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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
王女が明日を生きるためだけの国家戦争
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22.爆弾魔


 ◎


 


 ロガネリア邸宅のベッドにて、フィニスは両の足から血を噴き出して痙攣する。


 カルディオラは血塗られた斧を握り、肩で息をした。死にかけの魚のように蠢く少女をじっと見詰めていた。


「お前が悪いんだ……お前が俺に逆らうから……」


 頬にまで飛び散った血を拭うと興奮によって一時的に失われていた蹴りの鈍痛が彼を襲った。斧をそこらに放ると治療のために部屋を出ていく。


「ぐッ……よくもこれ俺を……――」


 扉を開いた瞬間、爆炎が部屋へ吹き込みカルディオラを焼き尽くした。炭化した身体はごろん、と転がりバラバラになった。


 余熱もままならぬ中、煙の中から出てきたのはバイザーを付けている背の小さな男だった。


「…………」


 男――〈爆弾魔〉はベッドに倒れる少女を見下す。予想外なことに暗殺対象はほとんど死んでいた。彼は少なからずある驚きを押し殺し、冷静に状況把握に努める。


 ――反射の術式が切れている、と。


 指先を向け、赤色の魔法陣を生成する。紅色の真球がフィニスに向かって放出された。真っ直ぐ進み、少女の額に触れる。


 その瞬間、赤き球体は放射状に熱エネルギーを発した。人の頭など容易く四散させる威力だ。


「任務完了」呟いて〈爆弾魔〉は踵を返す。廊下に出るとロガネリア邸に侵入した際に設置した爆弾を次々と起爆した。混乱に紛れて影に身を隠す算段である。


 


 ――蠢いた。失った分を補おうと過剰な脈動が走る。


 ふわり、と身体が浮き上がった。滴る血液は凝固し、不気味なシルエットの骨格を形作った。鳥のように鋭い三本足で体重を支える。


 


 魔法に依る連鎖的爆発を引き起こす光景を窓越しに見詰めていると、不意に〈爆弾魔〉は肩を叩かれた。


 振り返ると目の前には蒼白とした顔があった。人形のような、非人間的な美しさが見て取れたが、現状はそれどころではない。予想外の上の予想外である。


「まさか生きて……」


「――」


 フィニスは掴んだままの肩を横に振り切った。そのまま〈爆弾魔〉は壁面に叩きつけられた。


 何気ない動作――しかし、この場にある全てのエネルギーを統合しての振り払いである。壁にへばりつくだけにとどまらず男の身体は壁を突き抜け外へと吹き飛ばされた。


「……あ、ぁ……大丈、夫……」


 譫言のように呟くとフィニスは爆破による断続的な揺れの続く館を歩き出した。


 《物理循環ブラスト・サークル》を血流に作用させることで一命を取り留めたが、それまでに出した血液はどうにもならない。また、血を流し過ぎたためか先程から既に正常な判断能力はなかった。


「……どこに……行こうかな……」


 鋭い爪で地面を抉りながらフィニスは館を出て、街に向かった。


 月下に照らされた綺麗な街並み。民家の明かりは人の営みを表している。背後で爆発が起きた。ロガネリア邸宅が消し飛んだのだろう。


「……フィニスさん?」


 声を掛けてきたのは護衛対象の王女だった。フィニスはレネルスに肩を借りたレリミアを見、忘れかけていた目的を思い出した。


 ――これを機に暗殺を開始ってことね。


「あぁ……レリミア……良かった無事で……」


「――フィニスさんッ、あ、ああ、足が……!」


「大丈夫だよ、多分」


 驚愕に目を見開くレリミアに作り笑顔を返すが、どこかぎこちない。


 そもそも両足を切られながら安定状態にある身体、もしくは精神の方がおかしい。今はまだ混乱しているが彼女が平静を取り戻すのにそう時間はかからないだろう。


 再会の挨拶も束の間、〈爆弾魔〉はフィニスを追って通りまで来た。口元を歪ませて彼女を見ている。


「面倒だ」


 フィニスは亜空間から剣を抜き、不格好に構える。


 呼応するように〈爆弾魔〉は懐からカードを一枚取り出した。銀色のカードは突如として光る。


 ――魔道具の類いか。そう思い、反射的にレリミアを押し、距離を取った。


「あなたは逃げて」


「待ってフィニスさん!」


 次に、フィニスが目を開いた時に広がっていたのは真っ白な何もない世界だった。時間も空間も存在しない無の風景。まるで無常そのもの。その世界にはフィニスの他には〈爆弾魔〉しかいない。


 別の空間に引き込む魔法ということは推測できるが、しかし。ありふれた魔法具とどうにも毛色が違った。よくわからないが、直観的に普通ではないことは理解していた。死地において彼女の勘が良く当たった。


 ――カードの解明は後回しよう。と、《物理循環ブラスト・サークル》を全身に纏おうとする――。


「あれ……」今度はあまり驚かず、声はだいぶ落ち着いていた。「また魔法が使えない……」


「この空間は使用者以外の魔法を封じる」


「一方的に攻撃される訳ね……剣出しといて本当に良かった。例によって内部には作用するけど外には無理って感じね。怪我しちゃって内部からエネルギーを吸うのももう無理だし……」


「余裕そうだな」


 フィニスの妙な余裕に不信感を抱きつつ〈爆弾魔〉は魔法陣を展開した。緋色の真球が無数に飛び出し彼の男の周りに浮かんだ。


「《爆発球》」


 手を振ると球体はフィニスに向かって飛来する。


 《物理循環ブラスト・サークル》による身体強化は使えず、さらに両足は切断され思うように動かないため回避行動は著しく困難を極める。


 状態は極めて平静である。フィニスは〈騎士天剣〉を振り、斬撃を飛ばした。


 真っ二つに割れた球は熱を吐き出し、ゴオオオオオ――と爆発する。


「魔法具は十全に使える訳だ」


 フィニスは剣に刻まれた結界を展開することで余波も耐えた。


 再び《爆発球》を召喚しながら男は彼女に問う。


「この空間では魔法具も使えないはずだ、何故……?」


「……流すべきエネルギーは元から充填されてる、ってだけかな」


 〈騎士天剣〉は、得意魔法の《物理循環ブラスト・サークル》のエネルギーを貯蔵することできるように〈絡繰師〉レネルスに作らせたフィニス専用の魔法具である。戦闘中に充填しながら戦うことが前提として作られており、用途から込められている魔法は広域殲滅魔法ばかりなので長期戦には向いていない。


 魔法無効化空間でも使えるとは製作者であるレネルスも知らなかっただろうが。


「そういうことでいつも通り行かせてもらうから」


 刻まれている《飛行》を起動して地面を滑るように接近する。緻密なステップを踏み、迫りくる真球を軽々と避ける。


「《斬》!」


「《爆炎球》」


 刃は直径一メートルほどの球体に阻まれる。先程の爆弾とは違い、触れても爆発しなかった。


 弾かれたというよりも吸収された感じだった。


 返す刃で突きを繰り出すが弾力に弾き返された。柔らかく、魔法を吸収する性質がある。


「さっきよりも大きくなってる……」


「ご名答、この爆弾は吸収しただけ威力が増す!」


 巨大な球体が迫って来る。剣の攻撃が意味を為さない以上、他の方法でどうにかするしかない。


 剣と同じく特別仕様の左義腕を突き出す。迫りくる柔らかな球体に捻じ込んだ。


 指が内部まで突き抜けると球体は緋色に発光した。予兆の光だった。《爆発球》とは比較にならない威力の爆発が襲い掛かる、が。


「――危ないねぇ」


 義腕でもって爆発を無理矢理押さえつけることで凌いだ。


「……流石は〈英雄〉ってところか。魔法を使わなくてもここまでやるか」


 しかし、想定されていない衝撃には代わりなく義腕は崩れかけていた。指は半ばの部分で朽ちる。精々剣を握るのがやっとか。


 フィニスは剣を無窮の空へ投げると薄く笑った。


「けど、剣が握れれば十分――《武装変形》!」


 回転する剣の構造のスリットから青い光が漏れ、パーツの接続が解除され稼働を始める。剣身と持ち手が二倍の長さに拡張され長剣と化し、片刃は細かく分かれて横に倒れる。内部から噴射口が飛び出し、青い炎を吐き出した。


 ――〈騎士天剣〉〈解放形態〉。


 フィニスは落ちてくる大剣を掴んだ勢いそのまま〈爆弾魔〉に突っ込んだ。ジェット口から炎が噴き出し、驚異的な速さを叩き出す。


「《爆炎球》!」


「甘い!」


 刃を返すことでその場で急転換、球を迂回して〈爆弾魔〉を斬り裂いた。鮮血が舞う――ブースターはさらに火を噴き〈爆弾魔〉を追撃せんと暴れる。


「《物理推進剣斬》!」


「《爆発臨界》!」


 茜色の真球の数百、数千が虚無の世界を埋め尽くした。


「消えて亡くなれ〈英雄〉……!」


 〈爆弾魔〉の声に呼応して真球が一斉にフィニスに向かう。標的までの道は瞬く間に爆弾で埋め尽くされる。


 だが、それよりも速くフィニスは駆け抜ける――青き炎が直線を為した。最後の咆哮を吐き出す。


「はああああああああああ!!!」


 渾身の力を込め、防御のために構えた腕ごと〈爆弾魔〉を斬り裂いた。


 使用者の制御を失った爆弾はフィナーレとでも言うように爆炎を湛えた橙の柱を作り上げた。ピキッ――と無の空間に亀裂が走る。崩れ行く世界を見守っていると、フィニスの下に銀色のカードが降ってきた。


「このカードって……」


 先程〈爆弾魔〉が取り出したものだ。空間を作る魔道具か。


 最後に空間が粉微塵に分解されると、フィニスは中央通りの街並みに戻っていた。目の前には両腕から大量の血を流す男が倒れている。


 レリミアとレネルスは既に移動を開始しており、そこにはいない。彼女らの後を追おうと歩を進めると血液による義足が折れた。


「……もう、限界か。血が足りな、い……」


 限界だった。家屋の外壁に背中を預けると二度と目覚めることはないであろう睡魔が襲ってくる。もはや抗う気力はなかった。


「――もう眠ろう」


 街の鐘が鳴る――。


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