7.束の間のお茶会
◎
王立ハーミタル魔法学園――。
昼休み、薔薇の庭園が見えるテラスで私達三人は優雅にティータイムに興じていた。警戒は皆無。全く持ってこれから暗殺されようという人物の余裕ではない。しかし、あれから一か月経っても何事もなかったら誰だってこうなる。
コンサートホールの一件以来、暗殺者の影は鳴りを潜めた。
エリ曰く、〈あの時に〈傾国〉が暗殺を阻止したのが主な原因でしょう。彼女という障害を超えるのは一朝一夕ではないことを理解したからだと思います〉とのこと。それだけ彼女の対応が鮮やかで絶対だったということだ。暗殺のプロでさえ、地団駄踏むほどとは私も驚きだ。
正直、私には暗殺されかけたという実感はなかった。
気づかない内に終わっていたから。
「改めて、あの時はありがとうね、フィニスさん」
「どういたしまして」
「護衛として当然です」
素直に受け取った少女に毒づく者がいた。
何だか以前にも増してエリとフィニスさんが仲良くなってる気がする。
あれから、こちらの味方と思われる少女の死体が発見されことを皮切りに王族派閥の人間からの支援もあった。接近してきた〈人型災害〉の対応を余儀なくされていた魔法師団が戻ってきて警備体制も上がった。暗殺の難易度は跳ね上がっている。
「それにしても一体いつまで続くのかしら……」
「根絶やしになるまでです」
「それはわかってるわよ」
「失礼しました」
カップが空になると鮮やかな所作でエリが紅茶を注いだ。
「学校って意外と退屈なところだね」
空を眺めながらフィニスさんがぼーっとした感じで言った。
「ちょっと夢見過ぎてたかな」
随分唐突だったので、少し反応が遅れる。
「……ここに来る前は学校行ってなかったの?」
「半年前までは田舎に住んでたからね。教育とかは知り合いのお姉さんからだったからかな」
「へぇ……何か波乱万丈な人生そうね」
「そう見えるだけだよ。王女様の人生を歩む人の方が少ないでしょ」
「いや、あなたみたいな人生はあなたしかいないでしょ……」
彼女の自己評価がおかしい、と気づいたのも割と最近だ。自分のことを他人事のように思っている節がある。
こんな彼女だが最低限の教育は受けているらしい。世間ずれしている感は否めないが、集団適応性は高いという印象だった。
「そのお姉さんから魔法も習ったの? 徽章は〈暗黒星〉だけどちゃんと魔法使えてたよね?」
「お母さんからも教えてもらったなぁ」
「亡くなったの?」
「よくわかったね」
「見てればわかるわ、それくらいなら」
フィニスさんの儚げな横顔がそれを物語っている。そんなアンニュイな表情も綺麗だった。
しかし、英雄の魔法。
母君の死去とは関係なく、純粋に興味惹かれる内容である。
「参考まででいいんだけど、あなたの使う魔法を教えて? 嫌なら断ってくれてもいいけど」
「教えるのはいいんだけどね。参考にはならないと思うよ」
言うと、フィニスさんは右腕をテーブルの真ん中まで伸ばした。掌に白色の線が浮かんで魔法陣が生成される。
エリも気になっているようでジッ、と陣を見詰めていた。
「《物理循環》って名前の魔法。シンプルにエネルギーを操作する魔法だね」
「エネルギー?」と鸚鵡返しに尋ねる。
「魔法エネルギーと物理エネルギー。エネルギーというよりも発生している力を操るって感じ。応用の効く便利魔法かな」
「魔法エネルギー、って所謂魔法のことよね? 操る、って無敵じゃない?」
言葉を文字通りに受け取るならば、だが。
「魔法を発動している最中ならそうだけど、常に使える訳じゃないし。許容量もあるからね」
「それでも強いと思うよ。実際暗殺を止めたんだから。でも、参考にならないってのは?」
「他の人には使えないんだよ」
難易度が高過ぎて他の人の使えない魔法、というパターンはある。星雲級の魔法使いの作り出した魔法は連星級には理解できない。それくらいの技量が必要とされる、ということならば納得できる。
「条件があるんだけどね、ほとんどの人が持ってなくて」
「もしかして〈代償魔法〉?」
代償を前提とした魔法は一定数存在する。一子相伝の家系に伝わる魔法は〈代償魔法〉で制限が付けられていることがある。フィニスさんのお姉さんだとか、母親だとかが条件を付与した可能性はある。
だが、彼女は首を横に振った。
「使ってみればわかるけどね」
私とエリの手を取ると魔法陣を生成し、その行使の権利を譲渡してくる。どんなことをすれば自分で作った魔法陣を初めから私が作ったことにできるというのだ……相変わらず規格外。最早反応する気も失せる。
発動に関して制限はないようで問題なく魔法を起動。エネルギーが輪を為して手首の周りで渦を巻き始めた。魔法は十全に発動している。
「えい」
不意に脳天チョップが繰り出される。
ポン、という軽い感触。その後、頭部から透明の靄が流れてきて腕に巻き付いた。不定形の何かは円を描くように運動をしている。
「これは成功ではないんですか?」
「想定は違う」
フィニスさんはエリの問い掛けに再び首を振った。
「私ならやっぱりエネルギー操作だから。それは円形にエネルギーを循環させる魔法。私のことちょっと殴ってみてよ」
私ではなくエリに挑発染みた視線を飛ばした。
何故怒らせようとする。エリは剣を取り出すと思い切りフィニスさんに叩きつけた。私は思わず目を瞑ってしまう。容赦がなさ過ぎる。もし、事故が起きてフィニスさんが魔法発動を失敗していたら即死しているだろう。
とはいえ、当然のように無傷であろうことは予想できた。
だがそれ以上の結果が待っていた。
「――なッ!?」
剣は金色の髪に弾かれ、エリの手から飛んで行ってしまった。
傍から見て不自然な現象。剣が勝手にエリの手から離れたように見えた。
フィニスさんは両手を広げて、見せつけるように説明を続ける。
「これが反射。魔法は基本的にその人が持ってる魔法性質によって効果が決まるの。私の場合は〈吸収〉に似た特性があるから操作範囲が拡大して反射することもできる」
手首どころじゃない、フィニスさんは全身でエネルギーが渦巻いていた。私が実現できたのは彼女の腕一本分ということになる。
その時――。
「きぁァァーーーッ!?」
背後の方から女性の悲鳴が上がった。
痛み、血、暗殺――という言葉が脳裏に過り、首筋が痺れた。瞬間に結界魔法を展開し、攻撃魔法を発動待機する。その刹那前にはエリは私の前に立って盾になりながら戦闘態勢に入っていた。
フィニスさんが「あ」と言う。
そこには剣を前にして座り込む女子生徒がいる。叫び声の主だ。
彼女の足元に刺さっているのはエリの剣。つまり、フィニスさんが弾き飛ばした剣だ。
歩いていたところに剣が飛んできて刺さりそうになって声を上げた、と言ったところか。地味にかなり危ないところだった。
「フィニスさん……」
「ご、ごめん!」
眼鏡を掛けた少女の眼は回って、膝はすっかり砕けている。駆け寄ったフィニスさんは生徒に肩を貸した。
「この子を保健室に運んで来る!」
「え、えぇ、頑張って……」
校舎に金髪の乱れた背中が消えていくまで見送った。
すっかり冷めてしまった紅茶に軽く含んで、息を吐く。久し振りに警戒したからかどっと疲れが肩にのしかかってきた。
「……魔法の特性ねぇ。確かに人によって得意不得意はあるけどあんな大きな変化があるものなの?」
「彼女が知らないだけで〈代償魔法〉を使ってる可能性もあります」
「案外抜けてるからあり得るけど。少なくともフィニスさんが嘘を吐いているとは思えない」
「……私はまだ何か隠していると思います。義眼についても、義腕についても」
訊きたくてもデリケートな話題で訊けない、という部分もある。フィニスさん自身もあまり話したくなさそうな話題のはずだ。存外気にしていない、なんてこともありそうだが。
それ以外に何かあったかと言われれば、教師が一人変わったことくらいだ。愛想のなさそうな女性教員が辞めたらしい。
昼下がりも良い時間になった。午後の授業がそろそろ始まる。私は庭園を後にして校舎に向かって歩き出す。




