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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
王女が明日を生きるためだけの国家戦争
57/170

25.王女の帰還、撤退する機関、謀略の期間

 

 ◎


 


 〈神覇王国インぺリア〉――。


 


「……本当に壊れてる……お城が……私の部屋が……」


 王城〈レ―ヴ・シャトー〉を見上げて私は思わず呟いてしまった。城の片側は未だに改修されておらず、急ピッチで進められているところだった。右側にあったはずの私の部屋がなくなってる。結構ショックだ。


 


 ――暗殺作戦決行日の夜、私はレネルスと共に中央都市を出た。暗殺者、〈訂正機関〉、騎士団に殺されるはずだったのが、〈人型災害〉が現れたことにより市内は混乱に陥り、奇跡的に逃げることができたのだ。その後、前もって準備していた郊外の宿で一晩過ごし、〈インぺリア〉からの使者と合流した。


 そして、着いたのは一〇分前である。


 およそ一年振り。停まった馬車から下りて城を見上げた感想がさっきのあれである。


「やっと、帰ってきた」


 幾ら切望したかわからないくらい待ち望んだ瞬間なのに素直に喜べなかった。


 ずっと一緒に過ごしていたエリはもういない、フィニスさんもいない。生きているか死んでいるかさえ不明である。


 はぁ――と、ため息一つ吐いて頭を切り替える。彼女達のことを想うと申し訳ない気持ちになって泣きたくるが、立ち止まってはそれこそ失礼だから。生かされたのだ私は。だから進むのは後ろではなく前だ。


 


 改装されているが城の構造は以前と変わっておらず、迷うことなく執務室に辿り着いた。


 重厚感はあるものの煌びやかさの欠片もない扉に懐かしさを感じる。やはり〈インぺリア〉はこうでなくては。気持ち強めにノックした。


「入れ」と声が聞こえたので扉を開く。


「失礼します」


「……レリミア!?」


「お久し振りです、父上」


「帰ってきたのか」


 挨拶もそこそこに、私は一連の事件のことを報告する。その後、数か月前にこの国で起きた騒ぎについて訊き出した。詰問するようになってしまい若干悪い気もしなくもなかったが知っておきたかったのだ。


 フィニスエアルという少女を。


「……留学している間に……何というか、逞しくなったな……うむ……」


 実の父になんて言われるくらいには私も胆力が付いていたらしい。


 どうやらそろそろ王の座を辞し、兄上に譲って悠々自適に暮らすそうだ。私も私で色々やらされることになるのだろう。けれど、まだその気になれそうになかった。


 


 執務室を後にし、城の天辺にある王座の間に行く。大きな窓を広げ、ベランダへ出る。


 手が届きそうなくらい近い青空と、すっかり日常を取り戻した街並みが地平の果てまで続いていた。


「フィニスさんが守った街……」


 思い出されるのは灰色の一年と、血塗られた虹色の数か月の記憶。


 何年経っても忘れることのできない奇跡のような当たり前の日々。


「ちゃんと挨拶したかった……」


 フィニスさんと最後に話したのはいつだったか。学園で話して以来だったと思う。他愛ない会話だった。〈来週の休み一緒に喫茶店行こうね〉なんて。


 もっと話しておきたかった。ずっと一緒にいたかった。


 言いそびれた〈さようなら〉と〈ありがとう〉を込めて私は両手を組んだ。


「きっと伝われ」


 またいつか会える日を信じて、私を目を閉じる。


 次に開く時は過去ではなく、未来を胸に。踵を返し、ベランダを後にする。


 私が明日を生きるためだけの国家戦争はここで終わりだ。


 きっとまた会えると信じて、歩き出す。


 


 


 ◎


 


「――くそッ……」


 プロトバリノは毒づいた。


 今や買い手も誰もいない古びた館には三人の男と女が一人がいた。但し、その内の一人はプロトバリノに担がれて屍のような様相だ。


「それどうしたのよ?」


 眼鏡で前髪をかき上げた女性はソファーに背中を預けている。彼女は彼らに尋ねた。


 赤髪は青年を床に転がすと不作法に椅子に座り、両手を力なく上げて答える。


「ぶっ壊されたんだよ。見事にな」


「壊されたぁ? 何それ?」


 女性はかつかつ、と床を鳴らして青年――スキアドの下へ近づいた。


 怪訝な声が返って来る。


「外も中も傷一つないじゃない。何が壊れるっていうのよ」


「違う。壊されたのはもっと中身だよ。ちゃんと見ろよフォルネオ」


「少し先に入ったくらいで偉そうにしないでよっ……ん、んん!? これ精神が滅茶苦茶じゃないの!」


「だから言ってるだろ。完膚なきまでに壊されたってな。これじゃあ殺した方がまだマシだったろうな」


 死んでない以上、プロトバリノは助けるという選択肢を取らざる負えない仲間想いの奴だった。


 そこで別の声が挟まる。


「――ということは失敗したということですか?」


 本に目を落としていた男――ゾステロが顔を上げ、プロトバリノに視線を寄越す。


「まぁ、そうだな」


 言い訳するつもりはないらしい、彼は正直全てを話した。


「――あの王女……想像以上に強かった。嘗めてた訳じゃない、実力勝負で勝てなかった」


「あんたが勝てないってどんだけよ……一国のお姫様って話じゃなかったの?」


「才能と、あいつは言ってたけどな。護衛だけじゃなく護衛対象まで強いとは全く手がつけられないな」


 天性にものを言わせた力業、押し合いにもならずに勝負が決まっていた。


 数時間前の出来事は今後の人生忘れることのできない記憶となる、と男は確信する。それだけ圧倒的だったのだ。

 フォルネオは大袈裟に肩を竦めた。


「暗殺作戦は失敗って訳ね。あれだけ準備をしてたのに……」


「まあなぁ……」


 実行部隊を任されていた二人は揃って暗い息を吐いた。片や目的の人物に倒され、片や護衛に容易く倒された身である。


 貴族派閥の派遣した騎士団に殺されるはずだったレリミアは突如して現れた〈人型災害〉に助けられる形で生き延びた。ここまで来ると怒りも湧いてこない。世界が敵に回ったような絶望感さえある。


「で、〈英雄〉はどうなったんだ? この分だと期待できないが」


 プロトバリノは再び書物に目を落としているゾステロに問い掛けた。


「彼女は〈フレイザー〉の実験動物にされていることでしょう」


「そりゃまた愉快な話だ。上手く行かねぇな」


「これは運が悪かっただけですよ。これに懲りて挑戦を辞めるなど考えてはいけませんよ」


 いかにも冷酷そうな見た目で前向きなことを言うので他二人は顔を見合わせた。


 フォルネオは満足気に頷く。


「そうね、ここで止めたらダメよね。あいにくなことに失敗することには慣れてるし」


「あぁ、だが、休憩してからな。俺は疲れたからなメンタル的に」


「それに収穫が全くなかったという訳でもありません」


 ゾステロの示すテーブルの上に白いシーツが敷かれ、そこには盛り上がりがあった。一メートル強といった大きさか。


 首を傾げながら、フォルネオが布を捲ると「ひっ」という声を漏らした。


「あんた何持ってきてんのよ!?」


「まだ生きてますよ。準備が整うまで凍結状態にして保存しているだけです」


「だけ、で済む訳ないでしょ! それ、ってあれ? 死体に興奮するタイプの!」


「生きてます、と言いましたが?」


「どれどれ」プロトバリノも首を伸ばして中を確認すると。「あー、護衛の奴か。わざわざ学園から持ってきたんだな」


「そういうことです」呟き、真っ白なページを開くと魔法陣を刻み込んだ。「《書物封印》」


 寝かされていた護衛の少女の身体は光に包み込まれると本に吸い込まれた。ついでに床に転がされている青年も書物に閉じ込める。


 彼は吸収し尽くすと、音を立てて本を閉じた。


「全員帰ってきたことですし、もうここには用はありません。とっとと出ましょう」


「少しは休ませろっつの、ったく」


 文句を言いながらもプロトバリノは鈍い動作で立ち上がる。


 フォルネオは頭部に掛かっていた眼鏡を投げ捨てた。


「いつか絶対殴ってやる、フィニスエアル!」


 偽の教師らしい悪意の発言を残すと、ハイヒールでレンズを踏み潰して出口へ向かう。


 〈訂正機関〉は初めから終わりまで自由に身勝手に、わからないまま姿を消した。


 


 


 ◎


 


「――聞こえていますか?」


 〈臨岸公国セレンメルク〉からの外交使節団団長兼外交官はベッドに拘束された少女に問い掛けた。


 


 ――全精神力を使い果たして〈人型災害〉を退けたフィニスは意識を失して民家に墜落した。衛兵に病院まで連れていかれた彼女だったが、国家から派遣された部隊に回収されたのだ。


 気を失っている際、厳重な拘束が為される。


 左腕の義腕の接続を外され、義眼も取り除かれた。さらに魔法を無効にする魔道具、視覚封じの目隠し、猿轡を付けられる。その末、担架にがっちり固定され全く身動きが取れない状態にされた。


 担架は研究所の地下深くに幽閉された。比類なき魔法技術とそれを体現する肉体は実験動物としては最高級である。これから先、日の光を見ることはない。残された身体を弄くり回され、尊厳も何もない暗黒面に沈んで死ぬだけ。


 ――そのはずだった。


 冷たく薄暗い空間、外交官ディスカリスは拘束具にくるまれた少女に語り掛けた。


「あなたが望むなら助けてあげましょう」


 僅かだが少女の身体が動いた。耳が聞こえていれば、心臓も動いている。言葉に心を動かされることもある。


「いたいけな少女にここまでするなんて信じられない国ですね、ここは。それとも欲の深い人間が多いのですかね」


「――――」


「で、どうします?」


 フィニスは締め付けられた首で頷いた。選択肢はあってないようなものだ。


 初めからわかっていたという風にディスカリスは言う。


「次にあなたが目覚めるのは〈臨岸公国セレンメルク〉の城の中です。そこにあなたを害するような者は一人としていないので安心して眠って頂いて結構です」


 纏っているマントを外し、フィニスを覆うように敷いた。


「《偽装奇術》」


 黒の魔法陣が光るとふわっ、と人一人分の高さだけマントが舞う。


 再び背中に纏った時には担架の上にフィニスの姿はなかった。ディスカリスは小さく肩を揺らす。


 ――ふふっ、ははっ。


 そんな声が響いた。


 

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