0.プロローグ〈白龍紋〉
◎
要塞の城門を抜けてから何時間歩いただろうか。
長時間の徒歩より満身創痍の身体は休息を求めてふらついていた。
「暑っ……」
そんな日に限って太陽が燦々と降り注いでいる。恨みがましく太陽を睨みつけ、幸運にも見つかった道すがらを流れる川に手をつけた。冷たい水を掬って喉に通すと、全身に染みわたり背中が震えた。これだけで旅の疲れが半分ほどになったように錯覚する。
一口だけでは足らず、少女が顔を水面に浸した時だった。
「?」
老人が対面の森林から現れたのだ。少女と同じく暑さにやられたようで瞳に生気が宿っていない。
二人の目が合った。両者ともこんなところで人と会うとは思っておらずどんな反応をすれば良いのかわからない様子だった。
陽気に挨拶するのは何か違うな、と思いつつ少女は陽気な挨拶として一声を掛けようとした。
その途端、老人が倒れた。
熱中症で倒れたというより、人に会えたこと自体に安堵して膝が崩れたような。精神に由来した行動に見えた。
「あ、大丈夫ですか?」
間髪いれずにバシャンバシャン、と水を掻き分けて河原を横切る。
近寄ってみると老人にしては精悍な顔つきをしていた。そこらの同世代と比べても二〇年は若く見えるだろうが、少女が老人の年を知らない以上、意味がない事実だ。
川辺に寝かせると老人は声を上げた。
「その金髪と金眼は……」
「へ?」
確かに少女は金髪に金眼をしていた。詳しく言うなら左眼は義眼で、右眼にはモノクルが掛けられている。
しかし、金髪と金眼というのならこの老人もである。髭までブロンドだ。
「こんな偶然が……いや、これは運命か……」顔を見るや否やなどと譫言のように漏らす。老人は血走った目で少女の腕を掴んだ。真剣な眼差しで遥か年下の少女に語り掛けた。
「これから君にこれを託す。詳しく話す時間はない……だが、とにかくここからすぐに離れるんだ」
「は? 何を言って――」
返事はなかった。代わりに――。
「〈白龍紋〉」
老人の右手の甲が白く輝いた。
表面に踊るのは龍の頭部である。膨大な魔法的エネルギーが溢れ出し、六角柱の障壁ができると二人は内部に閉じ込められた。
少女が左腕で壁を殴るも鈍い反作用が返ってくる。体術での破壊は不可能だろう。
男は半狂乱の如く叫んだ。
「《紋章継承》! 目覚めよ白龍! そして新しき主に宿れ!」
今度の光は段違いの輝きを秘め、目を開き続けることはできなかった。
風圧を撒き散らして紋章から飛び出した長大な龍は天に昇って行くかに見えたが、次の瞬間、少女を飲み込まんと急降下してくる。恐ろしく鋭利な歯形が迫ってきた。
先程から展開を理解できていない少女はその場で瞬きするので精一杯だった。
「えと……ちょっと待ってくださらない……? まだ理解できなくて説明を求めたいんですが……ねぇ!?」
龍の口に飲み込まれた瞬間、視界は真っ白に染まった。
大地を縦に揺るがす大爆発が起きた。