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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
王女が明日を生きるためだけの国家戦争
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8.判明する敵対者

 

 ◎


 


 放課後、私は一人で訓練場に向かう。珍しくエリも、フィニスさんもいない。勿論、他の護衛が付いているということもなく、今だけは私一人で行動している。


 というのは、今日に限り二人とも用事があるらしい。いつもならどちらか片方は必ずいるのだがどうしても外せない要件だとか。


 こう、不意に一人になると結構気楽なものだ。自分のことをするにも常に他人の目があったので不自由だったから。弾んだ足踏みで訓練場へ足を運ぶ。


 いるのは女子生徒一人のみで訓練に集中にするには良い環境だ。なるべく距離を取って魔法の特訓を開始しようとしたその時――。


「あ、すみませんすぐ出ていきます」


 と、眼鏡の少女はいそいそと荷物を纏めてた。


 王女である私がいることで委縮する者は多い。そうでなくても〈十連星〉という称号が効いている。敬遠されるのも慣れてはいるものの、多少の罪悪感を抱くこともある。特に最近は。


「気にしないでいいわ」


「え、いや、はい……」


 彼女は気まずそうに荷物を下ろした。居心地の悪そうだ。むしろ申し訳ない。よくよく見れば彼女は先程フィニスさんに保健室へ連れていかれた女の子だ。


 


 周囲に半球状の遮音結界を作成し、掌に魔法陣を描く。昼休みにフィニスさんから教えてもらった《物理循環ブラスト・サークル》の魔法を再現しようと試みる。複雑な幾何学模様は一般的な魔法とは異なる法則の下に構成されており、記憶通りに作り出そうとしても難航した。


 分類としては無属性ということになるが、他とは明確に毛色は違う。


「《物理循環ブラスト・サークル》」


 もう片方の手で火炎球を上空に放ち、落下に合わせて手を伸ばした。掌に走る僅かな熱味、炎は腕に巻き付いて円に回転する。火炎を纏った腕を振るうと輪っかが真っ直ぐに飛んだ。


「やっぱりフィニスさんの言った通り……」


 あの程度の火炎でさえ、完全にエネルギー変換することができなかった。真剣を頭で受け止めたら間違いなく死ぬ。


 私が使っても不完全。フィニスさんの扱う魔法を使えば強くなれると思ったけれど、そんな甘い話はなかった。他人の物を奪うような方法ではたかが知れている。


 だとしたら、私に何ができる。


 私は魔法が得意だ。大抵の魔法は使える。難しい魔法を使えばそれだけ強くなる。だが、それだけだ。あくまでも誰でもできることの延長線上の強さだ。


 個としての圧倒的の強さ――それこそ今の私に必要なもの。


 頭の中で結論と障害が行ったり来たりし、ため息が漏れる。授業中もこんなことを考えていれば流石に病んでくる。フィニスさんのような本物を見ていると一層無力感が湧きだすのだ。彼女のせいにしたくないのに。


「あ、あの」俯いていた顔を上げると眼鏡の少女が瞳を覗き込んできた。「――何か心配事でもあるんですか?」


「そんな顔に出てたかしら?」


「はい……見ていておっかない感じです……」


 火炎を自分に降らしたのを見て言っているのなら最もだ。


「そう、心配掛けて悪いわね」


「いえとんでもない!」


「別に大した悩みじゃないけどね」


 自分が思っている以上に落ち込んでいるのかもしれない。


「最近、伸び悩んでいるのよ。これ以上どうやって強くなれば良いのかわからなくて」


 最低限、自分の身を守れるくらいには。本音で言えば、エリやフィニスさんと肩を並べるくらいには強くなりたい。


 だが、現実は甘くない。彼女らは努力していて、私にはそれができない。今更同じことをしても届かないのだから。


「どうすればいいんだろう……」


 話を聞いた眼鏡の少女は目を丸くした。


「王女様も意外と私達と変わらないんですね。それは私がいつも考えていることです。初めてなんですね」


 言って、彼女は仄かに笑う。


「皆、こんなこと考えているの?」


「私が人よりダメだからですけどね」


 制服に付いている徽章は〈三連星〉でこの学園ではほぼ最低辺の称号である。〈暗黒星〉という例外を除いて。


「私の見てる世界には自分より凄い人しかいませんから。王女様もそう思ったのならきっと想像もできない景色が広がっているんでしょうね」


 彼女の手には木剣が握られている。この学園で剣を習うことができない。完全に独学になる。


「なんて私なんかとは違いますよね……きっともっと大変ですから……」


 最後に付け足すと彼女は空笑いした。


 結局のところ、立場関係なく自身の理想に届くかと言われればそんなことはないのだ。


 誰もがこんな葛藤を抱いて生きているのだとしたら、私は耐えられそうにない。


「一緒に頑張りましょう……なんて……」


 どうしてあなたが劣等感にまみれながら生きていけるかわからない。


「私には耐えられないわ、こんなの」


「で、ですよね……」


 エリもフィニスさんに対してこんなことを思っているかもしれない


 フィニスさんは以前、もっと強い者を見たと言っていた。


 憧れでる人さえ、誰も――。


 自然と深呼吸をしていた。焦っても仕方ない。突然強くなるなんてことはないのだ。この屈辱感と折り合いをつけながら生きていくしかない。


 一旦。考えるのは止めだ。心機一転、私は彼女に声を掛けた。


「どうしてあなたは剣をやってるの? この学園では無意味よね?」


「え、あっと……お父さんが道場をやっていて……もう死んじゃったんだけど、私も同じことしたいと思って」


「そう……少し稽古をつけてくれない?」


「王女様にですか!?」


「あなた達と変わらないのでしょう?」


「は、はいっ……」


 私は収納魔法陣の中から木剣を取り出して、剣を立てるように構えた。おずおずとした動作で彼女も構えるが腰が引けている。とても立ち合おう、という態度ではない。


「緊張しなくていいから」


「私そんな上手くないですからっ」


「落ち着きなさい。深呼吸三回」


 すぅ、はぁ――と深い息が響く。だいぶ肩が軽くなってリラックスしたみたいだ。


 道場の娘だけあって、こうして相対すれば様になっていた。こうした立ち合いは一年以上やっていない。勘が鈍っているだろうが、精神的には問題ない。闘志もある。


「じゃ、始めましょうか」


「はい!」


 私は真っ直ぐ、右足を踏み出す。


 


 


 ◎


 


 放課後、いつもなら王女の護衛を全うしているエリだが今日は違った。彼女は今、職員室の隣に位置する談話室に向けて廊下を歩いている。彼女の脳裏に渦巻くのは件の暗殺事件のことだった。


 今回は王族派閥がようやく新しい情報を入手したため、報告を受けることになっている。コンサートホールでの事件もあり調査員とは接触自体控えていたが安全性の保たれた学園内を会場とすることで実現した。


 談話室の前に立ち扉をノックする。「どうぞ」という声を聞いて扉を押し開いた。


「失礼します」


 部屋の真ん中にテーブルを挟むようにソファーが置かれており、壁面は本棚でびっしり埋められている。防音室になっており、喩え、扉に耳をあてていても声を聞くことができない。


 そこに一人――フレームの薄い眼鏡を掛けた長身の男は窓際に立って、校庭を見下ろしている。


「……あなたが王族派だったとは意外です、フォール先生」


 フォールはエリ達の対魔の授業を受け持っている教員だ。冷静沈着な態度が一部の女子生徒に人気で度々話題に上がることがあるミステリアスな男。エリは総じて優秀な教師という評価をしていた。


 振り向くとエリに席を促す。


「どうぞ腰掛けてください」


「そうさせてもらいます」


 彼女が座った後、フォールもソファーに腰掛ける。彼は口火を切るとばかりに眼鏡を軽く押した。冷たい声色は自然と背筋が伸びる。


「こうして呼び出したのは貴族派閥が雇った暗殺者の身元が判明したからです」


「ようやく、ですか」


「手厳しいですね。馬車馬のように働いているのですが……奴らも表立った行動をしなくなったため調査も難航しまして」


 エリには彼が到底本気で言っているようには見えなかった。どうにも胡散臭い。知性があるからこそ何かを企んでるようにも見えた。


「雇われたのは五人です」


「思ったよりも少ないですね」


「当初はもっと多かったですが、随分と減りました。コンサートホールでの一件が相当効いていようですね」


「彼女には感謝しなくてはなりませんね」


「そうとも言い切れません」


 言うと、膝の上で指を組んで鋭い視線を寄越した。


「新しく雇われた者、というのが相当厄介でして……暗殺者というよりも殺し屋、という方が正しいかもしれません」


「殺し屋?」


「えぇ。ギルドメンバーですね、金さえ積めば表にはできない仕事でも請け負う荒くれ者です」


「ギルド……」


「とは言っても、あなたの故郷である〈インぺリア〉とは違います。そもそも非公認組織ですしね。請け負うのは基本的に裏稼業です」


 それこそ盗賊のようなことから、暗殺まで。


 貴族から依頼されるほどだ、相当凄腕なのだろう。


「彼らの場合は隠密よりも、不意打ちを警戒するべきでしょう」


「数は?」


「四人です。残る一人は貴族御用達の暗殺者。その者の隠密は常軌を逸しており、依頼主の前にすら現れないと言われるほどです。これ以上の情報は得られませんでした」


 四人の殺し屋と、一人の暗殺者。正面に意識を裂いているところを裏から暗殺する、そういう構成である。


 わかっていれば対処の方法も練ることができる。


「四人の情報を教えてください」


 エリの質問にフォールは頷くと魔法で空中に映像を投影した。四人の男の写真である。


 長髪を結んでいる外套を纏った剣士。


 邪悪な笑みを浮かべる青年。


 全身黒ずくめの人殺者。


 バイザーを付けている背の小さな男。


 類を見ない様相した者達は写真からでも異常性を感じ取ることができそうだ。


「〈人斬り〉〈曲弦師〉〈殺人鬼〉〈爆弾魔〉――それぞれが凄腕の殺し屋です。指名手配もされていますが一般の魔法師団では返り討ちに会うだけでした」


「王族派からの支援は期待できないと?」


「そういうことです。このメンバーは恐らくあの〈英雄〉抑えるためでしょう。本命は暗殺者の方ではないかと」


 エリは映像の人物を凝視し、脳裏に刻み付ける。


 そして、フィニスならば誰を相手にしても勝てるだろう、と確信した。昼休みに見た問答無用の最強術式に付け入る隙はないからだ。


「この四人についても現在調査を行っています。わかり次第報告します」


「はい、わかりました。失礼します」


 一礼すると、エリは談話室を出た。


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