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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
少年が世界を知るためだけの弾丸旅団
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7.宿敵:人型災害

 

 ◎


 


 緊急信号が鳴らされた。


 数年に一度あるかないかの未曽有の危機を意味する信号。


 〈エクス・クレルト〉全土に響く大鐘が打ち鳴らされた。


 村人は鐘を聞くと一斉に家から出て、中央広場に集まった。この信号が出された時は集まるルールになっているのだ。使われたのはいつ振りか。


 そこで村長から説明がある。


 村人は説明を待つまでもなく、この鐘の意味を理解している。


 ――〈人型災害〉の来訪。


 数十年に一度あるかないかの出来事。


 戦士団の総力を持って獣の進撃を阻止することになっている。


 当然犠牲は出る。止められるかもわからない。実際に失敗して村を破壊されたこともあった。


 村人はそこまでわかっている。


 だが、こうして沈黙を貫いたまま待っている。必要なのは村長の言葉なのだ。それでもって一連の流れ。


 


 ――そんな中、僕は一人別行動を取っていた。


 唯一、この現場にいない者の下に向かっている。場所は訓練場。こんな時でも彼女はそこにいた。


 退屈そうに草原に寝そべっているフィニスさん。


 乾いた空をただ見詰めていた。


「フィニスさん!」


「やあ……クロム」


 呑気に挨拶してきた。鐘の音はここまで聞こえてきたはずだが。異常は感じとっている……んだよな? もしかして寝てた?


「あ、あの鐘は聞こえましたよね?」


「聞こえたね。何かあったの?」


「……〈人型災害〉が近づいています」


 そう言った途端、フィニスさんは上体を起こした。


「やっと、現れた」


 不敵な笑みを浮かべた。


 この人絶対戦いに行くつもりだ。というかそう言ってたし。


 ということは今までの修行のようなものも対〈人型災害〉を想定していたものか。


「場所は?」


「まだわかっていません……午後には戦隊を組んで迎撃を開始するようですが。僕は村の周辺の警戒をやらされることになっています」


「なるほどねぇ……先に行けば何とかなるかな」


「ではなくてですね!」


 別に僕はフィニスさんのこのことを報告するためにここに来たのではない。


 〈人型災害〉が現れたのなら、〈白龍紋〉の出番だ。必ず誰かが命を犠牲にした紋章強化の儀式を強要してくる。


 フィニスさんならば無理矢理逃げることもできだろうが、彼女はそれをしない。


 だから僕が連れ出す。そのために力をつけていたのだ。上手く立ち回る方法を僕が教えればそれで解決だ。


「〈白龍紋〉のためにあなたが〈人型災害〉と戦う必要はありません。あれは僕らで何とかしますから」


 それがあるべき姿なのだ。


 〈白龍紋〉の犠牲を前提としてはいけない。


 戦えないのなら逃げても良いのに、こうして正面から争うなら自分以外の犠牲を強要してはならないのだ。


 コル爺さんだってそのために村を出たのだから。


「〈エクス・クレルト〉から出てください」


「ご心配のところ悪いけど、やっぱり〈人型災害〉とは戦わなくてはならないから」


「そんな」


「大丈夫だよ、倒して戻って来るから」


 力強く言うとフィニスさんは立ち上がって、村へ向けて歩き出した。


 僕が止めようとも、それこそ抵抗されて終わる。


 歩みは誰にも止められない。


 


 


 〈人型災害〉撃退の準備は着々と進められていた。


 撃退――僕もやっぱりあの化物を倒せるとは思えなかった。


 実物は目にしていないが、山岳が崩壊された光景は今も焼き付いている。〈神獣〉とかスピリッツとかそういうレベルではない。


 文字通りの災害。


 〈神獣〉とは格が違う。


 台風、地震と同等の被害をもたらす。人類がどうやって打ち克つできるというのだ


 僕は〈白龍紋〉も怪しいと踏んでいる。儀式でスピリッツを強化してもあの程度……強くなっているが災害との彼我の差を埋められるほどではない。


 要は数百年もの間、勝算なしで戦っていたということだ。


「いやいや、今回は何人生きてこれるか……」


 次は僕の番かもしれない。


 そんなことを思うと逃げ出したくなる。


「クロム」


 避難所に物品を運んでいると幼馴染が話し掛けてきた。


「どうしたのティラ」


「……特に用はないんだけど……」


 いつものような勢いがなかった。


 気丈なティラもこういう時は流石にナーバスになるか。不安げに腕を抱いている。


 なんて声を掛ければ良いんだ。下手な慰めは後で尾を引くかもしれない。


「戦士団が何とかしてくれるよ」


「そうかな……」


「ダメなら別に逃げても良いんだよ」


「ダメだよ、それは」


「誰かが傷つくくらいなら自分が傷つきたいと思う人もいるんだよ……」


「私が傷ついたら嫌?」


「嫌だよ」


 誰にも傷ついて欲しくない、というのは自然な感情だろう。


 人は簡単に身しまうから。少なくとも手の届く範囲は――。


「そっかそっかぁ」


 ティラは頬を緩ませた。どうやら機嫌が直ったみたいだ。


 そして、僕の肩に身を寄せてきた。うふふふ、と狂ったように笑みを漏らす。


「あ、あの……」


「私もクロムが傷ついて欲しくないなぁ」


 甘ったるい声過ぎて、鳥肌が立ってきた。


 強そうに見えても女の子ということか。僕に寄り掛かって休まるのならいくらでも貸そう。


 物資を運んだ後は、青年団によって集会場に集められ今後の活動の指示を受けた。青年長エリオプスさんの表情は暗く、僕を見る目は限りなく殺意に近しい何かが宿っていた。


「ガン飛ばしてたな」


 クラドが何故か楽し気に僕を小突いてきた。


「あれだよな、深夜に殴り合ったって奴。まだ気にしてるのかアイツ?」


「らしいね」


「他人事みたいだな。何かされるかもしれないぞ」


 かもしれないが、この緊急事態で何かをしでかすことはないだろう。


 それに、憎悪が僕に向く分には良いのだ。


 ティラとセラスも集まってこれからの作戦についてあれこれと話し合った。


「戦士団の人とかは相当ぎくしゃくしてるけど、〈人型災害〉ってそんなにヤバいのか?」


 クラドが今更なことを言う。


「一〇年前、村がどうなってか覚えてないんですか。戦闘の余波だけで半壊したんですよ」


「覚えてねぇな。正直実感ないんだよな」


「……私達にできることなんてないと思いますよ」


 セラスは重く受け止め、苦々しい表情を浮かべた。


「こんな時にあの女はどこ行ったの?」


 ティラがややお怒り気味に訊いてくる。辺りを見回しているようだがそこに姿はない。僕は既に確認済みだった。


「〈白龍紋〉ですから村長や戦士長と共にいるのかもしれませんね」


「……〈人型災害〉と戦うの?」


 直接戦闘はしてもらいたくないだろうが、利用はするはずだ。〈白龍紋〉は謂わば切り札、今使わないでいつ使う。


「戦うでしょうね、あの性格からすれば」


「だよね」


 二人の女子は納得し合った。


 僕じゃなくてもその結論には辿り着く。


 だが、一人で、とは僕しか考えないだろう。


「ちょっとお手洗いに行ってくる」


 それだけ言い残して集会場を後にした。


 表の通りは人が行き交っているので裏道を通って村長の邸宅へと向かう。建物の裏に出た。壁に耳を寄せるが話し声は聞こえてこない。


 ――〈赤狼紋〉。


 エネルギーを一部だけ解放して五感を強化する。この紋は聴力に特化しているためこれだけで部屋の中の会話は筒抜けだ。


 村長の声が聞こえた。


「――あぁ、本当だろうな?」


「はい、団員に一人がその瞬間を目撃していました」


 返事したのは戦士長だ。


「その直前に〈人型災害〉の居場所を尋ねていたので方角からしても間違いないです」


「追いつくか?」


「一名に追わせましたが、追いついた頃には戦闘は開始されているでしょう」


「全く持って厄介だぜ。コルダイテスの奴……これを狙ってたのなら最悪の嫌がらせだ。作戦実行を一時間遅らせる」


「了解しました」


 フィニスさんは既に村を発った。


 決行まで残り二時間。


 これだけわかれば十分だ。後は行動に移すだけだった。


「今行きます、フィニスさん」


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