19.VS人斬り 延長線
◎
レリミアが寮から転移したことにより《遮断結界》が解除され、状況は外界へ接続された。遠くからサイレンの音が聞こえてくる。学園側が火災を確認したのだ。
建物は半分が炎に包まれており、後数分で全焼するかどうか。
その中で二人の男女相対す。
灼熱の中でも変わらない外套を纏う〈人斬り〉は何かに取り憑かれたような淀んだ瞳を浮かべた。
「……〈英雄〉はどこだ」
「ここにはいない」
「ならば出せ」
「ここにはいない」
「出せ」
「諦めなさい」エリは〈白騎士剣〉を鞘から抜いて構えた。「彼女はここにいないし、ここに来ることもない」
入口を支える柱の一つが朽ち果て、倒れたことで入口は塞がった。衝撃で火花が散って絨毯に燃え移った。呼吸さえも苦しくなってきた。
男は静かな声音で言った。
「お前とはもう戦った。死んでいなかったのは意外だが底は知れている」
「そう、ね……だけど、以前とは違う」
「ならば再びその自信ごとお前を切り捨てよう」
〈人斬り〉は外套を翻し、黒剣を抜いてエリに斬りかかる。
「《閃剣》」
目にも止まらぬ高速の十字斬撃が放たれる。
エリは身を固くして耐えたが、続けて間断なく攻撃が繰り出された。
「〈魔剣輪舞〉……!」
白き剣は輝き、魔法的エネルギーを纏う。威力と射程が拡張され、一気に反撃に転じた。
通常の剣よりも間合いを取る〈魔剣輪舞〉は一方的な攻勢を作ることができる。しかし、〈人斬り〉に見せるのは二回目である。剣に関しては一流である男は看破していた。
「《七色虹道》」
エリの剣戟は加速する。虹を伴い剣はさらに伸び、刃を振る度に学園寮が揺らめく。
男は絶妙な位置取りでいなし、かわす。前回同様、攻撃を通すことができなかった。
「――変わっていないぞ!」
「くッ……!」
間隙を突いた一閃がエリの肩を掠めた。
痛みに表情を歪ませながら、彼女は階段を上る。刹那、《閃剣》が階段をバラバラにした。少しでも遅れていたら足はなかっただろう。
そのまま三階まで上がる。火の手はまだ迫っていないが下階が崩れれば倒壊するため危険であることは変わりない。廊下の半ばで足を止めた。
真っ直ぐの一本道。逃げることはできない。
「決着をつけましょう」
静かな宣言を、遅れて現れた〈人斬り〉は嘲笑する。
「聞き飽きた台詞だ、そう言った奴はすぐに死んだ。本当にできるのなら言葉にする必要はない」
「言葉にするのは叶えたいから……何としても生き残るという覚悟よ」
「ならば見せてくれ、その覚悟とやらを」
極限まで虹色が収束した剣を地面を擦って振り上げた。虹色の剣閃が地面を抉りながら〈人斬り〉目掛けて飛んで行く。
〈人斬り〉は同時に飛び出していた。自ら斬撃に突っ込むような挙動を見せるが、寸前で身を捻じってかわすとそのまま間合いまで駆ける。神業である。
床に亀裂が走った。
「……――ッ!?」
強く踏み込んだ瞬間、ゴオオオオォォォ――と床が崩れ炎が噴き出した。先程の虹の一閃によりほとんど崩壊していたのだ。
エリと〈人斬り〉の合間に三メートルほどの穴が開いた。見下ろせば既に二階にも燃え広がっていることがわかる。三階に広がるまで数分と言ったところか。
少女は気を見逃さんとばかりに熱された息を吸った。
「――《七色虹道》!」
後方へ退避する〈人斬り〉に容赦なく、射程が拡張した刺突を繰り出す。光の柱は数百メートルにも至り男の腹部を薙いだ。
「ぐあぁッ!!!」
「はぁああああああ――《霊下氷結》……!」
さらに右足を基点発動した氷系上級魔法は、炎上している館でもパワフルに氷塊を生み出す。男の身体は天井を撃ち抜いて上空に吹っ飛ばされた。すぐにエリは垂直に突き立った氷の柱の表面を駆けていく。
――二人の武人は月に重なった。
空中を跳躍しながら、エリは剣を鞘におさめる。
「あなたの術式は〈対象の射程を影として視認する〉ことです」
間合いを完全に把握しているため攻撃を見切るのは容易だ。隙を突いたカウンターを狙うことができ、白兵戦においては最強クラスの術式。但し、〈人斬り〉以上の速さのフィニスのような手合いには皆目通用しない。
「影が見えなければ、あなたに攻撃を当てるのは簡単なこと」
そう――影が炎にまみれてしまえば。
〈人斬り〉も空中ながら体勢を立て直し、剣を構えた。黒剣の刃が赤黒い輝きに覆われる。
「俺は剣士だ。魔法の才能はないが、剣でだけは絶対に負けられんッ!」
「ならば、私の勝ちです――〈魔剣輪舞〉奥義《天剣》!」
鞘から火花を散らして抜剣された〈白騎士剣〉から目を刺す輝煌が溢れる。神速の居合抜きが黒き刃と激突する。
煌めきと暗黒の交差は一瞬だった。
両者共に胴体に深き傷が刻まれ、血飛沫が雨のように降り注いだ。彼らは受け身も取れずに館へ墜落した。より一層の火の粉を撒き散らす。倒壊は始まっていた。
エリの荒い呼吸音は炎上に飲み込まれる。意識が朦朧とする中、剣を強く握って立ち上がった。
「まだ…………まだ……終わってない」
炎の中から這い出てくる〈人斬り〉も同様に満身創痍だった。
「来いよ……」
「言われなくても」
覚悟という燃料を注いで軋んだ身体を動かす。血液すらも蒸発する地獄は剣士の墓場のようだった。
彼女は最早レリミアのために動いてはいなかった。
彼は剣士としての意地のために剣を握っていなかった。
ただ、勝つために――目の前の剣士に負けないために剣を振るう。
「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」
二つの咆哮が重なった瞬間、館は完全に倒壊した。