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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
少年が世界を知るためだけの弾丸旅団
59/170

1.遥か遠き村の少年、運命の出会いを果たす

 

 ◎


 


「ん・ん、んー?」


 朝っぱらから外は騒がしかった。


 何事だろうと目を覚まし外を覗くと、大人達が忙しなく村中を走り回っていた。皆焦ったような顔をしており、他人事ながら事態の深刻さが窺える。


 欠伸を噛み殺して窓から離れて就寝着から着替えて自室から出た。


 鐘が鳴っている訳ではないので村に危険が迫っているということではないようだが、何が起きたんだろう。


「まぁいいか」


 それよりも食事だ。台所に立って朝ごはんの準備をする。昨日作ったスープの残りを温め、パンと一緒に食べる。代り映えのしないメニューだが作れるレパートリーが少ないので仕方ない。


 暖かいお茶を飲みながら頭を覚ましていると、玄関の扉が開いた。遠慮のなく無造作にだ。このガサツな感じには覚えが――。


「クロム、大変よ!」


 過剰なまでの大きさの声。予想通り、現れたのは幼馴染だった。


「どうしたの、ティラ」


「何呑気にご飯食べてるのよ! 今外がどうなってるかわかってるの!?」


「まぁまぁ、お茶でも飲んで落ち着いて」


「……そ、そうね」


 ティラはテーブルに着き、僕は彼女の前にお茶を出した。


 すぐに飲み干し、一息吐いて肩を下ろす。落ち着いたみたいだ。彼女は興奮していると僕の話を全く聞いてくれなくなる。今回は早めに対処できた。


「で、何があったの? そんなに大変なの?」


「そうなのよ! コル爺さんが村から逃げ出したの!」


 訊いた途端殴って来んばかりに机に身を乗り出してくるので両手で押し返す。


 ――そっか。


 いかにもあの爺さんが考えつきそうなものだが、まさかあの年で実行しようとは思わなかった。今年で八〇くらいじゃなかったか。


 でも、僕からすれば驚くようなことじゃない。そんな僕の反応が気掛かりだったらしい。


「何でそんな無反応なのよ、まさか知ってた?」


「知らないよ。でもやりかねないとは思ってたから。この村にも嫌気が差してたみたいだしね」


 子供の頃はよく彼から村の外の話を聞いたものだ。村の皆はそんな彼を忠誠心のない奴だと馬鹿にしていた。


 もしかしたらあの頃から脱走を企ていたのかもしれないなんて思ったが、違う。切っ掛けはつい最近できたはずだ。


「だからこの慌てようなんだね」


 コル爺さんはこの村では重要な役割を果たすことになっていた。


 村の存亡が掛かっていると言っても過言ではないくらいの最重要案件だ。規模からして僕達が捜索を手伝わされるのも時間の問題かもしれない。


「全く往生際が悪いわよね、死にたくないからって逃げるなんて」


「それは当たり前のことだろ」


 ティラの小馬鹿にしたような呟きに思わず、食い気味に返してしまった。


 別にコル爺さんのことを擁護するつもりはない。むしろ、与えられた役目から逃げたことに関しては多少見損なったくらいだ。だけど、一人の人間として見れば彼は素直で真面目だった。


 だけど、誰も理解してくれないからせめて僕が彼を守らないと――。


「クロム?」


「……何でもないよ。それより捕まえられなかったらどうするつもりなんだろうね」


「不吉なこと言わないでよ。本当にそうなっちゃうかもしれないじゃない」


「だから考えてるんだよ」


 そうなったら多分、皆死ぬんだろうけどね――。


 僕も。


 


 


 ◎


 


 案の定、コル爺さんの捜索に僕らも手伝わされることになった。


 ティラと話していると青年長のエリオプスさんがやって来たのだ。〈お前らも来い〉と半ば強引に連れ出され、村を囲うの森に送り込まれた。


 ティラだけでなく、同年代の青少年皆が招集されているらしい。現在は四人の小隊に別れて捜索しているところだ。


「もうっ、何なのあの態度! ムカつく!」


 森中を手探りしながらティラが木に八つ当たりする。そうすると賛同の声が上がった。


「無能な癖に偉そうだよな!」


 ノリの良さそうな男の声だ。ティラがうんうん、と頷く。


「朝突然やって来た来いって何様のつもりだし!」


「ティラもクラドも声が大きいですよ。確かによくいやらしい視線もくれますけど」


「セラスも思ってんじゃん!」


 チームは僕、ティラ、クラド、セラスで構成されている。


 今日の緊急招集のせいで予定が崩れた三人はご立腹な様子だ。


 僕も最後尾で周囲に視線を巡らせながら、当の話題のエリオプスさんのことを思い出していた。


 いつも怒っているように見える吊り上がった眉が特徴的な、僕らより二歳年上の男。他人に嫌われていることに気づかないほど鈍感なのが、微妙に道化で好感が持てるが三人はそうは思っていないらしい。


 偉そうというものわかる、格下の者をぞんざいに扱う姿も見掛ける。


 だが、そこまで嫌悪感はなかった。何故か僕は嫌われているみたいだけど。


「――クロムもそう思わない?」


「うん、そうだね」


 とはいえ、それを口に出すほど子供ではない。話の流れというものを汲むくらいには大人だった。


「絶対聞いてないでしょ!」


 気遣い虚しく、前方からの文句が飛んで来た。


 セラスがくすり、と笑う。


「お二人は相変わらずですね」


「そうかな」


「そうですよ。クロム君は変わらずにいて欲しいですけどね」


「いいや、もっとガツガツした方がいいだろ」


 クラドが振り向き様に言うと、すぐさまセラスが反論が返した。


「いえ、今のままで良いんです。彼の良さはこうじゃなきゃ発揮されないですから」


 妙に確信染みた発言だった。同い年の言うような台詞じゃない。思わず信じてしまいそうなくらいに。


 自分では、自分が何か凄いことをできるとは思えない。想像することもできなかった。だがそんなものだろう。僕はこの世界以外の何も知らないのだから。


 


 ――探索開始から半刻ほどが過ぎた。


 代わり映えのしない森林の探索に飽きてきたクラドがぼやく。


「本気でこんなところにいると思ってるのか? 村のすぐだぜ、とっくに逃げてるに決まってるだろ」


「年老いていますからね、全くないとは言い切れませんよ。どこかで野垂れている可能性も……流石にないとは思いますけどね」


 そうだ。セラスの言う通り、あのコル爺さんが途中で野垂れ死ぬなんてあり得ない。コル爺さんは村では最年長組だ、森について誰よりも詳しいと言っても良い。この森ならば目を瞑ったまま歩き回れるはずだ。そんな賢者を僕達が出し抜ける訳がない。


「〈エクス・クレルト〉にはもういないかもね」


「はぁ!? じゃあ、今やってること全部無駄なこと?」


「その可能性は高いと思うよ」


「あり得ないんですけど!」


 僕の推測に対し、ティラは憤慨を隠そうともせず表した。捜索させられる方からすれば最もな感情だろう。


 その怒りに反応してティラの左腕が黄色に光った。少女から放たれる拳は木々を粉々に粉砕する。


 ――前腕に虎の紋様が浮かんでいた。


 半起動状態でこれとは、相変わらずの威力だ。


「おいおい、物に当たり過ぎるなよ」


「私この前クラドが岩破壊してる見たことあるけど」


「な、何のことやら……」


「あー、あー」


 鬱憤が晴れようで、息を吐くと虎の紋章は薄れていった。


 何となく、半ばで折れた樹木が倒れる光景を眺める。鋭利に割れた繊維に手を伸ばそうとしたら「危ないですよ」とセラスに止められた。


「転んだ拍子で刺さっちゃうかもしれないから」


「クロム君は心配性ですね」


 セラスの首筋が紫色に輝いた。鷲の紋章だ。


 彼女の振った右腕が起こした風が尖った面をスッパリ切断した。ボロボロになった残骸が眩むらの中に散乱する。


「これで良いですよね」


「うん、ありがとう」


「どういたしまして」


 嫋やかな笑みを浮かべた。


 


 ――不意に、進行方向の草むらが不自然に揺れた。


 僕達は呼吸を止め、一斉にその方向に視線を巡らせる。各々、刻印を起動した。僕の左手の甲には赤い狼が描かれる。


 再び草花が揺れ、出てきたのは――フォクッシアと呼ばれる小さな動物だった。


 人間に怯えた獣はすぐに草葉に隠れてしまった。油断していた分、張り詰めた緊張の糸が一気に緩んだ。


「なぁんだ、びっくりした」


「まぁ、こんなとこに〈神獣〉がいる訳ないわな」


 ティラとクラドは安堵して笑みを浮かべた。セラスは胸に手をあて一息吐いていた。僕も大体そんな感じで肩を竦める。


 だから、一瞬では気づけなかった。


 獣よりも何気なく――。


 僕達四人の目の前を堂々と横切った者に反応できなかった。


「――初住人発見」


 耳元で女性の美しい声音が聞こえる。自信の溢れた、それでいて誘うような妖艶さも併せ持つ異質な声質だった。


「ということはもうすぐそこってことね。話聞いても良いかな?」


 何気なく質問が投げ掛けられた。


 彼女のことを何も知らなくても頷いてしまいそうになる……。


 そうして、反射的に振り向くと――。


 視界の端から一つの影が躍り出た。


「うらああああ!」


 ティラだ。黄色の輝く左腕をその女性に振り下ろそうとしていた。


 止める間もなく、拳が激突する。八つ当たりで木々を薙ぎ倒す一撃だ、下手すれば身体の一部が爆散してしまう。


 ガゴン、という聞きなれない衝撃音が響いた。


「嫌だな、殴られるなんて」


「なっ!?」


 渾身の一撃は受け止められていた。さらには、そのままがっしりとティラの腕を固定し、離れようとする身体を至近距離に留めた。


「私は敵じゃないから、落ち着いて。ね?」


「何者だあんたは!」


 言いつつ、抵抗を試みるも万力にでも挟まれたように依然として脱出できないみたいだ。ティラの馬鹿力を真正面から受け止めるとは相当の膂力が必要になる。それをこうも簡単に。


「……あれ、あんまり効いてないな」


 何者かは首を傾げるとティラを軽く突き飛ばし、思案気に顎を引いた。それから僕達のことを順々に見回す。


「――っ!」


 視線が僕を捉えた瞬間、二度目の衝撃が走った。


 背中まで伸びる淀みの知らない金髪がなびいて揺れる。宝石のような、花弁のような二つの金眼が僕を貫き、悟ったような薄い笑みが心を撫でる。


 少女は美しかった。言葉では言い表せない、尋常ない美貌。


 否応なく感情が荒れ狂った。その美しい瞳に心までもが吸い寄せられる。


 余裕の笑みも、非人間的な出で立ちも、圧倒的存在感も――全てに心臓が揺さぶられた。


 まずい、と思いつつ激情に抗うことはできなかった。むしろ心地良い。ずっと見ていたい、という願いが衝動と化して全身を侵す。


 ――これは魅了だ。自我を意識していないと飲み込まれる。


「あれぇ……すごくまずい雰囲気がしてきたんだけど」


 少女は苦笑いを浮かべて辺りを見回した。


 いつの間にか人が集まっていた。ティラの声を聞きつけたのだろう。集まった彼らの瞳には困惑と敵愾心が浮かんでいた。


 この村の掟で部外者の立ち入りを禁止している。いや、禁止なんて生温いものではない。どんな手段を使っても入れさせてはならないというのが本当だ。


 だから、きっと彼女は殺される。


 一回くらい牢屋に入れられるかもしれない。だがやっぱり結局殺さるだろうけど。


 彼女がどうしてこんなところに来たのかはわからない。それを知ることもない。


「排他的ってこういうことね……穏便に済ませたいんだけどな」


 これだけの敵意を受けてなお、彼女は余裕の笑みを崩さなかった。


 先の身のこなしは驚嘆だが、この数を、しかも紋章で攻撃されてしまえば一溜りもないだろう。


 さらに誰かが人を呼んだのか次々と人が集まってくる。ここまで来れば収拾つけるのは無理だ。


 どうする。どうすれば良い。


 殺すのか? 本当に。目の前で。


 僕は見ていることしかできないのか、この異常な状況を止めなくて良いのか?


 

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