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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
王女が明日を生きるためだけの国家戦争
35/170

3.模擬戦VSエリ

 

 ◎


 


 ――放課後、レリミアが丁度校長室に呼ばれてすぐのことだった。


 彼女を挟んで一日時を過ごしていたエリとフィニスはここで初めて正面から見合う、片や無表情を貫き、片や透かした風な顔を浮かべて。


 レリミアの不在、それが条件だった。


 彼女らの他、無人になった教室。


 口火を切ったのはエリだ。


「あなたが本国から送られた護衛だと言うんですか?」


 強い疑義の籠った質問。授業の中で見せた醜態と、無知を見ればその疑問も最もである。


 隠し切れない敵愾心を受けて尚、フィニスは軽い感じで答えた。


「一応そういうことになってるよ。けど、詳しいことはリグニエリに訊け、って言われてるから何も聞いてないんだよね」


 リグニエリ――通称、エリは幼い頃から王女護衛を任されている。彼女の出自は代々護衛の家系である。それだけ信用も厚い。故に判断は彼女委ねられている。


「――あなたは相応しくない」


「いきなりだね。どうして?」


「単純なことです、あなたが弱いからです」


「なるほどねぇ……誤解されても仕方ないけどさ。授業に関しては私に合ってなくてさ、忘れて欲しいな。本当はもうちょっとだけ強いからさ」


 チャラチャラとした真剣味の欠片もない言い方にエリの表情は暗く歪む。


 フィニスの浮かべた笑いからは強さどころか、虚飾と小賢しささえ見えてくる。


 拳を強く握ったエリは怒気を込めた。


「そこまで言うなら、実戦で確かめます……その威勢がどこまで持つか」


「実戦、って危険じゃない?」


 ふん、と息を漏らしてエリは答える。踵を返して移動を開始していた。


「模擬戦です。訓練場を借りることができますのでそこでやりましょう」


 フィニスはその後を追った。


 校舎出て右手の石造りの円柱状の施設が訓練場である。内部には半径五メートルの円が幾つか描かれている。円は魔法陣の一部分となっていることがわかる。結界魔法の応用で音や衝撃波が外部に漏れないようになっているようだ。


 学内にはコロシアムもあるが、そこの使用は事前に申請しなくてはならないため今回は使えない。


 基本的に解放されている施設なので何人かの生徒は既に訓練している。


 エリは魔法陣を展開すると手を突っ込み、腕を引き上げると木剣を手にしていた。


「剣で戦うの? あんまり得意じゃないんだけどな……」


 フィニスの苦笑いを視界にも入れず返答する。


「いえ、私はこれが性に合っているだけですから。あなたも使いたければご自由に」


「とはいってもそんなの持ってないし――」


 見回したフィニスの瞳が捉えたのは一人の少女。その手には木剣が握られている。


 〈フレイザー〉は魔法教育に力を注いでおり、剣の道を行く者は少ない。なのでどうして彼女が剣の特訓をしているか不明だ。


 フィニスは少女の下に寄って話し掛ける。


「ちょっといいかな? 木剣貸して欲しいんだけど」


「え、私ですか……?」


 びっくりする少女に柔らかな表情を向ける。


「うん、ちょっと試合がしたくてさ。ちゃんと返すから」


「あ、はい……」


 流されるままに木刀を手放した少女はフィニスの後ろ姿を茫然と見つめるしかなかった。


 剣を調達したフィニスはエリとの距離が一寸空いているか、いないのかの至近で立ち止まる。但し胸部だけは激突している。


「準備終わったよ」


「場外か、戦闘不能に追い込んだ方の勝ち。致死攻撃でなければ剣も魔法も何でもあり、でいいですか?」


「わかった」


 鋭い眼光を逸らした後、エリは位置についた。彼女の放つ一触即発な空気は訓練場に蔓延し、静寂と静謐を強要する。各々魔法の練習をしていた生徒は彼女らのぴりつきを感じて動きを窺った。


 フィニスも位置に着き、肩を軽く回す。


「では、そこのあなた始まりの合図を」


「うぇえ!? あ、はい……」唐突に指名された剣を貸し出した少女はどもりながらも声を張り上げた。「で、では始めっ!」


 その瞬間、数メートルを詰めたエリの正面打ちがフィニスに振り下ろされていた。


 音を置き去りにするという荒業。一学生にできる所業ではない。護衛の家系の才児である彼女だからこそできる人知を超えた動き。


 一瞬の内に脳天を撃ち抜かれ脳震盪で気絶してしまう――というのが、順当な結果である。エリはそう思っている最中にフィニスの左眼が赤く光ったことに気づく。


 そして、同じく目にも止まらぬスピードで木剣を避けた。衝撃波が外壁に伝わり、細い亀裂が入る。


「――……」


 驚きまではしなかったが、感心した。


「あなたのその左眼、もしや……」


「もう気づいちゃった? ご名答、義眼なんだよね」


 赤く染まった眼球は確かに非生物的に輝いている。義眼は高性能な魔法具としてフィニスの視力を強化していた。亜音速の一撃でさえ捉えて見せた性能から、国内でも有数の技術師が携わったことが察せられる。


「なら、このスピードはどうですか」


 地面を蹴る音が鳴った刹那には彼女は姿を消した。先の速度を優に超える圧倒的速度。


「超高速移動ね。でも、私には見えてるよ」


「――対応できるかはまた別の問題でしょう」


 フィニスは声を向いた方に振り返るが、そこには誰もいない。すると今度は前から声が。


「目が良くても身体が着いてきますか?」


「……魔法は全部で四つ。《加速》、《跳躍》、《反動減衰》と《空間歩行》か。加速しながら空中を足場にして跳躍できるなんて器用だね」


 魔法技能に関する純粋な称賛。


 だが、エリは皮肉の言葉として受け取った。背後それもやや頭上からの急降下を繰り出す。


「――けど、動きが単純だよね」


「ぐッ!?」


 いつの間にか背後に回されていた木剣に一撃を受け流された。体勢を崩されるも、すぐさま対応し、改めて向かい合う形になった。


 浅い深呼吸を繰り返しながら、エリは心を落ち着かせる。


 ――挑発に乗ってはいけない。彼女は思った以上に強い。体系は不明だけど剣の扱いにもなれている。手加減できる相手じゃない。


 乱れのない動きは百戦錬磨を連想させた。


「それなりの経験は積んでいるみたいですね」


「不本意ながら」


 フィニスは苦笑いしながら構える。とても片手で木剣を扱えるような膂力があるようには見えない肢体が嫌に目立つ。どこに当てても弱点になり得る、と思える。しかし、対策がなければこうも余裕感が出ないのも事実。


 ――《加速》《抵抗無視》。


 エリは空気の壁を無視して砲弾の如く突っ込む。最早目で追うことすらできない速度。


「――悪いけど、《抵抗無視》の魔法を使う人とは戦ったことがあるんだよね」


 しかし、フィニスは看破する。斬撃を容易に打ち払った。


 減速することのない純粋な加速、驚異的な魔法だ。だが、それを扱うのは人間。人間の肉体の限界を超える動きはできない。


 彼女の経験、義眼と反射神経をもってすれば対応範囲内だった。


「――なら、これはどうッ?」


 木剣を上段に振り下ろすと、フィニスは流れるような鮮やかな手並みですかさず剣の腹で受け止めた。


 だからこそ、発動できる魔法がある。


 ――《物質融合》。


 木剣に掛けられた《物質融合》により、刃は一体化して沈み込んだ。やがて、すり抜けてフィニスの頭蓋に吸い込まれる――寸前、頭部と剣の合間に左腕を差し込んで受け止めた。


「!」


 脳を守るのは自然な行動。しかし、その代償は高い。木剣には十分に加速が乗っている。そんな一振りを受け止めようものなら、最低でも腕の粉砕骨折は免れない。回復するにしてもタイムラグがあり、大きな隙となる。そうでなくとも激痛の中、戦闘を続けるのはほぼ不可能。


 ガギイイイィィン――という非人間的な激突音が鳴り響いた。


 フィニスはすぐさま右腕を引き絞って突きが繰り出す。エリが首を振って避けたので、髪を振り分けるに留まった。改めて始めと同じ位置に立つと驚いた様子を見せる。


「あなた、左腕も……!?」


 剣を受け止めた際に弾けたロンググローブの隙間からシルバーが覗く。


「左眼と左腕だけだよ。右眼は少し後遺症があるだけだから、そんな深刻に考えなくていいから」


「…………」


 エリは苦いものを口に入れた気分になった。


 十代の少女が経験するようなものではない。義眼と義手、どんな災いが降りかかれば彼女のような存在が生まれるのか。そこにあるのは純粋な疑問だった。


 のほほんとした外面に反して、内側に渦巻く黒い過去に少なからず惹かれ、慄いた。


「意外と便利だけどね。遠見ができるからね」


「本気で言ってますか?」


「……あのことを、私は少しも後悔してないからねぇ」


「そう、ですか」


 エリは緩やかな、それでいて隙のない独特な歩法でフィニスへ接近する。《抵抗無視》を応用したタイミングの掴みにくい歩き方だ。意識を他に寄せているとあっという間に目の前にいる。


 フィニスも応じて進撃すれば、純粋な剣戟が繰り広げられた。


 ただの木剣ならば折れていただろうが、エネルギー体を纏って硬質化しているため幾多の斬撃を打ち合う。攻めているのはエリの方だった。事実上、無限に加速することのできる強力な魔法を使うことで徐々に攻撃回数を増すことができる。


 だが、フィニスも無比な動きで対応し拮抗状態に持ち込む。


 構造を揺るがす衝撃が断続的に続き、訓練場はまさに震源地と化した。


 異変に気付いた生徒達が続々と訓練場にやって来て、彼女らの試合場の周りを取り囲む。そして、極限まで洗練された剣戟に目を奪われた。


 その時、開け放たれた扉の向こう、息を切らした王女レリミアが現れる――。




 ◎


 


 校長室から真っ直ぐに教室に向かったが、その時既にエリとフィニスさんはいなかった。荷物は置いてあるのでまだ帰っていないであろう、と推測できる。


 私は即決して学内施設を探し始めた。


「《風流》《人感》」


 二つの魔法を組み合わせ、人に反応する風を校舎内に張り巡らせた。範囲内の人間の動きを知ることができる。二人組に絞って反応を探った。


 捜索開始からしばらく、二人を探し回る中で奇妙な流れに気づく。


 生徒が徐々に校舎を出ている。寮に帰ったという風でもない、誰もが何かに気づいてそこに向かった、という感じだ。


「騒ぎでも起きてるの?」


 学園に通うほとんどは貴族ではなく、平民の出の者だ。騒ぎや噂に敏感なのだろう。


 適当な教室の窓を開け放って飛び出した。《飛行》の魔法を用い、生徒達の集まる場所へ飛んでいく。


 辿り着いたのは円柱状の施設――訓練場だ。授業でもたまに使うが、私が魔法を使った場合、威力に耐えきれず壊れてしまうのであまり訓練した覚えはない。


 近づくとわかる重低音。建物自体が揺れて軋んでいた。


 降り立って、正面入口の扉を開け放った。


 その瞬間、吹き込んだ突風が私の前髪を押し上げて額を露わにさせる。


 キンッキンッ――という耳に聞き心地の好い切り結び。この衝撃波は全て剣戟によって生まれていた。


 人混みの隙間から見えた中央にいる生徒はエリと転校生のフィニスさん。


 木剣を高速で振り回している――ようにしか見えない。早過ぎて型も何も観測することができなかった。経過不明の結果だけが届いてくる。


「…………エリ…………」


 長居付き合いだが私はエリが剣をちゃんと使う所を見たことがない。彼女が王宮のどこかで剣を振っている時には、私は学問に身をやつしていた。付き合いが長くても、共有した時間が多い訳ではないのだ。


 だから、知らなかった。


 王族の護衛を任されるくらいだ、相当の腕だろうことは理解していた。理解していたつもりだった――。


 私は知らない。彼女がここまで速いなんて聞いていない。


 学院称号の〈九連星〉など彼女にとってはただの飾り。


 エリの実力は〈インぺリア〉最強の騎士、〈天剣騎士〉にも匹敵するかもしれない。


 私は先日、エリと試合をしようなんて冗談を言った。


 本当に、冗談で良かった。


 冗談でも戦っていたら私は勝負にもならずに敗北しただろう。


 退屈凌ぎ? エリの方が退屈になるに決まっている。


「知らなかった……」


 エリがこんなに強いなんて。そうじゃなきゃ護衛なんて任されないわよね――当たり前のこと。


 そして――フィニスさん。彼女も、エリと切り結ぶほど実力を持っている。


 授業中に見た彼女の姿は仮初。《火炎》の魔法を使うことすらできなかったことに私は何と思ったか。優越感を抱いていた。瞬く間に自信が崩れ去る。


 本当に護衛なんだ。


 校長は〈現代最強の魔法使い〉と言っていた。エリの方は何かしらの魔法を使っているが、フィニスさんは発動してすらいないように見える。内部で発動しているのかもしれない。


 私が眺めていた景色はとても低いことを知らされた。


 学園最強の称号など、学校という名の檻の中で魔法が一番上手い学生というだけ。


 私は私が思っているよりも弱く、常に守られていたのだ。自分の力で生きてきてさえいない。


「自惚れていた……」


 生まれて初めて感じる劣等感。


 視界から徐々に色が失われる。大音響も遠くなる。


 自失。自らの心臓の音だけは明白。心臓は変わらず鼓動を刻んだ。その時既に自負は粉々に砕ていた。


 


 決着は突然やって来た。


 刹那には、フィニスさんが左手でエリの木剣を掴み、右の剣をエリの首元に当てていた。


 静寂がこの場を包んだ。当人達以外は終わりの瞬間を見切れず、観衆は何呼吸か置いてから遅れて気づく。


 沈黙が打ち破られ、耳が痛くなるほどの歓声が上がった。拍手が訓練場を包む。


 気持ちはわかる。それだけ素晴らしい立ち合いだった。


 エリは魔法陣の中に木剣を収め、フィニスさんは審判らしき人物に剣を渡した。


 何だか私だけ置いてけぼり。


 雰囲気と内情の背理が気持ち悪かった。


 人混みの中の私に気づいたエリが、頭を下げ、言う。


「勝手な行動を取りました。申し訳ございません」


「……いいわよ、そんなの」


「ご配慮感謝します。もう一つ言わなくてはならないことがあります」


「フィニスさんのことでしょ」


「ご存じでしたか。彼女が〈インぺリア〉から送られた護衛です」


 金髪を揺らしながら彼女は手を振って近づいてくる。


 全身が重く、思った通りに動かなかったため愛想笑いだけを返した。


「あの戦争を終わらせたのよね……」


「一度の立ち合いでは実力の底は見えませんでしたが、嘘ではないと思われます」


「私からしても恩人なのね」


 祖国がなくなったとしたら、私もどうなっていたかはわからない。命の恩人と言っても差し支えないはずだ。


 フィニスさんは生徒達に声を掛けられ、苦笑いを振り撒いていた。人垣を抜け出て私の下へ来ると日常会話のように言った。


「という訳で護衛、ってことでよろしく」


「えぇ、こちらこそよろしく」


「あ、そうだ忘れてた」何のことはないついでのように口を開く。「〈インぺリア〉の王家が神の血を継承していないってバレたの私のせいなんだよね。ごめんね」


「……――」


 〈神覇王国インぺリア〉の王家には神の血が流れている――長年親しまれた御伽噺にも書かれている文言。国の根幹を支える言い伝え。その威光があの国を強国に至らしめた。秘めた力がある、という可能性が私達を強く見せていた。


 この〈事実〉が覆されたのは王国で起こった大戦争の終結と同じタイミング。それは戦乱の英雄――フィニスエアルが誕生した日でもある。


 ならば……。


 思い返されるあの日からの耳鳴りのような戯言。


 〈あれってインぺリアの王女じゃない?〉〈何か偉そうじゃない〉〈国民を騙してたんだ〉〈最低だよね〉〈何で学校これんだろうね〉〈ははっ〉〈ふふふっ〉


 脳裏に刻まれた記憶が甦り、揺れた心を黒色が埋め尽くす。もう制御できない。


「あ、ああ……」


「レリミア?」


「ああ……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」


 ――ここから、私の記憶は途切れた。


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