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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
少年が世界を知るためだけの弾丸旅団
61/170

3.逃亡幇助

 

 ◎


 


 〈エクス・クレルト〉の夜には月が二つ現れる。


 太陽と入れ替わるように出てくる月と、この村の直上に常に見える青い月。青い月の方は〈朧美月〉と呼ばれ、どんな時でも村を照らしている。文字通りどんな時も。有体に言って、月の下だけは永続的に晴れの日なのだ。そのルーツを聞いたことはないが、村長ならば知っているのかもしれない。


 深夜、僕は家を出て空を見上げた。〈朧美月〉は見上げるまでもない。もう一つは雲に遮られ、二つの月を拝むことはできなかった。


 静寂に包まれる村中を歩いてしばらく、中心地からやや離れたところにある小屋。監視の影はなかった。


 ないとは思うが、周囲に人がいないことを確認して中に入る。


 あるのは壁沿いに寄せられたベッドと小さな机のみ。酷く質素な、最低限以下の内装だ。元々倉庫だったことを考えればそれも当然か。


 そして、フィニスさんは窓枠に腰を下ろし空を――〈朧美月〉を見上げていた。夕方も纏っていた白い服は足元に、肩を出した薄着だった。


 吹き込む風に流麗な髪がたなびく。それを片手で抑えると、彼女は僕のことを見る。


「クロム、こんな時間にどうしたの?」


 酷く儚く、そして、美しかった。


 頬が熱くなっていることに自分で気づけるくらいに。


「僕について来てください。理由は道中で説明します」


「ふぅん……わかった」


 言葉足らずだったろう、だけど彼女はすぐに頷いた。


 軍服のような上着を纏ったフィニスさんと共に小屋を出て、移動を開始する。


 説明しなければならないことはたくさんある。まずはどれから話すべきか。


「あの青い月って外からじゃ見えないんだよね」


 フィニスさんが呟いた。


「そうなんですか?」


「うん。この村全体に何かの魔法が付与されてるんだろうね」


 生まれてからこの村を出たことのない僕には考え付きもしない答えだった。常に晴れなのも魔法によるものか。


 ではなく、説明だ。僕の方が感心してどうする。


「フィニスさんはこの村についてどの程度ご存じですか?」


「クレーターの上にできた村ってことは知ってるよ」


「それだけですか?」


「後は閉鎖的なとこ」


 つまりほとんど知らないという訳だ。よくそんな知識でここに来たものだ。どうしてクレーターのことだけは知っているのか気にならなくもないが。


 できるだけ簡潔な説明を試みる。


「では、一から説明します。〈エクス・クレルト〉の存在意義は村の誕生から一切変わっていません。それすなわち〈人型災害〉の討伐です」


「〈人型災害〉?」


 どんな圧にも動じない少女が驚いて訊き返した。彼女にも因縁があるのか?


「理由はわかりませんがこの村に生まれた者は〈人型災害〉に狙われます。また、〈神獣〉の標的にもなります」


「〈人型災害〉だけじゃなく〈神獣〉も……」


「はい……あの化物達に対抗するため僕達は特別――……いえ、とある力を使います」


「これのことね」


 言って、フィニスさんは右手のロンググローブを外した。手の甲に龍の頭部が描かれている。正真正銘の〈白龍紋〉だった。


 僕の左手の甲には赤い狼の頭が刻まれている。識別は〈赤狼紋〉。


「この紋章の力のことをスピリッツと言います。数百年以上継承されてきたこの紋章で〈神獣〉に対抗してきました。ですが、〈人型災害〉相手にはこれでも足りません。この村にいる全員で掛かっても返り討ちにあうでしょう」


「まぁ、そうだろうね。不死っぽいし」


「知ってるんですか?」


「一度戦ったからね」


「なっ!?」


 直接は見たことはないが、〈人型災害〉の爪痕は村の郊外に幾つもある。


 山岳は抉れ、森は均され、泉が枯れた。それは数十年前の襲撃のものだが、未だ色褪せることのない脅威を示していた。


 文字通りの災害。まともに立ち会って生きて帰れるはずがないのだ。


 嘘を言っている素振りはない。きっと真実なのだろう。しかし、頭が納得を拒んでしまう。


「あんなモンスターをこの紋章でどうにかできるの?」


「〈白龍紋〉を使えばできます」


「じゃあ――」


「――但し、使用者の命を代償に」


「…………」


 そう、それが〈白龍紋〉の真実。


 救世主として生贄になる――。


 あたかもそれが正しいことのように喧伝してはいるが、実際は不運の象徴でしかない。僕らの血族の中で突然変異的現れる紋章、英雄とは名ばかりの貧乏籤。大きな声では言えないが。


「この村の人はあなたに犠牲を強いるでしょう。あなたの命を糧にすることでスピリッツの力を大幅に上昇させることができます」


「犠牲……」


 フィニスさんは自らの手の龍を見詰めた。


 それでも現実はもっと酷い。


「白龍の儀式は歴史上何度も行われました。ですが、それでも〈人型災害〉には届きません……だからずっと続くと思います」


 戦士長や、直属の部下の紋章は儀式で強化されたものだ。


 一度の儀式で数人しか強化することができない。〈人型災害〉に対抗するのは目算でも五〇人は力を解放したスピリッツが必要と思う。


 後、何人の命を犠牲にするのか考えたくもない。


「つまり、君は私を逃がそうとしてるの?」


「はい。今、村の出入り口に向かっています。道さえわかればすぐに逃げられるでしょう」


 追手の問題も〈白龍紋〉があれば解決する。


 むしろ失敗する確率の方が低いまである。


「私を逃がして君はどうするの?」


 どうしようか。バレなければそれに越したことはない。だが、バレたらタダでは済まない。確実に牢屋には入れられる。最悪、そこで嬲り殺しだ。


「あなたはどうなるの?」


「酷い目に遭うかもしれません。でも誰かが理不尽に命を落とすよりはマシです」


「そっか」


 仄かな笑みを湛えた優しい呟きだった。


 やがて、村の出入り門が見えてくる。その先の森林までもう少し。


「……あれ?」


 門の影に何かいた。あれは……人だ。


 この時間帯は誰も見張っていないはずなのにどうして。


 疑問は尽きないが既に引き返せる位置は過ぎている。


 僕らが立ち止まると、影はゆっくり門の柱から身を出した。月光が影の顔を照らす。


「エリオプスさん……」


 若年層を統率する役割を担う青年の長だ。どうしてここに――。


 彼は僕とフィニスさんを睨んでから口を開いた。


「クロム、これは問題だぞ」


「エリオプスさん、待ち伏せなんて……どうしてわかったんですか?」


「ふっ」と小馬鹿にするように息を吐いた。彼のいつもの癖だ。「お前は今日、村長の家に呼ばれていたな」


「それがどうかしましたか」


 村長の部屋では本当に話を聞かれただけだ。フィニスさんの脱走の手伝いも、その時は考えもしていなかった。


「お前が村長に取り入ろうとしているのは知っている」


「は?」


「そのためにコルダイテスと接触していたんだろう。〈白龍紋〉の力と〈エクス・クレルト〉の地位を狙ってな」


 何を言っているのかわからない。


 僕がこれから〈白龍紋〉の力を簒奪しよとでも思っているのか? 事実無根だ。だが、いくら弁解しても信じてくれる様子はなさそうだ。


「いきなりバレちゃったけどどうするの?」


 フィニスさんが小声で尋ねてくる。


「……無理矢理押し通ります」


「酷い目に遭っちゃうね」


「まぁ、仕方ありません。あなたが死ぬよりはマシですよ」


「そうなの?」


「そうなんです。だから、下がっててください」


 僕は一歩前へ出て、エリオプスさんに相対する。こんなところで彼女に戦わせてしまっては彼の疑念を加速させてしまう。


 上着を脱ぎ捨て、左手を掲げた。元よりその気だったようでエリオプスさんも紋章の刻まれた右肩を露わにした。


「俺に勝つつもりじゃないだろうな」


「……今まで一度もあなたとは立ち会ったことはありませんね」


「立ち会うまでもなかったからな」


 それきりで彼は沈黙した。それが戦いの合図となった。


 月下、二つの紋章が目覚める。僕は左手に力を込め叫んだ。


「〈赤狼紋〉!」


「〈青牛紋〉!」


 瞬間、赤と青の柱が立ち昇った。


 僕の身体は光に飲み込まれ、全身が深紅の骨格に再構成される。


 胴体が膨れ上がり、人の長さの三倍はある手足が生える。それぞれの先端から三本の刃が突き立った。続いて、螺旋を描いて一点に収束する鋭い尻尾、三日月のように弧を描いた二本の角が背中にまで伸びる。最後に牙を模した装飾が全身に刻まれ、僕のスピリッツの本当の姿が露わになる。


 〈赤狼紋〉――人型の赤い狼。


「ガアアアァァ……」


 口元の気口から煙が噴き出す。


 そして、目の前には変身を終えたエリオプスさんが……。


 〈青牛紋〉――上半身が異常に巨大な、禍々しい角を持つ二足歩行の青牛。ゴオオオオオ――と両肘に付いているブースターから火が噴いた。極端なパワー型のスピリッツだ。


「これがエリオプスさんのスピリッツ……」


「お前のは凡庸なスピリットだな!」


 青牛の右手が軋むほど強く握ると、肥大化した筋肉が唸り上げた。さらに展開したブースターが放射待機状態へ移行する。


 咄嗟に腕を十字に重ねて防御態勢に入った。


「――ふんッ!」


 地面を蹴る重い音とほぼ同時に襲い掛かって来たのは純粋なパワーの塊だった。


 雪崩が押し寄せてきたかと錯覚した瞬間には、腕はすぐさま弾き飛ばされ、顔面に亀裂が走る。同時に視界が反転していた。吹っ飛ばされ、全身が地面に叩つけられる。


「う、あああッ……」


 頬に走る痛みに、思わず放心してしまった。


 まさか、エリオプスさんがここまで強いなんて予想外だ。僕のスピリッツよりも速い。あのパワーで、だ。


 時間稼ぎのつもりだった、だが……できるのか?


 起き上がるとポロポロと骨格の破片が足元に積もった。


「行くしかない」


 全力で地面を蹴り上げ、青牛に駆けていく。両手の刃渡り一メートルある三本爪を重ねて振り上げる。赤く発光した斬撃が飛んでいく。


「そんな軟弱な攻撃効くか! 《氷化掌握グレイド・ハンド》!」


 エリオプスさんは両手で十字の斬撃を挟んで消し飛ばした。そのまま凍結した掌が僕に迫って来る。


 三本爪で応戦するものの、瞬時に凍結が伝染してくる。気づいた時点で離れたが、挙動が読まれていた。後退する勢いを利用され、掌打が腹部にめり込む。胴体にかけて深い亀裂が刻み込まれた。


「ッ、ぐうぅあああっ……」


 膝をつくと頭部を大きな手で掴まれる。頭蓋骨がカチ割れんばかりの万力のような力だった。


「お前程度が俺に勝てる訳はないんだよ」


「ぐあ……」


「何とか言ったらどうだっ!」


 僕はボールのように投げられ、地面を転がった。


 頭痛が激しく身体に思うように力が入らない。流線形の角も今や変な方向にへし折れている。


「〈白龍紋〉を外に逃がそうとして悪用しようとした。村長に報告すればお前は死罪になる。なら、今殺しても問題ないな」


「フィニ、スさん……逃げ……」


 エリオプスさんの右手のジェットが轟いた。青い炎熱をチャージし、莫大な推進力を生み出そうとしているのだ。


 この威力が乗った拳を受ければスピリッツ体ごと肉体は破壊されてしまう。つまり、死ぬ。


 本気で僕を殺すつもりだった。


 外からやって来たからとか関係ないんだな。人は――殺す時は殺すんだ。


 そっか。僕は、期待していなかったけど何かに失望した。


「――ならもういいや」


 抵抗するのは止めた。迫る一撃すらも意識の端に寄せ、息を殺して自身の内側に意識を埋没させる。ギリギリまで瞑想状態に沈む。


「《重牛圧殺撃メテオ・アックス》!」


 巨大な掌が氷が纏って迫り来る。


 極冷気により頬に痛みが走った瞬間に目を開ける。腕を振り上げ――。


「――ちょっと時間を頂戴」


 そんな声がした。破壊と凍結の塊はフィニスさんの振り上げた右足によって受け止められていた。


 彼女の身の丈に匹敵する掌がそれだけで身動きを止めていた。


 エリオプスさんの動揺が僕にまで伝わってくる。フィニスさんは〈白龍紋〉を使っていない――これを異常事態と言わずに何という。一般人にスピリッツが圧し負けるなどあってはならないのに。


 彼女は僕らの驚きなど気づかずに淡々と話を進める。


「つまり、この争いを収めるためにが私が脱走をしなければ良い……そういうことで、一旦帰ろうよクロム」


「…………はい…………」


 助けられた手前、フィニスさんの発言に従う他なかった。ため息を吐いて僕はスピリッツ化を解除する。頭痛はしばらく続く予感がした。


 しかし当然、納得できない人物もいる。青牛は憤慨する。


「なっ、勝手に話を進めるな! 今更なかったことにするなど許されんぞ!」


「知らない」


「女ァッ! 〈白龍紋〉を継いだからと言って図に乗るなよ!」と、怒りに従って彼女目掛けて巨腕で殴りつける。


 フィニスさんは右手を掲げる、だが〈白龍紋〉が発光することはなかった。


「あなたなんてこれを使うまでもない――《物理循環ブラスト・サークル》」


 激突した拳はしかし、フィニスさんを撃ち抜くことはできず、触れるか触れないかの位置で静止した。さっきと同じ現象だ、《物理循環ブラスト・サークル》と言っていたが……これは一体なんだ?


 今度はフィニスさんの攻撃だ。弱々しい細腕を固く握って青牛の腹に突き出す。武術の心得など微塵も感じない素人のないパンチ。


 ――しかし、砕けた。


「あ、あっ、がぁあああ……!? ああああああああああぁぁあぁぁぁ!」


 エリオプスさんの痛苦に呻く声を茫然と聞くしかなかった。


 青牛のスピリッツが崩壊していく。あの何でもない一撃が粉砕したのだ。


 最小限の力で最大限の事象を引き起こす術――。


 僕はこれが〈魔法〉だということを知っている。


「〈白龍紋〉が〈人型災害〉を倒すために必要だと言うなら、私が倒せば良いだけだよね」


 そう宣言した彼女には自信に満ちた笑みが張り付いてた。


 

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