5.神獣の巣食う森
◎
ハウシアはギルドメンバーで四人しかいない〈RANK S〉所持者の一人である。王国最強騎士と渾名される〈天剣騎士〉と同等の実力も持っていると言われる最高峰の戦力。
地面につくほど長い藍髪を後頭部で結って垂らし、左右非対称の鎧を纏う凛々しく美形の少女である。年齢はフィニスより一つ上の一七歳。
性格面にはやや問題あり。無知厚顔を地で行く、ノンストッパブルガール。楽しければ何でもアリという良くも悪くも自由人。可愛いものが好きで、他人を振り回すことも大好き。
そんな斜め上にしか行けない少女は巷では〈最強の女〉だとか〈野蛮王〉だとか呼ばれているらしい。
――街頭インタビューの際に国民から教えてもらったことを整理しつつ、フィニスエアルはハウシアの後ろを着いていく。
バンドで固定された大剣が目に入る。
布で巻かれているため全貌はわからないが見ているだけで重みは伝わってくる。岩の塊のような重厚さ、もしかしたら数百キロあるかもしれない。それを平気で背負っているところを考えると強いんだろうな、と思った。
「ねぇ、フィニスちゃん」
「何?」隣に並んでハウシアの横顔に視線を移す。
「……滅茶苦茶見られてるね私達。昂らない?」
「あんまり気にしないけど」
「そ、そう……」
白色スカート軍服(ハイソックス装備)とへそ出し非対称鎧。見た目からして思わず二度見する奇抜さだ。
そんでもって、どちらも美少女という点。
服装、性格とは裏腹にハウシアは見た目クール系の美女だったりする。実に期待を裏切ってくれる美貌である。
フィニスは〈もう可愛い……もう可愛いなぁ〉という感じである。凛としながらも可憐さは失っていない。
手なんか振っていたらパレードなってもおかしくはないだろう。
すると、ハウシアは人混みの中を行く一人の姿を視認した途端目を光らせる。
「おっ、ガンフーじゃないか! おーい!」
「げっ、ハウシア……さん……」
腰に帯剣をしている騎士見習いっぽい青年に人目を気にせず声をかけた。かけられた方はとても嫌そうな顔を浮かべる。
それだけで日頃の行いの悪さを察するフィニス。
見覚えがあると思ったら小一時間前、宿まで案内してくれた青年である。
仲が良いのか悪いわからない関係、息を潜めて様子を窺ってみた。
「浮かれた顔してんなー?」
「別にあなたには関係ありませんよ」
「もしかして可愛い女子と出会った?」
「か、関係ないって言いましたよね!」
「へぇ、ガンフーもか。私も可愛い女の子引っ掛けて……あぁ、違う違う。仲良くなったんだよね」
自慢みたいに言うけど、そんな仲良くなったか? ――と内心で呟いている間に話題が当の本人であるフィニスに傾こうとしていた。
「早速ギルメン同士でいっちょ〈神獣〉討伐に行くのよ」
「可哀そうだ、あなたに振り回されるなんて。命がけの依頼をいつものことのように……」
「ちゃんと了承したっての! どいつもこいつも私に失礼な。ねぇ?」
同意を求めるようんポニーテールを揺らすと、追随するようにガンフリット青年の視線も着いてきた。
「私は良いと思うよ」
「だよねっ、フィニスちゃん優しいから好き!」
「あ、あなたは……ど、どうしてこんな人一緒にいるんですかフィニスさん!?」
訊き方に隠し切れない悪意があることにまたしても傷つくハウシアがフィニスの肢体を抱きながら答える。
「新人ギルメンを育てるのが私の仕事だから! 羨ましいでしょ? はっはっはっはっ!」
ガンフリットはハウシアを無視した。
「本当にこの人と〈神獣〉を倒しに行くんですか? あいつらは本当ヤバいからやめましょうって!」
「でも宿代が必要だから」
「え、そんな理由? それ命と天秤つりあってないですよ……」
「でも一番手っ取り早そうだから」
「そんな…………どうしても行くと言うのなら俺も行かせてもらいます!」
男気溢れる宣言に辺りの人達が歓声をあげる。
花屋のおばあさんが花弁を投げ込んて来た。吟遊詩人は琴の音色を響かせた。勝手に告白ムードができあがっていた。
『全然そんな空気じゃなかったけど……』
女神の指摘はごもっとも。当事者は気まずいだけである。
「って、言ってるけどどう?」
フィニスはハウシアに委ねた。一人二人増えても問題はないという判断故。
「しょうがない、ガンフーもガチって訳ね。いいでしょう、三人で〈神獣〉討伐に行こう!」
何に感化されたのか、ハウシアはあっさり許可した。
〈北青都市〉東口は基本的に閉鎖されているが、騎士やギルドメンバーは仕事の際だけ通行が可能となっている。出入口に設置されている機械にメンバーカードを差し込むとランプが緑色に点灯し、通行許可証が発行される。
フィニス達は門兵に挨拶してから城壁外へ進んだ。
門の先には地平線まで馬車道が続いている。中央道の左右に視線を振ると広大な田園風景を拝むことができる。そのさらに奥に森林が見える。そこが今回の目的地だ。
馬を用意していないから徒歩で行くしかないか――とガンフリット青年が目を細めていると。
「《飛行》」
発声と共に魔法が発動され、ハウシアの身体が空に浮かび上がる。
「ふぃ、フィニスさん……ハウシアさんは魔法で飛ぶつもりらしいんですが……」
「〈ベクトル・マジック〉」
フィニスは手首足首を回して関節をほぐしながら同じく唱える。重力が減退し、違う向きの力となって解放される仕組みで高速移動を実現する。高度を上げれば風のエネルギーも利用し、さらに加速できる。技名≪ブラスト・サークル≫。
軽く跳ねるだけで三メートルくらい高度が上がる。
「じゃ、行きますか」
「うん」
優雅に空を泳ぐ少女。
颯爽と駆け出す少女。
青年も「ひ、≪飛行術式≫展開!」と唱え、高速移動の魔法を発動し彼女らを追う。だが、詰めようとする距離ははなれるばかり。先行する二人は加速しながら地上を蹴り、空気に押されていた。
「は、早すぎるっ! フィニスさんまでこんなにすごい魔法使いだったのか!?」
フィニスは進路上に畑があったので、脚力強化最大で地面を蹴り上げ一気に一〇〇メートル跳躍する。空中で追加で魔法を行使し、滑空状態に移行した。
フィニスの高度に合わせるようにハウシアが隣り合う。
『ガンフリット青年が大幅に遅れを取っているわね……』
「あ、本当だ。ハウシア、ガンフリットさんが遅れてるよ?」
「相変わらず軟弱だなぁ……というのはちと言いすぎか。にしてもよく私に着いてこられるね、フィニスちゃん」
「まぁね」
『ハウシアだったかしら。彼女も結構やるみたいね』
割とさばさばした女神であるウェヌスが褒めるなんて相当の使いね――と内心、フィニスも感心する。高速飛行を苦もなくやっていることから、戦闘能力もかなり高いと推測できる。
武闘派少女に親近感が湧く軍服の金髪少女。
「私も強い女の子に会ってみたかったから」
「ははは、まぁね! 〈天剣騎士〉に勧誘されるくらいだから!」
『――にしても彼女の魔法体系……どこかで見た覚えがあるんだけど……』
女神の独り言を聞き流したフィニス達はまさしく真っ直ぐに目的地である〈グリュッセルス大森林〉へと向かった。畑を遠回りしながらやって来たガンフリットが到着したのはその二〇分後であったという。
〈グリュッセルス大森林〉――。
〈北青都市〉の東方一〇キロに位置する超広の面積を有する大森林。昆虫や動物の群生地ではあるが、交通網として開発がなされ一直線の直通道が作られている。
そして、この度〈RANK S〉ギルドメンバーのハウシアに届いた依頼は最近森林に現れた〈神獣〉の討伐だ。便乗するようにフィニスエアルとガンフリットが着いて来ている。
「こんな森林に本当に〈神獣〉がいるの?」
不思議そうに尋ねるフィニスに答えたのはハウシアだ。
「みたいね。最近、商人が襲われたって事件が多くて、今は封鎖されてるって」
「どれくらいいるのでしょうか?」
ガンフリット青年が問い掛ける。
「さぁ、でも、数十で済めばラッキーって感じかな」
「そ、そんなに現れるの!?」仰け反って金髪が揺れ乱れる。脳裏に数十に上る長大な獣の情景が浮かんだ。一体一体なら相手にできるかもしれないが、束になった場合苦戦苦闘となることは目に見えていた。
「思ったよりも大変そうな依頼だね……」
「だ、大丈夫です! 俺が守りますからっ」
ガンフリットはここぞとばかりにアピールをする。
対して、面白そうに笑むハウシア。
「大丈夫かなぁ? 前回よりも強くなってるんだよね?」
「当たり前ですよ。騎士として日々修行してますから」
「そこまで言うなら、期待してるからね」
「ええ、いいですとも。〈神獣〉だって初めて戦う訳じゃないですから」
両者とも自信を漲らせているようだがフィニスは一息吐いて、気を引き締めた。
今回は敵の数が常軌を逸している。本気で戦う準備をしなければならない。
フィニスは目を閉じ、魔法を唱える。
「〈ベクトル・マジック〉――《亜空掌握》」
手元に魔法陣が形成されると、剣の塚剣の真珠色の柄が飛び出した。陣から引き抜くと十字架を模した直剣が姿を現す。
フィニスの地元の教会に飾られていたウェヌスと縁のある武具。
二人とも、特にガンフリットの方が魅入られているようだった。
「こ、これは……」
「〈十字偽剣リオ・グラント〉」
数千年前に大層凄腕の鍛冶師が作ったと言われる剣。特殊な血統でなければ扱うことのできない一種の封印が施されている。
腰のベルトに帯剣し、前を向く。その瞳には迷いも葛藤も既になかった。
「行きましょうか〈神獣〉討伐に」
「じゃあ、しゅっぱーつ!」
ハウシアの掛け声で三人は森林へ足を踏み入れる。
高さにしておよそ五〇メートルはある二等辺三角形のような尖った木々が幾つも連なって大森林は構成されている。日の光が極めて入りにくく、冬季には極寒のようだが夏季は実に快適で避暑地として機能する。
整備はしっかり行われていた。馬車道は均されており、等間隔にランプが設置されている。事故が起こさないよう、しっかりとした配慮が行き届いている。
あくまでも事故だが。
一直線の道のはずだがいくら見通してもゴールは見えてこない。数キロ単位で道は続いている。
「あった、壊れた馬車」
ハウシアの視線の先には横倒しになった馬車が二台転がっている。
既に馬はいない。
また、路上に流れ込んでできた血溜まりは固まって赤黒く変色していた。
フィニスは無言のままかがんで様子を確認する。
「〈神獣〉って人間だけを殺すんだよねぇ……まったく倒しても倒しても減らないし。一体何者なんだろうね」
そして、その場から左に道を外れて森林に入っていく。
生い茂った草草を踏みながら木々を縫って進んだ。小鳥の囀りが遠くに聞え、一見ピクニック気分になりそうだが。
「……早速何かいますね」とガンフリット青年は眉を顰める。「俺の後ろに下がってくださいフィニスさん」
途端、正面の草むらが揺れた。同時に各々が剣を構えて息を飲む。
足と思われる細く茶色の何かが飛び出した。
今にも魔法を放ちそうになるハウシア。炎が大剣に纏われ今にも地面を蹴って突撃する体勢だ。
ガサガサと出てきたのは四足歩行の獣。体に斑点があり、頭から二つの角を生やしている動物。それすなわち鹿であった。炎上した剣を見て警戒心を働かせたのか「ギョエエエエ」と鳴いて森林を駆け抜ける。
「…………何だったんだあれは」
ガンフリット青年は心臓に手をあてて大きく肩を下ろした。
すると、ハウシアは彼に硬い笑みを向ける。
「安心するのはまだ早いぜ。そんなんだといつまで経っても出世できないよ?」
「はい?」
「まだ何かいるって――ほら、お出ましだよ」
森林の木々を避けながら進行してくるのは黒を基調とした半透明緑色の昆虫。展開した羽を合わせて全長一メートルはある甲虫。鹿よりも多い三つの角が禍々しく歪んでいるのが特徴的だ。
虫は人間である三人に角を駆使して突撃してくる。
「うわぁ!?」
情けない声を出して地面に伏せるガンフリット。当然の如く身を傾けて避ける少女達に目を丸くする騎士見習いの姿があった。
空中旋回した虫は再び後方からフィニスとハウシアを刺突しようと回転しながら突進する。その度に加速し、残像を置き去りにした。
同時に踵を返す二人だが剣を構えたのはハウシアのみ。再度避けながらも、自らの身長以上の大剣を横に振るう。
一瞬の出来事であった。巨大な虫は中空で空中分解して煙となって消え去っていく。
それも束の間、一体の消滅が引き金となったのか、森林中央部からけたたましい羽根を打つ音が響いてきた。数十、数百にも上る虫が木々の隙間を縫って飛来してくる。
絶望的な数、だがいっそ清々しくハウシアは言った。
「さっきチラ見せしちゃったけど……《熾炎剣》!」
大剣の刃に深紅の火炎が纏われる。自ら戦わんと中心地へと足を運んでいく。
その後ろ姿を見ながらフィニスは幽霊女神に声を掛ける。
「ねぇ、ウェヌス。さっきの虫が〈神獣〉なの? あの狼の他にも種類がいるの?」
『えぇ、大戦の時代だと一〇種類はいたわ。今回のは〈虫型〉ね。スピードが特化されてる広域占領用の〈神獣〉よ』
「ふぅん。何だ……それなら楽勝じゃない」
四方八方の草むらから飛び出す〈スカラバウス〉がフィニスを殺戮せんと囲み始める。
やや、動きが激しいのはフィニスの血統にウェヌスの〈神〉の血が混じっているからだろう。人類とかけ離れたものの情報に〈神獣〉の動きが反応している。
だが、人間であることは変わらない。凶悪な三本角を突き付けてくる。
「〈神獣〉なら本気を出してもいいよね――〈エアル・マジック〉」
全身から黄色の闘気が溢れ、身体能力が飛躍的に向上する。その振れ幅は飛べない鳥が飛べるようなレベルだ。
〈十字偽剣〉を水平に構えて、やって来る〈スカラバウス〉に視線を飛ばす。
全方位の攻撃の到達する順番を解析し、対応する。あたかも剣が二本あるかのように見える斬撃が虫共を刈り取った。前を斬りながら後ろを、左を斬りながら右を断つ。
間もなく、群がる〈神獣〉は光の塵となって殲滅された。
黄色のオーラも同じく霧散する。
どうしてか凝った肩を軽く回して呟く。
「――《物理循環》……やっぱり〈ベクトル・マジック〉よりも〈エアル・マジック〉の方が強いかぁ」
『それはどっちの魔法体系が合ってるかに依るわね。まぁ、〈エアル・マジック〉がしっくりくるのは当たり前よ。なんせあなた仕様に私が作った魔法なんだもの』
フィニスと幽霊の女神は辺りを見回す。
ガンフリット、ハウシアの姿は確認できなかった。戦闘狂の気があるハウシアはともかく、明らかに実践経験が足りないであろうガンフリット青年の方は心配になってくる。
「……ぼちぼち探しながら倒していこうか。これならお金はゲットしたも当然だけどね」
『気をつけなさいよフィニス。さっきからずっと変な感じがするから』
「幽霊なのに感じるんだ」
『私だって何か察することくらいありますよーだ』
美女美少女のお茶目な会話はともかく、先の見通せない悠久の森林を行く。