13.例え、あなたが
◎
うんざりするほどの快晴、雲に遮られない熱視線が降り注ぐ日がな一日。
「古代文献がどこにあるかわかる?」
訓練場にて〈白龍紋〉の操作に試みるフィニスさんが視線を寄越すことなく尋ねてきた。
昨晩、村長の邸宅にて話をつけてきたという彼女。目ぼしい結果ではなさそうだが、こうして行動を起こそうとしている辺り着地地点は悪くなかったのだろう。
「村長の家にはなかったんですか?」
「うん」
「使われていない倉庫ってのはわかりやす過ぎですかね。本自体、この村にはそうそうありませんから厳重に隠されているかもしれません」
「倉庫って言うと最初閉じ込められたとこだっけ。調べとけば良かったな」
紋章の操作に飽きたのかフィニスさんはどこかから銀色の剣を取り出して振り回し始めた。風を斬る音が心地よく耳に届いた。
「これから探すんですか?」
「そうだよ。一人なら良いって言われてるけど……」
「そうですか」
「別に守る必要はないと思うけどね」
フィニスさんは悪戯っぽい笑みを湛え、悪びれることもなく言い切った。あのムキムキ村長に逆らおうとは流石としか言えない。
だが、フィニスさんが言うなら大丈夫な気がしてくる。それに僕は彼女を助けると決めたから。
「じゃあ、決行は深夜ね」剣先を僕に向けて言ってきた。前髪が一本斬り裂かれた。突然怖過ぎる。油断していたらこれだ。次から気をつけよう。
時は過ぎて深夜――。
自宅の寝室の窓から身を乗り出し、外へ出た。今日は天気が良いので二つの月が昇っている。部屋で暗さに目を慣らしていたので視界は通った。
冷たい風が頬を撫でる。鈍った体には実に心地良い。
足音を立てないようにフィニスさんを軟禁していた倉庫へ向かう。フィニスさんが僕が着いた少し後にやって来た。
「鍵が掛かってますね」
開き戸はガタガタ、と鳴るだけだった。
「どういう仕組みなの?」
「錠前ですよ、破壊すればすぐ入れますがバレますよ」
「地味に困ったな。窓枠とか外せないよね」
試行錯誤しているみたいだが空回りしているようだった。放って置くとバレないからって天井から入っていきそうだった。針金で錠前を弄った方がまだ生産的だろう。
錠を固定している金具は釘で固定されている。これを上手く抜けば外すことはできそうだ。
「……何とか開きました。入りましょう」
立てつけられているのは硬いベッドと何も入っていない本棚だけ。
「何もないじゃん」フィニスさんは何もない棚を覗いている。
「多分、ここですよ」と、爪先を床の木板にぶつけた。
「地下?」
「昔の名残よくあるらしんですよ」
接着されている床板を次々剥がしていく。部屋の一角に小箱が埋まっていた。時代錯誤な木箱の中には冊子が一部入っている。
「読めませんね」
「私古代文字なら読めるんだよね」フィニスさんは頁を捲ってしきりに頷いた。「欲しい情報ではなかったかな。書かれているのはこの村の誕生についてだね」
文字列をじっと見詰め、訥々と語り始めた。
――ことの起こりは〈クレルト山脈〉、時は数千前〈最終決戦〉にまで遡る。人類殲滅を目的に降臨した神々と〈血統者〉との戦いの舞台が現在の〈エクス・クレルト〉である。
――〈天空神〉、〈邪神〉、〈魔神〉が合体した〈天魔邪神〉と〈黄金血統〉の戦闘は三日三晩続いたという。
――黄金の鮮血が土砂降りのように振り注いだ。黄金の血液は地に、川に染み込んだ。
――戦闘の末、〈黄金血統〉は勝利したが衝撃により山脈は削れて平らになっていた。
――人々は奇跡の地として名を変えたそこに街を作った。彼らは黄金を含有する水を飲む、黄金を含有する生物を食す。
――長い年月をかけ、黄金は結実はした。生物の特性を紋章として扱うことができるようになった。
「そういうことか」最後まで語り終えたところでフィニスさんは小さく呟いた。「あんまり詳しく書いてなかったけど……私達は遠い親戚って間違ってなさそうね。いや、ちょっと違うかな」
気になるところは幾つかある。雨のような血液という比喩、あまりに非現実的だ。それとも神話時代は常識が通じないような魔境だったのか。
〈エクス・クレルト〉の住民の金髪と金眼と、フィニスさんの金髪と金眼。出自は違うのにここまで酷似するものだろうか。否、出自は同じだった。
フィニスさんが〈白龍紋〉を継承できたのは偶然の産物などではない。
紋章が元より彼女の血のものだった。
「……ということはフィニスさんは〈黄金血統〉の子孫ということですか?」
「うん。史上最後の〈黄金血統〉さ」
いつしか歴史の彼方に消えたはずの〈英雄〉の血族は今も生きていた。
「最後の?」
「それは置いといて。この紋章は〈黄金血統〉から派生した異能ってことがわかった。システムとしての基礎は同じはずだから使い方も類するものがあるはず」
ナチュラルに話をすり替えられてしまった。
これ以上ここにいても仕方ないので床板を元に戻して倉庫を出る。最後に釘を刺し直してこの場から離れた。
真夜中の村を二人で練り歩く。フィニスさんは腕を組んで無言で思考していた。月光に照らされる悩ましい横顔も美しい。
――この時間がずっと続いて欲しい。ただ、あなたの隣にいるだけで。
きっともう長くは続かないから。フィニスさんは〈人型災害〉打倒へ動き出している、長くない内に方策を見つけ出すだろう。
「待ってください」
気づいた時にはフィニスさんの腕を掴んでいた。
「ん、何?」
振り向いた無垢な瞳が僕を捕らえて雁字搦めにする。
「約束のこと覚えてますか?」
「手伝う話のことかな」
「はい」
「覚えてるよ。それがどうしたの?」
〈人型災害〉との戦闘の後、僕はフィニスさんに宣言していた。彼女の目的の達成を手伝うことを。とは言ってもできるのは露払いまでだ。〈人型災害〉を相手取れるのは彼女しかいない。できることは少ないだろう。それでも、僕は役に立ちたかったのだ。
――喩え、取るに足らない存在だとしても。
「僕はどうすれば良いんですか……あなたの隣にい続けるために何をすれば良いんですか」
「えっと……」
全身が熱い。だが、内側で完結している。皮膚や表情は想像以上に冷え切っていた。多分、現実に追い詰められているからだ。
「ずっと……できる限り、僕はあなたと……」
言葉にならない思いが溢れてくる。
フィニスさんにとっての特別な存在になりたい訳ではない。ただ隣に――隣じゃなくたって良い。同じ景色を見ることができればそれだけで――。
熱気にあてられたように視界がぐるぐるしてきた。
フィニスさんは〈朧美月〉を見上げていた。逆光により表情は黒く染まっている。
「光栄な話だけど」
薄手の手袋を纏った右手を空に伸ばした。手の甲が龍模様に輝く。
「私は構わないけど、期待には応えられないよ。見ての通り身体はボロボロというか、メカメカというか」
「僕はそんなこと気にしません……」
「ありがとうね。元々身体が悪かった、その上で何度も死にかけた。この身には過酷なことばかった。残りの時間が少なくなるのは当たり前だよね」
左眼の義眼と、左腕と両足の義肢。肉体質量の半分が絡繰で成り立っている。言う通り身体への負荷は尋常ではないはずだ。
「寿命が減るのも当然ってことですか」
「もって二年。勿論、素直に死ぬつもりはないけど今は生きるために生きるので精一杯だから。その旅路に一緒したいと言うなら別にいいけど――って感じです」
最後、若干恥ずかしそうに顔を逸らしてフィニスさんは歩き出した。
大事なことを意図もあっさり言ってくれる。余命二年。
二〇年も生きられない。そんな運命に彼女は立ち向かっている。一切の絶望を斬り裂いて、希望を求めて歩いている。
――ああ、なんと美しいことか。フィニスさんの前に広がるのは一体どれほどの暗夜と風雅があるのだろう。
「僕はついていきます。あなたの見る世界を見たいから」
「そんな大層なものじゃないよ。ま、気楽に身勝手に過ごすだけだよ」
決めた。〈人型災害〉の件を解決した暁には、〈エクス・クレルト〉から出よう。それだけの価値があるから。




