を覚まさせれば良いだけだし!」


「あなたという人は……!」


 それは反省するつもりは皆無だという宣言。


 堂々どころか叱咤されるとはこれ如何に。


「願うなら行動を起こしなさい。他人に望んで都合の良いことが起こるなんて思うな!」


 ヘッドバッドは繰り出されセラスの身体は地に着いた。額が真っ赤に腫れている。


「大事と思うなら自分で成し遂げる。自分らしく生きるとはそういうことだよ」


「自分らしく……」


 どこかで聞いた言葉だった。


 セラスのはこの言葉を否定することはできない。そうしたら大切なものまで壊れると思ったからだ。


 ――こっから来てたんですね……こんなに眩しかったら憧れてしまいますよ……。


 ある種の答えを得てか、少女から戦意は失われた。


「思う通りにすれば良いよ。それで私を殴りたいって言うなら正面から返り討ちにしてあげる。彼を説得する方が随分と楽だよ」


 尻餅をついたセラスに右手が差し出された。フィニスは憂いのないたおやかな微笑を浮かべていた。


 手を伸ばせば、力強く握られ身体を引っ張られる。抱かれるようになると、セラスは女子としては長身だが、フィニスよりは少し小さいことがわかる。何より色々な意味でふんわりした。


 セラスはこれに目が眩んだんじゃあるまいな――なんて僅かに笑んだ。

 



 ◎



「さてと、そろそろ決戦といこうか〈人型災害〉……!」


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