13.VS人斬り
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魔法大会予選の全て工程を終えた日の夜、暗い街並みの外れ一人の男が遠くを眺めていた。生暖かい嫌な風が吹いていた。
長髪を後ろで結んだ外套の剣士――通称〈人斬り〉の瞳には学園を覆う結界が映っている。腰に巻いたベルトに吊った剣をなぞりながら呟く。
「そろそろ集合時間か」
と、視線を下げると路地から何者かが出てくる。どうやら〈人斬り〉を待ち伏せしていたらしい。はっきりとした敵意が放たれている。
月光に照らされる暗夜の街に出た男の前に立ったのは全身を騎士服に身を包んだ少女――王女専属護衛のエリだった。
「それは〈神覇王国インぺリア〉の騎士服だな。と、なるとあの王女の護衛か?」
少女に向けて〈人斬り〉は楽し気に問い掛けた。
「ふん。〈英雄〉ではないみたいだな」
安心したからか、それとも落胆したからか僅かに肩が落ちた。
だが、警戒を解いた訳ではなく、張り巡らす死線は極めて物騒なものである。
「どうやって来たが知らないが、こうして相対している以上は殺し合うんだろう?」
「…………」
「何か言えよ」
応えず、エリは背中に携えた剣を抜いた。その剣は持ち手から剣身まで全てが白に埋め尽くされており、銘は〈白騎士剣〉と呼ばれる白輝の剣だった。
エリは静かに宣言する。
「あなたを倒す」
「悪いが、集合時間が近づいてるんだ。すぐ終わらせるぞ」
〈人斬り〉も腰に巻いた鞘から黒い剣を引き抜き、構えた。
合図はない。地を蹴るタイミングは同時だった。重なったモノクロの剣から金属を削る高音と火花が散る。
斬撃の剣閃が幾重にも連なった。超至近距離で二人は幾度の死線を交わし、剣戟を繰り出す。
「なかなかやるな。面倒なのは〈英雄〉だけと聞いていたが……護衛だけあるってことか」
「――口を開けば英雄英雄と、煩わしいッ!」
エリは赤熱した剣身を振るい強引に後方へ弾き飛ばした。そこから《加速》《加重》《抵抗無視》を掛け合わせ、攻撃を繋げる。紅の剣閃は円を描いて技と化す。
「――《円環剣斬》!」
「悪くないスピードだが、この程度ではな!」
三日月の斬撃を跳ね上げ、空に受け流すと男はエリに肉薄する。一瞬の煌めきが少女を襲う。
「言っておくが、早々に本気出さないと死ぬぞ」
エリの首筋に赤い線が横に浮かび上がった。後ほんの僅かでも深ければ致死攻撃になり得た一撃である。
少女は一旦、後方へ距離を取ろうとするがそんな彼女に向けて男は剣身を震わせた。身体を捻じってエリは寸前で右にかわす。
外壁はバターのように斬り裂かれ、瓦礫として地面に転がった。
「よそ見している余裕があるのか?」
「ぐッ……!」
滑るように近づいた〈人斬り〉は横薙ぎで少女を道路の向こうまで吹き飛ばす。さらに、追撃として煉瓦すらも豆腐のように裂く高速斬撃を繰り出した。
エリは瞬時に横合いに転がって避け、起き上がると建物の外壁を蹴って屋上へ飛び上がる。《跳躍》を続け、大通りに躍り出た。
すぐに〈人斬り〉も追いつく。
「どこに逃げても無駄だぞ」
「無駄ではないです、ここなら私が本気を出せる。これだけ広ければ」
「……魔法か。聞いたことがあるな、あちらの国では魔法と剣を融合させた剣術があると」
「〈魔剣輪舞〉」
――《七色虹道》。
七色の光が〈白騎士剣〉を、エリ自身を照らした。様々な属性に変化した魔法エネルギーが彼女を渦巻き、少女の膂力を底上げする。
〈魔剣輪舞〉――破壊力、制圧力を重視した殲滅特化剣技体系。〈神獣〉を討伐するためにできた体系故、過剰なまでに広範囲に破壊を撒き散らす。大通りのような広い場所でなければ真価を発揮することができない。
エリは一息を吸うと同時に虹の剣閃を横に振るった。虹のプリズムが瞬く。瞬間的に射程拡張した斬撃が〈人斬り〉に襲い掛かる。
男は黒剣を幾重に煌めかせて相殺した。
その時既に駆けていたエリの一閃が男の外套を貫き腹部を抉った。
「ッ……速いな」脇腹を軽く抑え、彼は振り向く。「想像以上に射程も長い」
「この程度で、私の舞は終わらない」
虹色の光からそれぞれの属性が溢れ出す。炎が、水が、風が、礫が、光が、暗煙が、実体を現し剣身を覆い尽くした。
エネルギーの過集中による一撃の必殺。
但し、エリはそれを乱発することができる。彼女の持つ魔法エネルギーはそれだけ膨大だった。触れるだけで破壊を伴う剣戟をほぼ常時使える。
「《虹彩断魔刃》」
輪舞によって通常の一〇倍以上に射程が伸びた鋼のすら容易に斬り裂くであろう斬撃が〈人斬り〉へ伸びる。剣と魔法の才能、それと過酷な訓練があってようやく実現できる極致の技。
「これが今の私の本気ですッ!」
視界を埋め尽くすほどの虹色が大通りを支配した。
魔法強化による限りなく加速する斬撃。
その斬撃は秒間一〇〇回超。
剣の範疇を超えた射程、純粋な破壊エネルギー刃、それを扱う技術と力。
ここまでの騎士は世界を見てもそうそういない。
「――……」
丁度一分後、エリは腕の動きを止め、砂煙の奥を睨んだ。路面は鑢にでもかけられたように平たく均され、粉末状になっている。
にやり、と男は――〈人斬り〉は極彩色の魔法と白色の剣戟を潜り抜けていた。
射程からギリギリ外れる位置に立ち、嘲笑気味に頬を歪ませる。
「これが才能って奴か。魔法の才能に、剣の才能。まったく恐ろしい……その年でそれだけやるということは幼少期から相当な努力を詰んできたんだろうな」
「…………」
「だが、俺はいつもそんな奴らと戦ってきた。お前らみたいな強い奴と戦ってきたんだよ」
殺意を先鋭化に変換する魔法により男の黒剣は赤黒く変色する。
「そういう奴を殺し続けていたんだよ!」
そして、地面を蹴り上げ駆け出した。
虹彩の剣閃が舞う。地面を深く抉るが、男は壁面を走って一気にエリに近づく。そのまま真っ直ぐ飛び込んで来る〈人斬り〉はまさに的だった。
「《円環剣刃斬》!」
すかさず、光のプリズムが三日月状になって飛来した。
回避不能と思われた。が、男は窓枠の淵を掴んで身体を引き上げると寸前でかわしてみせる。
エリはすぐさま対応し、襲い掛かる男に剣を向けた。
――黒い外套が舞い上がる。
「重なった。だが、俺の方が早い」
黒剣が煌めき、鮮血が舞った。
「なっ」
虹色ごと右腕が吹き飛ぶ。噴き出す血液すらも引き裂き、剣は振るわれる。
〈人斬り〉の人斬り。
血走った目で千切れた腕の付け根を見詰めるエリに向けて男は言った。
「想像以上に防御が硬いな。壊せないでもなかったが」
激痛に表情を歪ませるよりも早い。少女の背中を十字に刻み、とどめに傷口の中心に刃を突き刺した。胸が貫かれ全身が血濡れと化す。
血流に伴ってエリの身体からだんだん力が抜けていく。
良い暇潰しだった、とばかりに男は言った。
「少し時間に遅れそうだな。まぁまぁ強かったぞ」
身体から剣を引き抜くと、一振りで血液を飛ばしてから鞘に収める。〈人斬り〉は壁を蹴って屋上に上がると、民家を乗り継いで学園方向に消えていった。
数秒後、血の海ができていた。