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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
王女が明日を生きるためだけの国家戦争
37/170

5.第一の刺客

 

 ◎


 


 学校全体に張り巡らされている結界――《外界遮断結界リ・レジスト・オーラ》。本来は術者は結界内部に閉じ込められるが、正面入口を開けるという代償で通行を可能にしながら長時間発動している。その他多くの代償を微細に設定されており、その全貌を知っているものは既にこの世にいない。


 校舎の東側は結界の直近であり、窓を開ければすぐに半透明の壁を拝める。地表との境界は木々で隠れていた。


 生徒、教師に関わらず基本的に結界に接触するのは禁止されている。しかし、その木々を抜ければ容易に触れることができた。教員に見つかれば罰則対象となるため、生徒が近づくことはない。喩え、あったとしても何もできない。解析するにも複雑に細工されているので干渉不可能なのだ。


 


 草むらをかき分けて緑の中を進むのは学院に雇われている教員だった。クール然として眼鏡を掛けているできる女性、という風貌。名前はハーティア。彼女は授業を終えた放課後、独りで森林に足を踏み込んでいた。


 黙々と進んでいくとあっさり結界の淵に辿り着いた。


 一メートルほど手前に立つと薄橙色に壁を見上げる。


 視線を正面に戻すとポケットから黒い手袋を取り出した。甲の部分に魔法陣が描かれている。魔法具だ。


 両の手にはめると反発を抑えるため、ゆっくりと結界に触れた。神経を手に集中させて唱える。


「術式発動――《亜空座ひょ」


「何してるの?」


「――ッ!?」


 声に驚き、結界を背にするように振り返るとそこには金髪の少女が佇んでいた。


 絶世の美少女である彼女の噂はすぐに学園全土を駆け巡った。教師であっても例にもれずにその転校生の名を知っている。冷や汗が首筋を流れるのを感じながらハーティアは口を開いた。


「……フィニスエアル、さん……よね?」


「はい、先生。ハティーア先生。こんなところで会うなんて奇遇ですね。ところで何をしていたんですか?」


 柔らかな笑みだが、その奥にあるのは疑いの眼差し。


 彼女が意味があってここに来たように、フィニスにも何らかの目的がある。


 理由は幾らでもでっち上げられると判断しハティーアは言う。


「それはこちらの台詞です。生徒がここに立ち入ることは禁止されています。罰則認定します」


「その手袋カッコいいですね」


「そうですか?」


 揺さぶりには乗らず当たり障りない言葉を紡いだ。いや、わかってながらか。


 〈英雄〉に対し、やり過ぎというくらい慎重に言葉を紡ぐ。


「私には機能美ばかり優先しているようにしか見えませんね。この国の煌びやかさの一端でもあればマシだったのでしょうけど」


「それにしてもこの結界凄いですね。近くまで来ても術式が不透明で、解析できません。入るには同座標の別空間から干渉するしかありませんよね」


「…………」


 押し殺すような笑みには確信にも似た何かが宿っていた。


 ――見られて……いや、知られている。


 そう、思うには十分露骨だった。どちらにしろこの状況を見られたからには対処せざる負えない、と判断し彼女は動き出す。


「とにかく帰りなさい、今なら許してあげます」


「……まぁ、そうしようかな」


 フィニスは一瞬躊躇いを見せたが、素直に校舎方向に振り向いて歩き出した。何の警戒もしていない後ろ姿はまさに的だった。


 レンズ越しに見詰めていたハーティアは内心で魔法を唱える。


 ――《無風凶器キラー・エッジ》。


 手元の空気が圧縮、ナイフを象ると真っ直ぐに心臓を狙って投擲する。風属性の中級魔法だが、殺傷能力はとりわけ高い魔法。


 いとも容易く制服を貫き、全身が生々しい赤色に染まるはずだった。しかし、実際には制服に触れた瞬間に不可視の刃は霧散した。


「な……」


「やっぱり、これは完全に黒ってことで良いんだよね」


 一転、フィニスは鋭い眼光で女教師を睨みつける。両手を開き、魔法陣を作成していた。


「悪いけどやっつけるから。そのために来たんだし」


「できるものならやってみなさいッ」


 強がってはみたものの、ハーティアは逃亡を画策している。


 相手がもし、ただの美少女転校生だったならどうやって勝つかを考えている。ハーティアは端から正面から捻伏せるのは諦めていた。彼女はこの少女のもう一つの渾名を知っている。


「《物理循環ブラスト・サークル》」


 フィニスの周りにつむじ風が幾重に舞った。


 ハーティアにはどんな魔法かはわからないが、隙さえ作れれば逃げられる自信はあった。


 ――瞬間最大威力を放ったらすぐにその場を離れる。


 身体の目の前に四重魔法陣を展開。絡み合った陣が連鎖的に繋がって視界いっぱいに広がった。新しい魔法陣として効力を発揮する。


「これはレリミアがやってた魔法陣による合成魔法陣……」


「《十字閃滅破獰グラヴィ・ゼロ・クロス》!」


 光の十字架がゴゴゴゴゴ、と森林を突き破って殺到する。閃光のスピードは凄まじく、フィニスは避けることもできずに光の濁流に飲み込まれた。


「……噂通りならこれくらいじゃ死なないと思うけど、付与効果の一時的重力一〇〇倍があれば逃げ切れる」


 煙った森林を突っ切ろうと走り出す。


 だが、すぐに足は止まった。煙の向こうに人影がある。


「暗殺者とは言え、あまり暴力は好きじゃないんだけど……これは仕方ないよね」


 重力一〇〇倍の中歩いている訳ではなかった。


「――そもそも効いていない……? また意味わからない現象ッ」


「一応効いてるよ、でも、世界法則の上じゃ私の歩みは止められない」


 言って、展開した魔法陣の中から鍍金の剣を取り出した。剣の鍔に虹色の宝珠が埋め込まれた直剣。少女が扱うには少し大きい。


「じゃ、死んじゃわない程度にやっつけようか」


 フィニスは抉れた地面をゆっくり踏み抜いた。


 その度にハーティアは後ろに後退する。徐々に結界の淵に近づいていた。


 ――魔法は何故か無効化され、結界に穴を空けるにも時間が足りない。詰んでんじゃんッ!


 ため息を吐いた。詰んでいる、そう覚悟を決めてしまえばなりふり構わず突っ込めるというもの。唐突に、フィニスに向かって《疾走》した。


 引き抜いた剣を横に一閃するタイミングで上に飛び跳ねる。少女の背後に着地するとさらに息を詰めて地を掛けた。


 ヒュン――と、風圧が横合いを貫いたと知覚した時には目の前にフィニスの姿があった。


「なんッ……! 早過ぎる!」


 踵に全体重を乗せてスピードを殺すが、フィニスの振った剣が腹部を薙いだ。ハーティアの身体は真っ直ぐに樹木に叩きつけられた。


 咳という形で肺からありったけの空気を吐き出す。そして、熱の灯る腹部に手を伸ばした。


「ッ、血が出ていない……?」


 確かに刃が腹にめり込んだはずだが血は少しも出ていない。


 鈍い痛みに顔をしかめながら上体を起こして草木の向こうのフィニスを見据えた。


「訳がわからない」


 というのが率直な感想だった。先程言った〈世界法則に上じゃ〉という言葉が示していたのはこういうことかもしれない。


 《空間跳躍》の魔法を足に刻むと草葉を潜り抜けて上空を躍り出る。空間を蹴りながら校舎に向かって走り出す。


  しかし、フィニスを振り切ることはできない。下方から、剣で突き上げてハーティアを鉛直方向に飛ばした。


 やはり、刺さることはなく鳩尾に入る一撃に、ハーティアは苦悶の声を漏らす。


「ぐっぅぅッ」


 手を伸ばせば結界に届きそうな距離にまで打ち上げられる――既に結界に反転して着地していたフィニスは居合抜きで剣身を光らせる。目に見えぬスピードで抜かれた刃は一撃で持ってハーティアを十字に斬り裂いた。


 否応なしに地面に落下し、クレーターの真ん中で大の字で転がる。唇からは赤い液体がこぼれ、眼鏡のレンズには無数の亀裂が入って最早透けていない。


「……剣で……殴られた……」


 あの突きでの怪我は打撲だ。剣が剣としての役割を果たさず、まるで木刀を相手取っているようだった。


 降下してくる少女目掛けて魔法を放とうと手を伸ばすが力尽きて半ばで落ちる。霞がかった光景の中、愚痴るように呟いた。


「こんな化け物……誰が勝てるのよ……」


 そして、ハーティアは目を閉じて意識を失する。


 フィニスは剣を亜空間に収納して教師を肩に担いだ。ぐちゃぐちゃになった森林を抜けて学園に戻っていく。


「使い心地は十分だけど、エネルギーの装填がちょっと微妙かな。後でレネルスに言わなくちゃね」


 学園の内側、束の間の抗争は誰に知られることなく終焉を迎えた。


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