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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
少年が世界を知るためだけの弾丸旅団
67/170

9.彼女のために

 

 ◎


 


 ――フィニスさんは〈人型災害〉に首を絞められていた。


 


 当初、僕は戦闘を行うことで起きる余波の音を元にしてフィニスさんを探そうとした。〈赤狼紋〉のスピリッツの優れている能力は聴力だ。聞き間違えることはない。


 しかし、幾ら耳を澄ましても何も聞こえてこない。


 無音だった。森閑として人や災害の存在は感じ取れなかった。


 地上ではなく、空かとも考えたがそれも違う。


 偶然だった、匂いが残っていたのは。


 フィニスさんのではなく、〈人型災害〉の痕跡を辿ることができたのだ。


 遠回りをして遂に僕は戦場に辿り着いた。彼女を――フィニスさんを助けることができた。


「《赤赫狼王ワイルド・カード》」


 赤銀に包まれた身体は自分のものとは思えないほどの速度で動いた。


 フィニスさんの首を絞めていた〈人型災害〉を一発殴った後、僕はフィニスさんを抱えてすぐさまこの場を離れた。


 しかし、災害はそれを許さない。木々を薙ぎ倒しながら僕らを追って来る。


 信じられない速度だ。フィニスさんはこんな化物を相手取っていたのか?


「クロム、そのまま走って! こっちで加速するから!」


「え、は、はい!」


 フィニスさんは僕の腕の中から指示をして、魔法を発動していた。


 何やら後方で爆発音やら聞こえている気がするが……とにかく走る。できるだけ木々という障害物を利用して森を駆け抜けた。


「《心象収束光波ハート・アート・フラッシュ》!」


 走っている間ずっと、背後は明滅を続けていた。爆音が鳴らなかったのが逆に恐怖だった。


 


 ――あれから何時間走っただろうか。


 僕は〈人型災害〉から逃れるために走って走って走り回っていた。そうしたらいつの間にか撒いていた。


 とっくに太陽は沈み、生い茂る葉っぱの向こうに満天の星空が広がっていた。


 早鐘のような鼓動、微動だにしない両足。


 走ったのは八時間強ってところか。控えめに言って死にそうである。


「――すみません。身体が全然動かなくて……」


 本当に死ぬ気で走ったから、スタミナが底を尽きた。なので、いつ〈神獣〉が現れてもおかしくない森林のど真ん中で大の字で転がったまま動けない状態に陥っている。


 と、僕は同じように倒れているフィニスさんを見遣る。


「私も動けない……完全に力尽きた」


 フィニスさんも魔法の撃ち過ぎでスタミナを使い切って倒れている。


 心なしか青い顔をしているようにも見えた。


「…………」


 だが、〈人型災害〉から逃げおおせたのだ、生きているだけで幸運だ。加えてほぼ無傷で乗り切っている。


 しかし、彼女に生き延びたことに関する感動は一切ない。


 むしろ敗北感が滲み出ていた。


「フィニスさん……」


「疲れただけだよ、本当に」


 沈黙が落ちる。


 そよ風に吹かれて葉が揺れた。合間にリンリン、という虫の鳴き声が聞こえてくる。


 彼女は染み染みと呟く。


「甘く見積もってた。油断だね」


「〈人型災害〉相手に油断ですか?」


 全く持って彼女らしい。


 それが無性に面白くて、ははっ、空笑いが漏れた。


 本当に僕の心配を返して欲しい。僕がどれだけあなたを想っているか。フィニスさんには少しも僕の気持ちが伝わっていない。


 直接言わないとわかってくれないんだろうな。


 でも、フィニスさんは何にも囚われることなく生きるのが相応しい。僕が気持ちを告白することで彼女が彼女らしく生きられなくなる可能性が少しでもあるのなら、一生心の中に締まって置く。


「クロムさ、〈人型災害〉についてどれくらい知ってる?」


「フィニスさんが望んでいるような知識はないと思います」


 教えられるのは見た目や戦闘能力が中心だ。こんなものは実際に戦ってしまえば身体で理解できること。実際、学んだ知識が活かされることはなかったが。


 思い返すように彼女は言葉を紡ぐ。


「〈人型災害〉って人間と〈神獣〉が合体してるの?」


「そうです。正確には〈神獣〉と紋章使いですが」


「……あれも一種のスピリッツってことか。ならあの復活能力もわからなくもないか」


 スピリッツ体が壊されても本体に傷はつかない。痛みはあるものの、精神力が持つ限り何度でも再変身が可能だ。


「一回、上半身を消し飛ばした。一回、下半身を消し飛ばした。一回、全身を消し飛ばした」


「!?」


「それでも復活してきた……まともな方法で倒すのは無理だね。ほとんど不死みたいなものだから」


 まず僕が来る前に既に三回瀕死状態に追い込んでいることに驚きだ。何でもないことに言うが全く持って見解の相違である。


 しかし、不死か。恐らくだが、紋章に込められていたスピリッツと〈神獣〉の組み合わせが良かったのだと思う。どちらも原生生物をモデルにした力、偶然重なることもある。


 僕の狼なんかも〈狼型神獣〉と……――フィニスさんの龍は? 龍が存在した時代の名残か?


「もしかしたら」思った時には口に出ていた。「村長の家に〈白龍紋〉について書かれた古文書があるかもしれません」


「〈白龍紋〉とな」


「村には白龍が〈人型災害〉を打倒する切り札になる、という伝承があります。もしかしたら儀式以外の使い方がわかるかも」


「そういうことなら探してみようかな」


「えぇ、是非」


「ありがとね、クロム君」


 何気ない感謝の台詞。それだけでも僕は彼女に役に立てたと思うと光栄だった。


「でも、何で一人で倒そうとしているんですか?」


 〈白龍紋〉の儀式に参加したくない、というのはわかる。


 そのために原因である〈人型災害〉を単騎で倒そうとしている。実現させんばかりの力があることも理解している。


「あなたならそのまま逃げることもできたはずです」


「どうして一人でかって言われたら、足手纏いになるからかな」


「でしょうね……」


「それともう一つ」


「もう一つ?」


「私が元々あの村に来た理由とも関係する」


 コル爺さんが失踪してすぐに彼女はやって来た。〈白龍紋〉を継承したことにばかりに注視していたが、〈エクス・クレルト〉に来た理由は語られていない。そもそもコル爺さんとの関係もまだわからないのだ。


 ポツリ、とフィニスさんは語り出した。


「私は〈臨岸公国セレンメルク〉の指示で来たの。〈エクス・クレルト〉だっけか……その村で〈人型災害〉が頻繁に表れることを良くないと思ってて、スピリッツに引き寄せられてることも特定してた」


「……以前何度か国からの使節団が村に来たことがありました」


「帰ってこなかったって言ってた」


「可能性は考えてましたが……来訪自体僕達に知らされてませんでしたし」


「とにかく国に〈人型災害〉が現れるのが問題だった。だから、別の土地に移住してもらいたくて交渉をしてたみたい。でも、流石に無理だと判断した。だから私が来た。〈人型災害〉を退けた実績を鑑みて適任が私しかいなかった、って感じだね」


 〈セレンメルク〉の判断は正しかったと言わざる負えない。戦闘能力は勿論、何気なく村に溶け込んでいることを考えれば刺客としては最上だ。僕らが幾ら束になっても勝つことはできないのだから。


「でも、交渉を諦めたのならどうしてあなたが?」


 つまり、〈白龍紋〉は関係なくフィニスさんはここに来たということだ。そして国は〈人型災害〉を討伐することは考えていない。しかし、目的は依然として〈人型災害〉を追い払うことだ。


 僕に答えはわからない。


 フィニスさんは何でもないことのように言うのだった。


「――村の人間を皆殺しする使命を持って私は来た」


「皆殺し?」


「うん、そうだよ」


 論理的な理由は確かにある。〈エクス・クレルト〉が原因で国に災害が頻発するのなら、国家からすれば邪魔者以外の何者でもない。


 むしろ、〈人型災害〉を打倒するよりも遥かに簡単な方法だ。現実的レベルまで話を持っていける。


 僕も相当深刻そうな顔をしていたのか、フィニスさんは苦笑いを浮かべる。


「最初からそんなことするつもりはないよ。それなら村に破壊光線撃ってるし」


「……今までが不自然過ぎるくらいでしたからむしろ納得できる部分もあります」


「〈セレンメルク〉は〈人型災害〉が現れずに、〈エクス・クレルト〉の住民が不用意に外に出ようとしなければ他はどうでも良いみたい。だから、倒すことにした。〈人型災害〉を誘引しなければ皆殺しにする必要はなくなるから」


「そんな理由があったんですね……」


「ま、一応親戚みたいなものらしいし」


 そう付け加えて、彼女は空を見上げた。


「あ」


 幾ら探しても月は一つだけしかない。本当に村の外には〈朧美月〉はなかった。


 誰が何を考えて行動しているのか。


 世界が僕達をどう見ているのか。


 知らないことばかりだ。


 もっと知りたい。知らなくてはならない。


「――それ、僕も手伝わせてください」


 

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