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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
少女が明日を生きるためだけの最終決戦
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4.美少女が強いのは相場

 

 ◎


 


 〈ギルド〉は〈北青都市〉の比較的入口に近い城壁に面したところに建っていた。お世辞にも綺麗とは言い難い昔日の建築である。木造の壁面はところどころ剥がれており、窓の建付けが悪く風が吹くたびにガラガラと音を鳴らす。


 そして、外からでも聞こえる屈強そうな男達の叫び声。狂喜の賛歌でも歌っているのだろうか。


 少女、幼女二人――と幽霊の女神が入るにはハードルが高すぎる領域であった。特に子供の情操教育に悪そうだ。


「ユウラ、シエスはここで待ってて」


「大丈夫なの? 怖い人いない?」


 ユウラが心配そうな声を出すが、微笑み笑顔で頭を撫でて安心させようと試みる。


「よしっ……すぐに戻って来るからね」


 田舎暮らしが功を奏して雰囲気を読み取る能力が退化したフィニスエアルは両手で観音開きを押し広げる。


 ギルド内は喧噪に包まれておりフィニスの来訪に気づいたものは少ない。


 薄暗い空間は一種のアンティーク感を醸し出しているが、それは見た目だけ。正面右側は酒場となっておりムキムキの男達が酒盛りをしており、よくわからないことで笑い声をあげていた。


 しばらく見渡すが同性がいる様子はない。


 強くなければ入れない――宿屋の心優しきおばさまの言葉を思い出した。ただ強さだけを求めたいかつき男のみが部屋を埋め尽くしている。だが、女がゼロという訳ではない。聞き込みによると一人はいるらしいが今回は拝むことができなかった。


 全体の様子を窺った後、奥の受付まで赴く。


 台の前に立っていたのは女、それもフィニスと同じくらいの年頃の少女であった。茶髪を後ろで纏め、事務員らしいかっちりとした服装を着こなす〈ギルド〉の紅一点といったところか。


 彼女は愛想を振り撒きながら案内する。


「この度はどんな御用で? 依頼でしょうか?」


「実は、ギルドメンバーになりに来たんですけどここでいいんですよね?」


「え!? ……メンバーに?」


 冗談ですよね――と目が言っていた。


 なので器用に、冗談じゃないよ――と目で言い返した。


 そのやり取りで世も知れぬ空気でも発生したのか、ギルドの注意が受付へと向く。男達の酒の手が止まり、武器を磨く手も止まり、会話も閑散としたものになる。


 そこで、目力の会話をしていたフィニスに向けて詰め寄る男がいた。


「嬢ちゃんみたいな非力なのには〈ギルド〉の仕事はできねえよ。諦めな」


「そうじゃぞ……ここは騎士に成れなかった者の末路だからのぉ……やめときなさい」


「この傷を見ろ……これはネズミに転ばされてできたもので――」


 次々と反対の声が届いてくるが当の少女は不思議そうに首を傾げる。


「ん? 魔法が使えれば入れるんじゃ……」


「魔法なんてこの国にいるやつ全員使えるよ。そして、ギルドのメンバーになるために必要な攻勢魔法は騎士学校に行かなきゃ学べない。服装からしてあんたは旅人。せいぜい素人に毛が生えた程度の魔法だろ。で、その戦いには不便そうな身体……特に、特に……特にッ!?」


 奴の視線は白の軍服を内側からあれするあれに釘付けになる。


「どこ見て言ってんのっ」とフィニスがわざとらしく肩を抱くと男は若干気まずそうに汗を流すが、ごほんと咳払いして続ける。


「――とにかく、そういうやつは無理だ。とっとと帰りな」


「ご忠告ありがとうございます。でも、大丈夫な魔法使いですから」


 一礼すると再び受付嬢にメンバー登録を掛け合う少女。


 ピキッ、とムキムキ男の額の血管が浮き出て蚯蚓のように蠢いた。フィニスの左肩を引き、無理矢理に顔を突き合わせる――。


 寸前、男の腕は細腕に弾かれた。


 フィニスが先読みしたが如く、後ろも見ずに振り払ったのだ。『私が教えたんだけどね』と女神がのたまっても男には聞こえるはずもなく。


 本気じゃなかったとはいえ、筋肉なんてあってないような白い手の威力に圧されたことは男には耐え難いものがあった。プライドが許さず、思わず拳を握る力が入る。


「あ、ダメです!」


 受付の少女の静止の声を上げるがそれは後の祭り。


 振り下ろされた拳を止めることはできない。フィニスの後頭部にとんでもない威力の拳骨が叩き込まれる。


 小さく息が漏らす。


「あんまり使いたくはないけど――〈ベクトル・マジック〉」


 告げながら金眼を光らせ腰を軽く落とした。そして、右肘に全神経を集中させる。


「このおおおおお!!!」


 咆哮を背中で聞いたフィニスは思い切り後方に右肘を突き出す。


 奴の拳は届いていない――が、奴の腹には肘がめり込んだ。


 男は「……あっ、がぁああ……」と悲鳴にならない呻き声をあげてその場にうずくまった。


 やはり、それでもフィニスは振り返ることはなかったがとどめとばかりに言いのける。


「さっき大丈夫な魔法使いって言ったよね?」


 


 〈ベクトル・マジック〉――。


 世界に存在し得る魔法体系の一つ。


 大まかに言えばエネルギーを操作することに特化した魔法。


 先程は、頭に直撃するはずの拳からエネルギーを失わせ、速度を殺し、呼応するようにフィニスの男の脇腹に放つ右肘の一撃の威力が高まったのだ。


 エネルギーの強制支配循環。フィニスはこの技を《物理循環ブラスト・サークル》と呼ぶ。


 


 まさかのジャイアントキリングに酒場は湧いたが、倒された野郎と受付のお嬢さんは唖然とする。男の言った通り現在の〈神覇王国〉の法律で攻勢魔法は騎士学校でしか学べないことになっている。年齢的に言えば丁度フィニスくらいが学んでいるところなのだ。


 それを野良の少女が――と思考を巡らせる前に。


「ギルドメンバーになりに来たんですけど」


「あ、はい……じゃあ、メンバーカードを作りますのでこの書類に事項を書き込んでください……」


「うん、ありがとね」


 己の一〇〇倍の愛想笑いを向けられ「へ」と受付の少女は見惚れて動きを停止する。口を開けたまま、書類が記入されるまで微動だにしなかった。これに関しては街頭インタビューしたときも同じような現象が起こった。そのことについて幽霊はこう供述している。


『流石ね、私の血を受け継いでるだけはあるわ!』と。


 受付横のスペースですらすら書類を書き上げる。外には待っている人がいるのだ。待っている双子の幼女姉妹がいるのだ。


 とある項目でフィニスの手の動きが止まった。


「……得意魔法って……?」


『あなたは王国民とは魔法体系自体が違うみたいね。変なこと書かないでよ?』


「書かないから!」


「……えっと、何か?」突然奇声を上げたフィニスに顔を引きつらせながら受付少女が尋ねてくるのはお約束か。「な、何でもないっ」と言ってウェヌスを睨むがどこ吹く風でギルド内を見回している。


 騒ぎは落ち着いて酒盛りが再開され、十把一絡げに倒された筋肉男も介抱されながら酒を煽っていた。あの立ち合いで文句ありげな奴は皆口を閉じ、納得したようだ。


 得意魔法の欄には〈風魔法〉と記し、提出した。


 フィニスは気づくのが遅れたが、受付嬢のそれなりにそれなりの胸の部分にネームプレートがかかっていた。


「エルラシア……可愛い名前だね」


「は、はい、どうも……フィニスエアルさんも良い名前かと……」


「私のことはフィニスでいいよ」


「は、はぁ、わかりました。では、これがメンバー証です」


 掌サイズの長方形……カードが渡された。表面には名が刻まれている。どうやら内部にチップが埋まっており、そこから情報を読みとって個人の判別を行うようだ。読み取りにも専用の道具が必要なので個人情報漏洩の危険性は少ないらしい。


 そして、名前の隣には〈RANK C〉とある。


 どことなく高そうな印象Cだが金を稼ぐだけにしか使わないと思っているので言及せずに話を進めた。


「銀貨二枚稼ぐ仕事ないかな? エルラ」


「え、エルラ……私のことはエルでいいです……銀貨二枚ですか? 初めてのご利用ということで説明させていただきますがCランクのメンバーは一つの仕事で大体銀貨三〇枚ほど稼ぐことができます」


「そんなに!? じゃあすぐできる仕事でも結構な量を……」


「すぐ、ですか……なら……フィニスさんは相当な使い手みたいなのでこれなんかどうですか? 銀貨五枚の依頼です」


「どれどれ……」


 示された依頼書には〈遺跡調査〉と印刷されている。


 この都市からおよそ〈東紫都市〉のある方向に進むと数千年の歴史があると思われる古代遺跡があるという。中に所謂ところの魔物という怪物が出入りしているという情報があり、民の不安の声があるということでギルドで対応することになったようだ。行くだけなら徒歩で一時間、内部調査にさらに数時間かかるとしても今日中に終わらすことができそうだ。


「調査って何するの? その怪物を全部倒せばいいの?」


「必要ならそうしてください。歴史的遺物があればそれも回収して欲しいです。要は物品からその遺跡に価値があるかを確かめる感じですかね」


「意外と簡単じゃん」


「油断しないでください! そういう人がいつも怪我をして帰って来るんですから! いいですね!」


「わ、わかった」


 前向きに検討するということで依頼内容を聞いていると、またしても酒場に沈黙が走った。


 また女の子がメンバーに入ろうとしているのか、と思いながらフィニスは振り返る。


「って、女の子じゃん……」


 凛とした出で立ちの少女が入口で手を組み、すべての視線を容易く受け止めていた。それでも足りないとばかりに彼女は自信あふれた笑みを浮かべている。


 大剣を布で巻いて背中に背負っていることから、この女が〈ギルド〉唯一の女ということい当たりがつく。頭の高い位置で髪を結んでいるというのに床に付きそうな藍髪を揺らして受付台目掛けて歩いてくる。右腕全体、胸部、左前腕に纏われた薄いフォルムの銀の鎧が金鳴り音を出す。


「おっ?」


 彼女は受付嬢の隣に金髪少女フィニスエアルがいることに気がついた。


 値踏みするような視線を向けるのも束の間、さらに嬉しそうな笑みを受けべるではないか。早速受付嬢に尋ねた。


「ねぇねぇ、エルちゃん? この可愛い子ちゃんは?」


「こんにちはハウシアさん。彼女は今日、メンバーになった方です……」


「へぇ、初めての私以外の女の子じゃん」


 フィニスと同じくらいの、女子としては長身のハウシアは悪戯な笑顔を見せてくる。


「フィニスちゃん? すごく可愛いね。その金髪……触っていいかな? じゃなかった、私、ハウシア、よろしくっ!」


「う、うん、よろしくね」と笑顔で返すもののパワフルな押しに若干戸惑う。


 挨拶も早々、ハウシアは受付のエルラシアに質問を投げる。


「今、何話してた?」


「依頼の説明をしていたところです」


「えっと、遺跡調査、ねぇ……うん、やめよっか。フィニスちゃんはこれから私と一緒に〈神獣〉を倒しに行くのだ!」


「えええええ!? ちょ、ちょっと待ってください!」


「フィニスちゃんも良いよね?」


 ふむ、とフィニスは唸り空の只中の女神にさりげなく視線を向けると、軽い頷きが返って来る。道中にも〈神獣〉を倒してきた。誘いに乗っても身の危険はない。


「いいよ」


「フィニスさんもそっち側なんですか!?」


「エルちゃん…………私も傷つくことはあるんだよ? だんだん容赦がなくなってる」


「ちなみにどれくらいお金をもらえるの? 銀貨二枚は欲しいんだけど」


 衣食住は死活問題、三人まとめて一部屋というのも実にお粗末な話である。


 ともかく、人類より遥かに上位の生命体の討伐だ。それなりの報酬はあるはずだ。


 ハウシアがさらっと答えた。


「二分割して……金貨で一〇枚くらいかな」


「き、金貨って銀貨何枚分?」


「そんなのも知らないの? 箱入り娘? すごく可愛いじゃない」


「じゃなくて……」


「金貨は銀貨一〇枚だよ。つまり銀貨一〇〇枚ね」


「宿に五〇日泊まれる!? 行く絶対絶対行く!」


「さっき危ないことしたらダメって言いましたよ、フィニスさん!?」


 顔を真っ赤にしてカンカンしているエルラシアは早口に言った。


「ハウシアさんは〈RANK S〉の超超超強い人だから〈神獣〉と戦えるのであって、普通は無理なんですよ? フィニスさんそれなりに戦えるでしょうけどハウシアさん依頼はどれも絶望的な難易度を誇っているんです! 勿論知りませんよね?」


 どうせ知らないんだろ、と言わんばかりの言い草だがそれは事実。フィニスエアルは〈神獣〉はたまに出るモンスター程度としか思っていなかった。


 諫めるようにハウシアがエルラシアの肩に手を乗せながら。


「まぁまぁ、私がいれば安全だからさ。ね?」


「ね? じゃありません!」


「やるよ……私! こんなチャンスきっと今しかないから!」


 警告を無視してしまった――という申し訳ない思いも抱きつつ、力強く宣言したフィニス。大立ち回りをしたか如く酒場は大いに盛り上がる。


 本人はたくさん金が欲しいだけというのが振り切れないが。


「よっしゃー!」と喜びの声をあげる藍髪の少女。


「フィニスさん……フィニスさん、やっぱりあなたもそっち側なんですね……!」と絶望、もしくは呆れ顔のエルラシア。


 それでも自信満々に答える。


「大丈夫な魔法使いですから、私」


 という訳で善は急げということですぐに準備を開始する。


 この場合、一番先にやっておかなければならないことは――。


 虚ろな目をして遠くを眺める受付嬢の目の前に双子姉妹を連れていく。エルラシアは茫然とした。なんて奴だ、と。


「仕事行ってる間、この子達を守っていてくれないかな。こっちがユウラ、こっちがシエス」


「は、はぁ……それくらいなら」


「お、お姉ちゃん、あの人達怖い!」


 ユウラの指の先には狂気の沙汰の邪悪な笑顔(ユウラ視点)を浮かべるムキムキの男共が跋扈している。可愛い子どもを愛でたい気持ちが溢れすぎて見るに堪えない気色悪さが滲み出ていた。


 ドロップアウトした流れ者が多いギルドメンバーは子供に縁がなかったのだろう。悪気は一切ないのだ。部屋の雰囲気と酒の匂いがそうさせるだけなのだ。


「大丈夫だよ」


「ほ、本当ですか? ひゃっひゃっひゃっ、とか言って……」


「それは発作みたいなものだからいつも通りなの」とシエスに堂々と嘘を吐いて丸め込んだ。「いざとなればエルラが守ってくれるから! ほらエルラお姉さんだよ」


「エルお姉ちゃん?」「エルお姉さん?」


「かっ――!?」


 双子の無垢な瞳に撃ち抜かれたエルラシアはお姉さんであることを即座に認めた。それはもうゆるゆるの笑顔であったという。健全なお姉さんが誕生の瞬間だった。


 双子姉妹と、両手を占領されたエルラシアの見送りを経てハウシアと共に街に繰り出す。


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