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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
少年が世界を知るためだけの弾丸旅団
70/170

12.人海戦術で老人に圧を掛けてみた

 

 ◎


 


 〈エクス・クレルト〉の実質的最高指導者――村長ことガニマールは額に手をやりながら呻いていた。


 村の奥に鎮座する邸宅にて先日の……〈人型災害〉の来訪と撃退の顛末についての報告を思い出している。誠に信じ難い話だった。しかし、その現実味のない話が実話であるだけに苦悩する羽目になっている。


 現在ガニマールを悩ませる事柄の一つ。


 フィニスとクロムの〈人型災害〉の撃退の報告を聞いた後、帰り際にフィニスが言ったことだった。


 〈村長さん、この村とか〈白龍紋〉に関することが書いてる文献を見せてください〉


 これに対し、ガニマールはこう答えたのだ。


 〈古代言語は失伝している。そもそも読めん、諦めろ〉


 〈それでも良いからお願いします〉


 〈そもそも部外者に見せて良いものじゃない。何と言われようと無理だ〉


 頑なに拒否を示したのでフィニスも引き下がった。ここまですればこれ以上追及しないだろう、という公算だ。


 ――あの少女は危険だ……彼女だけには知られてはならない、気がする。


 古代言語は確かに失われたが村長になったものは先代から一部口伝で真実を伝えられるのだ。自分さえ口を噤めば情報は漏れることはない。胸の内に留めたまま次代に継承すれば良いと考えていた。


 そんな矢先。


 ガニマールは自ら調査を行おうと邸宅から出ると、クロムと出会った。


 狭い村だ。日常茶飯事である。何とはなしに目的に急そごうとした時、声を掛けられた。


「あの村長……ちょっといいですか?」


「クロムか。何だ?」


 クロムは何故か気まずそうに目を逸らしていた。


 やましいことがあると言わんばかりの態度なので自然と訝し気にその姿を眺める。


「村長……何か隠し事してますよね…………〈人型災害〉とかのこと…………いえ、訊き出したいとかじゃないんですが…………」


「……………………」


 意図は不明だが唐突に核心に触れられそうになった。


 平静のままでいられなかったのも一瞬、ガニマールは当然という風に答える。


「長く生きているから他より知っているというだけだ。大したものではない」


「そ、そうですか」


 言って、クロムはそそくさとその場を後にした。


「一体何だったんだ……まさか気づいて?」呟きながらその後ろ姿を眺めた。「いや私以外が知る由はない。喩え、コルダイテスでも。いや、しかしあいつは……」


 


 周辺調査を終えて邸宅に戻る途中、またもや若者に声を掛けられるガニマール。


 クロムと同世代のクラドだ。何か神妙な面持ちをしていた。まるで、何かを残念がっているように目を細めている。


「村長」


「クラドか。何だ?」


「俺らに隠してることがありますよね…………〈人型災害〉に関して」


「何のことだ?」


「吐いて楽になりましょうよ、大丈夫、ちゃんと受け止めますから」


 言って、穏やかに頷いて見せるクラド。俺達に任せとっけ、と言わんばかりだ。


「長く生きているから他より知っているというだけだ。大したものではない」


 さっきも言ったな、と思いつつ答えるガニマール。


「俺達はいつでも覚悟はできてるので…………たまには頼ってくださいよ」


 言って、クラドはそそくさとその場を後にした。


「……あの態度。一体どうなっている……? まさか本当に情報が漏れたのか?」


 このことについても調査が必要、と結論付けガニマールは邸宅に戻ったのだった。座敷に腰を下ろした村長は事務に勤しむ副官に問い掛ける。


「なぁ、俺ってそんな顔に出てるか?」


「……お疲れのご様子であることは」


「そうか」


「何か気掛かりでも?」


「いや、大したことではない」


 


 翌日、村一番暴れ者と名高い少女――ティラノが邸宅にやって来た。


 何事かと、言葉を待っていると。


「そ、村長、〈人型災害〉について何か知ってるようねですね?」


 どうにも芝居がかった口調だったものの、これで三人目。


 若者の中で噂が流れているのか――推測し、当たり障りのない返答をした。


「長く生きているから他より知っているというだけだ。大したものではない」


「い、今のところはそれで許してあげますわっですわ」


「……………………」


「し、失礼しますっ」


 ティラノはぎこちなくその場を後にした。


 これが序章だった。ガニマールは以来、若者とすれ違う度にこのようなことを尋ねられた。そして、その度に〈長く生きているから他より知っているというだけだ。大したものではない〉と答えた。


 五人目辺りからそれが異常事態だということを理解した。集団的な何かが起きている。こんなことを実行しそうなのは一体誰か?


 ――青年長……エリオプスは軟禁状態だ。こんなことを引き起こすとは一体……。


 考え事をしていると注意が疎かになって、人にぶつかってしまった。


「おっとすまない」


「大丈夫です」


 返事したのは幼い少女――アルカだ。七歳だが、精神年齢はもう少し高いように思われる子ども。


 肝が据わっているのか表情の変化が少なく何を考えているのかがわかりにくい。だからといって嫌ったりはしないがどう接すれば良いのかガニマールはわからなかった。


「考え事をしていた、すまなかったな」


 改めて謝ると幼女は首を横に振った。


「村長さん」


「アルカか。何だ?」


 ここ数日の匂わせの質問により言い回しが固定されてしまっている。


 同時に村長の中に嫌な予感が募った。そして、見事的中する。


「村長さんは〈人型災害〉について何か隠してるんですか?」


 思わず表情が歪んでしまう。こんな幼い子にまで言われるとは……。


 しかも、青少年のような何かを探ろうとするものではなく、純粋無垢な質問。誤魔化すのが憚られた。だが、今更知られてはならないこと故、鋼の意志でガニマールは言う。


「長く生きているから他より知っているというだけだ。大したものではない」


「……そうなんですね」


 見るからに落ち込んだ姿を見れば〈というのは冗談で〉と言いたくもなる。


 しかし、彼には彼の使命があり誰にも譲るつもりはなかった。


 ふと――ガニマールは考えた。この幼女が嘘を吐くようには見えない。誰かに命令されたのなら話してくれるのではないだろうか、と。


「誰にこのことを訊けと言われた?」


「フィニスお姉さん」


「……あいつ、お姉さんと呼ばせているのか。ではなく、そうか、ありがとう」


 ガニマールは頷く。推測は当たっていた。あの質問を初めてした人物。切っ掛けとなったクロムと頻繁に接触している人物。若者に影響を与えられる人物。


 有力候補は間違いなくフィニスであり、黒幕はフィニスだった。若輩世代を操ることで情報を得ようとしているに違いない。


「…………あんなので本当に喋ると思っていたのか?」


 流石にお粗末過ぎる作戦だな。そこにどんな真意があるのか。このまま放っておくことはできない、何のつもりか問い質す。早速、呼び出すことにした。


 


 夕方頃、ガニマール邸にてフィニスと向き合う。


 フィニスは作戦成功、と言わんばかりの自信に満ちた笑みを湛えていた。


 どこまで深読みすれば良いものか――観察しても無駄だと、話を切り出す。


「あそこまでして〈人型災害〉のことが知りたいのか?」


「はい」


「あんなので絆されると本気で考えていたのか?」


 何事かと若干不安になったが。


「はい」と少女は頷いた。本気でそう思っていたらしい。


 少女を前にするといまいち調子が狂った。何を言っても通じない気配とでも言うのか。


「前にも言っただろ。文献を解読することはできないんだ」


「私ならできます、だから本を下さい」


 こう言われてしまっては痛い。読めないというのは事実だが、それは内容を知られないための方便でしかない。もしも、あり得ないが、読めてしまった時、取り返しがつかない。


 とはいえ今更言っても秘密があると言うようなものだ。


 ――そんなものはない、と言うか?


 ――それとも、探し出してみろ、と?


 ――突っぱねるか?


 ――いや、こいつには下手な言い訳はよした方が良いか。


 どこに隠そうとも村中をひっくり返してでも見つけ出すことが目に見えている。そっちの方が情報を知られるよりも厄介かもしれない。


「本を渡すのは無理だ。あれは誰にも知られてはならないのだ」


「でも、あなたは知っているんでしょう?」


「そうだ、その上で判断している。これは喩え、〈白龍紋〉を持つあんたでも言うことはできない。知った時、あんたは〈人型災害〉以上の脅威ともなり得るからな」


「〈白龍紋〉の使い方だけで良いんだけどね……」


「あいにくそれは俺も知らん。だが、それで良かったと思う。知らないことを話すことはできないからな」


「書物は存在するんですね」


「……あんたならそう言うと思っていたよ。どうしたものか」


 口外しないと約束してくれるのなら言ってしまった方が動きを単一化させることができそうだが、あまり口が固そうには見えない。ポロっと口ずさむくらい平気でやってのけるだろう。


 ――〈エクス・クレルト〉、〈人型災害〉、〈白龍紋〉の継承者。何かを得るには何かを捨てなければならない。何も捨てずに得ることができない。


「俺からお前にできることは何もない。だから一人で何とかしろ。俺にも、誰かにも悟られず勝手にやってろ。とにかく俺に面倒な思いをさせるな」


「――あぁ、そういうこと」


 ガニマールの出した結論はフィニスと利害関係を結ばないことだった。


 〈人型災害〉の討伐に賭けて近づき過ぎれば敵対するのは必至。


 〈白龍紋〉を取り上げようと。もしくは情報を与えないために敵対してしまえば強引に制圧される。


 ならばどちらにもつかないのが最善の選択だった。


 アクションを起こされた時点で既に詰んでいたのだ。


「ったく、まるで邪神だな」ガニマールはため息を吐いて毒づいた。「コルダイテスめ、とんでもないことをしやがって」


「邪神とはまた何とも酷いことを」


 心にもないようなことを言って少女は邸宅を後にした。


 これで変な勘繰りはなくなるだろう。だが、同時に運命に身を委ねることでもある。選択を放棄するのと同義だ。


「……俺にできることはもはやない。全てを委ねるしかないのか…………コルダイテス、お前は何を考えていた……何を知っていてあんなことを…………」


 苦悩は未だ止まず、村の長として責任は依然として圧し掛かる。


 ガニマールは身体の向きを変え、窓から覗く夜空を睨みつけた。〈朧美月〉が幻想的に輝き、村を優しく照らしている。


「もう十分頑張ったよなぁ、俺は――」


 厭世的にぼやいたガニマールはゆっくりと目を閉じた。


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