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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
王女が明日を生きるためだけの国家戦争
47/170

15.護衛達の宣誓

 

 ◎


 


 カタカタ、と馬車が揺れた。


 私は窓から外を覗き込んで、人々の声に耳を傾ける。活気づいた声が幾つも聞こえてきた。


 数時間後に始まる建国祭における挨拶――王からの開祭の宣言を楽しみに待っている様子だった。ここまでの規模の催しは隣国を当たってもそうはないだろう。それだけ注目されており、こうして私も招待されている。


 遠くから見ただけでも楽し気なイベントだが、今回に関しては私は素直に楽しむことはできない。


 ――暗殺が行われるから。


 期間中、私は王国が用意した館に滞在しなければならない。魔法的結界は掛けられている。だが、学園の寮程ではない。方法さえ知っていれば容易く出し抜けるレベルだ。


 襲撃のタイミングは幾らでも考えられる。故に、常に警戒しなければならない。一つの対策として寮を出ていく時から、私は魔法具を身に着けている。


「……エリ、本当に大丈夫なの?」


 私は正面に座る護衛の少女を見遣る。


「大丈夫です。治癒魔法は完璧でした、腕も問題なく動かせます」


「それはそうだろうけど……」


 先日、彼女は腕を一本斬られた姿で戻ってきた。心臓もぐちゃぐちゃに縫合されており瀕死の状態だったので私が治療したのだ。治癒魔法も当然極めている。後遺症も残らず完治したものの、今思えば戦わせるために治したようなものだった。


 彼女はこれから、あの時よりも苛烈な戦に飛び込むのだ。心配しない訳がない。


 なんて言っても、きっとエリには伝わらないのだろう。


 そして、エリの隣に座る少女――フィニスさんも。


 エリを抱えて帰ってきた彼女は胸を抑えて苦しみ始めたのだ。いつも余裕そうな表情は苦悶に染まり、まるで死にそうな状態だった。その時の彼女に治癒魔法を掛けたが解決することはなかった。そもそも治癒魔法が無意味、という始末である。


 どちらにしろ、限界なのではないかと私は考えていた。


 ――きっと私も戦うことになる。直感的にそう思った。


 


 王城の膝元、貴族街の一角に来客用の館が私にあてがわれている。〈インぺリア〉の大使館みたいなものだ。ここで一旦着替えてから王城へ向かう。


 迎えのメイドが頭を下げる中を進み、私達は館に足を入れた。


 広間には村娘のような服を纏った眼鏡の少女が先に来ていた。


「レリミア様、お待ちしておりました」


「あなたは……」


「レネルスじゃん」


 フィニスさんが驚いた風に言った。


「どうしてここにいるの?」


「どうしてもこうしてもありません。居ても立っても居られなかったんですよ。何かできることがないかと飛んできました」


「偉いねぇ」


 頭を撫でると、煩わしそうに手を振り、レネルスは私に向き直る。


「私にできることは少ないかもしれませんが、できることがあればなんなりと。魔法道具に関しては色々できますから……」


「なら、力を借りようかしら」


「はいっ」


 早朝、エリに渡された魔法具を彼女に預けた。どうやら彼女は腕利きの〈絡繰師〉らしい。


 その間に私は正装に着替える。メイドに促されるままドレスに袖を通した。


 ドレスと言われて思い出したことがあった。


 護衛としてエリとフィニスさんも王城に来る。彼女らはどんな服装で私の後ろを歩くのだろうか。エリならドレスなんて着ないだろうが、フィニスさんはわからない。彼女も騎士服を纏うのだろうか?


「あの、フィニスさん……気をつけなさいよ?」


「何が?」


「…………」


 まぁ、良い。今回はエリが何とかしてくれるだろう。


 コンサートの時は服装だけだったが、今回は公の場なので化粧も入念に行われる。鏡の前で人形のように微動だにせず待つことおよそ一時間、ようやく王城に行く準備が整った。


 エントランスに出ると、エリ達が言葉を交わす姿が映る。


「……それ本当に大丈夫なの?」


「最終手段です。今現在の実力では……」


 深刻そうな口振りだが、詳しい内容まで聞こえてこない。


「あなた達、そろそろ行くのだけど」


 そう、声を掛けるとフィニスさんがおぉ、と息を漏らす。


「凄くお姫様っぽい」


「そうでなきゃ困るわ。本物のお姫様だもの」


 フィニスさんが纏うのは先週、夜に寮に来た時と同じものだ。白色の軍服にスカートを合わせたような奇抜もの。一見、相反する組み合わせだが、不自然さがないように計算して作られている。背中に魔法陣が刺繍されているが魔法的効果はない。ただのデザインみたいだ。


 エリは〈インぺリア〉に伝わる戦闘装束。それも王女護衛だけが持てるという言われる白騎士の外套を纏っている。腰には剣が巻かれて、流石に様になっていた。


 改めて城に着いた後の予定を打ち合わせた後――。


「では、ご武運を」


 レネルスに見送られ、王城行きの馬車に乗り込んだ。


 


 門を潜り抜け、煌びやかな庭園を抜けると石造りの城が見えてくる。〈インぺリア〉だけでなく、他の国からも来賓があり、私も混ざるようにしてパーティーホールへ案内された。


 そこからは婦人、紳士達との挨拶が待っていた。


 彼ら彼女らは表情では穏やかだが、一度離れれば嘲笑を浮かべる。


 滅亡寸前の王国の姫という烙印のせいだ。貴族派閥は既に侵略の準備を整えているのかもしれない。


「お気になさらず」


「ありがとう、エリ」


 孤立無援だが、一人ではない。それがわかるから今は気にしていない。


 頃合いを見計らったように一人の男がやって来た。憐れむようなにやつきを湛える髭の生やした太った男。目を逸らしたくなるくらいに煌めく装飾に思わず嫌悪感が顔に出そうだった。


 私の前に立つと、貴族は慇懃に頭を垂れた。


「これはこれは〈インぺリア〉の姫君、ご機嫌麗しゅうお過ごしでございますか」


「えぇ、御機嫌よう」


 わざとらしい丁寧な挨拶は胡散臭さ満々だった。


「レリミア様、建国祭、是非とも楽しんでくださいませ。それとあなた方の滞在する宿には期待していてください、よりを掛けたおもてなしを準備していますので」


 ひっひっひっ、と息を漏らすと貴族は他の貴族の下に合流して人混みに消えていった。


 正直、ここまで露骨な行動に出るとは思わなかった。


 エリが耳元で囁く。


「あの男が貴族派閥を率いる者……バルバ・ロガネリアです」


「宣戦布告のつもりかしら……」


 それとも勝者の余裕? どちらにしろ嘗められていることには変わりない。


 憤りが沸き上がるが、同時にあの男の鼻を明かしてやりたいと思った。


「エリ、フィニスさん」


「はい」


「うん?」


「あなた達が勝ちなさい」


 二人の護衛は互いを見合わせた。そして、私を見詰める。


「「かしこまりました」」


 息を合わせてそう言うのだった。




 ◎


 


 国王からの国民への挨拶を城内で聞いていた。


 声明に国民の歓声が応え、建国祭が開幕する。始まりを告げる号砲が幾つも打ち鳴らされた。


 街の至る所に王国旗が飾られていたのはここに来るまでにうんざりするほど見かけた。誇張なく国民の大半がこの時を待っていたのだ。


 初日は楽団によるパレードが大通りを練り歩く。以前コンサートホールで聴いた楽団だ。


 国内の学園生対抗の魔法大会は二日目に午前から午後にかけて開催される。


 三日目は演目がないが、最終日ということで盛大な宴が催されるとか。


 そんな予定私には関係ない。暗殺されようという手前、いつもよりも時間が短く感じた。


 少なくとも城の中にいる間は暗殺されることはない。それでも、死のシミュレーションが重く圧し掛かってくる。


 


 何時間経っただろう。紅茶もまともに喉が通らず、すっかり冷めている。


「っ……」


 時間が経つ度に吐き気も激しくなる。心臓も止まってくれない。


 太陽は瞬く間に沈んでいった。パレード行進は折り返しを迎え、建国祭初日が終わろうとしていた。


「レリミア様、お顔色が……」


 エリが膝を折り、声を掛けてきた。それだけ酷い顔をしていたのだろう。精神はもっと醜いはずだ。


「ごめんなさい。けど、どうしてもね」


 気づくと、手が震えていた。自覚していなかっただけで相当滅入っているのか。指先だけが酷く冷たい。


 すると、フィニスさんが私の手を握ってきた。驚いたことに同じくらいの冷たさ。


「フィニスさん……」


「全然収まんないね」


「ごめなさい、どうしても心が揺れて」


 揺れて――世界が遠退いていくような錯覚してしまう。揺らぐ視界の酩酊感に立っていられなくなるのだ。


「あんまり強引な手は使いたくないんだけどね」


 言って、彼女は右眼のモノクルを少しずらして顔を近づけてきた。


「私のことだけ考えてたら、少しは落ち着くと思うから」


「……それは別の意味で落ち着かなくなりそうだけど……」


 彼女の慈愛に魅了された私は少しの間、心酔する。


 


 ――すっかり月が空に昇った頃、晩餐会を途中で抜けて、館行きの馬車に乗り込んだ。


 移動中、探知魔法を使ったが当然網に引っ掛かることはなかった。目的は学園の寮とは比べ物にはならない規模の館だった。やたら広い建物なため空間把握が難しく、侵入者にとっては有利な場となるだろう。


 自室に入るとすぐにドレスを脱ぎ捨てる。さっきから動きにくいことこの上なかった。


 あいにく持っている服は制服しかないので、この部屋では妙に浮いた服装になった。天蓋付きのベッドに腰を下ろしながら、頭の中で魔法陣を構築する。


 暗殺される、と知って色々考えたが私にできることはそれしかないように思えた。強い魔法を使って身を守る。我ながらシンプルな答えで、長く悩んでいたのが馬鹿みたいな結論だ。


「…………っ」


 術式もほとんど完成しているのに最後の詰めの部分が空白。まるで煙を掻き分けるような気分だった。


 エリは窓際に立って外を眺め、フィニスさん入口付近で壁に背を預けていた。二人とも欠伸一つもせずに警戒を巡らせていた。


 沈黙が悠久に思えた頃、大時計の短針と長針が頂点で重なった。


 遂には夜明けまでやって来る。


「……来なかったわね」


「えぇ、昨夜ではなかったよぅです」


「今日も続くのね。ちょっと……」


 一睡もできてないだけに集中力も体力も限界だった。


「悪いけど、ちょっと休んでもいいかしら?」


「はい、お気になさらず休息を取ってください」


「あなたも、フィニスさんも休んでよ。魔法大会の入り時間に起きなかったら揺すって頂戴」


 布団の上に横になると瞬く間に意識は深く没入した。


 


 


 広がるのは緑に溢れた田舎の風景――。


 幼い少女の夢を見た。


 八歳くらいの小さな少女が綺麗な金髪な女性に手を伸ばしていた。妙齢の女性も幼子に手を差し伸べている。


 だが、二人は触れられずに透き通ってしまう。少女は何度も触れようと試みるも空を切るばかり。女性は慈しむような目でそれを見守った。どうしようもないこと、と知っているような達観した仕草だった。


 すると少女はわんわん、と泣いてしまう。


 美女は彼女に寄り添うおうとするが、まるで幽霊のように触れることができず慰めることもできなかった。少女は泣いたまま、美女は悲しそうに見詰めるまま。


 ただそれだけの悲しい夢……。


 そこで目が覚めた。


「――……ん?」


 腕が重い、と視線を下げるとフィニスさんが私を枕にして寝ていた。可愛らしい寝息を立てて微睡んでいる。


 あの夢はもしかしたらフィニスさんのことかもしれない。夢が伝染するなんて考えられないが、フィニスさんなら何でもありだから。夢では顔がよく見えなかったので一概に言えないが金髪とか、雰囲気からして不思議と像に合っていた。


 こうしている今も窓際にエリは立っている。


「エリ、時間は?」


「午前の一〇時です」


 既に魔法大会は開幕しているが、一回戦辺りだろう。


 フィニスさんが起きないように腕を外してベッドから下り、着替えに衣装室に移動した。今日は魔法大会に顔を出すだけなので見栄えは気にしなくて良い。動きやすいドレスを選んだ。


「フィニスさんが起きたら行きましょう」


「かしこまりました。馬車を準備させます」


 一礼して、エリは玄関口に立つメイドに指示を出した。


 自室に戻りながら考える。昨晩は襲撃がなかった。建国祭は三日間、最終日はそのまま学園の寮に帰るので実質チャンスは二回。その内の一回はもう終わった。


 残りは今夜のみ。


「でも……本当に?」


 襲撃がなかったことが気掛かりだった。


 


 王国闘技場の来賓席にて各地の学園生徒の魔法戦闘を眺める。参加者は皆、相当に訓練を積んでいるようだが戦局はかなり偏っていた。試合としては詰まらないが〈ハーミタル学園〉が完勝気味だった。教育のレベルが違うのは明白。実質、二位を決める大会である。


 観戦中にも貴族派閥の者が何かしら干渉してくるかと思ったが、そういうこともなく、不気味なほどに平静が続く。


 予想通り一番は〈ハーミタル学園〉で終わり、代表として公爵家の一人娘セレノが壇上に立った。彼女は王家の者から賞状を受け取り、観客に手を振った。歓声が闘技場を包んだ。


 目敏くフィニスさんを発見し、こっちにも手を振っていた。


「帰りましょうか」


「はい」


「何もなかったね」


 私だけでなく、二人もこの間隙について不可解に思っているようだ。


 館に戻ってから少し食事して、部屋で待機する。昨日と全く同じでベッドに座りながら魔法術式を構築し続けた。私のでき得る最高の魔法は完成しつつあった。


 


 夜が更けても襲撃はなかった。ここに来てから二度目の朝日を見、建国祭は三日目に突入した。


 


 特段用事がなかったので街に繰り出すと、人混みは相変わらずだが初日、二日目と比べ少し活気は落ち着いていた。人々は心なしか名残惜しそうな雰囲気を纏っている。それでもやかましいことには変わりないが。


「結局、来なかったわね。学園に侵入する目途がたったのかしら……それとも疲弊させるのが目的……」


「単に隙がなかっただけかもしれません」


 エリの言う通り、二人の護衛の索敵は完璧だった。足を踏み入れれば最後、滅多切りに滅多刺しが待っていたことだろう。無理だ、と判断してもおかしくはない。おかしくはないが。


「諦めたって訳じゃないでしょ?」


「そうね……昨日今日じゃなかった理由があるのは確実ね」


「まだまだ続きそうね」とフィニスさんは一番聞きたくない台詞を口にした。


 裏腹にこの国の国民はとても幸福そうだった。


 


 夕方になる頃には帰りの馬車に乗り込み、揺られること数時間、何事もなく学園の寮まで辿り着いた。


 この日も、エリとフィニスさんの警戒の中で夜を過ごしたが襲撃はなかった。結界が機能しているなら暗殺者がここまで辿り着ける訳はない。以前のように過ごすだけ。


 根本的な解決はしていない。夜眠れるという安心感からベッドに大の字で飛び込んだ。


 フィニスさんも流石にお疲れのようで淵に座って、息を吐いた。


「私も疲れたぁ……」


「エリも、休んでいいわよ」


「はい」と言いつつも、彼女は窓際に立ったままだった。少なくとも私の前では休憩もできないのだろう。フィニスさんは昨日同様添い寝してきた。


 そして、私の目の前で軍服のボタンを外していく。ぎちぎちに詰まっていたそれがどーん、と飛び出した。


「毒だ」


 目が腐ると思った私は寝返りを打って視界からフィニスさんを外した。


 それから――。


 それから、一週間が過ぎ去った。


 そして、帰国の目途がついたことを知らされた。


 消化不良感否めない終わりだが終わるのならそれに越したことはない。


 そう思っていた。


 完全に終わったものだと判断しようとした時だった。


 〈暗殺者〉は牙を剥く。最初からこの時を待っていたかのように――。


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