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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
少年が世界を知るためだけの弾丸旅団
64/170

6.神獣討伐

 

 ◎


 


 ――フィニスさんが〈エクス・クレルト〉に現れてから三週間が経とうとしていた。


 当初、ギスギスしていた空気もすっかり過去のものとなって、今では当たり前のように溶け込んでいる。それはひとえに彼女の純粋な性格のおかげだが、あの眼が原因の一つではあろう。


「その眼って何ですか? 以前必殺とか言ってましたけど」


「〈魅了の魔眼〉」


 五枚の花弁の浮かんだ桃色の右眼。


 どうやら僕達には効果は薄いようだが常時発動しているらしい。知らず知らずの内に魅了され、警戒を解いているのだ。恐ろしい魔眼だが今のところ弊害はない。モノクルも付けて減衰させているみたいだし。


 彼女が現れたことにより良くも悪くもこの村に風が吹いた。心の余裕みたいなものが伝播している。〈神獣〉という脅威の中でも適当に楽しむ精神のゆとりを得たのだ。


 とまぁ、変わったことは多い。


 しかし、変わらないこともある。心に余裕があっても〈神獣〉はやって来る。


 〈エクス・クレルト〉で生まれた者は〈神獣〉を誘引する。


 フィニスさん曰く、血液が原因らしい。


 普段ならば戦士団が赴くところだが、警備対象が増えたので編成を変える必要が出てきた。なので次世代を担う若者が派遣されることとなった。


 編成にどんな意図があるのか不明だが、セラスと戦士長ロルフォスと一緒になって討伐に行くことになる。


 


 村を囲う森林から出ると比較的平たい高原が悪戯に広がっている。


 不自然に岩石の塊が落ちているのは歴戦のスピリッツが〈神獣〉と戦った際の痕跡である。長年の戦もあり、元の姿からはだいぶ地形が変わっているはずだ。少し先に行けば急に下り坂がある。


 散歩でもしたくなるような天気だが行われるのは村の存亡に関わる大事な仕事だ。気乗りはしない。


「現れるのは〈虫型〉ばかりだが、〈狼型〉もいない訳ではない。気をつけろ」


 戦士長の忠告に頷いて探索を開始した。正直、待っていれば現れるのでそれまでは暇なのだ。


 長閑な自然溢れる綺麗な光景に目を奪われる。敷地内ではあるものの村から出ること自体久し振りだった。


「こんなに綺麗だったのか……」


「クロム君はご無沙汰でしたからね」


 何が琴線に触れたのかふふっ、とセラスが肩を震わせた。


「最近は何かしてるみたいですが」


「自分が弱かったことに気づいてさ……少なくとも自分の大切なものを守れるくらいの力が必要だと知ったんだよ」


「大切なもの……」


 染み染みと呟かれるようなものでもないが。


 おずおず、とセラスが口を開いた。


 いつになく真剣な表情だった。


「それって……フィニスって人ですか?」


「……切っ掛けではあるよ。でも理由じゃない。だって彼女には僕の力なんて必要ないから」


 僕だけじゃない、誰の手も必要ないのだろう。


 だから守ろう、だとか全く持ってお門違いも甚だしい。フィニスさんは一人でも十分強過ぎる。


 アルカちゃんもだが、皆どうしてそうフィニスさんと僕を繋げようとする。


 よく話してるからか……そうだろうな。


 一瞬、視界が陰った。空を見上げるが何もなかった。


「気のせいか?」


「鳥……ではなさそうですけど」


「お前ら、来るぞ」


 戦士長が言うと、突如暴風が吹き込んできた。踏ん張ってないと転がされそうだ。


 一体何が起きた。セラスもわかっていないようで怪訝な表情をしているが、戦士長だけは理解している様子だった。


「これは――」


 何かが来ている。目に見えない何かが。


「何かなんて抽象的に言う必要もないか」


 僕らを狙うのは常に〈神獣〉だ。


 左手の甲に意識を傾ける。狼が緋色に浮かび上がる。


「下がってろ――〈真緑象紋〉!」


 戦士長は緑色のオーラを纏うと不可視の〈神獣〉を待ち構えていると、ドン、と正面からぶつかってきた何かを掴んだ。大きく手を広げていることから相当な大きさであることがわかる。


 戦士長の腕力も尋常ではない。変身前の状態でこの力とは。


 〈白龍紋〉の儀式によって進化しただけある。


「行こうか、セラス」


「うん、行きましょう」


「〈赤狼紋〉!」


「〈紫鷲紋〉!」


 紋章の力が解放され、赤い光の柱に身体が包まれる。再構成された身体は人型の赤い狼となった。両腕についた銀色の爪が日光を反射して輝く。


 隣では全長五メートルもある羽根を広げた紫色の鷲人間だ。無駄のない美しい造形をした鎧を纏い、優雅に風雅に立っていた。


 三本爪で不可視の獣を斬り付けると、何かは姿が現した。


 出てきたのは赤と黒の硝子を組み合わせたような巨大な鳥の〈神獣〉――〈鷲型神獣〉。だが、迷彩の能力を持っているのは知らなかった。


「〈真緑象紋〉!」と戦士長が緑に輝くと、壁のようにデカい象人間が林立する。


「俺が飛ばないように抑えておく、二人で倒せ」


「はい」


「わかりました!」


 僕は銀の爪を、セラスは鋭い手刀を獣に突き込んだ。抵抗して羽根を振り回すが戦士長にがっしり固定されている。


 叩き込むように爪を振るった。


「《赤狼血喰式ブラッド・イーター》」


 血のように濃い赤色の刃で貪るように獣を掻き分ける。裂けば裂くほど威力が増大し、内側へ内側へと斬撃を届かせていく。中まで詰まった組織を抉り出し、抉り出し。


「――ッ……?」


 不思議な感触が走ったと思った。


 顔を上げると〈神獣〉の身体が塵になっているところだった。既に身体を貫いて地面を抉っていたらしい。


 久し振りの実戦。久し振りの変身。だったが、とりあえず及第点といったところか。


 紫鷲のセラスが僕を見ていた。仮面なので表情はわからないが。


「すごいですね……こんなに強かったんですね」


「勘を取り戻しただけだよ」


「久し振りにクロム君の戦いを見たので驚きました。あんなに激しく……」


「集中してて……」


 実戦というこよで力み過ぎたところはある。肉体は最適化され始めているがメンタルは経験で安定させていくしかない。


 僕もフィニスさんと手合わせしようかな。セラスもしてるくらいだし。


 すると、戦士長に徐に近づいてきた。横幅も縦幅もデカいのでそれだけで威圧的だ。怖い。


「さっきのは狼系における最上級難易度の技……使えたのか?」


「昔、コル爺さんに教えてもらいまして。彼も元狼型でしたからね」


「狼型の数は多いが、久し振りに見た」


「そうなんですね」


「ああ」


 それだけ言うと彼は消滅し切っていなかった〈神獣〉を踏み潰して滅ぼした。


 何だっただろう。


「素直じゃないですね」


 セラスが楽し気に言った。


「何が?」


「鈍感ですね。褒めてくれたんですよ」


「そうだったんだ。表情がわからないから」


「それは関係ありませんよ」


 そういうことではないらしい。確信染みた台詞なのできっとその通りなのだろう。僕は鈍感なようだ。


 雑談を切り上げ移動を再開する。〈鷲型〉は珍しい。一番多いのは〈虫型〉でその次が〈狼型〉だ。どれも人間よりも大きく、こうしてスピリッツ化していなければまともに戦うこともできない。


 否、フィニスさんのような者もいるのだから大きさはそれほど関係ないのだろうけど。


「空から見てきます」


 セラスが言って大きな翼を広げて大空を舞った。羽で空気を叩いて瞬く間に上昇していく。


 先程の〈鷲型神獣〉は不可視ではあったが影は見えていた。目に見えないだけで他の知覚方法なら使える。彼女ならば索敵も十分可能だ。


 しばらくすると視界に黒い塊が現れた。小刻みに動いている――〈虫型〉だった。


 羽根を広げた幅は二メートルほど。巨大な三本角を持った黒と緑の虫。数十匹が真っ直ぐにこちらに向かっていた。


「迎撃準備に入れ!」という戦士長の声に従って爪を構える。上空ではセラスも準備万端。


 小刻みな方向転換を行いながら〈虫型〉が迫って来る。素早いが身体がデカい分、的は大きく一撃で無力化することができた。


 数で攻めてくるが単体の戦闘力は低いので一匹ずつ確実に対処することで優位性を保てる。


 知性がない訳ではない。だが、僕達〈エクス・クレルト〉の民を狙う時は理性をなくしたように突撃を敢行してくる。


 襲ってくる全てを三人で協力して殲滅した。


「勘はだいぶ取り戻せたかな」


 エネルギーを思う様に操作できることを実感できた。後は慣れだ。


「今日はこの辺にしておこう」


「わかりました」


 戦士長に従い、村への帰途に着いた。


 今日の仕事を終わった、自宅に直帰しよう。


 そんなことを思っていると戦士団の者が戦士長の下に駆けてきた。スピリット化して来たくらいだ、急ぎの用事だったらしい。


「戦士長、緊急事態です」


「何?」


「〈人型災害〉が接近しています」


 知らされたのは危険信号――それも〈エクス・クレルト〉の存亡に関わる数百年に変わらずに継承されてきた唯一絶対の脅威の侵攻を示すものだった。


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