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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
王女が明日を生きるためだけの国家戦争
46/170

14.VS英雄

 

 ◎


 


「――遅れて悪かったな」


 三角屋根の上に降り立った〈人斬り〉は、屋上に立つ二人に声を掛けた。


 どこにでもいるような普通の青年。


 全身黒ずくめの得体の知れない男。


 同じギルドに所属した同業者達の向いている方向には〈王立ハーミタル学園〉が堂々聳え立っている。


「何か言ってくれ」


「この依頼は高いんだ、やる気がないなら消えてくれ」


 青年は容赦ない言葉を吐いたが、肩を竦めて〈人斬り〉の男は答える。


「邪魔されたんだ。なかなか強い剣士だった。情報にあった誰かだろう」


「〈英雄〉ではないんだな?」


「残念ながらな。実力的には王女直轄の護衛といったところだ」


「ならいい」


 王女暗殺依頼において〈英雄〉――フィニスエアルの首には膨大な金額がかけられている。


 異常に膨大な金銭。一人に対してかける数字ではない。それこそ王女暗殺と匹敵するくらいに。勿論、相応の理由がある。


「どれほどのものなのかね」


「知らない。だが、俺が殺す」


「全く物騒なことだ」


「……――」


 人殺者らしい言葉だけの無意味な会話をしていると黒ずくめの男が無言のまま人差し指を向けた。何か、と二人も指先の方向に視線を巡らせる。


 空の半ばに浮かぶのは真円の月。


 月に対して綺麗だと思ったとか、満月だ、とかそんな殊勝なことを考える訳がない。〈殺人鬼〉がそんなことにわざわざ反応するほどまともな感性を持っているはずもなく。


 指差したのはその真ん中――月影になるように立ち尽くす少女だった。軍服のような白い服、短いスカートが風に揺られていた。


 そして――逆光でも煌めく左眼。金色に輝く長い髪。


 三人だけではない、黄金の少女――フィニスも、全員が誰が敵かを瞬時に理解した。


 〈人斬り〉は黒剣を抜剣し、〈曲弦師〉は禍々しい小手を取り出し、〈殺人鬼〉はナイフを構えた。


「さぁ、始めようか」


 〈人斬り〉の独り言がよく響く。不自然なほど静寂に包まれたいた。


 開戦の一撃はフィニスによる、左眼から放たれた極太の光線だった。


「ふふっ」


 ――《義眼光線アイ・レイ》。


 三人の雇われの殺し屋は押し寄せる光の柱の射線から外れるように屋根を駆ける。角度を調整したので光線は街に傷を残すことなく空に目掛け消えていった。


 


 殺し屋達の行動に協力はない。しかし、有利に進めるため正面と左右に散って囲むように動いた。


 当然、真正面は〈人斬り〉が担う。彼はようやく、と言わんばかりにフィニスに話し掛けた。


「おい〈英雄〉」


 喋ることが好きらしい。彼はいつものように敵に向かって語り掛けた。


「お前は本物なんだよな?」


「……私は私以外に私を知らないけど」


 ややうんざりそうにフィニスは答えるが、男は何故か満足気であった。


「はっ、らしい……らしいな。ならいい、殺し合うだけだ」


「ねぇ――あなたさっき誰かと戦った?」


 モノクルを外しながら、問い掛ける。右眼が桃色に輝いた。


 〈人斬り〉の強靭な精神をこじ開けて、言葉を引き出す。


「――ッ! がッ……精神攻撃も使えんのかよ!」


「そう、わかったわ」


 チッ、と舌打ちするが口元は弧を描いている。


「代償術式展開」


「代償……?」


 フィニスは反射的に亜空間から剣を抜いた。


 取り出すと同時に剣身に糸が絡まり、引っ張られる。


 斜め後方を見ると〈曲弦師〉が奇妙な恰好で糸を引いていた。同時に正面から〈人斬り〉が駆け出していることも知覚している。


 一手間違えれば死ぬかもしれない選択など。


 フィニスにとっては日常茶飯事である。


「《物理循環ブラスト・サークル》」


 魔法の対象は自分と剣の重さ。己に掛かる重力を吸収し、身体は無重力のように零エネルギーにする。


 剣は引っ張られていた――フィニスもそれに便乗し、不意打ちで〈曲弦師〉の目の前に現れる。「なんッ!?」という掠れた青年の声を聞き流し、重みを取り戻した剣を振りかぶった。


 その寸前、鎖に繋がれたナイフが横合いから投げ込まれる。黒ずくめの男の投擲だ。


「こんなもの――」


 目も暮れずに左手で振り払うと、そのまま剣を〈曲弦師〉の右肩に振り下ろした。


「ぐああああああああああっぁぁぁっ!!!」


 斬れない刃での一撃は強引に肩を外すだけに留まる。肩を抑えて叫ぶ青年を他所に、フィニスは緩やかな動作で他の二人に視線を巡らせた。


 ――殺すつもりはない。


 その態度から滲み出るのが強さではないことが不気味だった。あくまでも背景:月光の少女である。


「《閃剣》」


 ある程度を距離を取ったまま〈人斬り〉は右足を踏み締め、高速の剣刃を飛ばした。


 一刀両断。フィニスは一振りでもって幾重の刃を断ち斬った。絡繰りとしては剣を通じて魔法的エネルギーを吸収しただけである。大した労力も必要としない。


「……マジかよ……」


 だが、普通はそんなことはできない。速度も魔法技術においても。男の反応は真っ当なものである。


「これが英雄かよ。訳がわからんが、確かに強いッ」


「楽しそうね、あなたは……」


「お? 気に食わないか?」


「いえ、私は詰まらないから!」


「――うがッ!?」


 美少女には似合わない剣幕で睨みつけると、衝撃波に男の身体が強引に吹き飛ばされた。屋根から落とされ背中から地面に激突する。追撃しようと飛び立つ瞬間、


「――……」


 その時までフィニスは気づかなかった。


 既に背後を取った黒ずくめの男がフィニスに首元にナイフを突き立てていることに。薄皮一枚捲れたところで《物理循環》が間に合い、攻撃を反射した。ナイフが黒ずくめの手から離れて市街に落ちる。


「ふぅ……気配をなくす、いや、現象として姿を薄める魔法か……同化ってところかしら」


「通ったな、一瞬だが通った」


 ぬまぬました声に生理的嫌悪を感じつつ、首筋に手をあてて血を拭きとる。止まらなかったので魔法で血液操作することで止血した。


「お前は完全じゃない……攻撃無効は常時じゃない……不意打ちなら殺せる……」


「人間だからね、死ぬ時は死ぬよ」


 気配に集中し、じっと構えるフィニス。集中すれば勘づけないものでもない、と判断した。


「……正面から戦ってやるか……」


 何らかの魔法が発揮され〈殺人鬼〉を周りから黒煙が吹きあがった。瞬く間に一帯に広まり、光が完全に遮断され視界は暗黒に染まる。


 魔法的に生成されたため息をするのには問題ない。但し、五感に対する弱化が働いており音も足裏の感覚もどこか遠くなっていた。


 フィニスは振り向くも、方向感覚が失われどこが境界なのかもわからない。少なくとも敵三人にはこちらが見えていると想定して動くことにした。


「……ん?」


 ――フィニスは天啓のように、不可視の斬撃《閃剣》が飛んで来ることを理解した。


 《物理循環ブラスト・サークル》を纏った左腕で、斬撃を叩き潰す様に振り下ろす。


 


 黒煙の外側、〈人斬り〉は積乱雲のような靄に向かって斬撃を飛ばした。


 また、〈曲弦師〉は肩を糸で巻いて応急処置を施し、黒煙の周りに糸の結界を製作する。


 〈殺人鬼〉は両手の親指、人差し指で三角を象った。狙いは闇に埋もれた少女。


「《轟音破裂ラウド・バースト》」


 謂わば、指向性を持った音響兵器――。


 収束した音の暴力はフィニスの頭部に直撃する。ヒィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!!――と人体の限界を貫く爆音が局地的に破裂した。


 鼓膜は破れ、脳へ与える衝撃は尋常ではなく気絶は必至、運が悪ければショック死するかもしれない。そんな恐ろしい魔法が彼女を揺らした。


 


 しかし、〈英雄〉と呼ばれる者。フィニスは頭を抑えながらも立っている。見えなくても聞こえなくても、倒れない。


 その場から動じず、感覚を研ぎ澄ませた。


 外側ではなく、内側に精神を集中させる。


「…………」


 全身に行きわたるように魔法を体中に広げた。描かれる魔法陣は黄色、《物理循環ブラスト・サークル》で吸収したエネルギーを身体強化につぎ込む魔法だ。


 指先から髪の毛まで黄色に光に包まれていく。


「《物理衝突ブラスト・レックス》」


 無と有を支配する獣が目覚める。眠っていた獣を起こして解放するようにフィニスは咆哮した。


「う、おおおおおおおおおおォォォ!」


 まるでドーピングでもしたかのように視覚は広がり、頭は冴えわたる。


 黒雲を左眼で透視し、〈殺人鬼〉目掛けて駆け出すと極細の糸が幾重にもフィニスに絡みつく。


 こんな勢いでは美少女の輪切りができるところだが、張り詰めても張り詰めても切断されることはなく糸の方が軋んでいく。糸は魔法的権能で空中に引っ掛かっている。軋むのは空間だった。


 バチッ――、と意図も容易く固定が解除されて緩んだ糸を掴むと思いっきり引き寄せた。


「ぐッ!?」


 両手を引っ張られるように〈曲弦師〉の身体がフィニスに吸い込まれる。


 右の拳を硬く振り絞り、青年の顔面に突き刺した。前面が砕け、一瞬で男の意識は刈り取られる。


 


 〈殺人鬼〉は、青年が倒れた時点で屋上を経由して逃げ出した。黒煙から抜け出した時点で《轟音破裂ラウド・バースト》が効いていないことに気づいており、正面からではどんな手段も意味を為さないと判断を下した。


 引き際の良さが彼を今まで〈殺人鬼〉という指名手配犯を成立させていたようなものだ。それは今回も遺憾なく発揮された。


 ただフィニスはそれよりも速く空を行き、黒ずくめの背中を捉える。その刹那影が覆う――。


「――獲ったッッッ!」


 神速の黒剣が少女の首を狙っていた。


 しかし、狩猟の途中の不意打ちも〈魅了の魔眼〉は捉えていた。エネルギー法則を無視した異常な速度で振り向く。怒りを湛えて叫んだ。


「知るかーッ!」


「な、嘘だろ――」


 黄色に輝く少女は黒剣を左腕で握りつぶし、〈騎士天剣〉で〈人斬り〉を薙いだ。剣による殴打。呻き声を上げた男は、弾頭の如きスピードで建物の外壁にめり込んで気を失った。


 〈殺人鬼〉はその隙に一〇〇メートル先まで駆けていた。


 迷いのない動作、捕食者の如き挙動でフィニスは跳躍。


 空気抵抗を背中を押す力に変換。さらに先の戦闘にて吸収したエネルギーも上乗せして噴射し、一息の間に〈殺人鬼〉の襟首を掴んだ。


「逃げられる思うなよ」


「この化物が……!」


「静かにしろ」


 ナイフを向けてくる野郎の頭部を鷲掴みにし、空中に振り上げた。勢いそのまま煉瓦屋根に顔面を叩きつける。


 無音だった。


 煉瓦を破壊する音も、頭蓋骨が粉砕する音もしない。全て吸収し、気絶する威力に収束させたのだ。


 手を離したところでフィニスの表情が僅かに歪む。右腕の血管は今にも破れそうに脈動していた。


「……二分持たないか。相当制限されてる……」


 現在のフィニスでは負荷に耐えられず、《物理衝突ブラスト・レックス》の常時発動は不可能だった。そもそも、僅かなリスクで長時間を発動できていた以前の方が異常であるとも言えるが。


 強化状態を解除し、黒ずくめを放ると屋根を幾つか点々とした。大通りを見下ろすような位置に立って街を眺める。


 やや離れた通りに片腕の繋がっていない少女が倒れていた。


 駆け寄って、心臓部に手をあてる。全身真っ赤だが確実に動いていた。


「……心臓破壊をトリガーとした治癒の〈代償魔法〉……?」


 右腕も最低限の処置は為されており、出血は止まっている。腕のパーツは少し遠くに転がっている。フィニスが触り、状態の変化は止まったが時間が経ち過ぎていた。


 腕を元ある位置にくっ付けエリの身体をお姫様のように抱く。落ちている白色の剣を蹴り上げ、その場で回転させることでエリの背中の鞘に入れた。目に毒な危うい曲芸である。


「――本番はこれからってことか……本命の襲撃は建国祭魔法大会当日……」


 ルートは確定した。喩え、〈英雄〉でも後戻りはできなかった。


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