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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
少年が世界を知るためだけの弾丸旅団
60/170

2.鮮烈なる降臨

 

 ◎


 


 〈エクス・クレルト〉に生まれた子供は、この村の外の人間は否応なく悪人だと教えられる。村を存続させるために外界との接触を極力断ち、生まれてから死ぬまでずっとこの世界に縛るため。


 そのことに対して村の誰も反対することはない。


 僕も一時期はそう思っていた。


 だが、コル爺さんがそうではないと言ったのだ。


 〈悪人がいるのは村も外も変わらない。同じように善人は外にもいる。クロム、我々が特別なんて思ってはいけない。外も内も変わらないんだよ。だから知らないからと言って嫌わないで欲しい〉


 そう言った彼を僕は信じた。だからティラにも、周りの人にも言ったけれど、誰も信じてくれないからいつしか口にするのもやめてしまった。


 僕が生まれてから幾度か不審者騒ぎはあった。だが、僕はその人を見たことはない。それは村に辿り着いた者がいないことを意味する。


 命からがら逃げたのか。


 いいや、殺されたのだろう。


 そして、今回も。


 状況を目の前にして僕はどうする。苦悩し、迷った。村の掟を守るか、コル爺さんの言葉に従うか。結局僕は動けずにただ見ているだけで――。


 


 ――だけど、だからこそ、こんなことになるなんて思わなかった。


 少女に挑んでいった者が山のように積み重なる。僕以外に立っている者は山を作り出した本人だけ。ティラもクラドもセラスも、一撃でのされて気を失って積まれている。


 人山の頂点に座る彼女は言った。


「で、君は来ないのかな?」


 僕に語り掛けてきた。


 動悸が早くなるのを感じながら平静を装って返事する。


「僕には……あなたと戦う理由がない」


 結局、僕は彼女を殺そうとは思えなかったから。普通のことだ。


「そっか。それならあなた達の村まで案内して欲しいのだけれど」


 これだけの青少年を薙ぎ倒しておいて言う台詞じゃない。


 だが、襲ったのはこっちからだ。殺してない分むしろ温厚とも言える。


 しかし、彼女を連れ帰っても良いものだろうか。僕には悪意を持った人間ではない、とは判断できなかった。


「あ、私? ちょっと観光しに来たんだよね」


「…………」


 僕の怪訝な表情から何を察したのか彼女はそう言った。


 怪し過ぎる。胡散臭さが増した。


 疑念が湧き出した頃、援軍がやって来た。


 駆けつけて来たのは〈エクス・クレルト〉の外を捜索していた戦士だ。濃密な闘気を纏った男が一〇人も。


 実際に幾重もの巨大生物の〈神獣〉を狩ってきた村有数の戦士である。


 彼らは若者数十人が滅多打ちにされて山積みにされた惨状に眉を顰めた。


「クロム、一体何があった?」


 中でも一番強そうな見た目をしている戦士長が僕に尋ねてきた。


「彼女が突然現れて……拘束しようとしたらあの通り」


「紋章は起動していないみたいだな」


「はい……」


「油断していたという訳か」


 こんな時でも厳かな男はそのまま視線を少女に向けた。


 針でも刺すような、木々の折れ端なんか目じゃないくらいに尖った視線だ。油断なき敵愾心と殺意。こちらの方まで震えてしまいそうな覇気だった。


 だが、死線の中でも少女は笑みを絶やさない。


「いや、突然襲われたから迎撃しただけですよ。私は話し合いをしたかったんです」


「貴様が何者かは知らん。だがここに踏み入った以上、お前は殺す」


「なるほどねぇ……話を聞く気がないか。あれも致し方なし、かな」


「どうやら餓鬼共を倒したからといって調子に乗っているようだが――」


 戦士長は悠然と構えた。


 長年の経験で培われてきた隙のない所作だ。


「――後悔することになるぞ」


「いや、戦いませんよ? まだ話し合う余地があるはずです。暴力は最終手段にしたいんですが」


 聞く耳の持たない戦士長の全身から緑色のオーラが噴き出した。不定形のオーラが纏われると徐々に形が形成される。硬い鎧が戦士長の全身を包み込む。


 これから始まるのは〈エクス・クレルト〉最強の男の蹂躙だ。何もかもを破壊し尽くす暴君の技が放たれる。


「〈緑象紋〉!」


「……ここに住む人は皆その紋持ってるんだ。案外特別なものじゃないのかな」


「黙れ」


 目に留まらぬ速度の剛力の拳が少女目掛けて繰り出された。辛うじて目で追えるが凄まじい膂力を秘めている。巨木さえ消し炭にしよう威力、幼児であれば木っ端微塵に消し飛ばすかもしれない。


 彼女は絶技を前にしても避ける素振りを見せず、真っ白なロンググローブに包まれた右手の甲を向けるのみ。楽し気に口角が上がった。


「〈白龍紋〉」


「なッ!」


 光が一筋瞬いた。その刹那、戦士長の緑色のスピリッツが夢か現か霧散する。


 何が起きたのか理解できずに茫然と立ち尽くす一回り年上の男に少女は言った。


「もう一度言おう、話し合おうではないか」


 彼女の手の甲には最強の紋章――白龍が輝いていた。


 一転、酷く冷たい声だった。


 


 


 ◎


 


 不審者から一変、〈白龍紋〉を持っているとわかると彼女は速やかに〈エクス・クレルト〉へ案内された。


 戦士団は気絶した者を村に運ぶ中、僕は事件の当事者として村長の家まで連れていかれた。


 村の奥にある一層古い邸宅。現在、ここにいるのは村長とその補佐二人、戦士長、僕の合計五人だ。


「クロム、あの女がやって来た時のことを話してくれ」


 戦士長に言われ、僕は口を開いた。


「西方面を捜索してから半刻ほどした時、彼女は突然現れました。一緒にいたティラとクラド、聞きつけて集まってきた人達とセラスが拘束を試みましたが片腕でのされて……」


「〈白龍紋〉のことか?」


「いえ、あの時は体術で……皆を戦闘不能にしました」


「信じられんな」


「いえ、それは本当で。あの〈白龍紋〉は……戦士長の前でのみ使いました」


 目の前で見ていた僕にも動きを完全に捉えることができなかった。速過ぎたというより、必要最低限の動作を極めて少ない時間で行っているという感じ。


 見た目とは裏腹にかなり慣れた動きだった。


「そうか。だが、それは良い。問題は〈白龍紋〉だ」


 一見厳つそうで実際厳つい村長がそう切り出した。


「あれはコルダイテスに宿っていたものだ。どんな確率か、この村を脱走してから半日と少しの間に適合者を見つけ、継承を成功させたということだろうが。一体何のために?」


「決まっています。白龍の儀式に臆したのでしょう」


 答えたのは補佐官だった。


「だからあの少女に紋章を継承させたのです。己の命のために……!」


「儀式か……なるほどな」


 迫真の補佐官とは違い、村長は曖昧に呟いた。


 戦士長がこちらに視線を寄越す。


「クロム、コルダイテス殿と仲良かったよな。何か聞いていないか?」


「いえ……外に興味はあったようですが……でもあの方なら継承もやりかねないとは思います……」


 当事者というだけでなく、コル爺さんと仲良しだからと呼ばれた訳か。小さい頃は親代わりになっていたこともあったが、内容のほとんどは世間話で外のこともあまり聞いたことはない。


 ――しかし、直近に〈白龍紋〉に言及していた。


 だけど、これを彼らに言う気にはなれなかった。


 議論が詰まったところで村長が言う。


「とりあえず理由は後だ。紋章を継承した女の身元はわかったか?」


「いえ、今のところは何も。この地に縁がある者ではないと思われます」


「となると、厄介だな。余所者に紋章が継承できるとなると……まぁ、いいさ。しばらくを様子を見よう」


 現状維持、という方針が固まったところで会議は終わった。


 同時にコル爺さんの指名手配も取り消された。目的は爺さん本人ではなく紋章だったからと、そんなことより重要な可及的速やかに解決しなければならない問題があるからだ。


 邸宅を出ると重々しい空気から解放されどっと疲れが押し寄せてくる。背筋を伸ばしてから自宅に向けて歩を進めた。


 既に正午を回っているので昼食の準備しようと思ったが、疲れたのでそのままベッドに飛び込んだ。目を瞑ると、今日起きた様々ことが明瞭に浮かび上がる。


 白い軍服のようなのを纏った少女――。


「何をしてるんだろう……」


 村のどこかで軟禁されていると戦士長が言っていた。〈白龍紋〉がある以上、こちらは強気には出れない。生命線とも言って良い紋章を封じる能力はそれだけ脅威なのである。


 無事なら良かった。


 彼女ならば自身の力で何とかするかもしれない。


 そこで意識が途切れた。


 


「――クロム! 起きて、ちょっとどういうことよ!?」


 そんな大声に起こされ、上体を起こすと目の前に顔を真っ赤にしたティラが立っている。夕日が差し込んでいる。日の角度からして五時間ほど眠っていたようだ。夜ご飯の準備をしなくてはならない。


「今日は何食べようかな」


「何呑気なこと言ってんの! あれどういうことって訊いてるの!」


「訊かれてないよ」


 言って、ティラの指差す窓の向こうを見遣ると件の〈白龍紋〉の少女が村を練り歩いていた。平然と、あたかも最初からいましたよ、と言わんばかりに堂々と。


 背後に監視役がいるが、自由に動けるみたいだ。


「直近にコル爺さんに会ったから引き入れたんだよ」


「そうなの!?」


「うん、多分」


 〈白龍紋〉のことは今は隠しておくと取り決められたので適当に言い含める。だが、決して嘘ではない。継承した以上は絶対に会っているのだから。


 僕はそのまま外に出た。少女に声を掛けた。


「あの……」


「やぁ、さっき振り」


 気軽に挨拶してきた。想像以上にリラックスしていたため少し安心。


「ちょっと待ちなさいよ、クロム!」


 ティラが後ろを追い掛けてきた。そして、少女を睨みつける。


「あんた……」


「こんにちは」


「気軽に挨拶しないで!」


「名前聞いていいかな?」


「聞け!」


「あ、私はフィニスエアルっていうの。よろしくね」


「勝手によろしくすんな!」


 ティラが圧倒されていた。珍しいこともある。只物ではない、フィニスエアルさん。


「僕はクロムです、彼女はティラノです。皆からはティラと呼ばれてます」


「ティラって言うんだ、私はフィニスって呼ばれてるよ。改めてよろしく、クロムとティラ」


「お願いします」


「クロム! 仲良くする必要なんてないから!」


 倒されたことを根に持っているのだろう。


 ティラはこれでいて若手の中では一番強かったりする。同年代に負けるのはプライドが許さないのかもしれない。


「でも、これからしばらく滞在することになるから」


「えぇ!?」


「リベンジできるかもよ」


「はっ、本気だったら負けなかったわよ!」


 言いつつもティラは乗り気だった。


 白龍の力を使われたら同じ結果になってしまうであろうことは言うまい。


「もう帰ろうっ、早く来なさいクロム!」


「あ、うん」


 大股で帰っていくティラを横目に僕はフィニスさんに尋ねた。


「あの……〈白龍紋〉のこと聞いてますか?」


「それがねぇ、訊いても教えてくれなくて」


「そうですか――では、また」


 手早く頭を下げ、ティラの後ろ姿を追った。


 フィニスさんは聞いていない。この村の真実を――。


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