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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
王女が明日を生きるためだけの国家戦争
50/170

18.凄惨なるシナリオ

 

 ◎


 


「ぅんん……あー……あ?」


 目の前には見慣れない景色が待っていた。


 四方が天蓋に囲われたそこはとても柔らかな感触に包まれていた。フィニスは覚えのないリラックス感を疑問に持ちつつ、徐々に意識を覚ましていく。


 ――ベッド?


 起き上がろうと力を入れるも手足が思うように動かなかった。


 何やら四肢は鎖に繋がれているようで、身動きの取れないようになっていた。更に、彼女の似非軍服の胸元が開いていた。妙なリラックス感の正体は胸部がきつくなかったからかもしれない。


「どうしてこんな……」


 フィニスから見て右側に扉が、左側に窓がある。但し、カーテンで閉め切られており僅かしか月光は入ってこない。薄暗い光の中、辺りを見回す。貴族の邸宅であることは並んでいる家具から察せられるがどこか雑多で倉庫のような印象を受けた。あまり使われない部屋だろうか。


 その時、部屋唯一の扉が乱暴に開け放たれた。


 現れた青年はいかにも金持ちそうな派手な男だった。全てが自分の思い通りになる、と言わんばかりしたり顔でフィニスを見下ろした。


「ようやく起きたか」


「あなたが私を捕まえたの?」


 フィニスは平然とした態度で問い掛けた。


「そうだ」


「どうして?」


「どうして、だと……!?」


 純粋無垢なはずの質問は地雷だった。青年のこめかみに青い線が浮き上がる。


「貴様が……ッ」


「私?」


「貴様が全て悪いんだ。あろうことかこの俺を邪魔者扱いし、こっ、こっ、この顔に傷を付けたのだぞ!? おい! 聞いているのか!?」


 彼がそう尋ねたのはフィニスに全く心当たりがなく、若干引き気味で話を聞いていたからだった。


「え、誰……?」


「忘れている、だと……許されん、許されんぞッ!」


 情緒不安定気味に叫び出した青年を冷たい瞳で見ていたフィニスに突如天啓が下った。「――あ、初日かよ」


 〈フレイザー〉に来た当日、路上に馬車を停めた迷惑な人間がいたことを朧気ながら思い出した。フィニスの世間知らずが起こした事件である。ナンパだと思って強引に追い払ったのだ。恨まれるに足る理由ではあるが、正しさとはかけ離れた行為であることは自明だった。


 確か名前はカルディオラ・ロガネリアだったか。


 権力を盾にした横暴を気に食わなかった彼女は感情そのまま言葉にした。


「逆恨みにも程がある。悪いのはあなただ」


「なんっ……そうかっ、そういう態度を取るのか! あの時のことを謝罪をするというなら俺の妾にしてやろうと思ったがッ、それならば、身体に刻み込んでやる。貴様が俺のものだということをなッ!」


「やれるものなら」


 ――《物理循環ブラスト・サークル》。


 強気に答え、得意の魔法を発揮する。エネルギーを集約して鎖を粉砕する――ことは叶わなかった。


「え……何で……」


 ここでようやくフィニスの頭の中で困惑が渦巻いた。


 再び《物理循環》を発動するが術式自体が発動せず、エネルギーはエネルギーのままそこにあり続ける。術式消滅の起点は四肢を拘束する鎖らしい。


 フィニスの驚きの反応に満足したカルディオラは言った。


「この鎖は〈緊縛鎖牢〉と言う四肢を繋いだ者の魔法を無効にする魔道具だ。抵抗しても無駄だぞ」


「…………」


 フィニスの表情はみるみるうちに青くなった。いっそ病的なほどに。


 自他共に認める最高クラスの魔法《物理循環ブラスト・サークル》が使えない状態の彼女は最早普通の少女以下だ。筋肉のついていない貧弱な身体、男性を魅了するためだけの肢体。そんな感じである。


 歯がカチカチ、となっていた。


「ははっ」カルディオラはフィニスを見て笑った。「その顔が見たかったんだ!」


 震えは全身を支配する。鎖の掠れる音がしっかりと聞き取れる。


 彼女の最強たるゆえんが封殺されたことによる精神ダメージは計り知れない。彼女の変化は急速なものだった。


「安心しろ、痛みは一瞬だ」


 言って、カルディオラはベッドにのし上がる。膝立ちでフィニスに跨ろうとする。


 これ以上、これ以下もない下種な視線がフィニスを貫いた。ピエロのような狂気的な笑みが影を作って何もかもを散らそうと煽ってくる。


「ひゃっ、ははは! いいッ! その表情だ! その顔が恐怖に染まるまで俺は君を――」


 バキッ――金属の破裂音が鳴った瞬間、カルディオラの顔面に膝蹴りが叩き込まれた。彼は家具に頭から突っ込んで、だらんと動かなくなる。


「――……鎖を破壊しても手錠を外さないと使えない訳ね」


 自由になった足をぷらぷらさせる。


 フィニスは鎖を力で引き千切っていた。


 とはいえ彼女自身にそんな膂力はない、あくまでも魔法。


「体外に干渉するものは使えないけど、内部なら十全に使えるみたいね」


 体内で常時発動している《物理循環ブラスト・サークル》を体温のエネルギーを吸収して変換することで蹴りを加速して鎖の破壊に繋げた。震えは恐怖ではなく、寒さによるもの。体内に内包して、安全に


 取り出せるエネルギーはそれしかなかった。


 再び《物理循環ブラスト・サークル》で熱を変換して、左手の拘束を破壊する。義手を使えば右腕の拘束も容易に千切れる。


 右の腕輪もぐしゃぐしゃ、に潰して捻切る。


 手錠を外すことに意識を傾けたフィニスは一瞬気づくのが遅れた。起き上がったカルディオラが壁に掛けられていた飾りの斧を両手に握り、振り上げていたことに。


「――……ッ!!!!!!」


 間に合わなかった。


 グチャァ――といった生々しく奇怪な音がした。


 糸屑のようにひしゃげた錠が遅れて床に落下する。


 そして、表現し難い想像を絶する悲鳴が部屋に充満した。同様に想像を絶する量の鮮血が舞った。


 膝から先は赤く染まった絨毯に無造作に横たわる――赤色はみるみるうちに染み込んでいく。


 

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