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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
少女が明日を生きるためだけの最終決戦
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6.フィニスの旅の理由

 

 ◎


 


「おらぁぁぁあああああ! もっと来いやああああああああああああ!!!」


 炎に燃える剣を振り回す少女――ハウシアは森林炎上の危険を顧みずに襲い掛かって来る〈神獣〉をばったばった薙ぎ倒す。身体強化により〈虫型スカラバウス〉と並走しながら楽しそうに剣を振るっていた。


 まさに疾風怒濤。


 留まるところを知らぬ炎剣が〈グリュッセルス大森林〉の中央地帯に辿り着くのにそう時間は掛からなかった。


 円形に切り取られた木々の空隙に祠のようなものが立っている。虫はそれを守るように滞空しながらハウシアを狙っていた。


「ここがそんなに大事なんだ。ならぶっ壊すしかないよね!」


 嬉々として大剣を肩に乗せる中、〈スカラバウス〉の攻撃は苛烈さを極める。なりふり構わず互いの干渉を度外視して突撃を敢行していた。


 目的さえ達成できれば何を犠牲にしてもいい、という風に殺到する。


「〈神獣〉に冷静さってのもおかしいけど、焦ったら何事も上手くいかないものだよねぇ……大局が見えてなければ勝てるものも勝てない。やっぱり〈神獣〉も私達と同じ生物って訳ね!」


 地面を滑らせるような足遣い、両手で握った大剣を我流剣術で構える動作。


 一挙手一投足に火花が生じた。


 輪郭が陽炎のように揺れながら、体勢を低くして剣を引き絞る。


「華麗に決めさせてもらおうかな――必殺《火炎燃焼灼爆熾焔》ッ!」


 ハウシアは紅蓮に染まった剣を一息で時計回りに振り切った。


 瞬間、八方から押し寄せた〈スカラバウス〉は悉く八つ裂きになる。上下に割られた巨大な死骸は炎上を繰り返し、最終的に灰燼と化した。


 最後に残ったのは大気の蒸発音のみ。


 ハウシアがふっ、と息を吹きかけると剣は元の銀色を現した。


「よし、木が燃えないように調整できたっと……で、この石造りのお庭は何だろう」


 祠――。


 どうして半分が崩れかけなのかも疑問だが、どうして森林の奥地にこんなものがあるのかが一番気がかりだった。少なくとも大森林で何かしらの事件があったなど、今回の件で初めてのはずだ。


「どうしてこんな森林の真ん中で神を祀っているんだろう…………風化の度合いからしてできたのはかなり前だよね。森林より先にできたって可能性もゼロじゃない…………そして、どうして〈神獣〉は祠を守っているの?」


 口元に指をあててらしくもなく唸っていると、祠の廃れた石碑が不自然に転がった。風が吹いたのだ。


 反射的に剣を真っ直ぐ構える先は祠の、やや上である。


 そこには、顔のない真っ白な非人間的女体が浮遊していた。三対の鳥のようなたおやかな翼に、首から足に欠けて緑色の羽衣を纏っている。


 人型とはいえ、それが人類ではないことは一目瞭然であった。


 さながら〈風を司る天使〉。


 そう思えば、血色の欠片もない肌でも神秘的に見える。


「…………あの領主…………これが出るってわかってて私に依頼したんじゃないだろうな」


 〈神獣〉とは比較にならない力を有する生命体を前に思わずハウシアは毒づいた。こんなことは滅多にない。それだけ予想外展開であった。


 ――神獣の上位生物。


 ハウシアは直感したままの結論を受け入れ、深呼吸を一つした。それだけで脳内には勝利の二文字以外が消し飛んだ。この戦闘への尋常ではない集中力こそがハウシアの強さの秘訣である。


 向けられた戦意に応じて天使も臨戦態勢に移行した。


 その際、天使は奇妙な声を咆哮する。やたら耳につく高音だった。


「……ん、楽器に聞こえなくも」


 発されたのは嫌な気分どころか、むしろ聞き入ってしまう音色だった。管楽器を思わせるフラットな音階だが、呑気に気を取られる暇はない。


 妖精の身体の前に、直径二メートルはある緑色の魔法陣が形成された。円は内部に行くごとに一回り小さく三重に、内部には四角形を二つ組み合わせた多角形。隙間には解読不能の文字が躍る。


 天使の魔法、それは人類が扱うものと酷似した性質を持っていた。


 ハウシアは緑の天使に剣の腹を向け、防御態勢に入る。


 


 魔法陣から解き放たれた暴風は指向性を持ってハウシアを捉える。盾にした剣を弾き飛ばし、それでも衰えぬ衝撃波は腹部に突き刺さった。錐揉み回転しなが後方へ吹き飛ばされ木々をへし折りながら、さらに中央から離れていく。


 最後の激突音がしたのは、ぴったり一分後だった。


 祠から吹き抜けて見えるのは、木々を背にどくどく血を流して項垂れる少女の姿。酷い姿に何一つ反応することなく、風の天使は〈神獣〉のように機械的に人間の命を奪おうと飛行を開始した。


 半ば大木に身体を埋めるハウシアは上体を起こそうとして吐血する。血と共に幾らか咳込んでから肺の奥まで息を吸い込めた。


 彼女は、数百メートルでも弾き飛ばされても剣は離さない。今まで以上に硬く握り、正面からやって来る脅威に立ち向かう。


「へぇ、なかなか骨のありそうな敵じゃない……久し振りに本気出せるかも。期待を裏切ってくれないでよ?」


 道化のように始終張り付いた笑みは、痛みや敗北では消えそうにない。


 


 


 


 ――時を同じくして、〈天使〉と出会った者がいる。


 鹿到来の直後起こった〈神獣〉の襲撃に際してフィニスの負担を減らそうと引きつけるように表の馬車道へと引き返した騎士見習いのガンフリット。


 ハウシアが唐突に飛び出したおかげか、〈神獣〉のほとんどが森林内部に戻ったため、受け持つ敵の数がだいぶ減っている。


 それでも一〇匹。


 周囲に飛び交う直径一メートルの虫の威圧感は相当だった。視界を大幅に削られ落ち着く暇もない。それどころか冷静な判断も取れそうにない状況。


 とりあえず構えるがどこを向けばいいかわからずたどたどしい足さばきになる。前を警戒すれば後ろを取られる、逆にすれば前を取られる。


 ここぞとばかりに〈スカラバウス〉はガンフリットの背中に角を突き出した。


「がああああああっ――!? ぐうっ!」


 至近距離だったため抉るような威力はなく、禍々しいデザインのおかげで想像より深く刺さることはなかった。だが、それでも数センチは沈み骨を搔いた。


 路上に倒れ、耐える悲鳴を出す間にも攻撃は続く。天頂からの落下刺突を気合でギリギリで避け、上手く立ち回る。基本ではあるが一応騎士を修めた者、決して弱いなんてことはない。


 痛みに耐えながら、胸の位置まで剣を構える。


「《自己強化術式》《武装強化術式》《自己修復術式》展開」


 基本三種の術式の同時発動は騎士になるための必須技能、見習いであろうと使える。


 三重の魔法陣がガンフリットに加護を与える。身体能力の向上、武器硬度と切れ味の増加、背中の刺し傷も瞬く間に閉じた。


「……我が騎士道は〈神覇王国インぺリア〉に捧ぐもの、こんなところで敗北することは許されない。故に如何なる相手であっても潰えることはない」


 自分に言い聞かせるように呟き、目の前の化け物に相対する。


 一直線に突っ込んでくる一匹の〈スカラバウス〉を半身で避け、すれ違い様に横の一閃を斬り込んだ。空中で二分割した甲虫は緑の粒子となって空に消えた。


 ふうぅー、と長い息を吐いて青年は瞳をぎらつかせる。


 ――〈狼型〉と比べたら全然大したことない。俺にもできる! そしたらきっと他のやつらも……もしかしたらフィニスさんも認めてくれるかもしれない!


 忠誠の裏では実に生々しい欲望が渦巻いていたが、人間にとってそれは最も甘美で、最も強い原動力になるのだ。


「〈騎士剣グラディアー〉!」


 銘の発言と共に、グリップと剣身の間の鍔に埋め込まれていた灰色の宝石が発光した。魔法とは別に、剣自体に魔力を吸わせることで強度と切れ味を上昇させる効果がある。流し込んだ魔力量に比例して宝石の色が変化する。下から順に、灰色、赤色、青色、緑色、黄色、黒色と変化する。


 ガンフリットの場合は――赤色。灰色は非励起状態のなので実質最弱の変化だ。


 彼に魔法の才能がないということではなく、相性の問題。魔力を流し込むことができる体質かどうかが鍵になっている。


「弱くてもないよりはマシだ。突っかかって武器を折られたらそれこそ勝機はない、逆に驕らなくて済んで幸運だ……うおおっ!」


 近づいてくる尖角を剣で受け止めながら間合いを調整する。


 ガンフリットは〈スカラバウス〉の巨体を利用した。正面から受け止めている間なら後ろ以外に追撃が来ることはない。押し込まれることで後方へ移動しつつ、挟み撃ちにされないように立ち回った。


 離れる間際には三つの内、二つの角を切り裂いた。


「はぁ、はぁ……鎧がない分、身軽だから何とか動けている……でも……!」


 〈虫型〉の数は九。


 巨体による干渉があるため、同時に攻撃しても三体がせいぜい。数が多いうちなら盾にしながらという作戦も使えるが、敵が少なくなればなるほど奴らの連携は容易になってくるのだ。


 硬い表皮なので同時に一体までしか倒せない。


 耳障りな羽音が重くのしかかる。耳鳴りにも似た高音だ。〈神獣〉とはいえモデルは現存する生物の昆虫。知る人には〈コーカサスオオカブト〉のようにも見えただろう。


「そうか、羽ばたきか……! 虫だから奴ら羽根を穿てば飛行できなくなるんだ。あの羽の薄さなら同時に貫けるぞ!」


 剣を体の後ろ側まで引き絞り、左腕を伸ばす。虫どもの交差点を狙う。


 埋め込まれた宝珠と同色の光が剣全体を包んだ。


「《火炎刺突》!」


 右腕を突き出すと、炎の槍が剣身を拡張しながら薄い緑色のグラデーションの羽根に穴を空けた。片方だけではバランスは取れず二匹が墜落する。すかさず、もう一撃を他の個体に打ち出し、地に落とした。


 だが、そんな簡単に行けば人類の敵足りえない。


 三撃目、刺突を急旋回で回避した一匹はガンフリットの右腕を抉った。おぞましい量の血液が外界にあふれ出す。握力を失われ〈騎士剣グラディア―〉も手からこぼれた。


 肉を抉った一撃のため、〈自己修復術式〉でも回復に時間がかかる。


「う、がああああああああああッ――! ぐッ!」


 傷口を押さえることもできず、腕をかばいながら〈スカラバウス〉の攻撃を凌ぐ。敵は単調な動きなので避けられないこともないが、手負いのガンフリットでは完全に避けきることはできずさらに傷を増やした。


 


 その時――、緑色の物体が視界を横切った。目の前に迫っていた〈神獣〉はそれに巻き込まれて対面の木々に突っ込んだ。一塊になった何かは地面を削りながらスピードが殺される。茫然と道筋を辿っていくと、虫の消滅するパーティクルが散った。


 間もなく、煙の向こうから姿を現したのはまさしく〈天使〉だった。


 


 


 


 ――森林を行くフィニスエアルの前にも現れる緑色の天使。


 四対八枚の翼を携えたのっぺらぼうの女体がフィニスの道を遮った。エメラルドのような半透明のボディは隙間から入り込む日光を反射して森林を彩る。


 口だけは邪悪に微笑む恐怖を扇ぐ相貌に身動きを止めるフィニスに向け、幽霊女神が呟く。


『ふーむ。これは〈神の使徒〉ね。どうやら中級みたいだけど』


「へぇ、強いの?」


『〈対神魔法〉があれば容易いけど、今のこの国の人じゃ難しいと思うわ。虫型の〈神獣〉であれなんだから〈使徒〉は絶対無理よ』


「つまり、私には余裕って訳ね」


『そういうこと』


 緊張感もなく〈十字偽剣リオ・グラント〉を抜剣し、緩慢とした動作で構える。


 フィニスは全身に≪ブラスト・レックス≫の黄色のオーラを纏い、慈愛のような瞳でもって天使を見上げる。


「あんまり時間はかけさせないでよ?」


 感情はないはずの天使が怒気を浮かべた――ように見えた。


 羽衣から弧を描くかまいたちが発射され、一斉に襲い掛かってきた。


 対してフィニスは目にも止まらぬスピードで〈十字偽剣〉を振り、悉く撃ち落とす。加え、その動作に斬撃投射を織り交ぜて敵に返した。


 天使の発動した防御魔法陣が壁となり、斬撃は防がれる。


 その時既にフィニスは走り出し、女体に飛び込んでいた。すれ違い様に十字偽剣を振り抜く。右羽根四枚を丸ごと切断すると、天使は呆気なく地面へと堕ちた。フィニスの動きを捉えてもいなかった。


 少女はすぐに振り返るが、天使の方はダメージにより動きを鈍らせている。


「反応速度早い訳じゃないね。本当に大したことないじゃん」


『あなたが強すぎるのよ、この場合はね。流石に上位使徒相手だとキツいとは思うけど、それは昔に絶滅したしね』


 思い出したように起き上がって突撃してくる緑の女体。


 剣で刺突を繰り出すと悉く天使に穴が開いていく。最後は空に打ち上げるように逆袈裟で斬り結ぶ。翼なき緑色の女体が森林の頭上を飛び越えて雲にも届かんばかりに飛んだ。


 とどめとばかりに十字架を掲げ、滅びの魔法を紡ぐ。


「《心象収束光波ハート・アート・ジャッジメント》」


 剣から極太の白の柱が立ち上り、〈使徒〉を飲み込んだ。雲すら焼き焦がしながら天の彼方まで放射される。緑の女体が完全に蒸発するまでに二秒もかからなかった。


 爆発を免れた羽衣の欠片がフィニスの頭の上に乗る。金色の髪を振り乱し、掌に落とした。


「折角だしリボンにでもしようかな」


 背中を覆っていた金髪を後頭部纏め、ハウシアのようなポニーテールにする。


『残骸をリボンにするって何かすごいわね。性悪っぽいと言うか……軽く引くけど、まあ似合ってるんじゃない?』


「うん、ありがと」


 鞘に刃をしまって腰に帯剣する。


 次の瞬間――、近くない遠くから大森林の木々を根こそぎへし折る爆音が鳴り響いた。


 巨木が軋んで倒れる影がフィニスのいる座標からでも確認できる。ドミノ倒しのように際限なく続く連鎖が起きていた。とても人為的に起こせる現象ではない。


 ハウシアか、ガンフリットか、〈神獣〉か……それとも――。


『ガンフリット君ではないだろうね。ハウシアちゃんは〈神獣〉に遅れを取ることはないよね。必然的にそれ以上の何かってことになるけど。この場合はあれよね』


「……ハウシアでも〈使徒〉に敵わないのかな? 王国でも有数の実力者って触れ込みだけど」


『直接見た訳じゃないから何とも言えないけど……ギリギリってとこじゃない? あんな戦闘を繰り広げるなら彼女しかいないだろうけどね』


「じゃあ、向かわなくちゃ」


 フィニスは音源目掛けて森林を駆け出す。


 神獣の大量発生、〈使徒〉の到来――きな臭い事件が続出している。


 幽霊神ウェヌスはこれを偶然起こったこととは思わない。神話時代を見てきたかの女神には〈神獣〉も〈使徒〉も見飽きたものだが、そこには常にある存在がいたのだ。


 ――流石にあり得ない……と思うことは簡単だけど可能性はゼロじゃないか。


 予感がただの杞憂であることを祈りつつ、ウェヌスは唯一の繋がりである少女の後ろ姿を追った。


 


 緑の隙間を抜けて人工道に出ると、そこにはガンフリットとハウシアの姿があった。


 ハウシアは背中に剣をしまったまま地面と見詰め合っている。青年騎士は路上に座りながらそれを遠目に観測しているようだ。何事かとガンフリットい近づいていく。


「あ、大丈夫ですかフィニスさん!? お怪我はありませんか?」


「私は大丈夫ですけど……あなたは……」


 右腕付け根辺りの服に血液が染み込んでいることに気づき、指摘する。


「傷はもう塞がったので。血を流しすぎてあまり頭が回りませんが……」


 青年は苦笑いを浮かべながら足元に転がる剣を見た。刃の部分は刃こぼれしていることから、無茶な使い方をしていたことが窺える。


 何となくフィニスが拾うと鍔に埋め込まれている宝石が黒く光った。


「……これは〈魔剣〉かな?」


「はい、そうですけど……でも、すごいですね。魔法適正が最高ランクだ……あなたは一体何者ですか?」


 驚きよりも、疑いが先行した問い掛け。


 この世界では野良の魔法使いが〈神獣〉を容易く撃退できる訳がない、というのが一般常識だ。常識に反する存在。これだけでは終わらない、という予感がガンフリットの中で浮上した。


 フィニスは質問の意図をわざと外すように答える。


「私はただの夢を叶えるために旅する旅人ですよ」


「夢……」


 薄い笑みを浮かべ、剣を手渡してからその場を後にする。


 ハウシアの下まで行くと、何やら彼女が馬乗りになっていることに気づいた。そして、両の拳を振り上げては下ろしている。ぶれなく同じ動作を繰り返すので狂気染みている。


「何してるのハウシア?」


「…………」


 彼女が無言に殴っていたのは六枚翼の〈使徒〉だった。白い顔面の全体に亀裂が走っており、いつ崩れ去るかという様相をしている。


 何故こんなことしているのか――。


 口にしようと思ったが、ハウシアの表情を見ればすぐにわかった。詰まらなそうに〈使徒〉を殴っているのだ。


『とんでもないわね……強さも、ヤバさも』


 女神がフィニスの内心を代弁した。


 絶対に触れちゃいけない空気が流れているが、飽きるまでここにいる訳にもいかない。ポンポン、と肩を叩いた。


「ハウシア」


「――ん、ありゃ? フィニスちゃん、どうしてここに?」


 今気づいたという風ではなく、今気づいて顔を上げた。それから辺りを見回して状況を整理したようで、あっさり〈使徒〉の顔面を突き破って立ち上がった。細かい粒子となった天使に見向きもせず踵を返す。


「じゃあ、帰ろうか。ガンフーもさっさと行くよ!」


「はいはい、わかりましたよっ。本当に自分勝手ですねあなたは」文句たらたらに腰上げるガンフリット青年。「〈神獣〉だけじゃなく、よくわからない奴にまで当たり散らすなんて」


「だって想像以上に弱かったんだもんっ!」


「本当に戦闘狂いですね……ああいう感じの人には気をつけてくださいよフィニスさん」


『だって』


「え、えぇ……気をつけます……」


「もっと強い奴と戦いたいっ! もっと鍛えたいのになー」


 ハウシアは〈使徒〉程度では満足しないようだ。


 もしかしたら、彼女は限界を求める旅人なのかもしれない。


 道中、転がっていた荷車を破壊して道を開けたところで依頼は達成された。三人は行きと同じように飛行して〈北青都市〉に帰還する。その際、ガンフリット青年が置いてけぼりになったのは言うまでもないことか。


 


 移動中にハウシアの話を聞いたウェヌスは思考に没頭する。


 大森林の中央に鎮座していた〈祠〉は元より壊されていた。〈神獣〉〈使徒〉が現れた――否、甦ったのはそれが原因である。祠は大陸各地に存在しており、多くは神話の時代に作られたものである。では何の目的でそんなことをしたのか。理由は一つ、最初からわかっていたことだ……。


 〈北青都市〉東口に帰還し、門兵に軽く会釈をして都市内に戻ってきた。


 ハウシアの受けた依頼は都市の領主からのものらしく、一旦屋敷に行かなければ報酬は受け取れないらしい。


「じゃあ、〈ギルド〉で待ってるからね」


「ありがとフィニスちゃん、好きー! 髪型おそろー!」


「え、えぇ……私も……」


 私も――、とまでしか言わなかった。その先に何が続くのは神すらも知らない。


 ふと、フィニスは踵を返しかけたハウシアを呼び止めた。


 不思議そうに首を傾けると尻尾みたいな髪が揺れる。


「そういえば気になってたことがあるんだけどさ……ハウシアはどうして騎士にならなかったの? スカウトされたんでしょ? それにそっちの方が強い敵と戦えると思うけど」


「あー、それ?」


 若干恥ずかしそうに頬を搔きつつも、ハウシアはしっかりと言葉にする。


「――街への感謝って感じかな」


「街?」


「うん。実はね、私って孤児だったの。生まれてすぐに両親に捨てられて、孤児院引き取られたんだよね……意外にそういう境遇の人はいるんだけどさ、ガンフーとかもそうだよ」


「そういえば苗字がないとか言ってたような……」


「苗字がないのは結構あることだよ。もしかして、フィニスってどこかのお嬢様?」


「ち、違うよ。山の中で育ったからあんまり常識を知らないだけで……」


「ははは、面白そう。その割には上等な服着てるけどね。すごく似合ってる」


「これ……?」


 通称、スカート軍服。


 女神ウェヌスにこれを着ろと、言われるがまま身に着けていた服である。フィニスも気に入ってるのだが価値には気づいていなかった。


 確かに背中に縫われている金色の魔法陣の刺繍からしてもお高そうだ。


 ハウシアは活気ある街並みを眺めながら続ける。


「私はさ、この街に育てられたの。街の人は皆優しくて、身寄りのない私達にも親切にしてくれた。だから私もその恩に報いたいの」


「それならやっぱりガンフリットさんみたいに騎士になれば良かったんじゃない? 都市の皆に報いたいならそれでも十分なんじゃないかな……?」


「私が報いたいのは人なんだよ。騎士は都市も国も守るけど、私はそんなことしたくないの。近くいる人を守りたい、一緒に喜んでたいんだ、それが良い」


「だから〈ギルド〉?」


「そう。今回の依頼も最初はここの人の声上げから始まったんだよ。やっぱり皆の声を聴くならあそこじゃなきゃね」


 騎士では、あそこまで早く対応することはできなかっただろう。


 エルラシアに依れば〈ギルド〉の依頼のほとんどは住民の困ったことが並ぶとか。ハウシアが言うのは人と人の距離の近さだ。


「ありがとうとどういたしましてだよ。騎士になったら言われるばかりだからね、感じ悪いじゃん」


「感謝か……」


「フィニスちゃんにあるでしょ? そういう譲れないもの」


「……どうだろう……」


 ――そんなに恵まれた出生だった訳じゃない。あそこには私と両親とウェヌスしかいなかった。だから、ハウシアの言うことは私にはわからない。誰かから感謝されるということも、守ると言うことも。


 フィニスの沈んだ表情を見て、ハウシアは手を打つようにあっけらかんと答えた。


「いつかわかるようになるよ」


「そう、かな――」


 ハウシアには呟き声は聞こえなかったようだ。


 颯爽とした足取りで領主の邸宅へと足を弾ませる。


「その時は来るのかな?」


『どうだろう……そればっかりは神である私にもわからない。正直、運次第』


 女神ウェヌスですらあずかり知らぬ運命。


 神だからといって何でもできる訳じゃない。幽霊ならなおさらだ。


 


「――私はこの先、二年も生きられないんだもんね……」


 


 何でもないことのようにフィニスはさらりと口にした。


 それは旅を理由でもあった。


 彼女には時間が残されていない。


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